暴走二十四話
水野勝成は黒布の影と交錯しながらも、突撃を続けた。しかし、里見軍が林の陰から姿を現すと、状況は一変した。包囲の輪は静かに、しかし確実に締まりつつある。小隊はあとわずか‥。
兵の顔には恐怖と疲労が刻まれている。
「……もう、無理か」
吹雪で視界は白一色、敵の人数も距離も正確には分からない。しかし、直感が告げる。
このまま突っ込めば、全員が雪の下に消える、と。
後退しようとした瞬間、黒布の影が再び現れ、勝成の動きを制するように立ちはだかる。刃を交え、雪煙が舞う。勝成は一瞬の隙を突き、影をかわして後ろへ飛び退く。
「高原諏訪城まで逃げるぞ!」
勝成は小隊に声をかけた。声は吹雪にかき消されそうになるが、必死に響かせる。残兵たちはためらうことなく、退却を始める。
雪と氷の地獄の中、勝成の心は重い。勇気や矜持よりも、まず生き残ること。
それが今は最優先だ。
しかし、雪に足を取られ、疲労と凍傷で倒れる者も出始めた。勝成は振り返り、倒れた仲間を何度も手で押し起こす。吹雪の中で見えるのは、敵の鋭い刃先と、黒布の影。避けても避けても追いかけてくる。
「もう、戦どころじゃねぇ、なんとしても生き延びる」
勝成は冷たく自分に言い聞かせる。
雪原を駆け抜け、木曽福島城の背後に広がる森へと逃げ込む。背後からは里見の鬨の声が響き、馬や兵の足音が雪を叩く。城も、もはや守る余力はない。
吹雪の白闇に敗走する影が、静かに消えてゆく。木曽福島城は、血と雪に埋もれたまま、冬の夜の静寂に包まれた。




