第10話 リベンジマンデイ
第10話 リベンジマンデイ
私、柊梨子15歳は今日大きな転機を迎えようとしています。
お母様、お父様、今日まで私を育ててくれてありがとうございました。
そして本日から新生柊梨子をどうか末長く宜しくお願いします。
なんて言ったものの、
「はぁ……本当に上手くいくかな……」
私はやっぱりどこか不安で、憂鬱な溜息をひとつ。
昨日は家に帰るなり部屋に閉じこもって、ずっと今日のための練習をした。
役者さんが舞台の台本を読み込む、まさにそんな感じ。
一応セリフは一字一句、沢北君の分までちゃんと頭に入っている。
彼がその通りに喋ってくれるという確証は無いけれど、まあ大体似たような事を言ってくれたら、なんとか会話を続けていけるくらいの臨機応変さは……無いけれど、た、対応出来るくらいには練習したもん!
つなぎの動作だって鏡を観ながら何度も繰り返したし、名倉君の筋書きに問題は無いはず! それは私が保証する!
だけどやっぱり緊張する……
私はいつもより早い時間に学校に到着した。
そう、いつか沢北君と遭遇したちょうどあの時間帯に。
その後の調べで、いつもは始業時刻間際にやってくる沢北君が唯一月曜日だけは友人の都合で早くに登校するという情報を私達は掴んでいた。
つまり先週の月曜日と同じく、今日沢北春はこの時間に、この昇降口に姿を現すということだ。
だから私はこうして待っている、ここで沢北君が来るのを。
ざっと7×24時間前、私が失敗してしまった会話のリベンジを私は今果たそうとしているのだ。
そして私は外靴をロッカーにしまい込み、上履きを取り出すことのないまま、ここでこうして彼を待ち続けている。
少し足先が冷えてきた。
沢北君まだかな……もしかして今日は来ないんじゃ……
そう思った矢先の事だった。
「……でさぁ、数学の……」
駐輪場の方から覚えのある男子生徒の声が聞こえて来る。
来た……!
心拍数が一気に跳ね上がる。
呼吸が苦しくなって、思わずその場から逃げ出したい衝動に駆られる。
だけど……!
私は逃げない!
ここで逃げたら私はみんなを……名倉君、未来、穂奈美、そして自分を裏切る事になる!
見てろぉ……昨日までの私! 今日の私は一味違うんだからっ!
「お、おはよう! 沢北クン!」
昇降口へと姿を見せた沢北春に私はいち早く声をかけた。
彼がまだ私に気づかない内に、私の方から先に彼に声をかける。そうじゃないときっと彼の方から先に挨拶をされてしまい、そうなったらもう完全に彼のペースだ。
会話の主導権を握られてしまったら終わり。私はまたいつかのパニックを繰り返すだけの笑い者になってしまう。
「ああ、おはよう柊さん。早いね」
よし! 第一関門クリア!
とりあえず沢北君に笑われる事は防げた!
それにしても名倉君の考えたセリフはすごい!
「早いね」までそっくりそのまんまだ!
これは……イケるよ!
ここで私は出し惜しみしていた上履きをロッカーから取り出す。いつまでもそこでぼーっと突っ立ってるのは「不自然」だからだ。
「ねぇ、沢北クン」
上履きに足を通しながら、私は次のセリフを口にする。何か他の動作をしながらでも話を続けるのが「大人の余裕」。
「昨日の『恋ない』みた?」
『恋なんかしてない』、先週から始まった日曜夜22時スタートのドラマだ。
名倉君は私の隣で靴を脱ぎ始める。
「それドラマ? うーん……僕あまりテレビ見ないから……」
キター!
名倉君の「真面目で優男のスポーツマンはテレビなんか見ない」説大当たり!
……と言いつつ実は私も『恋ない』見てないんだけど。
「あれ、すっごい面白いんだよ! 沢北君も見てみてよ! 日曜日ならちょっとくらい時間あるでしょ?」
上履きを履き終えた私はしかしその場から離れず、くるっと沢北君の方に向き直る。
カバンを提げた両手を後ろに組み、少し上体を屈めて下から覗き込むようにして彼に話しかけるのだ。
あれ? いつまでもじっとしているのは不自然なんじゃなかったの?
いいえ、用事が済んだのにまだ会話を続けようとする事で「ちょっと貴方に気があるんだ」をさり気なくアピールしている! のだそうです。
「へぇ……柊さんがそこまで言うなら来週は見てみようかな」
沢北君は下靴をロッカーにしまい、代わりに上履きを取り出す。
そろそろタイムリミットだ……
そして――
「あ、でも日曜日だよね? それまで覚えてるかな……」
彼はトリガーを引いた。
完璧だよ、名倉君。
「あ、じゃあ私が教えてあげる! 沢北君連絡先教えて♪」
最後はありったけの「営業スマイル」だ。
「いいよ、柊さん携帯貸して」
こうして私は名倉君の小説通りに、見事沢北君の携帯番号とメールアドレスを手に入れた。
後で照らし合わせてみてわかったのだが、なんと小説中の沢北君のセリフ的中率は驚異の98%を記録していた。
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「ふふふ〜ん♪」
「なになに梨子? なんか今日はご機嫌だね?」
「二人共、これ見て、これ」
私は自分の携帯の「沢北春」と登録された連絡先のページを未来と穂奈美に突き付けた。
「うそ……梨子ちゃんどうやったの!?」
あの穂奈美までもが目を丸くして驚いている。
「ヒ・ミ・ツ♪」
本当は私の力じゃないんだけど、でもちょっとくらい良い気になってもいいでしょ?
だって、私今すっごく幸せなんだから!
「こらー梨子ー! また隠し事かー!」
「へっへー♪」
その日の晩、私は名倉君に報告とお礼の電話を入れ、ついでに彼からの着信拒否を解除しておいたのだった。




