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「溺愛王子が一万人」わたしを溺愛してくれる王子さまは一人でいいつってんだろおおお!

掲載日:2026/03/31

※※※

-1-

※※※

 どうか神様、お願いします────。

 このクソみたいな縁談をぶち壊してください────!!


 ……なんて、祈ったところでどうにもならないのはわかってる。

 うちは領地は狭いけれど聖女の家系。そこの娘は王家に嫁ぐ決まりがある。

 だけど、今の王子ってめっちゃ評判悪い。

 こういうのってさー「評判は悪いけど無愛想なだけ」とか「態度が悪いのはツンデレなだけ」とかが定番じゃん?

 でも実際は、金も権力もない、ただ女にだらしないゴミカス中年オヤジ。いや王子。

 せめてそこは「冷徹腹黒溺愛系王子」であって欲しかった……。物語みたいな美味しい展開はそうそうないらしい。

「私もう嫁ぎ先決まってるから。あとヨロシク」じゃねーんだよクソ姉!役割押し付けて自分だけ逃げやがって。

 両親は姉可愛さに文句も言わず、わたしが我慢すれば全て丸く収まると思ってやがる。

 ほんとクソ。クソみたいな人生。

「……クソが」

 誰もいない部屋で、一人悪態をつく。


「ノエルさま」

「せめてノックくらいしろよ」

「開けっ放しでしたよ」

「だからって姫の私室に男がしれっと入ってくんじゃねえっつの」

 振り向かなくてもわかる。シオンだ。私が子供のころから仕えてる側近。融通利かないし口は悪いし遠慮も皆無だが、人手が足りな過ぎてクビにできないでいるアラサーだ。

「まだ二十代半ばです」

「うっさい。四捨五入すれば三十だろ。さっさと家庭持てよ」

「このお城には年頃の可愛い娘がいませんので」

「悪かったな。うちは金がないからメイドは雇えないんだよ」

「……そんなことより、お父上がお呼びです。今すぐお越しください」

「えーめんどくせえ」

「その言葉遣い全部告げ口しますけれど」

「くっ……そ、わーったよ!」

 まったくコイツ相変わらず性格わりぃ。しぶしぶ父上の部屋まで行くと、父と母がそろって待っていた。

「当家に代々伝わる、聖女が祈りをささげる時に着ける指輪だ」

「王家に嫁ぐお前にやれるものはこれしかないけれど、幸せを祈っています」

 二人とも目をウルウルさせてるけれど、ようは他のものは全部姉にあげるってことだろ?

 ま、でも?両親の前じゃいい子を通してるから、ちゃんと笑顔で受け取ったけれどね。

 文句を言ったところで、姉の方ばかり大事にしてきた両親にはなにひとつ通じない。もうなにも期待していない。


 神に祈りをささげる聖女。その力はこの世界を守る。

 ……世界の前にわたしを守ってくれ。

 部屋に戻った後、指輪をはめて、わたしは独り手を組み、祈った。

「神様お願いします。

 どうか、わたしを溺愛してくれる素敵な王子さまが突然現れて、わたしをこの最悪な婚約から救ってください」

 ……なんてね。

 わかってる。諦めるしかないってことくらい。そういう決まりだもの。どうせ誰もわたしを大切になんて思ってくれない。

 無駄なことしてないで、今日はもう大人しく寝よう。




※※※

-2-

※※※

 翌朝。

「ノエルさま。起きてください」

 シオンの声。よし。さすがに寝室はちゃんとノックしてるな。

「もうすぐ嫁ぐ人が朝寝坊とはいただけませんね」

「うるせーなせめて夢の中くらい幸せでいさせろよ」

 そう言って寝返りを打つ。朝食に遅れるのはいつものことだ。

「来客が来ています。ノエルさまに」

「へ?」

 自慢じゃないけれど人付き合いなんてまともにしたことない。園遊会すら出たことがない。それが来客?

 仕方なく、起き上がって支度をする。めんどくせー。

 うちは貧乏領主だから、着替えもブラッシングもなにもかも自前だ。さすがにシオンに手伝わせられないし。

 せいぜい綺麗目のドレスを選び、髪を結いあげてから広間へ。すでに両親が来客を出迎えている。そこには立派な身なりの、物静かな雰囲気の背の高い青年。

「隣国アレクシス王国の第三王子殿下だ」

 ……はい?聞いたこともない国の王子さまがなんの用ですか?

「殿下はお前に結婚を申し込むと言っておられる」

 困惑した両親の声。てかめっちゃ困ってる顔じゃん。

 ってか結婚?なにそれどういうこと?

 一瞬の混乱。けど同時に目の前がぱーっと明るくなった。

 もしかして夕べのお願い、本当にかなっちゃった?

「いやしかし、この娘はすでに嫁ぎ先が決まっておりまして」

 いやそんなんクッソどうでもいいわ。そっちの縁談は全力でゴミ箱に投げ入れてよ!

 少なくともあっちのゴミカス中年クソ王子よりははるかにマシ。

 そこへシオンが外から入ってくる。

「もうおひとり、ノエルさまに面会を求めておりますが」

 ……は?今度はなに?

 シオンが案内するより先に、武人風の恰幅のいい美丈夫が無遠慮に入ってくる。

「くそっ先を越されるとは!しかし、姫への愛情では負けん!」

 え、いやいやなに?誰への愛情だって?

「我こそは南方ミドガル王国の第八王子、姫に求婚に参った」

 なにそれどういうこと?っていうかこの人も求婚?

 え?は?なに急にモテ期?っていうかどうして今頃?

 そこにさらに使いの人間が走ってきて、またもや来客を告げる。慌てて窓から外を見ると────馬車の大行列。

 ……いやいやいや。なんの騒ぎ?

 気が付くと広間にはぎゅうぎゅう詰めになるほどの人が。

 しかも全員王子を名乗り、どういうわけか全員わたしに求婚してくる。

「君以外はもうなにも要らない────さあ、僕だけを見てくれ!」いや怖いって!

「私と結婚すれば、姫の望はすべて叶えて差し上げましょう。姫にとって最も有益なのは、私との婚姻以外ありえません!」いや自分こそ利用する気満々じゃん?

「あなたを思うと私の胸の中の恋する器官が激しく震えるのです……これはもう運命と言うほかありません!」うっぜえ……ひたすらうっぜえ……。

 こんなのが十人も二十人も。

 しかも独りよがり独占系めっちゃ多いんだけど。強引オレ様系キャラもかぶりまくってるし。

 こっちに至ってはただのバカ集団じゃねえか!飼ってるカブトムシの強さ自慢大会始めてんじゃねえよガキか!

 疲れる……めっちゃ疲れる……。

 いったいなにが起きてるの?どうなってるの神様?


 あまりに人数が多すぎて、っていうか広間が満員になってしまって、シオンに送られて一旦部屋に戻らされる。っていうかあれどうやって収拾つけるの?

 なんて、戸惑っていると。

「おめでとうございまあす!」

 突然の大声。驚いて振り向くと、そこには宙に浮いている羽の生えた人間がいた。まるで天使。シオンがとっさに武器を構える。

「厳正なる抽選の結果、あなたの神様へのお願いが見事当選いたしましたあ!世紀末ゴッド宝くじ一万年ぶりの当選者っす!」

「へ?」

 いや本当に天使なのかい。

「当選者ってなに?意味わかんないんだけれど」っていうか世紀末ゴッド宝くじってなんなんだよ。

「祈りの指輪はめてお祈りしたっすよね?あれで応募完了っす!」応募完了じゃねえんだよ話聞けよ。

「しかも!今ならキャリーオーバーでお願いがな・ん・と!一万倍になっちゃうんす!とんでもない幸運っすよ!あなたツイてるっすねえ!」

「一万倍……?」

「はい。溺愛してくれる王子さま、とのお願いでしたんで……一万倍して王子さま一万人にしときましたっす!」

「しときました、じゃねーんだよ!一人でいいんだっつーの!ってか一万倍にするなら、溺愛っぷり一万倍とか顔の良さ一万倍とかでいいじゃん!」

「……数字にできないもの一万倍とか意味わかんなくないっすか?」

「天使のくせに正論言ってんじゃねえ!」

「質問は以上っすか?あとの細かいことは契約書置いとくんで読んどいてくださいっす。あ、クーリングオフは受け付けてないんで」

「ちょっとまてクソ天使!帰る前にこの状況なんとかしろ!紙切れ一枚で説明はしょんな!」

「残業はしない派なんすよねー。んじゃ、ワタシはこれで」

 天使は話も聞かずにフワッと窓から外へ。

 あとに残されたわたしもシオンも、盛大にため息をつく。

 シオンがジト目でわたしをにらむ。

「聖女が自分のために力を使って神様にお願いするなんてバカなんですか?アホなんですか?」……いやゴメン。マジでゴメン。

「っていうかほんとにお願い叶うとか思わないじゃんフツー?」

「ともかく、あの王子たちをどうにかしないとここで戦争がはじまりますよ」

「うっ」

 ……神に祈りをささげる聖女を妻に迎えた国は、この大陸を統べる力を持つ。

 ただの言い伝えだけど、戦争の口実としては十分だ。

「冗談でも笑えないんだけど」

「冗談でこんなこと言いませんよ」

 わりとマジなトーンで話すシオン。泣きたい。

「そもそも王子さまが一万人ってなに?っていうかこの大陸に国が一万もあった?」

「古代王国の末裔だの、かつて滅びた王家の支流だの、色々な王子がいるようですね」

「なんでもかんでも王子名乗ってるだけじゃん!」

 ああもう、ため息しか出ねえ。

「どうしたらいいの?あの中から一人選べってこと?」

「残りはうまいこと言って諦めてもらうしかないでしょうね」

「でも一人を選んだとたん、残りの九千九百九十九人が攻め込んできたりしない?」

「……可能性はありますね」

「だよねー……」


 ふいに廊下が騒がしくなる。ドカドカと足音が押し寄せて来たかと思うと、部屋の扉が勢いよく開かれた。

「姫!どうか私と結婚を!」

「いやいや、ぜひ私と!」

 広間にいたはずの王子たちが一斉に詰めかけてきてる。狭い私室に大勢の王子たちが押しのけ合い、ひしめき合う。

 とっさにシオンが間に入ってくれて、どうにか押しつぶされずに済んだけど。

「皆様のお気持ちはわかりますが、まずは広間へ」

 シオンの言葉でどうにか騒ぎは落ち着き、ゾロゾロと広間へ。

 でもこっからどうやって収拾つける?どうやってこの中から一人を選ぶ?

 一番まともで一番自分を大事にしてくれる相手を、どうやって見つけ出せばいい?

 ……それももめ事なしで。

 あーもう、どうしてこうなった、神様アアア!




※※※

-3-

※※※

「とにかく、人数を減らしましょう」

「どうやって?」

 シオンは少し首をひねってから答える。

「結婚に条件を付けてみては。それも到底不可能な条件を。そうすれば向こうから諦めてもらえるはず」

「……なるほど!さっすがシオン、悪知恵だけはよく働くねえ!」

「褒め言葉に聞こえませんが」

「褒めてねーんだよ」

 広間に戻り、隙間もないほどぎゅうぎゅうに詰めかけている王子たちに向かって、わたしは叫んだ。

「わたしと結婚したいなら、この大陸の中央にあるアルドラ火山に住むという、ドラゴンのうろこを持ってきて!」

 この条件をクリアできなければ結婚候補から脱落となる、と伝えた途端、王子たちは一斉に広間を飛び出していった。

 え、ちょっと待って。っていうか全員行く気なの?誰一人諦めるそぶりがなかったんだけれど。

 急に静まり返った広間で、オロオロしている両親はほっといて、わたしはシオンと顔を見合わせた。

「で、でもこれで大半はいなくなるっしょ」

「……だといいのですが」

 アルドラ火山のドラゴンは、この大陸では誰も手が出せない、凶暴で残忍、しかも狡猾なドラゴンだ。おかげで火山の周辺には誰も住むことができないでいる。

 まさか本当に行かないよね?行って死人が出たとかだったら罪悪感ハンパないんだけど。


 ────数日後。

 再び王子たちが戻ってきたとき、わたしは絶句した。

 王子たちは力を合わせ、総勢数千万人という前代未聞の大軍をかきあつめてドラゴンを瞬殺、全員でうろこを取って持ってきたのだ。

 なにその大軍。全員で行ってくるとか意味わかんないんだけど。ってか倒せるんだドラゴン。

「いやー苦労しましたよ」だろうねえ。

「大陸中の人間を集めて、人海戦術で火口を土で埋めて動けなくなったところを全員でくし刺しにして」数の暴力かよ!

「それでもダメだったので巨大な杭打機を作って何本もブッ挿しました」行動力も発想力も容赦ねえな!

 いやいやいや、全員戻って来ちゃったらなんの意味もないじゃん!「さあ次の課題を!」じゃねえんだよなにヤル気になってんだよ!

 とはいえこのままではらちが明かない。わたしが次に出した課題は「海底神殿に眠る宝珠を取ってきて」だった。

 海底神殿ははるか沖合の円形諸島、その中心の海底、地中深くに沈んでいる。

 さすがに海の底なら軍隊を繰り出してもどうにもならない。今度こそ諦めてくれるはず。


 ……って思ってたら、ひと月後。

 王子たちは総出で海を埋め立ててからトンネルを掘り、地下の海底神殿の内部に侵入、宝珠を見事ゲットしてきてしまった。

「いやー苦労しましたよ」またかよ。

「大陸中の人間を集めて、人海戦術で島と島をつないで埋め立て、海底神殿のある海域の水をくみ出したんです」自然破壊なんてもんじゃねえだろ。

「観光地として開発していく計画も進行中です」たくましいなオイ!

 ……っつーかさあ!

 お前ら競争しろよ!協力してんじゃねえよ!しかも友情感じて団結してるんじゃねえよ!目的見失ってんじゃねえよ!

 「同じ姫を愛する仲間として力を合わせて困難を乗り越えました」じゃねーんだよ!「みたか!これがオレたちの愛の力だ!」じゃねーんだよ暑苦しいんだよ!


 ああもう!

 キラキラした顔で宝珠を差し出す王子軍団を前に、ため息しか出ない。

 この中から一人だけ選ぶってもう無理じゃね?っていうかすでに王子たちに難題をふっかける悪役ポジになってね?

 なんでもう後には引けない展開になってんだよ。ってかもういらねーよこんなうっとおしい連中。なんでこんな奴らが結婚相手候補なんだよ。

「自業自得です」じゃねーんだよシオン。

「他人事みたいに言いやがって」一人だけ落ち着き払っててまじでムカつくんですけど。

「他人事ですから」くっそ!!

 いつも隣にいるからって好き放題言いやがって。

 ……まあ、この騒動のさなかに、当事者でもないのに見捨てないでいてくれるのはありがたいけれども。

「お前があの中に交じってなくてよかった」なんてつぶやいたら。

「王子じゃないので」シオンのやつ、しれっと返しやがった。クッソ腹立つ!




※※※

-4-

※※※

「随分にぎやかね」唐突に姉が現れる。

 この騒動の中、ずっと離れにいたはずの姉が広間へ……えっ?あのクソ天使と一緒?なんで?

 すると王子たちが突然ざわつき始め、姉に向かって押しよせる。

「姫!どうかわたしと結婚を!」「私の魂をあなたに捧げます!」次々に姉に向かって求婚大会。なんだこれ。

 ニヤッと笑う姉。

「おめでとうございます!神様へのお願いがかないました!」天使が姉に向かって叫ぶ。

 今度はなに?なにが起こってるわけ?

「忘れたの?私も聖女の家系なんだけど」姉が勝ち誇ったような表情でわたしに言う。

「だから、神に祈りをささげ願いを叶えてもらったの。あなたが神に叶えてもらった願い、手に入れた幸運を、全て私のものにして、って」

「こっちの聖女がつけてたのは本物の祈りの指輪なんで当選確率一万倍っす!」

「本物ってどういうこと……?」両親を振り返る。しれっとそっぽを向く両親。そういうことかよ。

 美人で頭も良くて勝ち気で性格ド外道な姉を、資産も権力もある大貴族に嫁がせようと画策して、名声もないゴミクズ王子との婚姻は全部わたしに押し付けるだけのことはある。ドクズどもが。

 結局、わたしに寄越したのは家宝の指輪じゃなくて、レプリカ。ニセモノ。姉には本物を渡してたんだ。

 ────だから、わたしの願いがかなったのは、本当に幸運、というか偶然だったってことか。

 一万人の王子たちが、姉に向かって一斉にプロポーズを始める。っていうかうるさすぎてなに言ってるかわかんねえ。

 しかし姉は満足げに、そして見下すようにわたしを笑う。

「出来損ないの妹ばかりいい思いをするなんておかしいでしょう?」

 ……つまり横取りってことかよ。あのクソ天使がわたしに持ってきた願いも、幸運も、なにもかも。

 隣で両親がうなずいてる。こいつら。

 体が、心が、冷たくなっていく。

「あんたはもういらないの」姉は無表情で言い放つ。自分のお願いが叶ったら用済みですかそうですか。……もうなんも感じねえけどな。

「みんな。あの目障りな小娘をこの大陸からたたき出してちょうだい!」

 姉の言葉と同時に、王子たちが一斉にこちらを向く。敵意むき出しの目つき。思わずぞっとして足がすくむ。

 ぐいっ、と腕を引っ張られ、わたしは転がるように外に駆け出した。

「シオン、痛い」

「あとで診てあげます」

 引かれるまま狭い通路を駆け抜ける。後ろからは王子たちの大群。どこに逃げるっての?逃げる場所なんてあるの?

 ああ……もう、どうしてこうなった。

「やっぱり神頼みで手に入れた力はダメだな」簡単に手に入れた力は、簡単に奪われる。

 結局、あの王子たちは誰一人、わたしを大事になんて思ってくれてなかったってことだ。

「お前はあっちにつかないのか」追われてるのはわたしだけなんだから、シオンまで逃げる必要はない。

「腐れ縁ですので」とシオン。なんだそりゃ。


 あとはもう無茶苦茶に走り回り、茂みに隠れ、馬を盗み出し、森の奥へ。それでもまだ追手は諦めない。

 なにしろ一万人だ。行く先行く先ことごとく先回りされてるし、道なき森の中にガンガン道を作ってきやがる。バカか。いやバカだったわ。

 でもバカの行動力は侮れない。あっという間に囲まれ、逃げ道も塞がれ、追い詰められてしまった。

 殺気だった目つきでじりじりと迫ってくる王子たち。姉の言葉は「この大陸からたたき出せ」だったけど、「生きたまま」っていう条件はついてない。

 ……ここまでか。

「もういいよ」わたしはシオンの手を離した。

「わたしだけ置いて逃げろ」

「嫌です」即答。だからなんでだよ。このままじゃ巻き添えになるんだぞ。

「このままやられっぱなしじゃ嫌だと言っているんですよ」

 しれっと。いつもの調子。

 シオンはそう言う奴だった。言われても言い返す。黙ってやられっぱなしにはならない。口は悪いけど。思わずフッと笑う。

「そこだけは同じ意見だな」

「そこで提案なんですが」言いながらシオンはわたしに紙切れを見せる。

 続くシオンの言葉に、わたしはうなずいた。


 祈りの指輪をはめ、わたしは再び神に祈った。

「わたしの神様へのお願いを無効にしてください。っつーかしろ。キャンセルならできるんだろ?」

 シオンが見せたのは、あのクソ天使が置いていった契約書。そこには「クーリングオフはできねーっすキャンセルする場合は全部のお願い取り消しになるんでよろしくっす」と書かれていた。契約書すら適当かよ。

 でも。

 そこに慌てて天使が現れる。

「えっキャンセルとかマジっすか?お願いキャンセルとかされたらインセンティブ減っちゃうんすけどカンベンしてくださいよ~」

「うっせーさっさと取り消さないと神様に直接クレームぶつけんぞ」

 ……姉の願いが「わたしが神に祈って手に入れた幸運をすべて自分のものにする」なんだったら、その幸運を消してしまえばすべては元に戻るはずだ。

「わかりましたよなかったことにするっすよ。でも本当にいいんすね?キャリーオーバーも全部パーっすよ?」

「いいから早くしろ!」


 ……こうして、天使はわたしの願いを全て無かったことにして帰っていった。

 押しかけてきていた一万人の王子たちも元に戻り、なにもなかったかのように国へ帰っていった。

 あとには、がらんどうになったうちの館と、呆然と立ち尽くす姉と、一瞬で騒ぎが収まってポカンとしている両親が残された。

 なにが起きたのかを知り、がっくりと膝から崩れ落ちる姉。天を見上げながら「神は聖女の家系を見捨てたのか!」と叫んで嘆く両親。そうじゃねーんだよ。元からなんにもなかったんだよざまあみろ。




※※※

-5-

※※※

 ようやく、平穏な日々が戻って来た。

 私室でわたしは、久しぶりにシオンにお茶を淹れてもらいながら、ようやく取り戻した静けさを堪能していた。


 姉は、押しかけて来た王子のなかで一番イケメンだったヤツを追いかけて出て行ってしまった。たくましすぎるだろ。

 姉が出て行ってしまったせいですっかり気の抜けた両親は、あれからごちゃごちゃ言わなくなった。

 もっとも、言って来たらまた「指輪をつかって神にお祈りするぞ」って脅すけど。

 ……ただまあ、嫁入り問題が完全に解決したわけじゃない。このままだと結局、クソ中年王子に嫁がなきゃいけないのは変わらない。

 けど、その前に相手が見つかっていれば話は別だ。


「なら、改めてノエルさまの結婚相手を探しましょう」

「いらねえよ、めんどくさい。王子さまはもうこりごり」

 ふとシオンに目をやる。こいつ見た目は悪くないんだよな。あの王子どもと比べても。性格も口もクッソ悪いけど。

 ……ただまあ、こいつがいなかったら危なかったし、その、わりと助けてもらってた、と、思う。

「ここまで付き合ってくれたお礼に、お前みたいな偏屈男の嫁になれそうな奴を見つけてきてやってもいいぞ。心当たりが一人だけいるんだけどな」

 冗談めいてそう言うと、シオンは笑った。

「奇遇ですね、こちらもクッソ性格悪くてめんどくさい姫のお相手になれそうなのを一人だけ知っています」

 その笑顔は、ちょっとだけ、悪くなかった。



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