第15話 GW大作戦(4) レディースデー
第15話 GW大作戦(4) レディースデー
気付けば時計はもう12時を回っていた。
おそらく全然みんなまだ寝るつもりなんて無かったんだろうけど、とりあえずそろそろ順番にシャワーを浴びようかという話になった。八人もいれば最初の人と最後の人では大分時間に差が出てくるからだ。
先に女子が浴びる事になってとりあえず一時解散。風呂に行ってる以外の人は、各自部屋に戻るなり、このままリビングに残るなり、思い思いの時間を過ごす事なった。
俺はひとまず一人部屋に戻って、誰も他に帰って来そうに無い事を確認すると、こっそりカバンからノートとペンを取り出した。小説の続きを書くためだ。
本当は旅行中は書くつもり無かったのだが、念のためにと持って来ておいて正解だった。
そんな心変わりをした原因は、もちろんさっきの沢北との会話だ。
あの様子じゃもうこれ以上外堀を埋める必要も無い。むしろ沢北の気が変わらない内に早いところ梨子に勝負をさせた方が良いだろう。
俺は当初予定していた筋を大幅にカットして、急遽梨子の告白の場面を書くことにした。
そう、成功の約束された告白のシーンを。
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書くのは簡単だった。なぜなら俺はもう結末を全て知っているから。頭をひねって想像する必要もない。沢北がどう出るかなんて考える必要もない。あいつはOKする、そんなことは火を見るより明らかだ。
だから俺がする事といったら、それを一層劇的に演出することだけ。梨子が一生忘れられない思い出となるような、これまで辛い想いをしてきた苦しみがその一瞬で全部報われるような、そんな告白にしてやるだけだ。
結局あいつは最初から最後まで自分の力で変わったんだ。今のままの自分じゃ駄目だと思って変わることを決意し、沢北に恋をし、必死にアピールして、そして見事沢北の心を掴んだ。
俺は何もしちゃいない。ただそっと背中を押してやっただけ。だからきっと梨子はそんな自分を認められる。ようやく自分を好きになれる。
これで俺の役目も終わり……か。
ノートを閉じ、ふと時計に目をやると、まだ一時間程しか経っていなかった。いつも以上にペンがすらすらと進んで、俺はあっさりとその最終章を書き終えた。意外なほどにあっさりと。
少し喉が渇いたのと、他のみんなの様子が気になったので、俺はもう一度下へ降りて行くことにした。
リビングを覗き、しかしソファには誰の姿も見当たらない。
まさかこんな時間にまた散歩というわけは無いだろうし……と思っていたら、皆デッキの方に出ていた。
あのうるさいメンツがただ静かに肩を並べて空を見上げていた。
きっと声も出ないくらい綺麗な星空だったんだろう。
とりあえず俺はキッチンで冷蔵庫からジュースを取り出し、コップに注ぐ。
「名倉くん?」
その時福田がバスルームの方から姿を現した。今まさにシャワーを浴びた後のようで、まだ髪が乾き切っておらず、なんか艶っぽい。
そんな俺の視線を感じたのか、
「あれ? もしかして見惚れてる?」
福田は体をくねらせ、何とも不思議なポーズをとってみせる。多分色気を出しているつもりだろう。
「まさか。飲むか、お前も」
そんな福田をあっさりとスルーして、俺はもう一杯ジュースを用意してやる。
「ありがと」
隣にやって来た福田は頭からタオルをかぶったまま、それを一気に飲み干した。
「ぷはー! 風呂上がりの炭酸は最高だね!」
「もう一杯!」とおかわりを要求され、俺は素直にそれに従う。
横目に見た福田はわしゃわしゃとタオルで自分の頭を拭いていた。頬はほんのりと上気し、唇はなめらかな桜色をしている。
風呂上がりってだけでこんなに印象が変わるものか……
どちらかというと背も低めで性格も性格だから普段は少しガキっぽい印象の福田が、今はなんかとても大人びて見えた。
しかし何より……胸元空きすぎだろ、その服。
「お前、絶対にその服で加西の前に出るなよ。皆のとこ行く時は上からなんか羽織れ」
俺だから良いものの、男子高校生なんて性欲の固まりだぞ! 狼だぞ! なんで俺と関わる女はこんな無神経で無防備な奴が多いんだ……
とはもちろん来栖絵里の事を言っている。
「お、そっかそっか。いや〜つい普段のパジャマそのまま着ちゃって、忠告ありがとう! ……お礼にちょっとだけ見せてあげよっか?」
福田は襟首の前の辺りを人差し指と親指でちょっとだけつまんで、媚びるような目を下から俺に向ける。
「いらん」
悪い、面白くないかもしれんが俺はそういうの興味無いんでな。
「あは、冗談冗談。いや〜でも名倉君はどこまでも誠実だね〜信頼がおけるよ、キミ!」
「いてっ!」
俺は思いっきり背中を叩かれた。絵里に負けず劣らずの馬鹿力だ。
「今の話は忘れてね〜私、来栖さんに怒られちゃうから」
「はぁ?」
「それとも、梨子に怒られちゃうかな……?」
福田は反応を窺うかのように、じっと俺の顔を見つめる。
絵里に梨子。
なるほどこいつの言いたい事は大体わかった。お前もまた絵里と梨子のどっちが好きなんだとか、そんなくだらない質問をしようとしているんだろ。
「馬鹿な事を言うな。俺は……」
「来栖さんにも、梨子にも、どっちにも興味が無い……とでも言いたげだね?」
「……ああ、その通りだ」
こいつ……分かってるのか? じゃあなんで……
「それ、ホントかな?」
福田はさらに半歩近づいてくる。
今にも体が密着しそうなゼロ距離圏内に踏み込まれ、俺は思わずのけぞった。
「……どういう意味だ」
「多分名倉君気づいてないだけ、自分の気持ち」
そんな事あるはずがない。
自分の事は自分が一番知っている。
まして秘密の事も知らない福田に、俺の気持ちなんてわかるはずない。
そもそも俺は、女に興味が無いのだから。
「福田、悪いが俺ではお前が期待してるような面白い展開は演じられない。もっと別の役者をあたるんだな」
「ふーん……ならいいけど! ……えいっ!」
そしてあろうことか福田は俺の胸をひと突きした。
「うわぁぁ!」
迫りくる福田の顔から逃れるため上体を反らしていた俺は、バランスを崩しあっさりと尻もちをついてしまった。
「我、勝者なり!!」
右手を高く突き上げた福田は、誇らしげに胸を張って雄叫びをあげた。
「ったく……いってぇなあ……」
「あはは、ごめんごめん。こんなに上手くいくと思ってなかったから」
「よいしょっ!」威勢の良いかけ声とともに、福田は俺の手を掴んで体を引き上げてくれた。
「さ、今の衝撃で私の話は全部忘れた、忘れた〜!」
「そんなもんで忘れるかよ」
意外というよりかは福田らしく、引き際はあっさりしていた。きっと後味を悪くさせないための彼女なりの配慮だったのだろう。
「あ、そうだ。今シャワー空いてるか?」
リビングを出る際、俺はついでに福田に尋ねてみた。福田が女子の最後だったなら、もう風呂が使えるかもしれない。
彼女は一瞬考えるような仕草をした後、やけに元気の良い声で「うん!」と返事をした。
――何だったんだあの間は?
俺は着替えも持って降りて来ていたので、そのままバスルームへと向かう。
そしてノックもせず扉を開け、おもむろに脱衣所へ入ろうとして――
え?
そこには生まれたままの姿をした梨子がいた。
いや、生まれた後15年間成長して、今再び生まれたままの姿に戻った……ああ混乱して意味がわからなくなって来た。
分かった事が一つ。
福田のアレは、そういうことか。
「イ……イヤああぁぁー!!!!」
「バ、バカ! 鍵くらいかけとけ!!」
俺は手に掴んだシャンプーボトルを投げつけられる前に慌てて扉を閉めた。
「ふふっ……」
不敵な笑みを浮かべる福田と、そんな俺達の身に起こった事件を、外に出て静かに星を眺めていた彼等が知る由もない。
……でも意外と発育してたな、アイツ。




