8.祭りの後に
8.祭りの後に
井川は良介から袢纏を受け取ると、颯爽と羽織った。
「よっ! 真打登場!」
純が声をかけた。
周りにいる見物客からも拍手が巻き起こった。
井川はそれに応えるように両手を挙げた。
休憩が終わり、担ぎ手たちが持ち場に付いた。
井川も担ぎ棒の下に潜り込んだ。
福本の号令で一斉に神輿を持ち上げた。
その瞬間だった。
井川が突然、腰に手を当ててその場に浸り込んだ。
「井川さん!」
良介は慌てて井川のそばに駆け寄った。
「やっちまった!」
「えっ!」
「ぎっくり腰だよ!」
その様子を見ていた福本が、一旦神輿を下ろさせた。
「なんだ? どうしたんだ?」
前方にいた担ぎ手たちが、何事かと一斉に振り向いた。
腰に手を当て、神輿の下からはい出してきた井川を見て町会の連中は腹を抱えた笑っていたが、担ぎ屋の連中はせっかくの勢いに水を差されてため息をついた。
井川は「申し訳ない」と平謝りしながら、どうにか公園のベンチまでたどり着いてもたれかかった。
「しょうがないわねぇ! ほら、それ貸して」
純が井川から袢纏を受け取った。
「おい、まさか、お前が担ぐのか?」
良介は純に尋ねた。
「そうよ。 良ちゃんは外に出てることが多いから知らなかったと思うけど、私も会社を辞める前は、このお祭りにずっと出てたのよ」
「そうなんですか?」
優子が羨望のまなざしで純を見ながらつぶやいた。
「優子ちゃんもやってみる?」
純が優子に聞くと、優子は「やってみたい」と申し出た。
「でも、大丈夫でしょうか? 私もお神輿なんて担いだことないですよ」
「あそこのダメダメ君よりはきっとマシだわ」
そう言って純は名取の方を見た。
「なんですか? その視線は!」
名取はちょっとイラッとしたが、代わると言うなら代わってもいいと思った。
優子は名取から袢纏を借りると、それを羽織った。
当然ながら、袢纏は優子の体には大きすぎてダブダブだった。
しかし、豆絞りのねじり鉢巻きをすると、一丁前の格好になった。
井川の位置に純が入り、神輿は神社に向かって出発した。
優子は最初は神輿の後ろをついて歩いていた。
ミユキが一緒に歩きながら、担ぐ要領を教えている。
頃合いを見計らって、カナエと交代した。
純の前の位置だ。
優子は、入った時こそリズムに合わせられず、何度か肩を叩かれたが、すぐにコツをつかんで神輿と一体になった。
神社の手前の大通りで、最後の休憩をとると、後は宮入に向かってプロの担ぎ屋と、町会の重鎮たちがメインで神輿を担ぐ。
小林商事の担ぎ手としての手伝いはこの休憩ポイントまでだった。
良介たち小林商事のメンバーは神輿の後に続いて神社まで行った。
宮入が終了すると、福本の合図で三本締めを行った。
プロの担ぎ手たちは振舞い酒を一杯だけ貰うと、福本に礼を言って引き揚げて行った。
神社の参道にはところ狭しと出店が連なっていて賑わっていた。
良介たちは福本に袢纏を返すと、参道をゆっくりと歩きながら祭りの雰囲気を楽しんだ。
「今日は、もうちょっと大丈夫かい?」
良介は純と優子に聞いてみた。
「もちろん。 これで帰れって言われた方が怒るよ!」
「了解! お前たちもどうだ? 軽くやっていくか?」
「僕は、こいつらがいるんで、今日は失礼します。 それに昨日ほとんど寝てないので」
小暮派そう言うと、二人の子供を連れて帰って行った。
「僕たちは大丈夫ですよ」
名取と青田は付き合うと言った。
「よしっ! 決まりだ。 待てよ… 何か忘れているような… まっ、いいか」
こうして、良介たちは、駅近くの居酒屋へ向かった。
その頃、昼に休憩した公園のベンチには、腰を押さえたままうずくまっている一人の男がいた。
「くそう! 一人じゃ歩けねえや。 あいつら、いつになったら迎えに来るんだ?」
井川は良介たちが迎えに来るのを、ただ待つしかなかった。
神村律子さん、ありがとうございました。