4.前夜祭(その3)
4.前夜祭(その3)
祭りの前日とはいえ、本来オフィス街であるこの辺は駅前といえども、土・日は平日に比べると飲食店は空いている。
休みの店も少なくない。
良介たちは、全国チェーンの有名店であるカラオケボックスを訪れた。
受付でメンバーカードを出し、人数を伝えた。
とりあえず、2時間の飲み放題コースで申し込んだ。
部屋は空いていたので、すぐに案内された。
「広い部屋ですね」
部屋に入ると名取が第一声を上げた。
先に女の子に入ってもらい、名取と独身の青田が女の子の隣に座れるよう、順番に部屋へ押し込んだ。
良介は一番入口に近い場所に座り、オーダーを聞いて回った。
「はーい! 私、モスコミュール」
手を挙げて叫んだのは喫茶店でアルバイトをしているミユキちゃん。
「私はウーロン茶で」
次に手を挙げたのは、ミユキと一緒に来ていた女の子は喫茶店の常連客で地元に住んでいるというカナエちゃんと言った。
続いて、名取は生ビール、小暮は生茶ハイ、青田はジントニック、良介は日本酒を常温でオーダーした。
席に着くなり、女の子たちはデンモクで曲を次々に入れていく。
名取も負けずに歌いまくる。
名取はこのメンバーでは最も若く、女の子たちとも年が近いので話が合うようで一人でご機嫌だ。
良介は独身の青田が女の子と楽しくできればいいと思っていたが、奥手の青田はカラオケも歌わず、ただ、飲んでいるだけで、時折、会話に加わる程度で、なんだか楽しそうにしていなかった。
小暮は覚悟を決めただけあって、名取と同様に楽しんでいた。
「日下部さんは歌わないの?」
カナエが聞いた。
「ああ。 恥ずかしくて歌えないよ」
すると、名取が勝手に曲を入れたようで、イントロが流れ始めたらマイクを持ってやって来た。
良介は仕方なくその曲を歌った。
「私この曲好き!」
そう言ってカナエが良介の横に移って来た。
実は、良介は毎朝、会社に来る途中、駅へ向かうカナエと駅の手前でいつもすれ違うのだ。
良介が神社で声を掛けて、その話をすると、カナエも良介の顔を見た時「いつもすれ違う人だ」と気が付いたという。
それがきっかけでミユキも誘ってカラオケにこうという話に発展したのだ。
ミユキは、いつも店にランチを食べに来てくれる青田の好意を寄せていた。
せっかく一緒に来たのに、隣の名取がうるさくて、なかなか声を掛けられずにいた。
小暮はミユキの様子を見ていて、そのことに気が付いた。
そして、周りの空気を全く読んでいない名取に耳打ちした。
名取は一瞬驚いてミユキの顔を見た。
小暮がミユキにウインクをしたのでミユキは小暮の意図を読み取った。
ミユキはすかさず、青田にデュエットをしようと持ちかけた。
青田は照れくさそうに、しかし、初めて嬉しそうな顔をしてデンモクを手に取った。
名取は仕方なく、小暮と仕事の話を始めたが、ふた組のカップルをしり目にだんだん気分がしらけてきた。
「日下部さんって、いっつもおいしいところを持って行きますよね」
「仕方ないだろう。 元々、日下部さんがいなけりゃまっすぐ家に帰っていただけだろう?」
「まあ、そうですけど・・・」
トイレに行きたくなって目を覚ました井川は、他の連中がいないのを不審に思っていた。
「あいつらみんな帰ったのか? まさかそんなはずはねえなぁ・・・」
そう呟いて、おもむろに携帯電話を取り出した。
テーブルに置かれた良介の携帯電話が鳴り響いた。
着信を確認すると井川からだった。
「やべっ! 井川さんだ・・・」