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潔癖な俺が江戸革命!〜チートは魔力じゃなく、熱力学と微生物学だった〜  作者: 済美 凛


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2/11

熱力学と一分金の勝利

深夜の科学的殺菌


その夜、神崎練太郎は台所の隅を秘密の研究室に変えた。父から借りた一分金で仕入れたのは、市場で「難あり品」として投げ売りされていた粗悪な醤油だ。

「この品質の不安定さ。製造工程での雑菌混入が原因なのは明白だ。だが、この不純物こそが、俺の科学で付加価値を生み出す種になる」

錬太郎はまず、七輪と土鍋、そして醤油を詰める小瓶を徹底的に熱湯で殺菌した。潔癖症の性分と、微生物学の知識がそうさせる。彼は土鍋に粗悪な醤油を移し、火にかける。

「沸騰させてはならない。風味を損なうからだ。だが、$60^\circ\text{C}$台では甘い。この時代の醤油に潜む耐熱性の雑菌を殺すには…$80^\circ\text{C}$前後を厳密に保つ」

温度計がないため、彼は湯気の立ち方や醤油の表面の波立ち具合を頼りに、神経を集中させて火力を調節する。これはまさに、熱力学の知識と、五感による精密な制御だ。

数刻後、練太郎が火入れを終え、殺菌済みの小瓶に詰めた醤油は、仕入れた時の強烈な酸味と磯臭さが消え、色が鮮やかになっていた。

翌朝、練太郎は食卓で家族にその醤油を試させた。

「父上、母上、妹よ。まず、こちらの元の醤油をお試しください」

家族はいつものように顔を顰める。

「次に、こちらを」

練太郎が火入れ後の醤油を皿に注ぐと、妹の顔がパッと明るくなった。

「あら!お兄様、この醤油、いつものツンとした臭いがないわ!味が深いし、なんだかまろやか…」

父の弥助も、目を丸くして醤油を舐める。

「馬鹿な…。同じ蔵の醤油か?まるで別物ではないか!」

練太郎は胸を張り、言葉に力を込めた。

「父上。これが**『科学』の力です。腐敗菌を殺したことで、旨味を司るアミノ酸だけが残り、風味が安定した。これは魔術ではなく、熱の計算です。熱エネルギーで雑菌のタンパク質を変性させ、活動を停止させた。つまり、『品質の安定性』**という名の付加価値を生んだのです」

弥助は、その味の変化と、練太郎が真面目に「商い」に取り組んでいる姿勢を評価し、棒振り販売の許可を与えた。


棒振り販売と流通の限界


練太郎は、改良醤油を手に、人通りの多い通りへと繰り出した。「香りが違う!日持ちが違う!」と触れ込み、試食を促す。

立ち止まった主婦たちが醤油を試すと、驚きの声が上がる。

「本当に、味が綺麗だねぇ!これなら、魚の煮付けも失敗しないよ!」

「そして、日持ち!これなら買っても途中で酸っぱくならないから、無駄が出ない。少し高くても、むしろお得だよ!」

練太郎は市場の反応に確信を得た。この時代の醤油は、品質の不安定さから来る**「ロス(損失)」が非常に大きい。彼の「安定した品質」は、主婦たちの家計に直結する経済的なチート**だったのだ。

彼は一分金の元手を数倍にし、父に驚きとともに返却した。

しかし、練太郎はすぐに限界を感じた。

「この棒振りでは、一ヶ月に二両の利益が精々だ。この街の不潔さを変えるには、石鹸、濾過器、全てを工業規模で普及させねばならない。そのためには、流通の効率化と、桁違いの資本が必要だ。…そうだ、問屋だ」


算術の娘、佐和


練太郎は、最後のサンプルを持って、江戸でも有数の調味料問屋**「三川屋」**へと向かった。格式高い店内で、主人は貧乏旗本の三男坊である練太郎を軽んじ、醤油を試食した後も「大したことはない」と品質をごまかそうとした。

しかしその時、奥から帳簿を抱えた一人の娘が現れた。三川屋の一人娘、**佐和さわ**だ。きりっとした目つきの彼女は、練太郎が持ち込んだ醤油の皿を手に取り、香りや熱の痕跡を観察した。

「父上、お待ちください。お武家様。失礼ながら、これは熱による再処理が施されていますね。そして、この透明度…雑菌による劣化を防いだため、日持ちがする。違いますか?」

練太郎は驚愕した。自分の核心的な技術を、この娘は一目で見抜いたのだ。

「な…!その通りだ!あなたは、その醤油の香りだけで、熱力学と微生物の作用を理解したというのか?」

佐和は帳簿を開くと、筆を走らせた。

「違います。私は算術で利益を計算しただけです。父上。この品質であれば、通常の醤油よりも三割増しの価格で売れ、日持ちがすることで在庫管理のリスク(ロス)が半分になります。この『安定性』は、大いなる信用と利益です。神崎様の技術は、**『ことわりの算術』**にかなっています!」

佐和の理詰めの分析に、主人は反論の言葉を失った。佐和は練太郎に向き直り、きっぱりと言い放った。

「神崎様。あなたは**『科学』で品質を安定させた。私は『算術』で利益を安定させます。これはただの商いではありません、『ことわり』**を追求する者同士の共同事業です。この契約、受け入れますか?」

練太郎は、自分の知識の価値を正確に評価した佐和に、最高の協力者を見出したと悟った。

「もちろんだ、佐和殿。あなたの論理は、私の化学的な推論と同じくらい、この世界ではチートだ。…この契約、受け入れましょう。ただし、製造過程は、私の**『清潔』の基準**に徹底的に従ってもらいます」

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