第1話:レベル0
空から突き落とされた瞬間、タロウは自分の人生がここで終わると思った。
だが――
次の瞬間、彼の体は川へと落ちていた。
激しい水流が体を押し流す。
頭がくらくらする。
しかし長年の戦場経験が、思考よりも先に体を動かした。
タロウは腕と足を動かし、流れの弱い方向へ泳ぐ。そして泥の岸をつかみ、なんとか陸へと這い上がった。
「……はぁ」
濡れた地面にうつ伏せになり、荒く息を吐く。
見上げると、そこには見慣れない青い空が広がっていた。
「……」
ゆっくりと立ち上がり、自分の体を確認する。
銃創はない。血も流れていない。
むしろ体は――
軽い。
あまりにも軽すぎる。
その時だった。
目の前に、半透明の文字が浮かび上がる。
名前:タロウ
レベル:0
状態:未分類
タロウは無表情のまま、それを見つめた。
「……なるほど。ここが異世界か」
周囲を観察する。
鬱蒼とした森。高く伸びる木々。聞いたことのない虫の鳴き声。
建物もなければ道もない。
文明の痕跡すら見当たらない。
タロウは静かに息を吐いた。
最悪の状況――
武器なし、単独、未知の土地。
だが。
「……生きているだけで十分だ」
彼は歩き始めた。
その時だった。
ザッ……ザッ……
重く、不器用な足音。
タロウの足が止まる。
木々の間から現れたのは――
巨大な緑の生き物だった。
分厚い皮膚。盛り上がった筋肉。そして手には巨大な剣。
ゴブリン。
しかし普通のゴブリンではない。
タロウは瞬時に理解する。
「……気配が違う。上位種か」
ゴブリンは低く唸り、いきなり剣を振り下ろした。
ドゴォン!!
剣が木に当たる。
太い幹が、一撃で倒れた。
だがタロウは動じない。
一歩前へ出る。
攻撃のリズム。間合い。武器の重さ。
瞬時に分析する。
「遅いな」
力は強い。
だが、動きは雑だ。
剣が地面に突き刺さった瞬間、タロウは一気に距離を詰めた。
関節に拳を叩き込む。
続いて膝へ蹴り。
ゴブリンの体勢が崩れる。
タロウはその剣を奪い取ると――
迷わず首を斬り落とした。
巨体が地面に倒れる。
再び文字が浮かぶ。
『エピックゴブリンを討伐しました』
『レベルが上昇しました』
タロウは静かに息を吐いた。
そして剣を肩に担ぐ。
「……最初の武器か」
再び歩き出す。
すると――
森の奥から悲鳴が聞こえた。
「た、助けて!!」
タロウは立ち止まる。
無視することもできた。
前の世界では、情けは死につながることも多かった。
だが。
この世界を知る必要がある。
タロウは声の方へ向かった。
そこには一人の少女がいた。
高価そうな服を着た貴族の娘。
顔は恐怖で真っ青だ。
彼女の前にいたのは――
黒い鱗を持つ巨大な蛇。
嘴のような口。
翼。
明らかに普通の生物ではない。
モンスターだ。
タロウは遠くから観察する。
「……中級クラスか」
そして前に出た。
小さな石を拾い、蛇へ投げる。
コツン。
蛇が振り向いた。
戦闘が始まる。
モンスターは速く、凶暴だった。
タロウは経験で応戦する。
しかし――
今の体はまだ慣れていない。
一撃を受け、地面に叩きつけられる。
初めてだった。
この世界に来てから、追い込まれたのは。
何度も攻撃する。
だが――
ゴブリンの剣ではダメージが浅い。
「……チッ。皮膚が硬すぎる」
蛇が突進する。
タロウは吹き飛ばされる。
逃げ場はない。
その時だった。
体が熱くなる。
文字が浮かび上がる。
『パッシブスキル発動』
条件:敵が自分より3倍強い
一時的強化
速度上昇
身体能力強化
感覚強化
タロウは小さく呟く。
「……なるほど」
次の瞬間。
世界の動きが遅く見えた。
蛇の攻撃の隙を読む。
タロウは跳び上がり、体を回転させ――
嘴の下、顎の奥。
弱点へ剣を突き刺した。
モンスターが咆哮する。
そして倒れた。
静寂。
少女はその場に座り込んだ。
「……あ、ありがとう……」
震えながら言う。
タロウは彼女を一瞥する。
「実験だ」
冷たい声だった。
少女は気にしなかった。
彼女にとって、タロウは命の恩人だ。
彼女の名前は――セナ。
その時。
遠くから金属がぶつかる音が聞こえた。
剣と剣。
戦闘の音だ。
タロウは草むらから様子を見る。
騎士と――盗賊。
戦っている。
その瞬間。
セナが叫んだ。
「こっちです!!」
全員の視線がタロウへ向く。
盗賊たちはすぐに判断した。
弱っている相手。
先に殺す。
タロウは疲れていた。
強化も切れかけている。
その時。
手の中に何かが現れた。
「……?」
タロウはそれを見る。
手榴弾。
タロウは小さく息を吐いた。
「……あの女神、なかなか性格が悪いな」
次の瞬間。
爆発。
ドォォォン!!
盗賊たちは恐怖で逃げ出した。
再び文字が浮かぶ。
レベル上昇:3
タロウは自分の手を見る。
「……この世界は」
簡単ではない。
だが。
「俺を止めることもできない」
こうして、レベル0の男――タロウの異世界での物語が、本当の意味で動き始める。
次の目的地は、人間の王国。




