表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
届かないシンフォニー  作者: Aqua
終わりの始まり
1/1

気になるけど伝えられないもどかしさ、切なさ

物語の始まりは、静かな夜の街から。

深夜の静寂の中、かすかに響くピアノの旋律。それは哀愁を帯びながらも、どこか優しく、まるで誰かの記憶を紡ぐかのように流れていた。

奏多かなたは毎晩、この旋律を耳にしていた。けれど、演奏者の姿を見たことはない。ただ、その音に導かれるように、気づけば足が動いていた。

やがて彼は、一軒の古びた劇場の前に立つ。長らく使われていないかのような扉を押し開けると、そこには一人の少女がいた。月明かりが照らす舞台の上、彼女は静かにピアノを奏でていた。

奏多は息をのむ。その旋律は、言葉では表せないほどの切なさと、どこか懐かしさに満ちていた。

「君は……?」

思わず声をかけると、少女はそっと手を止め、奏多を見つめた。淡い微笑みが浮かぶ。

「これは、届かないシンフォニーだから——」

劇場の静寂の中、彼女の言葉はまるで音楽の一部のように響く。

奏多とひびきの出会いが、静かに、しかし確かに、新たな物語の幕を開けた。

その日から、奏多は夜ごとに劇場へ足を運ぶようになった。

響が奏でる旋律を聴きながら、彼は少しずつ彼女のことを知っていった。

響は、かつて天才ピアニストと呼ばれながらも、ある日突然、人々の前から姿を消した少女だった。彼女の音楽は「誰にも届かない」運命を背負っていた。

「それでも、君の音楽は美しいよ。」

そう伝えるたびに、響の演奏は少しずつ変わっていった。

劇場の舞台で、響はいつも一人きりだった。その旋律は、まるで過去の何かを抱えたまま、外の世界へと旅立つことを拒んでいるようだった。

しかし、奏多の存在が、彼女の音を少しずつ変えていった。

ある夜、響はそっと言った。

「奏多君、私の最後の曲、聴いてくれる?」

静寂を切り裂くように、劇場に満ちる旋律——それは、彼女の心そのものだった。

この旋律は、届かないはずだった。

けれど、奏多の心には、確かに響いていた。

そして、その旋律が終わるとともに、響はゆっくりと奏多を見つめ、微笑んだ。

「ありがとう。これで、やっと——」

彼女の言葉は夜に溶けていった。

翌日、奏多が劇場を訪れたとき、そこにはもう誰もいなかった。

ただ、ピアノの上に、一枚の楽譜が置かれていた。

それは、彼女が最後に奏でた「届かないシンフォニー」だった。

楽譜の端には、かすかに書き残されたメッセージがあった。

『奏多君へ。私の音を、あなたが受け取ってくれてありがとう。』

涙が、楽譜の上に落ちた。

劇場の静寂の中、奏多はそっとピアノの椅子に腰を下ろし、鍵盤に指を添えた。

そして、響の旋律を、もう一度この世界に響かせるために——。

彼は、静かに弾き始めた。

その音色は、夜の空に溶けていくようだった。

まるで、遠くにいる響に届くことを願うかのように——。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ