鹸化の化学と「理清の玉」
鹸化の化学式と安全性
佐和の迅速な手配により、三川屋の製造所には、石鹸製造に必要な古油(獣脂や菜種油の残り)と良質な木灰が大量に運び込まれた。練太郎は、この時代の洗い油製造が経験則に頼り、品質が不安定で危険であることを知っていた。
「この時代の洗い油は、アルカリ濃度が不均一で、皮膚を傷つける危険がある。重要なのは、正確な化学反応だ!」
練太郎は、まず木灰を水に溶かして作る灰汁(水酸化カリウムの代用)の濃度を、簡易的な比重計や色の変化で厳密に測るよう指導した。
「石鹸とは、油とアルカリを反応させる**『鹸化』だ。濃度が低すぎれば失敗するが、高すぎれば皮膚を溶かす。このアルカリ濃度の正確な管理こそが、品質と安全性の両方を保証する理**だ!」
練太郎の潔癖症的な執着は、作業の清潔さだけでなく、この化学的な精度にも発揮された。彼は、油と濃度を調整した灰汁を加熱・攪拌させ、化学反応を完璧に制御し、安全で高品質な石鹸を生成させた。
施療院での実績と「数字」の証明
石鹸は完成したが、練太郎は高価な贅沢品として売る前に、その**「公衆衛生上の効能」**を証明する必要があると考えた。
「佐和殿。まずは、最も清潔を必要とする場所、施療院(病院)にこれを無料で提供する。そこで病が減るという実績を、数字で示すのだ!」
佐和は即座に賛同し、練太郎は施療院の医師や看護役に、石鹸を使った科学的な手洗いを指導した。
「石鹸の界面活性作用で、病原菌が付着した皮脂を乳化させ、洗い流すのです!水で流すだけでは意味がない、摩擦が重要です!」
数週間後、佐和は施療院での利用記録を基に、**「石鹸使用による皮膚病の発症率の低下」と「軽傷の治癒期間の短縮」**という明確なデータを引き出した。
「神崎様。この帳簿をご覧ください。石鹸は、もはや贅沢品ではありません。病気を減らす費用であり、人命を担保する投資なのです!」
佐和の示した統計的な証明は、練太郎の技術が**「人命を救う理」**であるという、何よりも強い宣伝文句となった。
香りの科学と「理清の玉」ブランド
実績は上がったが、練太郎は最後に残った課題、石鹸に残る油臭さを許せなかった。
「くそっ、この油臭さが許せない!これが残っていては、本当の清潔ではない!」
練太郎は、この臭いを打ち消し、さらに魅力を加えるための**「香り付け」**を提案した。佐和はすぐに、**橙の皮や丁子**といった天然香料を調達。練太郎はそれらを抽出し、熟成中の石鹸に練り込んだ。
結果、ほのかに柑橘系の清潔な香りを放つ石鹸が完成した。
佐和は、この石鹸に練太郎の**「理」と「清潔」への強い思いを込めて、「理清の玉」**という銘柄を付けた。
「神崎様の科学が保証する品質と、私の算術が計算した信用。そしてこの香り。『理清の玉』は、富裕層や美意識の高い女性層に向けた、究極の清潔ブランドとして市場を支配します!さあ、次は、この成功を庶民の衛生革命へと繋げましょう!」




