4 クール令嬢、ハッスルする
麗らかな春の日差しが差し込む王都ラーナの大通り、通称アベンタ通りの中心部では、多くの人が賑わっていた。
レラージャ王国王都でも一番の賑わいを見せるこの場所は、多くの商店が立ち並び、常に人が行き交う、流通の要所にもなっている。
その大通りから少し外れれば立ち並ぶのは飲食店や温泉、娯楽の提供を主とした歓楽街。
通りを歩けば様々なストリートパフォーマンスが行われ、歌にダンスと人々は憩いの時間を過ごす。
そんな歓楽街の一角に一際大きな天幕と、併設する建物の棟が並ぶ大劇場が存在する。
今日この場所で、劇団ラインズセンスによる舞台が開催されるのだ。
王国でも一番大きく、新しいこの大劇場では公演前から既に多くの観客が待機をしていた。
驚くことにその割合はほぼ女性が占め、イリスが持っていたのと同じ小冊子を握りしめ、舞台の始まりを今か今かと待ちわびている。
一階の一般席はほぼ全ての席が埋め尽くされ、二階の貴賓席も貴族の令嬢や夫人方で埋まるというなかなかの盛況ぶりの中、二階やや中央よりの一等席にイリスの姿があった。
赤みが強いストロベリーブロンドをサイドアップにして流し、ウエストを締め付けない緩やかなデザインのドレスを纏った彼女は、いつもの無表情さを遺憾無く発揮しつつ、舞台の始まりを誰よりも楽しみにしていた。
レリアナに準備を手伝ってもらい支度もばっちり。
観覧に使う必需品も既に装備しており、あとはイケメンが出てくるのを待つだけだった。
イリスは手に持っていたオペラグラスの度合いを確かめながら、横に座っている連れの少女に声をかける。
少女はイリスによく似た顔立ちをしており、ストロベリーブロンドに紫の双眸をもつ、非常に可憐な美少女だった。
「イミーナ、きちんとオペラグラスは持った? この舞台一瞬たりとも見逃してはいけないわ。しっかり目に焼き付けて帰るのよ!」
「はい、心得ておりますわお姉様! 一筋肉たりとて見逃したりしませんとも!!」
「そうよ。私は美形、あなたは筋肉。お互いの性癖を隅々まで鑑賞する。これは舞台を鑑賞する上でのマナーであり、重要なミッションよ!」
「はい。イミーナは見事に完遂してみせますわ! 大胸筋も大腿筋も、上腕二頭筋も、僧坊筋だって全て記憶に焼き付けて帰ります!!」
「いいわ! その心構えよ!」
「はい、お姉様!!」
イリスの言葉に、少女は元気に頷く。
傍から聞けば何かがおかしい会話をしているのが丸わかりなのに、ツッコミが不在なせいで誰もこの会話を止めることができない。
テンションが最高潮にあるため、二人とも自分がどんなに奇妙な会話をしているのか自覚できていないのである。
その証拠にイリスの横にいる少女は興奮に頬は赤く染まり、目は際限なく見開かれ、鼻息は荒い。
普通にしていれば美少女のはずなのに、極度の興奮状態のせいで若干残念な仕上がりになっているイリスの妹イミーナは、男性の筋肉が好きという筋肉フェチな女の子だった。
面食いの姉に、筋肉マニアの妹。
この姉にしてこの妹あり。
非常によく似た姉妹なのであった。
そうして二人がふんすと鼻息を荒くしてオペラグラスを紫の目に近づけた途端――、
「お姉様、始まりますわ!」
「ええ、楽しみね!」
「はい!」
舞台開始の鐘が鳴り、二人は互いの趣味を三時間存分に堪能するのであった。
*
舞台は白熱し、大盛況で幕を閉じた。
卓越した戦いを見せた紅白の俳優陣に惜しみない拍手が注がれ、垂れ幕が下がるまでその拍手が止むことはなかった。
舞台は大盛り上がりで、観客は皆大満足のホクホク顔で舞台の余韻を楽しむ中、
「――お姉様、どうでした……?」
「控えめに言って……最っっっっっ高だったわ」
「全く同じ意見です……」
変態姉妹も舞台の余韻に浸りまくっていた。
ほう、と満足気に息を吐き、興奮冷めない火照った頬に潤んだ目元。
まるで恋い慕う誰かを想うような、見るものを魅了してしまうほどの絶世の美貌を晒しながら、しかしイリスは恋い慕う美形に思いを馳せていた。
隣でイミーナも全く同じ顔をしていたが、こちらも恋い慕い思いを馳せるのは筋肉である。
「いけない、余韻に浸るのもいいけどまだ終わっていないのだったわ」
「そうですね! これから限定イベントですから!」
すぐにキリッとしたいつものクールな表情に戻り、イリスは席を立つ。
イミーナも付き従うように席を立ち、二人で大劇場をぬけて、横に併設された天幕へと移動する。
イベントは公演のみにあらず。
これから限定イベントが開催されるのだ。
この初日限定で行われるイベントのために今回の舞台のチケットは獲得難度が高くなり、イリスは前売りチケットをゲットすることができなかった。
このイベントに参加できたのはレリアナが一般発売のチケットをゲットしてきてくれたおかげである。
――本当にありがとう、レリアナ。
心の底から侍女に感謝しつつ、天幕の入口をくぐると――。
「「「ようこそ、劇団ラインズセンスへ。私たちは皆様を歓迎します!」」」
今日の舞台を彩った舞台俳優陣が歓迎のセリフを述べる。
これぞ限定イベント、『握手会』である。
初日観覧客は、それぞれが推しの俳優と握手を交わし交流することができる限定イベント。
ファン歓喜必須のサービスイベントである。
赤青黄色。色とりどりの花達が目の前にいる。夢にまで見た美形の楽園にイリスは一瞬にして意識を飛ばしかけた。
――ああ、ここが天国か。楽園なのか。もう私今世に悔いはないわ。今なら死ねる。死因は尊死よ。
胸に両手を当てスヤァ……しかけたところで「お姉様大丈夫ですか!?」と異変を察したイミーナに声をかけられ、イリスはトリップしかけた意識を引き戻す。
「問題ないわ、大丈夫よ。さぁ行きましょう」
――いけないわ。大事な握手会なのに。ラチェット様と握手を交わすまで私は死ねないわ。
一瞬にしていつものキリッとしたクールビューティ令嬢に戻ったイリスは目的を果たすためにいそいそとラチェット様がおわす列の最後尾に並んだ。
イミーナは別の俳優の列へ待機。
いよいよ近くでご対面できるのね。初めて見た時からずっとファンでしたっていわなきゃ。
いやこれからも応援してますの方がいいかしら?
握手の時にかける言葉を何にしよう、と考えながらイリスは進んでいく列を見つめてウキウキMAXでその時を待ちわびていた。
*
――その頃同時刻、『握手会』会場である天幕の入口では。
「ふぅ。視察が長引いたせいで公演の時刻に間に合わなかったな。折角招待してもらったのに申し訳ないことをした」
「まだ限定イベントは行われている時間のようですよ。挨拶だけでも顔を出したらどうです?」
「そうだな。舞台はまた次の機会に見るとして、今日は挨拶だけ済ませようか」
従者の提案に頷いた彼は馬車から天幕の前に降り立つ。
黒の軍服をベースに、肩口に入る青の刺繍が麗しい完璧な身のこなしを披露する彼は、ふと何かを思いついて口元を綻ばせた。
「そうだ! この公演は令嬢に人気と聞いたしチケットをもって彼女を誘ってみるのはどうだろう? この舞台はイケメンが見れると評判らしいぞ。なかなかの名案だと思わないか、レイス?」
「麗しのご尊顔をお持ちの殿下にも無関心だったのに、舞台のイケメンに興味を持つわけないじゃないですか。馬鹿なんですか?」
「それもそうか……。名案だと思ったのに……」
見る間にしゅんとする主を、レイスは全く気にもとめず通り過ぎ、天幕の入口をめくって中へと誘う。
「さぁセラム殿下、仮にも一国の王子であるあなたがそんなヘタレ面をいつまでも晒さないでください。次の予定も詰まってるんですから。さあさあ」
「お前時々僕の扱いが雑じゃないか?」
「気の所為ですよ」
今日のレイスはご機嫌ナナメだった。
何故ならどこかの王子に、一晩中想い人の令嬢について語られまくったからである。
おかげで寝不足だしクマができた。文句のひとつも言いたくなるというものだ。
尚もぶつくさ言いつのる王子を蹴り上げたい気持ちを押し殺して、レイスは天幕の中へ王子を引き込んだ。
この時レイスは夢にも思わなかっただろう。
件の令嬢が今まさにその場にいるとは。
絶世の美形と名高いセラム王子を振った令嬢が、実は無類の面食いだったとは。
――すげなく振られた麗しの第一王子と鉄仮面令嬢の運命の再会まで、あと数分。
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