サンタからのプレゼント
「おやすみなさい、ママ」
「おやすみ」
母親が部屋から出て扉を閉めた微かな音を聞き、男の子は暗い部屋の中で閉じていた目をそっと開きました。
「今年こそサンタさんを見るんだ」
男の子はそう呟き靴下を吊るしたベッドの中から窓の外を見つめました。
厚く黒い綿菓子のような雲が夜空を覆い隠れた星の代わりにチラチラと白い雪が舞っていました。
雪は風に吹かれることなくゆっくり降り家々の屋根や道路に積もっていき、街灯に照らされた街並みはまるで砂糖をたっぷりまぶしたシュトレンのようでした。
男の子は静かに舞い降りる雪以外動かない外の世界を見つめていたが徐々に目蓋が落ちていきました。
眠りに落ちる直前、男の子はシャンシャンと鈴を鳴らした軽やかな音を聞いた気がしました。
「ここ、どこ?」
気が付くと男の子はいつの間にか雪に覆われた針葉樹林にいました。
細い先端を空に向かって真っ直ぐ伸ばす針葉樹はまるで槍のようで雪に埋もれ静かに並び立つ姿は槍の墓場のようにも見えました。
「ワシの、まぁ庭みたいなもんじゃな」
と男の子の背後から少ししわがれた声が聞こえてきました。
慌てて後を振り返り見た男の子は目を丸くして驚きました。
「あー、そう驚かなくてもいいじゃろ?」
そこには暖かそうな赤い服に身を包んだ白髭の老人とその傍らには大人が1人寝そべれそうな大きさのそりに繋がれた馬より一回りだけ小さなトナカイがいました。
「も、もしかして?」
「ん?」
「サンタ……さん?」
「おぉ、そうじゃ。よく解ったな」
男の子の問いかけに口元を緩めてサンタは答えました。
「本物のサンタさんだ!」
男の子は嬉しくなり目を輝かせてサンタに駆け寄り抱きつきました。
「会えた!本物のサンタさんに会えた!」
「喜んでくれるのはありがたいんじゃが少し落ち着いてくれんかのう」
サンタは満更でもない様子を隠しきれずに男の子の肩を優しく叩きながら言いました。
「あ、嬉しくってつい」
男の子は落ち着きを取り戻して腕を放しました。
「ところでなんで僕ここにいるの?サンタさんが来るのを家で待ってたんだけど……」
と辺りを見渡しながら男の子は聞きました。
「あー、実は昔こそ一軒ずつ回って行ったんじゃが年には勝てなくて動き回るのが辛くなってきたんでこうやって子供達のほうを招くことにしたんじゃ」
サンタはベルトに着けた鈴を軽く一振りして答えました。
「本当はうちに招いたほうがいいんじゃろうけど散らかってて誰かを招ける状態じゃないんじゃ。まぁ、寒くないようにしたからここでも問題無いじゃろ」
男の子はその時初めてこの雪景色の中自分がパジャマのままなのに寒くないことに気付きました。
「さてそろそろわしの仕事をさせてもらおうかの」
男の子はサンタのその言葉で思いだしたように勢いよくサンタの顔を見ました。
「プレゼントくれるの!?えっと、僕が欲しいのは」
「まぁ待て待て。慌てるな。その前に君に聞くことがあるんじゃ。それに答えてからにしてくれんかの?」
「あ、うん。解った……」
「そうしょんぼりせんでもいいんじゃよ。それでわしが聞きたいことはじゃな」
そこでサンタは少し真面目な顔をして聞きました。
「君は自分が一年間良い子だったと言えるかの?」
男の子はその質問に少したじろぎながら答えました。
「うん。僕は一年間良い子にしてたよ」
サンタは男の子の目を覗き込み
「本当に?」
とまた聞きました。
「う、うん。本当だよ」
するとサンタは男の子の顔から目をそらし軽く溜め息をついて言いました。
「これを見ても同じことが言えるかの?」
サンタが鈴を一振りすると空中に学校の机くらいの大きさの透明な板状の氷が浮かび上がりました。
サンタがまた鈴を一振りすると氷にまるでテレビジョンのようにある映像を映しました。
それは一人の女の子が何人かの男の子に囲まれて泣いている映像でした。
女の子を囲んでいる男の子達の中にサンタに招かれた男の子の姿もありました。
男の子達がペンダントを投げ合っていて女の子はそれを取り返そうと泣きながら追いかけているようでした。
その時サンタに招かれた男の子が他の男の子に向かって投げたペンダントが大きくコースを逸れ近くにあった高い木の枝に引っかかってしまいました。
それを見た女の子は大きな声で泣き出してしまい誰かが来ることを恐れた他の男の子達は一目散に逃げて行きました。
投げた男の子は迷う素振りを見せたけど結局他の男の子の後を追うように逃げていきました。
「ここでもう一回聞くけど君は本当に一年間良い子だったのかの?」
サンタが男の子の顔を見ながら聞きました。
「あ、う……」
男の子は返事ができず口ごもってしまいました。
そんな男の子の様子をみたサンタはまた一つ溜め息をつきました。
「嘘をつくのはダメじゃぞ。そんな悪い子には」
サンタは傍らのそりに繋がれたトナカイの轡に手をかけ
「プレゼントじゃ」
一気に外しました。
放たれたトナカイは軽く首を振り口を大きく開けると全身から骨が軋むような音を立てながら徐々にトナカイの身体が変わっていきました。
「ふう、ジジイ久しぶりじゃねーか」
おもむろにトナカイだったモノが二本の足で立ち上がって言いました。
「そうじゃなクランプス」
トナカイだったモノ、クランプスは男の子へ顔を向けました。
その姿はまさに話に聞く悪魔そのものでした。
蹄があった四肢は伸びた爪が生えた五本の指になり口からは狼のような鋭い犬歯が覗いていました。
トナカイの名残を残す唯一の物は頭から伸びた二本の角だけでした。
「そんでコイツでいいのかジジイ?」
クランプスは男の子を見ながら舌舐めずりをしてサンタに聞きました。
「ああ、そう。その子じゃよ」
サンタは無表情で答えました。
「そうかい。そんじゃあ」
クランプスは目にも止まらぬ速さで男の子に襲いかかり押し倒しました。
「いただきます、だ」
大きく開けた口をゆっくり男の子の顔に近づけていきました。
男の子の頭の中でごちゃごちゃと様々な思い出が浮かんでは消え過ぎ去っていきました。
そして最後にあの女の子の顔が浮かびました。
クランプスの口が男の子の頭を噛み砕く直前
「素直に認めて謝ってればこんなことにならなかったのにのう」
というサンタの呟きが聞こえた気がしました。
滝のように流れる汗をかきながら男の子は飛び起きました。
胸が早鐘を鳴らすように動き両手も震えていました。
慌てて周りを見ると見慣れた自分の部屋でした。
「夢、だったの?」
襲われたことが夢だったと解り全身から力が抜けた男の子はベッドに倒れこみました。
そこでふとベッドに吊るした靴下が少し膨らんでいることに気づきました。
再び全身が緊張しおそるおそる靴下の中身を出してみました。
中からは男の子が投げたペンダントが転がり落ちました。
ドイツやオーストリア、ハンガリーのサンタクロースこと聖ニコラウスにはクランプス(Krampus)という悪魔の同行者がいるそうです。
その姿は夢魔に似ていて悪い子にお仕置きをして歩くのが主な仕事だそうです。
日本でいうなまはげですね。
今でもドイツではKrampuslauf Grazというクランプスの祭りをやっているようで参加者のマスクの完成度には目を見張るものがあります。
そんなクランプスとトナカイが同じだったら?というテーマで書いてみたいなと思っていたので冬の童話祭はちょうどよかったです。
ちなみに作中のシュトレンとはドイツでクリスマスシーズンに食べるパンです。
毎日少しづつ食べていって味の変化を楽しむのがポイントらしいですね。
後書きが長くなりましたのでこのへんで。
読んでくださりありがとうございました。