第11話 名倉司令と柊二佐
第11話 名倉司令と柊二佐
もちろん名倉夏樹と柊梨子の物語はこんなところで終わりはしない。
初戦の白星で勢いづいた俺達は、その後も破竹の勢いで勝利を重ねる。
第二章「梨子、負傷する!? の回」では、体育の授業中に不注意から足をひねってしまった梨子を、たまたま、偶然近くをランニングしていた沢北春が発見。肩を貸してもらい二人は一緒に保健室へと向かった。
第三章「梨子、お弁当を作る!? の回」では、いつも売店のパンで昼食を済ませている未来の為にとお弁当を用意して来た梨子だったが、偶然、たまたまその日は珍しく親の手作り弁当を持参してきた未来の代わりに、梨子の弁当は巡り巡って沢北春の元へ。
無論、梨子のクラスの友人には大いに協力してもらった。
つまり彼女達には直接言わないにしても、梨子の昨今の驚異的快進撃の裏にいる名倉夏樹という参謀の存在を勘付かれつつある。
……というか、もろにバレている。
「あ、名倉くーん! 今度は何すんの?」
「あんまり恥ずかしい事はさせないでね?」
と、いった具合だ。
もちろん「小説」の存在までは彼女達は知らない。あくまで沢北との会話は梨子の独力で成立していると信じ込んでいる。
そのくらいで丁度いい。
何もかも知られては色々と不都合な事があるからな……
そして4月も終わりに差しかかった頃――
「柊二佐、俺達は数々の死闘を繰り広げてきた」
「はい、名倉司令」
場所は名倉邸、第二層第一ノ間。
そこはいつの間にか沢北春対策室第一司令本部の体をなしていた。
「そしてその全てにおいて輝かしい戦績をあげてきた、違うか?」
「はい、司令。その通りです」
梨子もさすがにもう危機は去ったと感じたのか、俺の部屋に上がるのもためらわなくなった。
最近は家から自転車でやって来る。わざわざ電車を使うよりその方が早いらしい。
「そろそろだな……」
「……と言いますと?」
一体いつまでこの芝居じみたやり取りを続けるのかとも思ったが、俺から始めた事なので途中で辞めるのも忍びない。
「名付けてGW大作戦!」
俺は机を叩きつけ立ち上がる。
「GW大作戦……さ、作戦内容は!?」
負けじと梨子も立ち上がる。
「任務だ、柊二佐。お前に対象沢北春と一泊二日の小旅行を命ずる!」
こうやって指を突き出して、えいや! 的な。
「え? 二人きりで旅行!? いやいやいや無理無理無理、ぜ、絶対無理だからっ!」
慌てふためき素に戻る梨子。
せっかくノってきたところなんだからもうちょっとやろうぜ、柊二佐。
少し残念だったり。
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「いや、でもこれはもしかしたら高校生活最初で最後のチャンスかもしれんぞ? GW明けには部活の本入部が始まり、今みたいに遊んでる暇はもう二度とないといっても過言ではない」
確かに……。
噂によると沢北君はサッカー部に入るつもりらしいし、厳しい事で評判のあの部にはおよそ旅行に行く暇なんて与えられないだろう。
ううう……でも二人きりはさすがに無理!
「名倉君! 一緒に来て! お願い!」
「いや、お前、それじゃ色々と意味が無いだろう……」
「じゃあ未来も穂奈美ちゃんも誘ってみんなで行こう! ね、お願い!」
だって沢北君と二人きりで何十時間も過ごすなんて私死んじゃう……!
私の演技が続くのはせいぜい10分が限界だもん……。
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「んん……しかしなあ……」
「きっと沢北君も人はいっぱいいた方が楽しいって!」
梨子が懇願の眼差しを向ける。
嘆願? いや、直訴?
「……まあ確かに二人きりはまだ荷が重いか」
結局は梨子に押し切られる形に。
その日の晩の内に梨子は沢北春にメールを送った。
行き先もまだ未定にもかかわらず、意外とあっさりとOKしてくれたらしい。これは割と脈有りなんじゃないか?
友人の二人も二つ返事で快諾してくれたようだ。
あの元気の良い方はまだしも、よくお嬢様の方も来ると言ってくれたな。案外箱入り、って訳でも無いのかもしれない。
当の梨子は「女の子だけ」って言う事にして、なんとか親の許可を得たらしい。
まあなんていうかそこはやっぱり一人娘だもんな、俺が親でも高校生の分際で娘を男と一緒に旅行に行かせようとは思わない。
「なんかこっちサイドばっかだから、名倉君の方も誰か誘っていいよ!」
って梨子は言っていたが、ならいっそ俺も行かなければ全てが丸く収まるような気がしないでもないが……
さすがに女三に男一の構図はちょっと沢北が可哀想か。
まあ本人は何でも無いようなフリを出来るんだろうけど。
しかしなあ、誰を誘ったもんか……
実を言うと……いや、実を言わなくても薄々勘付かれてるかもしれないが、俺は友達がそう多くない。
あまり人付き合いの良い方ではないし、誰かと一緒より一人でいる方が落ち着く、そんなタイプの人間だ。
俺に誘える奴といったら、
アイツくらいだよな……
ほとんど望み薄な気もするが。
まあその時は腹くくって俺一人で行こう。
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で、翌日。
昼食のパンになんとも男らしく噛り付いている絵里に、俺は恐る恐るそんな質問を投げかけてみた。
「な、なあ、絵里」
「……ふぁん?」
絵里は口いっぱいに焼きそばパンを頬張ったまま返事をする。
よく見れば右の頬に青のりが、左の頬に紅生姜が張り付いているではないか。
やめてくれ、せっかくの美人が台無しだから……。
「あーあのさ、GWに旅行とかどう?」
「……」
絵里の動きが止まった。口の。
「あ、もちろん二人じゃないぞ! ほら、柊って知ってるだろ? アイツとその友達とかと一緒に……」
「あの、クソ女とか……」
そうだ、いま思い出した。何故かはわからんが、絵里は梨子を毛嫌いしている。
いや、絵里が他人を敵視する事自体はそう珍しくない、というかほぼ基本なのだが、どうも梨子に対するそれは中でも特別、格別の憎悪にも似た感情を秘めているような気がしてならない。梨子が目立つのが気に食わないのだろうか。
「……やっぱ駄目か?」
ま、最初からあんまり期待はしてなかったし……
「……行く」
「えっ、お、あ、行くの!?」
あまりの驚きに思わずア行をコンプリートしてしまうところだった。
「行く」
二度繰り返されることによって、絵里の言葉は何か有無を言わせぬ絶対的な物へと昇華する。
「行く」
更にもう一度念を押されて、俺は本当に何も絵里に言えなくなった。
コイツ……本気で行きたいんだな。
「あ、もう食べていいぞ」
そして俺の合図と共に絵里は再びパンに噛りつく。
頬に食べカスがついていることも教えてやろうと思ったが、どうせまたすぐに新たな欠片をひっつけるだけだろうから、全部食べ終えるまで黙って見ておくことにする。
絵里が来てくれるなら俺も助かる。梨子のクラスメイトに一人混じるってのも、どうも肩身が狭いからな。
これは絵里にとっても友人が増える良い機会ではないだろうか? 梨子と仲良くなるのは無理にしても、その友達とならもしかしたら上手くやっていけるかもしれない。
しかし、こうなるとボンも誘わないとな……
俺は放課後ボンに同じ話を持ちかけた。
もちろんボンはすぐにその話に飛びつき、まだ説明を終わらない内から「行きます! 行きます!」と目を輝かせて参加表明をしてきた。
これで七人か……男三に女四ってまだ少しバランスが悪い気もするが、まあそこは別に合コンとかする訳でも無いし気にしないでおこう。
そんな感じで俺達は一泊二日のGW旅行に行くことになった。




