見えざる者たちへ
私、アイナ・ユナ・リヒトシュターデンはテキサス州、オースティンから西に20分ほど進んだ先にあるアイアン・ヴァレーに向かっていた。
そこで先日亡くなった友人カルロス・ミッテルの家に向かうためだ。私は彼と古い付き合いだった。彼と出会ったのはある仕事の時で、私は彼に助けられた。そんな彼からの死に際に来たメッセージの真偽を確かめるため私は車を走らせていた。
メッセージの内容は家で心霊現象が起こるという内容だった。その後彼の訃報が届いた。もしも自分が死んだときには私に連絡するように親族に遺書を残していたようだった。
なぜ、私に連絡を送るように言ったのかの理由は考えるまでもなかった。私の職業が理由だろう。
私は滅魔伝道教会《Exoterminate missions church》の悪魔祓い《クレリック》だ。基本的に仕事は個人的に受けることはないのだが今回は古い知人からの最期のお願いということで個人的に助けることにした。彼の神に対する貢献に対する私なりの返礼である。
アイアン・ヴァレーの住宅街にある、よくあるアメリカ式の一軒家が彼の住んでた家だった。2階建てでよく手入れのされた芝が庭に生えそろっていた。
彼の家の前には2人の男女がいた。今日私が来たのが彼の遺族である妹からの指定された日なので彼女とその関係者だろう。
車から降りると初老で髪を綺麗に分けパリッとしたスーツを着た男が私に声をかけてきた。
「若いシスターさん。どうかされましたか?」
「いえ、ミスター、私はミスターカルロスの妹さんに呼ばれた者です」
「おや、私と同じですね。私、弁護士のリチャードと申します」
彼は深くお辞儀をしてきた。その様子を見ていた女性が声をかけてくる。
「あんたがカルロスが言ってたシスターアイナ?」
「ええ、お初にお目にかかります。キャロライン様」
「なんで、兄貴はシスターなんか呼んだんだよ。私はここから価値のあるものだけもらえればいいだけ。価値がないのも全部売る。それで良いんでしょ?私に全部相続って書いてあったんだよね?ミスターリチャード?」
キャロラインはそう言ってリチャードを指さした。
「ええ、その通りでございます。ただ懸念事項としてこの家に何か憑りついているような気がするため外部のものに同席を頼んでるとのことです。それがシスターアイナだったわけですな」
「まあいいわ。どうせ何もないわよ。兄貴はいたずら好きでいつも私にちょっかい出してきたんだから」
彼女はそう言って扉の鍵を開けた。
「じゃあ入るわよ。って何よこれ!」
家の中はごみが散乱していた。かろうじて生ごみがゴミ箱に捨てられており他が散らばっている始末だった。また玄関には大量の債権の催促状が積みあがっていた。
「これは……、話が変わってきますね」
リチャードの顔色が変わった。
「カルロスは軍から退役した後何の仕事をしていたのですか?」
私は聞く。私が知っているのは彼が軍にいたこと、そして4年前に退役したことだった。
「さあ?知らないわ。死んだってときに10年ぶりにどこにいるか知ったくらいよ」
家族仲は良くなかったようだ。積みあがった催促状の中に退役年金の一部を元妻に分割するように記載された裁判所命令があった。
「カルロス、結婚してたんですね」
「兄貴が結婚?聞いてないんだけど?」
「遺書の方にも特に記載はありません。」
この場に誰も、カルロスについて詳しく知っているものはいなかった。部屋の中には宅配や通販フードデリバリーを利用した痕跡が多く残されていた。
まるで、社会とのつながりが無いようであった。しかし、家の外装はきれいに手入れしていた。近所トラブルという繋がりすらなかったのではないか?
家の中を私達は手分けして散策する。私が入ったリビングは比較的ものはなかった。というよりもあまり利用していないようだった。棚の上には、海兵隊時の写真が飾られていた。彼は戦場で右足を失い軍での居場所を失い退役したんだっけと思考を巡らせる。
リビングにはこれまた巨大なガンロッカーがあった。周辺も含めてよく手入れされていた。
その時、甲高い金属音が鳴り響いた。そして、悲鳴が上がる。キャロラインの声だ。
私はすかさず声の元に向かった。そこには右手を抑えたキャロラインがいた。キャロラインの右腕には金属製のフォークが深く刺さっていた。
「急に!フォークが浮き上がって!!」
自作自演とは思えなかった。フォークが骨にまで到達していたからだ。病院で治療してもらおうと私は提案した。キャロラインも同意した。
だが、玄関のドアを開けようとしたときそれは開かなかった。
「悪魔だ」
私はつぶやく。
「悪魔?」
キャロラインが聞いてきた。
「神の道理に従わないこの世ならざる者です。いるんですよ。そういう存在がこの世界には」
私は説明する。さて、どうしたものか。窓を割って無理やり出るのもやぶさかではない。だが片腕を怪我したキャロライン嬢に窓枠を飛び越えろというのは少し酷なものだろう。
「ねえ?あれ何?」
キャロラインが聞いてくる。玄関の目の前のドアマットが持ちあがり地下室への階段が開いていた。
間違いなく誘っている。
悪魔が私たちを。
キャロラインが地下室を覗く。
「近づくのはやめてください」
私は静かに警告を出す。
「あれは、M2重機関銃ですな。軍でも採用されている非常に強力な12.7ミリ弾を撃ちだせる銃です」
「へえ、リチャードさん詳しいんだ」
「これでも生粋のテキサス育ちですから」
ギイ
と金属がきしむ音がした。
さっきまで下を向いていた銃口が動いていた。
キャロラインに銃口が向けられていた。銃の先には何もいなかった。
「走って!」
私の掛け声が届く前にタッタッタと心地の良いリズムを刻み発砲される。
私は後ろを見ず、ただ一心に駆けた。銃声だけでなく、肉を金属が叩く音がする。骨が砕ける音がする。喉から悲鳴未満の空気が漏れる音がする。人が死ぬ音が。
私は、となりの部屋まで逃げる。
12.7ミリ弾は壁や家具を簡単に貫き私を狙う。地下室の屋根は木張りだったようだ。容易に床をも破壊して私に迫る。寸でのところで私は凶弾から逃げ切る。
だが、リチャードは上手くいかなかったようだ。肉を穿つ音。断ち切られた四肢が床に落ちる音。肉袋を鉛で叩きつける音。
私は後ろを振り向かず窓を突き破り外に逃げる。
射角から逃れ銃撃が止まる。
これで終わりだろうか?
自分の車のエンジンの裏まで走って逃げる。
カルロスの向かいに住む住民が窓から不安そうに見てくる。その庭にいるドーベルマンがバウワウと吠える。遠くでパトカーのサイレンが聞こえる。
それらの音の中に、私は確かに聞いた。
カタン、カタンと金属が歩くような音が。
あの重機関銃は確か三脚で固定されていた。それなりの弾薬が装填されていたように思える。
私はそうっとカルロスの家の方を見る。
玄関先に重機関銃があるではないか!!
銃が歩いてきたのだ!
「逃げて!」
向かいの住民に警告を出す。
しかし無駄だった。一瞬でドーベルマンが血煙に変わる。家の壁という壁に弾痕が穿たれ家具や家電を砕く音がする。
わずかな悲鳴のようなものが聞こえる。その悲鳴すら打ち砕かれる。
「主よ、私に振りかかる厄災をどうか振り払いください」
私は祈りをささげる。
「主よどうか私に勇気を」
この状況を止められるのは私しかいない。それはわかっていた。
私は、機関銃に向かって走る。
銃火が私を狙う。だが弾丸一発すら私には届かなかった。
機関銃の前に立つとたちまちから薬きょうが詰まり銃火が止まる。
銃手のいるべき場所には何も見えない。だがそこには確かに何かがいた。
「神の名の下に命ず、汝自らの名を明かせ」
何も反応はない。まあそうだろう。旧大陸のやり方はあまりに儀式めいてる。
「神の名のもとに命ず、悪しきものよ去れ」
当然何も反応はなかった。そもそも私はこのやり方が嫌いなのだ。”いつも通りのやり方”に変える。
修道服の袖から”拳銃”が飛び出す。
「神の子として、試練たる悪をこの手で打ち砕かん」
私は祈りをささげる。
引き金を引いた。
銃口から出る炎が消炎器に絡まり十字を刻む。銀でコーティングされた9ミリパラベラム弾は銃身のライフリングに従い螺旋を描き、表面に刻まれた聖句が回転す《読み上げられ》る。
何もない空を飛ぶ銃弾は空中で止まり辺り一面に悲鳴が響く。
見えざる何かは、これで消え失せた。
これが私にとっての仕事だ。誰も知らない秘密の仕事なのだ。




