5. 夢見(T)
寝台に、1人の女性が身を横たえていた。
寝台をたゆたう様に流れる、緩やかな波を描く長い藍色の髪に、水晶を思わせる透き通った水色の瞳の女性は、隣で幼けない顔を悲しみに歪ませるわが子の頬をそっと擦った。
「――― テミちゃん、そんな顔しないで。折角の美人さんが台無しよ?」
くすりと笑いを零す女性に、子は更に瞳を歪ませる。痛みを堪えるかのように俯き、床を睨みつける子の様子に軽い溜息を零し、女性は子の頭を両手で掻き抱いた。
「別にテミちゃんのせいじゃないの。ちょっと、世界が我慢出来なくなっただけ」
「・・・でも、私が母上の力を奪わなかったら」
子の荒げた声は、女性の手によって塞がれる。
「それ以上は、言っちゃダメ」
内緒話をするように自分の口の前にも指を立て、女性はふんわりと笑った。
「世界の加護を失ってもテミちゃんを産む、と決めたのは私なんだから。私が背負う責なのよ」
女性は魔女だった。世界から加護を与えられ、自然を守護する存在。それ故に、加護を失い、役目を果たせない魔女は再び世界に呼び戻される。それは魔女としての生の終焉だ。
子を成し、魔女としての力の大半を失った女性は、世界に呼び戻されようとしていた。
黙りこんでしまった子の頭を撫でながら、女性は軽く柳眉を下げた。
「私の方こそごめんね、テミちゃんを魔女に産んであげられなくて・・・人に、産んであげられなくて」
子が魔女、もしくは徒人ならば負う必要の無い運命を課してしまったことを思い、女性は目を伏せた。子は首を振る。
「いいえ。私は、母上の子で良かったと思っています。今までも、とても幸せでした」
必死に言い募る子の様子に軽く笑い、女性も柔らかい笑みを零す。
「私もよ。・・・でも、やっぱり辛いわ」
そう言って、女性は子をしかと抱きしめた。
「またあの時みたいなことがあっても、私は戻らなきゃいけないからテミちゃんを守ってあげられない。私に出来るのは、成人の時までもたせることだけ。それ以上は何もしてあげられない」
「それで十分です。それに、また起こるとは限りませんから」
「そうかもしれないけど・・・何かあったときに傍にいられないと分かっているのは悲しいのよ」
女性は悲しげに笑んだ。子は安心させるかのように女性に笑顔を向ける。
「母上、私は大丈夫です。父上と母上の子どもなんですから、自己管理くらい自分で出来ます。それに、頼りになる兄上もいらっしゃいますし」
「・・・そうね」
子に過保護すぎるくらい甘い義理の息子を思い浮かべ、女性は表情を和らげた。
「エル君と仲良くね」
「はい」
「バートのこと、頼むわね。すっごく寂しがりやだから」
「存じております」
真剣に頷く子に苦笑し、女性は子から手を放す。
「そろそろ、バートを呼んできてくれる? バートともお話したいの」
「分かりました、母上」
子は一瞬瞳を歪めたが、すぐにコクリと頷いた。女性から離れ、部屋の出口へと近づく。その後姿に、女性はそっと声をかけた。
「・・・・・・テミちゃん」
「はい」
「前みたいに、"母様"って呼んで」
「・・・・・・」
「あと、テミちゃんの笑った顔が見たいな」
無邪気な願いに、子の掌が強く握られる。しばらくしてそれが解けたとき、女性の目に華のような笑みを浮かべる子の姿が映った。
「・・・では母様、また後で」
その目尻にうっすら溜まった涙に気づかれないうちに、子は部屋を退出する。
それが、女性が子の姿を見た最後だった。
「――― ・・・?」
視界に、見慣れた寝室の天井が映る。テミスリートは軽く目を瞬かせると、そっと寝台から身を起こした。
「(夢・・・か)」
随分と懐かしい夢だった。感慨に耽り、目尻に浮いた涙を軽く擦ると、テミスリートは寝室の窓に目をやった。
まだ夜は明けていないらしく、闇の中にランプの光がちらりと浮かんでいる。
傍らに目を遣ると、寝台の側の小机に置かれたバスケットの中、背中の羽に顔を突っ込んで眠るイーノの姿が目に入った。
その様子に苦笑を漏らし、テミスリートは再び寝台に身を横たえる。
ふと、自分の掌に違和感を感じ、テミスリートは掌を軽く握った。手が痺れたように動きが鈍い。
「(やっぱり・・・)」
最近、身体の調子がおかしい。時折思ったように身体が動かなくなったり、息苦しさを感じたりすることがある。
以前から健康とは言い難ったため、大事ではないと思っていたが、そう思い込むにはそろそろ限界があった。
「(成人から2年・・・もった方だな)」
シェーラが心配していたことが起きようとしている。一度経験のある身だからこそ、確信を持っていえた。
ふるりと、テミスリートの身体が震えた。
「(・・・やっぱり、少し怖いな)」
成人を迎えてからずっと覚悟していたことだ。それでも、現実に迫ってくると恐怖を覚える。それを振り払うように、テミスリートは布団を頭から被った。
「(せめてナディア様が世継ぎを産まれるまで、このままで・・・)」
叶うかも分からない望みを胸中で呟き、テミスリートは瞳を閉じた。
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