第13話 GW大作戦(2) 幻の五枚葉
第13話 GW大作戦(2) 幻の五枚葉
「到着致しました! こちらが本日宿泊するコテージとなります!」
いつの間にか先陣を切っていたのは加西で、すっかり一団をまとめあげている。
いいや、俺そういうの得意じゃないし。出来る奴に任しておこう。
「わあ! おっしゃれー! これ今日と明日私達の貸切でしょ!?」
福田は何でも喰いつきがいい。これだけ喜んでくれるやつがいると俺の努力も報われる。
「じゃあ中に入ってみましょ〜!」
加西の合図で玄関の扉が開かれる。というか俺がさっき管理人から借りてきた鍵で開ける。
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「おお〜」
全員の感嘆の声がシンクロした。宿を選んだ俺どころか、あの無感動主義を貫く絵里までもが思わず声を漏らしてしまったほどだ。
ログハウス仕様の木組みのコテージは外からでも十分にその雰囲気の良さを味わうことが出来たが、中に入ってみるとやはりというか、いや期待以上の代物だった。
何だろう、この木の独特の甘い臭いがたまらない。腹が一杯になるまで深呼吸したくなる、そんな感じだ。
「素敵!」
「すげー!」
「いい香りがするね」
「名倉君センスいいですね!」
皆が思い思いに賞賛の言葉を述べる。
今回俺達が宿泊するこの二階建てコテージの間取りを簡単に説明しよう。
まず玄関から入ってすぐそこはリビングとなる。中央にはこれまた雰囲気のある大きなウッドテーブルが据えてあり、それを挟み込むようにして横長のソファが二脚置いてある。ここで皆で話をしたり、ご飯を食べたりするのが良さそうだ。テレビやステレオコンポなんかも置いてある。
リビングの端には対面式のキッチンスペースも備えてあり、当然水道やコンロも使えるので夕食は女性陣にカレーでも作ってもらおう。
リビングを抜けるとそのままウッドデッキにつながっており、玄関とはまた別の所からもっとお洒落に外と行き来することも可能だ。管理人の話によると陽が暮れてしまえばここから綺麗な星空が拝めるらしいが、外に出てのんびりと星を眺めるにはまだ少し夜は寒いだろう。
これにバスルームとレストルームで大体一階部分の紹介は終わりだ。その二つはまあ普通の風呂とトイレで特筆すべき点を挙げるとすればどちらも清潔である、くらいか。ああ、バスルームの大きさも一般家庭と同程度だと思ってもらっていい。一人ずつ順番にシャワーを使わせてもらう形になるだろう。
二階の構造はいたってシンプルだ。二つの寝室とそれに続く廊下のみとなる。
寝室はどちらも四人部屋で長方形の部屋にベッドが四つ。二つずつ部屋の両サイドに並べてあり、その配置は部屋間で変わらない。
もちろん今回俺達は男女分かれて部屋に泊まるので(これには加西がかなりごねた)まず問題無いとは思うのだが、それでも万が一のため部屋の扉には内側から鍵がかけられるようになっている。これで女性陣も安心して夜は眠れるというわけだ。
とりあえず各自部屋に荷物を置いて、コテージ内の探検を一通り済ませた俺達はもう一度リビングに集合した。
これから何するかを決めるためである。
そう、実はというもの俺達は宿泊施設以外全くノープランでやってきたのだった。こうもコテージが居心地がいいと、ずっと中で過ごしていてもいいんじゃないかという気がしないでもないが、せっかく旅行に来たのだし、色々とアクティブに活動したいのがお年頃の高校生というもんだろう。
「えー……では、こ、これからやりたい事について……い、意見を集めたいと思います」
会議の進行は梨子の役となった。あー全く向いてない。ガチガチの噛み噛みにもほどがある。
「私はあまり面倒な事をしたくない」
口火を切ったのは絵里で、いつになく積極的に意見交換に参加している! ……と思ったらただ単に一番初めに釘を刺しておきたいだけだった。
「そ、そうですか」
絵里の発言を書記役のボンがノートにまとめる。
「来栖さんの他に意見のある方……」
神宮寺の手が上がった。
「はい、穂奈美ちゃん」
「とりあえずお昼を食べませんか?」
「僕も賛成だね」
沢北が続く。
「もう結構良い時間だし、それなら来栖さんも文句はないでしょう?」
そう言って沢北は横目に絵里を見る。
「チッ……生け好かない野郎だ……」
絵里も変に意地張らずにもっと素直になればいいのに。
馴れ合いは諸悪の根源とでも思っているかのような節がコイツにはあるからな。俺とボンに対する10分の1くらいでも皆に心開いてくれれば、もっと円滑に事が進むのに……
ん? でもよく考えてみれば絵里は俺に対しても別に優しく接してくれてなんかいないぞ。むしろ何を言っても構わんと思っているからか、人一倍殺人的な言葉の暴力の受け皿となってるような気がする……
要はみんなにも慣れてもらうしかない訳か。まあ二日も一緒に過ごせば大体要領を得てくれるはず、そう信じるしかない。
壁時計に目をやると、確かにもう13時を過ぎようとしていた。
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「うおっ! これもしかして全部穂奈美ちゃんの手作り!?」
「ちょっと待っててね」そう言って一人部屋へと戻っていった神宮寺は、何やら両手に抱えきれないくらいの荷物を抱いて戻って来た。
それらの一つ一つを順にテーブルに並べていく姿を俺達はただ眺めるばかりで、圧倒され一言も発する事が出来なかった。
そして、神宮寺の動きが止まった頃には、目の前には所狭しと敷き詰められたお弁当の海が完成していたのだ。
定番のおにぎり、サンドイッチに唐揚げ、玉子焼き、ポテトサラダから肉じゃが云々……デザートにフルーツポンチまで用意されているという周到ぶりだ。
「ううん、旅行の話をしたらお母さんが張り切っちゃって……私が作ったのはおにぎりとサンドイッチくらい」
出た、張り切り者のお母様。
見ず知らずの娘の友人の為にここまで至れり尽くせりしてくれる母親を、俺は他に知らない。
「それにしても凄い量だね……」
梨子の目が泳いでいる。お弁当の海で泳いでいる。おそらく目の前に広がるこの嘘みたいな現実を彼女は受け入れられなかったのだろう。
しかし神宮寺は本当にこれだけの量をどうやって家から持って来たのか。荷物のほとんどが弁当だったのではないかと思うくらいの光景がそこにはあった。
どうしようもなく疑問をぶつけたい衝動に駆られたが、それは謎の多い神宮寺のお嬢様という属性を尊重して俺はあえて何も聞かなかったし、誰もその点に関してはつっこまなかった。
きっと現実の物理法則が全く通用しないところに彼女は存在しているんだろう。と、とりあえずそう解釈しておく。
「ではでは……いただきまーす!」
福田にならって俺達は神宮寺のお母様の手料理をありがたく頂戴することにした。
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なんというかその……期待に寸分違わず美味い。
加西なんかさっきから「うめー!」とか「さいこー!」とか「おかあさーん!」とかわめき散らすくらいだし(最後のはよく意味のわからん感情のほとばしりだが)、沢北もボンも、もちろん俺も今回のお弁当の件で神宮寺に対する好感度が一気に上昇したことは間違いない。
正確には神宮寺本人が作った料理では無いのだが、そこはもうなんか食べてる間に俺達の頭の中にある肉じゃがを煮込むお母様像が、いつのまにかエプロン着用の神宮寺本人の姿へとすり替わっているのだから不思議なものだ。不覚にも錯覚。
この恋愛ダービー、まず第一コーナーを大きくリードする形で飛び出したのは神宮寺穂奈美であったというのは共通認識で問題なかろう。いや、なにもこの旅行にそんな裏の事情は一切無いのだが。
……ああ、忘れてた。神宮寺に対する評価を改めた奴がここにもう一人。
「はむっ……むしゃむしゃ……はむっ……」
馬鹿みたいに食に関して正直なやつが。
「おお、絵里。その食いっぷりから察するに、お前相当この弁当の味に感じ入ったな」
絵里の手がふと止まる。
口腔内の物を一通り嚥下し終えると、絵里は視線を上げ、ぐるっと一同を見渡した。
これから何が起こるのかと俺達は固唾を飲んでそれを見守る。
そして絵里は神宮寺を真っ直ぐに見据えると、
「……お前を私の従僕にしてやろう」
いやいや遠慮なく辞退させて頂くから。
「え? あ……お、お友達なら……ね、来栖さん?」
見ろ。あの精神メモリの80%は常に余裕をキープしていそうな神宮寺嬢がすっかり対応に困ってしまっているじゃないか。
「私の事を特別に主(あるじ)と呼んで構わん」
どう考えてもその呼び名の方が相当にハードルが高いだろう!
「あはは! 来栖さん、チョー面白い!」
福田は大ウケだが、マジなんだよコイツは。絵里はマジでそういう事を言う奴なんだ。
まあこれを少し打ち解けられたと捉えるなら、神宮寺が用意したお弁当というイベントは実に幸先の良いスタートを切ったといえよう。
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「こほん……え〜ではお腹も満腹になりましたところで、会議を再開したいと思います」
心なしか梨子の進行が滑らかになっているような気がする。さすがに少し慣れて来たのか。
「はい!」
福田の手が勢い良く挙げられる。この議会は挙手制だったのか。
「どうぞ、未来さん」
梨子は福田の発言を促す。
「私は……お散歩がしたいです!」
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というわけで俺達は食後の運動がてら付近の散策に出る事にした。
俺としては食後はのんびり昼寝……と洒落込みたい気分だったが、まあこの旅でそんな事が許されることもないだろう。
先頭を率いるのは加西と福田。後ろに神宮寺、沢北、ボン、梨子が続いて、俺と絵里はその後ろを少し距離を置いてトボトボついて歩く感じだ。
先頭の二人はとにかくテンションの限界というものを知らないのか、さっきから見るもの全てに思いつく限りの賛辞を並べなければならない縛りでもあるかのような狂乱ぶり。
その後ろの四人は会話を楽しみながらせっせと足を動かしているようだ。ボンもすっかり梨子のクラスメイトとも打ち解けたみたいで、楽しそうにお喋りをしている。そう、普段の俺達との会話では決して見せないような心の平穏を享受出来る幸せに満ち満ちた笑みを浮かべながら。
梨子は沢北と残りの二人を挟んで反対サイドにいることから、やはりというか、あまり沢北とは直接話は出来ていないのだろう。しかしまあ逃げ出さないであのグループに居留まろうとしているだけでも目に見える成長だろうか。
もう一度断っておくが、今回俺は梨子の為に全く小説を書いていない。宿の手配や旅程の確認でとてもじゃないが梨子の事まで気を回している余裕など無かった。
それにこんな無計画な旅である。どんなイベントが起こるかなんてその時になってみないと分からない。狙って打つ事の出来る普段の学校生活とは勝手が違うわけである。
……というわけで旅行中は梨子にはアドリブで頑張ってもらう。俺に出来る事といったらせいぜい梨子が何やら大変な事をしでかして、沢北の前で大恥を掻くような事にならないよう祈るだけだ。
そして一番後ろの俺と絵里。
絵里がよく散歩なんて付き合う気になったなと驚いたのだが、本人曰く昼食を食べ過ぎて気持ち悪いとのこと。歩いて少しでも消化を促進させようというつもりらしい。
いやコイツはコイツで本当に馬鹿だ。余らせてしまうのは神に失礼だとか何とか言って(神の前に神宮寺の母親にまず罪悪感を感じるのが道理だろう)、皆が食べきれなくなったものをほとんど全部一人で平らげてしまった。そこで女子らしさの片鱗でも見せてくれていれば、今頃コイツはこんなに苦しい思いをしなくて済んでいたというのに……いやはや全くもって現実は小説より喜なりだ。面白い事この上ない。
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そして帰宅。帰還。帰コテージ。
軽い散歩のつもりが戻った頃にはすでに陽も傾きかけており、結果として俺達はたっぷり三時間以上も外をうろつきまわっていた。
これでは軽い散歩どころか、立派なウォーキングだ。
もちろん原因は誰も加西と福田の暴走を止める事が出来なかった事にあり、彼らが野を駆け回り、木々に分け入るのに、俺達はただ付き従うだけだった。
そんな話をすると、あの面倒はしたくないとか何とか言っていた絵里辺りが黙ってはいないだろうと思われるかもしれないが、何の事はない。散歩を始め一時間ほど経ったところで、絵里はさっさと戦線を離脱し、コテージ近くのウッドベンチで昼寝を決め込んだのだ。
戻って来たら起こしてくれ、と言い残して俺の隣から去って行った絵里に、
「お前は女としての自覚がないのか!? 年頃の女が屋外で一人昼寝って……いくらここが田舎だとはいえ、その、色々と危ないだろ!」
と注意してみたが、つまるところ俺はいつまで続くかわからないこの飽くなき徘徊に早々と見切りをつけた絵里と、そうする事の出来る彼女の立ち位置がただただ羨ましかっただけである。
まあ現実問題絵里が誰かに襲われるという事など万に一つもあり得ない。あいつの凶暴さを知る人間なら、返り討ちにあう暴行未遂犯の姿が目に浮かぶ事だろう。全く絵里に手を出そうとした人間にむしろ同情したくなるくらいだ。
そんなこんなで俺は唯一の話相手も失い、もう後は意地と根性だけで、散歩というのは名ばかりのこの苦行のようにハードなインディージョーンズ顔負けの探検に付き合っていたのだが、それも福田が4つ葉のクローバーを見つけた事をきっかけに、「4つ葉があるなら5つ葉もあるはず」という何の根拠も無い自説を唱え出した所で限界を迎えた。
馬鹿な加西は本気でこの一面に雑草が生い茂る丘から5つ葉のクローバーを見つけ出す事を一同に命じ、お人良しな従者達は特に目立った異論も唱えず、その場にみんなで屈み込み必死に探している、フリをしていた。
「アホかお前らは!!」
だからそう言って、あまりに帰りが遅いのでしびれを切らして俺達を連れ戻しに来た絵里を見て、俺は生まれて初めて本物の女神に出会ったような気がしたのだ。
「わざわざ旅行に来てまで、旅先で何時間も草いじりに勤しむ高校生がどこにいる!!」
最も世の理を解さぬと思っていたその人物が、まさか俺の知る最大にして最上の常識人であった事は盲点だったと言えよう。
ありがとな、絵里……
お前のおかげで俺はこれを使わずに済んだ。
3つ葉を二つ組み合わせ、余分な一枚の葉を千切りとる形で精巧に模した「幻の5つ葉の」贋作を、俺は手の中で握り潰した。




