第14話 GW大作戦(3) サワキタモンスター
第14話 GW大作戦(3) サワキタモンスター
コテージに戻った俺達は、いや正確には加西と福田、絵里を除いた俺達は明らかに憔悴しきっており、倒れ込んだソファと半ば同化しかけていたのだが、そんな俺達に束の間の休息さえ与えられるはずが無かった。
「お前達、そうやって這いつくばっていれば失った時間が戻ってくるとでも思っているのか! たわけ! 働けっ! 身を粉にして飯の準備に取りかかれっ!」
加西、福田ペアに続き強権を発動した来栖絵里の命によって、俺達は休む間も無く夕食の支度にとりかかることになった。
これじゃなんというか……まるで体育会系の合宿じゃないか。
無理やり買い出しという面倒を押し付けられた俺と加西は、しかし近くに食材の揃いそうな店など見つかるはずもなく、早くも行き詰まってしまったのだが、このまま手ぶらで帰ってももう一度放り出されるどころか、そもそもコテージの中にも入れてもらえそうにないという現実にただ絶望した。
絶望した俺達は半ば泣きつく形で管理人のおじさんに頼みこんで、なんとか最寄りのスーパーまで車で送ってもらえることに。
カレーの材料を一通り買い揃え車へと戻った俺達に、ホットの缶コーヒーをそっと二本差し出してくれた管理人のおじさんの優しさに俺達は声を大にして泣いた。
ここで注意してもらいたいのが、夕食のメニューがカレーとなったのは決して俺の案が採用されたという訳ではない。単純に絵里がカレーが好きで、大好きなカレーを食べたい気分だったからだ。
そうしてコテージへと再々帰還した俺達は遂に安息の時を得たのである。料理は女子の仕事だ。俺は疲れ果てたのでしばらく休ませてもらう。
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という訳でここからは柊梨子がお話させて頂きます。
ご無沙汰しておりました。語り手が二人いるというこの物語のスタイルを著者がだんだん煩わしくなって私に喋らせなくなった、とかなにもそういう事情があるわけではありません。
このところ私と名倉君は行動を共にする機会が多くなり、語り手の視点を二つも設ける必要が無くなったまでのことです。
そういった場合は名倉君の方が私より正確に状況をお伝えできるはずですので、彼にお願いする事にしておりました。ですから、名倉君が戦闘不能に陥った今、私がストーリーテラーを引き継ぐの必然なのです。
ええ……難しくて何言ってるか自分でもよくわかんないけど、とにかく名倉君にそう言えと言われたので言ってみる。
ああ、そうだ。夕食の準備の話をしなくちゃ。
名倉君と加西君が買い出しに行っている間、残った私達は来栖さんの指示のもと蟻のようにせかせかと働かせられたかというと……
全くそんな事など無く。
まず食材が揃わない事にはどうする事も出来ないので、私達はとりあえず使えそうな食器と鍋の類を一式水洗いしてしまうと……
後は皆でテレビを見ていました。
穂奈美の用意してくれたお菓子を食べながら、またーり。お喋りをしながら、のほほーん。名倉君達には悪いと思いながらも私達は楽しく、幸せな一時を過ごしていたのです。
ごめんなさい。
まあそんな感じですっかり英気を養った私達は、だからわりと抵抗も無く夕飯の支度に取り掛かった。
「えっ、来栖さんすっごい皮むき上手!」
名倉君達が買ってきた食材をまずは水洗いして、皮をむいて、適当な大きさに切って……
この作業で意外にも、いや意外と言っちゃ失礼なんだけど、本当にびっくりするくらい存在感を発揮したのは来栖さんだった。
「そうか? 私は言われた通りにただ皮をむいているだけなのだが……」
その皮をむくのがなかなか難しいんだよ……
生まれてこの方料理などしたことない、と声高に宣言していた彼女だったけど、そんな事微塵も感じさせない手際の良さ。
来栖さんの手によって文字通り一皮むけたじゃがいもには一点の角もたっておらず、まるで芸術品のような美しさだった。
じゃがいもってこんなんだったんだ……
彼女の手先の器用さはおよそ天性によるものだろう。日頃お母さんの手伝いをしてたから料理に関してはそれなりの自信を持っていた私は、そこに絶対に越えることの出来ない壁を見てただ愕然とした。
そうこうする内に後はお鍋に入れて煮込むだけ、という頃になって加西君とボン君がお手伝いにやって来てくれた。
加西君はともかく、どうもボン君は来栖さんに無理やり連れて来られたようだったけど……
皆で調理に使った包丁やまな板、ゴミなどの後片付けなんかをしている内に、カレーも段々良い頃合いになって来るだろう……
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ソファで横になってる内に少し眠ってしまったらしい。
ふと目を覚ますとまだキッチンの方では調理の真っ最中という感じで、そんなに長い間俺はうたた寝していたわけではないらしい。
このままリビングでぼーっとしていると何やらまた雑用を命じられそうな予感、改め悪寒がしたので、俺は眠気覚ましがてら少し外の風を浴びることにした。
ウッドデッキに出てみると、夜の空気はやはりまだ冷たく、キャンプ場としてのシーズン到来はまだまだこれからだなと身をもって感じる。だからこそ俺達は今ここでこんなに良いコテージに泊まれてるわけなのだが。
星がどうとかあの気の良い管理人が言っていたのを思い出しふと空を仰ぎ見たが、綺麗な星空を拝むにはまだ少し時間が早いようだ。
「寒いね」
そんな風に俺が一人黄昏れてるのを見て何を思ったのか知らないが、沢北がリビングからやって来た。
「そう思うなら中へ入ってろよ」
沢北は俺の隣に立ち、同じように暗い空を見上げる。
「連れないなぁ……友達じゃないか。ちょっと名倉君と話がしたくてね」
「……」
そうだ、俺は沢北と訳あって「友達」になったのだった。しかし友達だからといって別に遊びに行くわけでも、学校で話すわけでもなく、それは本当に形だけの友達。だから今日話すのも実はまだ二回目である。
それに、もう一つ大きな問題があって……
俺は沢北の事を「好き」ということになっている。友達として、とかじゃなく、愛しているとかいう方の好きだ。
そろそろこの誤解も解いとかないとなあ……
なんというか、この聖人が如き沢北にいつまでも変に気を使わせたままでいるのも申し訳ない気がする。
「あ、あのさ……」
「わかってる」
注意深く顔色を伺いながら、機嫌を損ねないように……と続けるつもりだった俺の言葉を、しかし沢北はあっさりと遮った。
「え?」
「わかってるよ。名倉君は僕の事が好きなんかじゃない。それは愛とかそんな意味ではもちろんなく、友達としても特に何の感情も抱いてない。違うかい?」
沢北の目が俺を見た。
全てを見透かしたような目。どこまでも澄みきった、穢れを知らない透明な薄い色の瞳を見て、俺はそれを少し恐ろしいと思った。
「……どうしてそれを?」
「初めは本気にしてたよ。あの日僕が名倉君に友達になろうと言ったのも、嘘偽りない本音だったさ。でも後で気づいた。あの時名倉君は嘘を吐いたんだ、と」
「……」
「全部柊さんのため、だよね?」
不穏な空気が辺りを漂う。俺はすっかり沢北の迫力に気圧されて、何も言えないでいた。
マズイ。この展開非常にマズイぞ……
俺の予想以上に沢北は切れ者で、とっくに俺の正体なんかバレてたってわけか。
梨子、お前が呑気にカレーなんか作ってる間にこっちはとんだ修羅場を迎えてる。
大変だ。この話もしかしたら今日で最終回を迎えてしまうかもしれない。
「考えてみればそう不思議な話でもないんだよ。あの事件のあった日以来なんだ。柊さんが僕によく話しかけてくれるようになったのは」
沢北は再び空を仰ぎ見た。
「初めは僕もそれら二つの事象を結びつけて考えようなどとはしなかったさ。何の関連性も見出せなかった。名倉君は名倉君で、柊さんは柊さん、そう考えてた。でも、ある時僕の中で全てが繋がったんだ。柊さんと名倉君が一緒に話している光景を偶然目にしてね。――ああ、そういう事か、と」
迂闊だった。
なるべく校内での接触は避けていたつもりだったのに、そんな姿を目撃されていたとは。
しかもあろう事か一番知られてはいけない人物、沢北春、その本人に。
「きっとこの件には名倉君が一枚噛んでる。具体的に何をどうしているかとか、なぜそうしているかとか、そんな事までは全く想像もつかない。だけど僕は君達二人を分けて考える事はもうやめていたよ。そしたら今回の旅行の話だ。柊さんに加え名倉君もメンバーに混じっている事を聞いて、僕の予想は確信へと変わった」
完璧だ。
もう取り繕いようもないくらい、真実を的確に把握している。
これはもう腹をくくるしかない……か。
「……そこまでわかっていて、お前はどうしてここへ来た?」
そう、この旅行は沢北と梨子をくっつけるために俺が画策したもの。
お前はそれを知りながら、どうしてそんな陰謀の渦巻く中へわざわざ身を投じる様な真似をした? いつまでも騙されているようなふりをした?
「まんざらでもないんだよ、僕は」
沢北は笑った。
「は?」
「だってそうだろう? 君達は寄ってたかって僕と柊さんとを成功させようとさせている。それを知りながらも僕はこうして何も知らないふりをして君達と接触を続けている。それはどういうことだかわかるかい?」
試すような目で沢北は俺を見る。
「つまり……?」
「僕も柊さんに興味があるんだよ」
「!!」
その瞬間、全身に電流が走った。
マ、マジかよ……!
結論から言えばそれは俺達にとって何よりも有難い言葉で、何よりも待ち望んだ結末だったのだが、そこに至るまでのステップを沢北は飛ばし過ぎた。
今まで自分がサイコロを振って進めていたと思っていた駒が、実はとっくに上がり終えていた、といった具合に。
「初めこそ特に意識もしていなかったけれど、彼女を知れば知るほど僕はいかに彼女が魅力的な女性であるかに気付いた。彼女は美しいし、何より心が綺麗だ。僕はこんな女性を他に知らない。そんな風に考えるようになった時に、この旅行の話が舞い込んで来た。なんて旨い話なんだろう。僕としてもこれを利用しない手はない、とね」
「……」
何もかもが想定外で、俺の想像を遙かに超えたところで世界は回っていた。
「君には感謝してるよ、名倉君。君のおかげで僕は柊さんという存在に気づけた」
俺はただ呆然とするだけだった。
そしてそんな俺に沢北はもう一度笑いかけた。
今までの不吉な印象を全て振り払うかのように、いつも通りの無邪気な顔で微笑んでみせた。
これでおしまい、と言わんばかりに。
「いや、こんな風に話をすると、僕はとても嫌な奴みたいだね。それは僕としても不本意だ。今更こんな事言ってもあまり説得力が無いかもしれないが、君が思う以上に僕も普通の高校生だよ。気になる女の子と旅行に行けるなんて、とてもワクワクする話じゃないか? 僕は今まさにそんな気分だよ」
両手を広げておどけてみせる沢北は、すっかりいつもの沢北春に戻っていた。俺の動揺など置いてけぼりにして。
「でもね……」
ようやく明るさを取り戻したように見えた沢北の顔に、ふと陰りが差す。
「正直僕は名倉君が羨ましい」
「?」
コイツ、何のつもりだ……?
俺は沢北にからかわれているとしか思えなかった。
俺がお前に羨ましがられる点なんてただの一つも無いじゃないか。
今の今まで自分の方が上だと思っていた頭の回転も、秀でるどころか、少しも及んでいないことを思い知らされた。そんな俺に一体どんな価値がある?
しかしそれでも沢北は続ける。
「君は自分の魅力にもう少し気づくべきだよ、それじゃ罪だ」
「ま、待て。お前何を……」
「僕はきっと君には敵わない。……そんな気がする」
沢北はそう言い残して、部屋の中へと戻って行った。最後にまた笑顔を見せるのを忘れずに。
「名倉く〜ん、カレーできたよ〜!」
俺はそこから動けなかった。今の沢北とのやり取りを整理するので頭がいっぱいだった。
「名倉君? どした……? なんか顔色悪いよ?」
呼びに来てくれた福田にまともな返事をする余裕なんて無いくらいに、俺は混乱していた。
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「いただきまーす!」
皆でテーブルを囲んで、女性陣が腕をふるって作ってくれたカレーを食べる。
「うまい! 愛が詰まっていてうまい!」
「加西君、『旨い』カレーだけに『上手い』こと言うね〜!」
「未来もね」
つい数時間前に散歩から帰ってきた時からは想像もつかないくらい、このリビングは活気に満ち溢れていた。
やっぱり俺達はまだまだ高校生で、まだまだ若いなと思う。
「来栖さん、大好きなカレー食べれてよかったですね」
「ああ、お前もそのじゃがいも心して食えよ。私の自信作だ」
「心して」の使い方を間違ってるような気もするが……
絵里も料理を手伝ったと聞いて俺は少し驚いた、というか感心した。てっきり「なぜ私が賤民どもの飯の世話までしてやる義理がある」とか何とか理由つけてまたサボっているだろうと、そんな風に考えていたからだ。
絵里も今回の旅行で少しは共同生活のいろはを覚えてきたのかもしれない。もしそうであるなら素直に喜ばしいことだ。
「さ、沢北君。味、どうかな……?」
「美味しいよ、凄く。味付けは柊さんが中心にしてくれたんだってね?」
「や、やった……!」
そして、沢北春に柊梨子。
俺はさっきの話を梨子に伝えるつもりはない。なぜかって? なぜだろう……なんだかそうする方が良いような気がした。もちろん彼女にとっては俺と沢北のさっきの会話の内容は百利あって一害無しというか、そりゃもう願ってもない幸せな話だろう。
だけど、こうやって沢北の反応の逐一に一喜一憂する梨子の姿を見ていると、彼女にはそんな等身大の彼女でいて欲しいと思う。沢北の言うようにどこまでも純粋な梨子であって欲しい、と。
まあそれを押し付けるのは俺の傲慢かもしれないのだが、恋をする梨子は、その……見ていて微笑ましいのだ。
俺は彼女にいつか必ず成功する告白の機会を与えてやる事が出来る。きっと何も知らない梨子はその瞬間飛び上がって喜ぶだろう。もしかしたら感極まって泣いてしまうかもしれない。
それならそれでいいじゃないか。はじめから成功の約束された告白なんて、なんだか全然青くないし、春らしくもない。なんというか……興ざめだ。
……とまあ、そんな事を考えられるくらいには俺も普段の落ち着きを取り戻せた。沢北の奴、本当にとんでもない事を言ってくれたもんだ。
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「ごちそうさま〜!」
「す、少し散歩してくる……」
絵里は性懲りも無く同じ過ちを犯した。ここまで来ると真性の馬鹿だ。天性の馬で、天才の鹿だ。
「……ったく。夜道に女一人は危ないだろうが、付き合うよ」
「あ、名倉君、いいですよ。僕が来栖さんについていきます」
絵里に続き、立ち上がりかけた俺をボンが制した。
「お、そうか……じゃ、任せた」
ボンじゃ何かあった時少し頼りない気もするが、まあこんな田舎だし神経質になるほどでもないか。
出て行く絵里とボンに「あんまり遠くまで行くなよ」と声をかけ、俺は二人を見送った。
さ……
「後片付けは男子の仕事だよ〜」
という事らしいので、少し働くとするか、野郎共。
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ここで再びバトンタッチ。
食後の私達はというと、男性陣がキッチンで洗い物をするのを横目に恋バナに華を咲かせていた。
「ねーねーでさ……梨子はいつ沢北君に告っちゃうわけ?」
と、未来。
「ば、馬鹿! そんなのまだだよ!」
「どうして? 今回の旅行中結構いい感じだと思ったんだけどな、私は」
「う……」
穂奈美に言われると何も言い返せなくなってしまう。
「わ、私の事よりさ、二人はどうなの? その、恋愛とか!」
無理矢理話をそらす事でこの防戦一方の態勢から逃れようと思ったまでの事だったが、その話題自体は前々から聞いてみたいと思って、なかなか機を捉えられずにいたものだった。
さすがの二人もこの質問には少し面食らったのか、しばし逡巡していたが、先に未来が口を開いた。
「……私だって恋くらいするよ」
まあ女の子だしそりゃそうだろうとは思うけど、改めて未来の口からそんな風に語られると、それは何とも新鮮に感じられた。
「でも、実はあんまり上手くいった事無いんだ」
未来は哀しい目をして笑った。
なんていうか、意外だった。
未来は明るいし、可愛いし、面白いし、男女問わずクラスでは人気者だし、だから未来からそんな言葉を聞く事になるとは思ってもみなかった。
「ほら、私ってこんな性格じゃん? これって演技でも猫かぶってるわけでも無くて本当にこのまんまなんだよ、私」
未来はそう言うのに、辛そうな表情を浮かべる理由がわからなかった。
どうしてなんだろう。それは凄く良い事なんじゃないかな? 裏表が無い未来って、いつでもどこでも元気いっぱいの、私が知ってる未来ってことでしよ? それってもっと好感がもてるよ、もっと未来の事好きになるよ?
「でもね、恋愛ってそれじゃ駄目なんだ。恋人ってそれじゃ駄目なんだよ。私はそれを何度も思い知らされた」
私にはまだよくわからないその辺の事情。一体彼女はどんな経験をしてきたのだろう?
「みんな、福田未来という人間を『好き』にはなってくれる。でも『愛』してはくれないんだ。わかるかな? 良い友達止まり、ってあれが多分一番近いと思う」
ふと穂奈美の方を見ると、彼女もまた真剣な眼差しで未来の話を聞いていた。
「付き合うとね、私の好きになった人はみんな、彼しか知らない私を見つけようとするの。例えば本当は甘えん坊だったり、泣き虫だったり、あるいはちょっと傲慢だったり。そうやって自分の前だけで見せてくれる私を彼女に求めるんだ。きっとそれがあるから男の人って、彼女を愛おしく思えるんだと思う。けど、私にはそんな物がない。彼女になったところで、私は彼だけに見せれる私が無い。私は彼にとって特別な存在になれないんだよ。どれだけ彼の事を思っていて、どれだけ彼のためだけの私になりたくても、私にはそんな事出来ないんだよ。結局付き合う前も、その後も私はずっとそのまんま。何かを期待して付き合ってくれた彼は、何も変わらない私に飽きちゃって愛想尽かされちゃうんだ」
自嘲とも思えるような告白。
私は胸が痛んで、何も言わずに黙って聞いているのが我慢出来なくなった。
「そ、そんなのおかしいよ! 男の人がひどいだけだよ!」
「ひどくない!!」
未来はそれを否定した。
「でもっ……!」
「梨子ちゃん」
尚も言葉を続けようとしたところで、穂奈美に声をかけられる。
何かを察しろという事なのだろうか……
「ひどくないよ、あの人達は悪くない……だって私が好きになった人だよ? みんな良い人だもん。私の魅力が足りないだけなんだよ、私が可愛くなれないから……」
見ているこっちが心配になるくらいに、下唇をくっと噛みしめる未来。
……そうか。
未来は結局どこまで行っても未来なんだ。
誰かに傷つけられても、決して相手の事を憎んだり、嫌ったりしない、そんな優しい未来。誰もが知ってる素敵な未来。
でもそれ故に未来は傷つき、苦しむ。自分で自分の首を締めている事がわかってはいても、決してそこから抜け出す事が出来ない負の連鎖。
いつもの未来の笑顔の裏に、そんな悲しい事情があるなんて私はちっとも知らなかった。
「……あぁあぁー!!」
と思ったら未来は突然大声を上げて、
「柄にもない! こんな話やめやめ! せっかくの楽しい旅行が台無しじゃん!」
次の瞬間にはすっかりいつもの未来に戻っていた。
これも未来の強さ。だからやっぱり私はどこまででも未来の事が好きだ。
「はい、じゃあ次、穂奈美!」
そんな未来を見てると私はなんだか可笑しくなって笑ってしまう。
「ええ? 未来の後は話づらいよ……そんな大したエピソードも無いし……」
「いいからいいから」
「私も聞きたいな」
そう、穂奈美の恋愛ネタには凄く興味があった。お嬢様である彼女は何か私達のような常人とは全く別次元の恋愛をしているように思われたからだ。
「じゃあ……私ね…………ブラコンなの」
え?
穂奈美の突然の告白に、私と未来は目が点になる。
「わ、笑わないで聞いてね! ……その……私、お兄様の事が好きなの」
ええと……それは……
何だろう。これ未来の話よりもずっと衝撃的な告白なんじゃない……?
「あ、えっと! 愛とかそんなんじゃ無いんだと思う……だ、だってそれはいけない事だから! それくらいはちゃんと理解してるよ、ちゃんと……多分……」
な、なんでそんな自信なさげなの!? しかもこんなに恥ずかしがってる穂奈美、初めて見たし!
駄目! 駄目よ、穂奈美ちゃん! 実のお兄さんに想いを寄せるって、それを世では禁断の恋って言うんだよ!
「な、ナミナミ〜それは真の事かい?」
たまらず未来が口を挟む。
「じょ、冗談なんかじゃないから! だってお兄様すっごく良い人なんだもの。妹の私を本当に大事に、優しくしてくれるし、誕生日やクリスマスには必ずプレゼントだってくれるの……メッセージ付きで!」
うわあ……聞いてる方が恥ずかしくなってくるような話。
なるほど相思相愛ってわけね……
「だから他の男の子に恋した事なんて無い。もし私がそんな事になったら、お兄様はきっと悲しむだろうし、そんな悲しむお兄様を私も見たくないもの……」
……まあ分からなくもないか。
もし自分がお兄さんの立場で、穂奈美が妹だったら、可愛くないわけが無い。愛とはまた違うにしても、絶対妹の事を好きになる。
あんまり健全だとは言えない関係だけど、穂奈美にならそれくらい許されても良いような気がする。なんてったって私達と彼女では同じ地球で生まれはしたものの、全く違う世界に育ってきた生き物なのだから。
私達に出来る事と言えば、いつの日か一線を越えてしまわないよう、彼女を暖かく、注意深く見守り続けることくらいか。
けど、穂奈美のお兄さんってこれまたどうしようもなくイケメンなんだろうなあ……ちょっと会ってみたいかも。
と、まあこんな具合で、蓋を空けてみれば私が一番全うな恋をしているというか、いや、恋をして来なかったというだけの話なんだけど、やっぱ西高って色んな人がいるんだなあ……と改めて思い知らされた瞬間であった。
「いやー終わった終わった」
ちょうど男子のお皿洗いも一段落したようで、私達の恋愛トークもキリの良いところでこれにて終了。
「そろそろ絵里達も戻って来る頃だろうから、そしたらゲームでもするか」
そういえば来栖さん。彼女はこれまでどんな恋をして来たのだろう……
ちょっと聞いてみたかった。
ま、聞いたところで真面目に取り合ってくれるわけないか。
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帰って来た二人を交えて私達はトランプやウノのようなゲームをしてしばらく遊んだ。
何をやっても沢北君が断トツに強くて、名倉君と来栖さんが断トツに弱いのがなんとも面白かった。
彼等は幼馴染だという事だったけど、小さい頃からカードゲームなんかして遊んだりはしなかったのだろうか。
……実はちょっと期待してた事があって。
皆が揃ってじゃあ何のゲームをしよう、ってなった時に私は誰かが「王様ゲーム」って言ってくれたらいいなって、こっそりそんな風に思った。加西君あたりがそんな提案してくれないかな、なんて。
下心があるとか、やましいとか思われるのはちょっとイヤだけど、なんか一度くらいやってみたいって気もするじゃない?
ほら……好きな人もいるんだし。
まあそんな私の望みは叶わなかったわけだけど、それでも十分楽しめたから別にいいや。
王様ゲームは、また次の機会に期待しよう。皆が集まる、また次の機会に。
……次の機会ってあるのかな? あったらいいな。また、皆で旅行に行けたらいいな。
高校生の夜は長いです。
なんてったって若いですから。
一晩くらい寝ずに遊び通しても全然へっちゃらなくらい。




