濾過の物理学と、権益の壁
濾過装置の設置と水の物理学
赤痢の危機を乗り越え、絶大な信用を得た練太郎と佐和は、次の課題である水の浄化システム、濾過装置の構築に全力を注ぎました。練太郎にとって、この装置こそが、江戸から不潔を根絶する最初の恒久的な設備です。
「佐和殿。濾過の原理はシンプルだ。複数の層に異なる大きさの砂や炭を敷き詰める多層濾過。水の重力を利用して、微細な不純物を徐々に取り除く。そして、玉屋の精密ガラス器具で水質を常に監視する。これが、恒久的な清潔を担保する**物理学的な理**だ!」
佐和の資本力と、藤兵衛による精密な部品の協力のもと、濾過装置は製造所の一角に巨大な構造物として設置されました。この装置から流れ出る水は、見た目にも清澄で、悪臭が一切ない、まさに**「理清の水」**でした。
しかし、練太郎がこの濾過水を大衆に配給し始めると、すぐに権益との衝突が起こります。
既得権益の反発と奉行所への訴え
この濾過水の登場は、従来の水を販売していた水売り商人、そして薬草を売る薬種問屋にとって、死活問題となりました。彼らは徒党を組み、練太郎の事業停止を求め、奉行所に訴え出ました。
「神崎の技術は邪教の道具だ!水を独占し、我々の職を奪う暴挙だ!」と水売り商人は叫びました。
「疫病は天の定めた摂理。それを乱すのは人道に反する!」と薬種問屋も同調します。
練太郎は、感情論と迷信に満ちた訴えに対し、怒りを覚えました。「くそっ、彼らは目に見える銭のために、目に見えない命の価値を軽んじている!」
算術の娘、論理による勝利
練太郎の焦燥とは対照的に、佐和は冷静でした。佐和は、濾過装置の停止を求める奉行と、感情的な原告団を前に、毅然とした態度で立ち向かいました。
「お奉行様。この濾過装置は、水の自動供給による人命の担保のために不可欠です。昨年の赤痢発生時、人命はどれほど失われたか。その悲劇の数字こそ、この装置の社会的価値を物語っています」
佐和は、感情論に対し、過去の悲劇という揺るぎない数字をぶつけました。そして、権益を持つ者たちに対して、具体的な解決策を提示しました。
「水売り商人の皆様の職は、たしかに変わります。しかし、我々が責任をもって、濾過水の配給や、浄水器の清掃・管理という新たな衛生的かつ安定した職を提供し、皆様全員を雇用いたします!」
佐和は最後に断言しました。「この濾過装置は、感情論ではなく、**数字(算術)と科学(理)**に基づいた、江戸の未来への最も確実な投資なのです!」
佐和の圧倒的な論理と、計算に裏打ちされた未来への担保と現実的な雇用策に、奉行所は練太郎の事業を継続させる決定を下しました。
二人は、濾過装置を前に手を握り合いました。「佐和殿。次は、この清潔な水を江戸中に張り巡らせる究極の動力が必要だ。水車を使って、水の供給を完全に自動化し、この街の革命を完遂する!」




