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まっつぃ17|現代×ファンタジーお仕事短編集

異世界デバック

掲載日:2026/02/16


 私の名前は佐藤。都内の中堅企業で社内SEをやっている。


 仕事は簡単に言うと「なんでも屋」だ。プリンタが紙を噛めば呼ばれ、部長のパスワードがロックされれば謝られもせず呼ばれ、サーバが落ちれば「まだ?」と急かされる。


 いつからだろうか、他の誰にも期待しない。そんな生き方が染み付いてしまった。期待しない。


 感謝も、成長も、組織の改善も、自分自身にも。


 人間というシステムは根本設計が甘い気がする。感情ドリブンで、仕様変更は唐突、ログも残さない。だから私は適当に過ごす。どうせバグる。それなら腹も立たない。


 その日も、終電を逃した私は薄暗いオフィスでひとり、冷えたコーヒーを飲みながらサーバログを眺めていた。


 ふと、モニタの画面がグニャリと歪んだ。


「やあ、佐藤くん」


 現れたのは、光沢のある白い何か。人型に近いが輪郭が安定しない。背後に星空のようなノイズが揺れている。


「……バグかウイルスか?」


「違う違うよ。私はなんというか、あれだね、君たちの基準では……そう神様だ。別世界ナン・カスゴイの創造主だよ。」


 胡散臭いなんてもんじゃない。だが画面外の空間まで歪んでいる。これは夢か、過労か、それとも本当に神か。


「…何か要件でも?」


「単刀直入に言うと、新規リリースした世界バグオーイネのデバッグを頼みたい」


 ネーミングセンスが終わっている。


「作りたてでね。急いで公開したら不具合が山盛りで。生まれ落ちた魂たちが困っている。お陰で魂の管理者からクレームが多くてね。だが私は創造特化型のデザイナーなんでね、保守点検は苦手なんだ」


「丸投げですか」


「うん」


 正直だな。


「報酬は?」


「君の世界の時間で三日間、自由にしていい。それと……この世界の解析権限を1部やろう」


 意味が分からないが、破格の条件のような気がする。それに少なくとも退屈はしなさそうだ。


「分かりました。業務遂行します。どうすればいいですか?」


 次の瞬間、世界が暗転した。



 降り立った場所は、空が二重に重なり、地面が時折透ける世界だった。遠くで山がポリゴンのように点滅している。


 コンソール風の端末が腕に装着されていた。ログが流れている。


【Error: 重力係数 未定義】


【Warning: 村人AI 感情ループ】


「ひどいな」


 近くの村に向かうと、奇妙な光景が広がっていた。泣いている少年がゆっくり空へ浮かび、怒鳴り合う大人たちの足元が沈んでいる。


 意味は分からないが、感情と物理が紐づいているらしい。


 少年に近づき、端末を操作する。


「〈emotion.gravity_bind = false;〉」


 少年はぽすんと地面に落ちた。


「……落ちた?」


「仕様修正です」


 少年は私を見上げる。涙でぐしゃぐしゃだ。


「おじさん、魔法使い?」


「保守担当です」


 少年――ユウトというらしい――は私の袖を掴んだ。


「村のみんな、最近変なんだ。ちょっと怒ると地面に埋まっちゃうし、悲しいと浮いちゃう。だから誰も本音を言わないんだ」


 なるほど。作られたばかりの世界だが、住民たちには“過去”が設定されているらしい。その違和感が、今のズレや衝突を生んでいるのだろう。


 そのズレが、村の空気をどこか張りつめたものにしていた。


 まあ、法則は違えどよくある話だ。世界が違っても。


 静かにコンソールを操作し、バグを取り除き続けた。



 バグオーイネには、奇妙な不具合がまだ残っていた。


 例えば――嘘をつくと、影が遅れて動く。


 発言から三秒後、影だけが本音の動きをするのだ。


「大丈夫だよ」と笑えば、影は震える。


「平気さ」と言えば、影は座り込む。


 村人たちはそれを恐れ、夜道を歩かなくなった。


 さらに厄介なのは、“未練メモリ”のリークだった。


 強く後悔した場所には、透明な残像が残る。


 喧嘩別れした桟橋には、言えなかった言葉がノイズのように漂い続ける。


 そして最も厄介なのは、“無関心バグ”。




 他人に無関心でいる時間が一定を超えると、体の輪郭が薄くなる。


 存在が半透明になるのだ。


 ユウトは言った。


「ねえおじさん、あれ……消えちゃうの?」


 私は端末を握りしめた。


 これは単なる不具合ではない。


 この世界は、無関心を“存在エラー”として扱っている。


 あまりに露骨で、あまりに残酷な設計だった。


 村の広場を歩いていると、視界の端で人影が揺れた。


 最初は光の屈折かと思った。だが違う。


 ベンチに座る中年の男が、ところどころ透けている。


 腕が、薄い。


 肩が、背景に溶けかけている。


 私はログを開いた。


【無関心バグ・進行度78%】


 周囲との関係値が一定以下になると、存在優先度が低下する。


 一定値を下回ると、物理演算から除外。


――削除予備状態。


 男の視線は地面に落ちたままだ。


 誰とも会話していない。


 誰からも話しかけられていない。




 存在しているのに、世界から参照されていない。


「……まだ、生きてるのに」


 思わず呟いた。


 この世界は残酷だ。


 だが、条件は単純だ。


 “誰かと関わること”。


 私は男の前を通り過ぎる。


 修正はしない。

 

 仕様違反ではないからだ。


 だが、胸の奥に微かな違和感が残った。


 存在が、関係性に依存する世界。


 それは現実と、あまり変わらない。



 次の重大バグは、海辺の灯台だった。


 本来、夜になると光るはずが、常に消灯状態。航路が不安定になり、漁ができないという。


 内部に入ると、コア部分が「住民信頼値」を参照していた。


「灯台の起動条件が“互いを信じる”って……抽象度高すぎるだろ」


 神様の設計ミスだと思うが……意図してこんな世界にしたならあまりに面倒だ。


 村人たちは互いに疑心暗鬼だ。バグが起きるのを恐れ、本音を言わず、助け合わない。


「信頼値が閾値未満。だから灯台は起動しない、と」


 ユウトが横で言う。


「おじさん、直せない?」


「数値を強制的に上げることはできる」


 だが、それは改ざんだ。根本解決ではない。


「でも、それって嘘だよね?」


 少年の言葉に、指が止まる。



 過去の思いが呼び起こされた。


 昔、私は一度だけ本気で期待したことがある。


 新卒三年目。社内システムの大規模刷新プロジェクト。誰もやりたがらない案件だったが、私は珍しく手を挙げた。


「ちゃんと作れば、現場は楽になります」


 本気でそう思っていた。


 半年かけて設計し、現場の声を拾い、テストも重ねた。

 だがリリース直前、役員会で方針が変わった。


「コストが合わない。外注パッケージに切り替えよう」


 私の作ったものは、一度も本番環境に上がらなかった。


 誰も悪びれなかった。


「仕方ないよ」「経験になったね」


 そんな言葉だけがログのように残った。


 あの日からだ。


 私は理解した。努力は仕様変更で消える。熱意は承認フローで止まる。


 きっとこれは世界中で起きている小さな絶望なのだろう。

 ならば最初から期待しない方がいい。

 本気にならなければ、削除も痛くない。


 それが私の安定運用だった。



 私は現実に戻る。


 画面に表示される灯台の構造ログ。


 修正案はすでに完成している。


 成功率、92%。


 少年の目がこちらを見ている。


 信じている目だ。


 私は、指を止めた。


 もし失敗すれば?

 

 もし光が点かなければ?


 また、誰かを失望させる。


 期待は重い。

 裏切れば、壊れる。


 あの時のように。


 胸の奥で、過去の声が囁く。


「最初から何も期待しなければ、傷つかない」


 それが私の安全装置だった。


 だが――


 少年は言った。


「本当に壊れてるのは、灯台じゃない気がする」


 私はゆっくり息を吐く。


 完璧な修正ではない。


 保証もない。


 それでも。


「……テストをする」


 逃げる方が、楽だ。


 だがそれは、私の選択だ。


 私はキーを押した。


【近隣プレイヤーが協力行動を行った場合、感情バフ付与】


 翌日、海が荒れた。漁師の使っている小舟が転覆しかける。


 ユウトの父親が飛び込み、別の漁師が縄を投げる。


 協力ログが蓄積される。


 端末に数値が上がっていく。


【trust_value +12】


【trust_value +8】


 誰かが「ありがとう」と言う。


 その瞬間、灯台のコアが震えた。



 夜。


 灯台が初めて光った。


 私は少し離れた場所でログを確認する。


【System Stable】


 ユウトが駆け寄ってくる。


「おじさん、すごいよ! みんな笑ってる!」


「俺はトリガーを置いただけだ。動かしたのは君たちだ」


 少年は不思議そうに首を傾げる。


「でも、おじさんがいなかったら、誰も最初の一歩を踏み出せなかったよ?みんなはあんまり知らないけどね!」


 その言葉が、胸の奥に刺さる。


 ――期待。


 それは私が避けてきた概念だ。


 期待されれば、応えなければならない。


 応えられなければ、失望が生まれる。


 だが今、少年の目にあるのは失望ではない。


 計算も打算もない、ただの信頼だった。



 神様が再び現れた。


「どうだい、佐藤くん」


「設計が甘いし、意味の分からない法則で、生きるのが不便に感じそうだった。……だが、なんだろうな、言葉にしにくい」


「人間に似ているだろう?私はこの地球の人間を参考に心を物理的に観測したいと感じて、この世界を作ったんだ。」


 神様は灯台の上で足をぶらぶらさせていた。形状は相変わらず安定していないが、どこか楽しそうだった。


「君は勘違いしている」


「何をですか」


「私は失敗したわけじゃない。私は“揺らぎ”を入れたんだ」


 神様は空を指さす。二重に重なった空がわずかにズレる。


「完璧な世界は観測する価値がない。全員が正しく動くなら、そこに物語は生まれない」


「だからバグだらけに?」


「違う。余白だよ」


 神様はくるりと回る。


「私は創造主だが、全能ではない。いや、全能にならないよう制限している。住民が自分で選び、自分で修正する余地を残すために」


 少しだけ、声が真面目になる。


「心が物理に影響する世界を作ったのはね、証明したいからだ。感情はただのノイズではないと」


 私は初めて、この神を“研究者”だと理解した。


 研究者。そうか、この世界は実験場なのだ。


 完璧ではない。バグだらけだ。


 だが、住民同士で協力し、心の在り方次第で互いに補完できる余地がある。


「君、自分の世界ではどうなんだい?」


「誰も本音を言わない。失敗を恐れて、助けも求めない。期待も持てない面白みに欠ける世界ですよ」


「それは仕様かい?」


 答えに詰まる。


……私が勝手にそう決めつけていただけかもしれない。


「……俺は、人に期待しないことで安定してきた。例外処理を起こさないために」


「だが例外があるから、物語は動く」


 神様は笑う。


「バグオーイネはまだ未完成だ。だが住民は、自分たちでアップデートできる。君はその可能性を見ただろう?」


 ユウトたちが、灯台の下で次の祭りの準備をしている。


 私は端末を閉じた。


「デバッグ完了です」


そうして意識は暗転した。



 オフィスの椅子で目が覚めた。


 モニタには未処理メールが山積み。


 夢だったのか――と思ったが、3日分の有給申請の許可された記録と見覚えのあるコンソール風の端末が置いてある。


 昼休み、総務の女性が困っていた。共有フォルダにアクセスできないという。


 いつもなら無言で直して終わりだ。


 だが今日は違った。


「原因はパーミッション設定です。直しますが、今後は一緒に確認しましょう」


 彼女は驚き、それから笑った。


「ありがとうございます」


 その笑顔を見て、胸の奥で何かが静かに更新される。


 どこかで誰かの輪郭が少しだけ濃くなった気がした。


 人間はバグだらけだ。


 だが、協力というパッチがある。


 期待はリスクだ。


 だが同時に、それは世界を起動させる唯一の条件なのかもしれない。


 俺はキーボードを叩く。


 世界は今日も不安定だ。


 それでも、デバッグする価値はある。


 ――社内SE、佐藤。


 次のデバッグ作業は、自分の考え方かな。


 バグオーイネのログは、今もどこかで更新されているのだろう。


 未完成の世界は、美しい。


 そして未完成なのは、きっと私も同じだ。

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