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側室殿の苦悩  作者: roon
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3. 疑問(N)

 5日ぶりに尋ねてきたエルディックを、ナディアは笑顔で出迎えた。


「こんばんは、エルディック様」

「・・・なかなか会いに来れなくて、済まないな」


 表情はほとんど変わらないものの、ションボリとした雰囲気が漂うエルディックに、ナディアはくすりと笑った。


「気にしていませんわ。こうして会いに来てくださいますもの」


 正妃という立場に就いていたとしても、王の妃の1人でしかない。公には最も優遇されるが、それが直接王の寵愛と結びつかない場合もある。事実、他国には正妃以外に寵愛した側室がいる王が存在するし、アトランドの歴史の中でもそういった王は少なからずいる。

 その点、エルディックの訪れが無いのは政が多忙であるからで、自分以外の側室の元に通っている訳ではない。それに、忙しくても時間があれば訪ねてきてくれる。

 来ない日があるのは寂しいものの、全く気にならない。

 頬を桜色に染め、嬉しそうに笑うナディアに、エルディックも目尻を下げた。


「ありがとう」

「? 礼を申し上げる必要があるとすれば、それは私の方ですわ」


 王が正妃の元に通わなければならないという謂れは無いのだ。エルディックが礼を言う必要はない。

 きょとんとしたナディアに、エルディックは眉を顰めた。


「いや、私が迷惑をかけているのだから、私の方だ」

「迷惑ではありませんのに・・・」


 軽く眉を顰めたナディアの髪を梳き、エルディックは憮然とした顔を向けた。


「・・・・・・私が言いたいのだから、言わせてくれ」


 喉の奥から搾り出したような声音に、ナディアは目をぱちくりさせた。言われた言葉を反芻し、さり気なく口元を隠す。

 そうでないと、笑ってしまいそうだった。


「(エルディック様ったら・・・)」


 表情だけなら怒っていると勘違いしてしまいそうだが、一緒にいる時間が増えてきたから分かる。

 これは、エルディックなりの告白だ。自分に依存していることを、甘えていることを拙い言葉で伝えようとしている。その様子が飼い主に気に入られたくて耳を下げ、こちらを伺っている大型犬のようで、ナディアは必死で笑いを堪えた。

 会う度に、愛しさが募る。


「・・・はい」


 ふんわりと笑みを浮かべると、再びエルディックの目尻が下がった。





「――― そう言えば」


 寝台に座り、エルディックに背を預けていたナディアは、ふと思いついたように顔を上げた。黙ってナディアの髪を梳いていたエルディックは眉を顰め、ナディアを見下ろした。


「今日、テミス様に祝辞を頂きましたの」

「祝辞? 一体何のだ?」

「さあ・・・?」


 ナディアは首を傾げた。

 祝辞を述べられた後その理由を聞いても、テミスリートは赤い顔で「その内分かります」と言うだけで教えてくれなかった。

 後で分かるといっても、気にはなる。


「エルディック様は、何か心当たりはありませんの?」


 テミスリートが知っていそうで自分が知らないことなら、もしかするとエルディックなら分かるかもしれない。少し期待を込めてエルディックを見上げると、渋い顔を返された。


「私に言われてもな・・・。あの子の考えは、私にも分からない時がある」

「エルディック様でも、分からないことがありますのね」


 意外だった。テミスリートはエルディックのことをよく理解しているから、エルディックもテミスリートのことは分かっていると、ナディアは思っていたのだ。

 ナディアが驚きに目を丸くすると、エルディックは顔を顰める。


「以前は分かったのだが、ここ数年はさっぱりだ。私に隠す事も増えたし、1人で何でも解決しようとするし、安心して1人にしておけない」


 その上、魔物までついている。

 エルディックは、喉までせり上がってきた言葉を無理やり押し込んだ。

 余計な事を言って、ナディアを不安にさせたくない。直接ナディアに関わることではないが、後宮に、それも良く会う人物の側に魔物がいると言われれば、とても心配するはずだ。

 そんなエルディックの胸の内には気づかず、ナディアは表情を和らげた。


「そうでしたか。・・・私の弟も、十を過ぎた頃から私の傍に寄らなくなりましたの。なんでも、子ども扱いして欲しくないのですって。テミス様もそのような時期なのですわ」


 何となく気恥ずかしさを感じて、以前は言えていた事が言い出せない時期というのはある。それは、人に頼らずに自立しようとする心の表れである。ずっと傍で見ていた身としては少し寂しいが、それは成長の証として受け入れていかなければならない。


「そうなの・・・か」


 エルディックのどこか寂しげな様子に、ナディアは苦笑した。


「テミス様は私よりしっかりしてらっしゃるから、大丈夫ですわ。それに、本当に困ったときはエルディック様に相談してくださいますでしょうし」

「そうだろうか?」

「ええ。テミス様はエルディック様のことがお好きですもの」


 茶会でエルディックのことが話題に出ると、テミスリートは密かに微笑むのだ。本当に密かであるため見逃しそうになるが、本当に嬉しそうに微笑する様子はナディアでも見惚れてしまいそうになる。

 それだけでも、テミスリートがエルディックを大切に思っていることが分かる。

 エルディックはナディアから視線を逸らし、軽く自分の頬を掻いた。


「(照れて・・・らっしゃるのかしら?)」


 よくよく見れば、ほんの少しだけ顔が赤い。

 そんなエルディックの様子は新鮮で、ナディアはまじまじとエルディックの横顔を眺めた。

 エルディックは視線だけをナディアに向け、目が合うと慌てて逸らす。そして、ナディア以外にも分かるほど顔を赤く染めた。


「・・・とりあえず、祝辞の理由を聞いて来る」


 ギクシャクと離れようとするエルディックの服の袖を、ナディアはそっと掴んだ。


「ナ、ナディア?」

「・・・久々にいらっしゃいましたのに、もう行かれますの?」


 恥かしさに居た堪れないのかもしれないが、5日振りの再会なのに1泊もせずに帰られるのは悲しい。

 落胆した表情を隠さないナディアを、エルディックは無意識に抱き寄せていた。


「・・・聞きに行くのは後日にしよう」


 急ぐわけではないし、全身で自分が居なくなると寂しいと訴える想い人を置いていけるほど、エルディックは老成してはいなかった。




 読んでくださり、ありがとうございます。

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