1.今年の担ぎ手は?
1.今年の担ぎ手は?
8月の終わりにある祭りには、小林商事がある町内会からも神輿を出す。
オフィス街のこの町会は、居住者が少なく神輿の担ぎ手が不足している。
各企業は、何人か助っ人を出して町会の手助けをしている。
小林商事からも、毎年、3名の助っ人を派遣している。
何かと町会と関わることの多い管理部長の石山と同じく管理部の青田、そして“たま遊会”会長の井川だ。
ところが、井川はハードな神輿担ぎは年齢的に厳しいと、今年は出ないと言いだした。
石山も奥さんの体調が良くないらしく、できれば変わってもらいたいと申し出た。
「困ったなあ・・・ 町会にはいつも世話になっているからなあ・・・」
社長の志田は、困った時の神頼みならぬ、幹事頼みで、良介に声をかけた。
「おい、日下部よぉ、お前、神輿担いだことはあるか?」
「ええ。 地元の町会の神輿なら何度かありますけど」
「そうか! じゃあ、一人は決まりだな」
「決まりって・・・ そうか! もうすぐ、ここのお祭りですね。 今年は出る人がいないんですか?」
「そうなんだよ。 あと、2~3人いねえかなあ・・・」
「じゃあ、名取と小暮に声をかけてみますよ」
「そうか。 じゃあ、任したぞ」
喫煙所でたばこを吸っていると、井川がやって来た。
「井川さん、今年は、祭り出ないんですか?」
「俺みたいな年寄りは、もう、体が持たんよ」
「まだまだイケるんじゃないですか?」
「この前の旅行で思い知ったよ。 自分ではまだまだ若いつもりでいたけど、やっぱり、体力は相当落ちてるよ。 酒も飲めなくなったしな」
「何を言ってるんですか? 絶好調だったじゃないですか」
「お前は俺の若いころのことを知らないから、そう言うんだ」
「へ~ぇ、井川さんって若い時はそんなにすごかったんですか?」
「おうよ! まあ、いい機会だ。 これからはお前ら若いヤツが祭りもやれ!」
「わかりました。 任せてください。 でも、井川さん、担がなくてもいいですか、一緒に歩いて下さいよ。 祭りに井川さんがいなかったら、町会の人たちも寂しがるでしょう」
「まあな・・・ じゃあ、しょうがない。 そのかわり絶対に担がないからな」
「いいですよ」
良介は早速、名取と小暮に祭りの件を打診した。
二人とも快く引き受けてくれた。
小暮は子供も連れてきたいと言うので、子守りは井川に任せることした。
ついでに優子と純にも声をかけた。
二人とも喜んで応じてくれた。
良介と青田は、その日の夜、一升瓶と寄付金を持って神社の社務所へ出向いた。
ちょうど、“睦会”の打ち合わせをやっているというので、納めるものを収めたら、会場の居酒屋へ足を運んだ。
良介たちが店に着いたころには、町会の連中はすっかり出来上がっていた。
「おっ! 小林商事の青ちゃんじゃないか。 今年も頼むよ。 打ち合わせはもう終わったから、ちょっと飲んでいきなよ」
青田に声をかけたのは、町会の会計役で“睦会”の世話役でもある、酒屋の主人福本だった。
「今年も、お世話になります」
青田は福本に、石山が参加できないことや、その代りに若い社員が助っ人に入ることを報告した。
「そりゃあ、ありがたい。 で、その若いのは担いだことあるのかい?」
「ええ、こちらの・・・ あれっ? 日下部?」
いつの間にか青田の隣から良介の姿が消えていた。
辺りを見回すと、良介はちゃっかり奥の座敷で一杯ごちそうになっていた。
「青ちゃん、なかなか見込みのありそうなヤツじゃないか」
青田は気まずそうに、福本に頭を下げた。