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9/9

本土にて ~ その⑦

 お正月休みが終わって業務が開始してからも、しばらく私は会社以外で貴久さんと会うことがなかった。年明けに私が貴久さんに送ったメールの返信はこうだった。


 返事をありがとう。とても嬉しいです。

 ただ残念ながらしばらく時間がないので、すぐに美沙子ちゃんと一緒にドライブに行くのが難しい状況です。こちらから誘ったのに申し訳ないです。時間ができ次第こちらから連絡するので少しお待ちいただきたく。

 追伸:

 会社の人にわかると気恥ずかしいので、このことは内密にしておいていただけるとありがたいです。

 貴久


 朝会で貴久さんはいつものようにその日の業務予定について話す。

「先月分の売上集計分析を始めます。早めに終わるようなら、過去三ヶ月分の分析結果と比較を始めるようにします」

 遥香さんもいつも通りだ。当たり前かもしれないが。

「本日の業務ですが、美沙子さんには先月分のアルバイトの勤務表データの入力を初めてもらいます。もう慣れて来たとは思うけれど、何かあれば香織さんか沙織さんに聞くようにしてください」

 朝会が終わって皆が自分の席に戻るときも、貴久さんはこちらの方を見なかったので、私はその表情を見ることができなかった。……私は何だかもやもやした。


 業務に入ってからも私は貴久さんのことが頭から離れなかった。なぜ私を誘ったのか? なぜ私がその誘いに答えたのに放ったらかしなのか? ……私のことが気になったわけではないのか?

 沙織さんが心配そうに私に声を掛ける。

「どうしたの? 手が止まってる」

 私はハッとして沙織さんの方を見て言う。

「すみません。少し考え事してました。集中します」

「何か心配事? よかったら聞くよ」

 沙織さん、香織さん、私の三人で一緒にご飯を食べに行って以降、二人は何かと私のことを心配してくれる態度を見せるようになった。……ありがたいことだと思う。もしかしたら二人は、給湯室での一件以降、私のことを気にしてくれていたものの三人で話をするまではそれを態度に表わすことができなかったのかもしれない。


 私はできるだけ笑顔で何でもないことのように言う。

「ありがとうございます。でも大したことではないので大丈夫です」

 あの時の給湯室で沙織さん、香織さんから出た言葉は、誰にも聞かれない前提で口にしたストレス発散のようなものだったのだろうか。私に聞かれさえしなければ何でもないことだった? 問題だったのはそんなちょっとしたアクシデントでひどく動揺した私の方だったということ? 島育ちでたくさんの人達の間で揉まれ慣れていないイナカモノの私の……?


「大丈夫ならいいけど……気になる事があるんならいつでも聞くよ。よかったらまた今度一緒にご飯食べに行こ?」

 沙織さんは心配そうな笑顔を浮かべながらそんなことを言ってくれた。私はそんな沙織さんを優しい人だと思った。そんな優しい人からあの時の給湯室で言っていたような言葉が出たことを意外にも思ったが、余程料理を作ることにコンプレックスがあるのだろうか。

「ありがとうございます。そうですね、心配事があるわけでもないのですが、また誘ってくれたら嬉しいです」

 私がそう言うと、沙織さんは私に手を振って席に戻って言った。私はペコリと頭を下げてからノートパソコンの方に向き直る。

「集中しなきゃ……」

 私はそんな独り言を言いながら自分の仕事に取り掛かった。ちらちらと頭に浮かぶ貴久さんの顔を振り払いながら。


 その週の週末、私は沙織さんと香織さんからまた誘われてご飯を食べに行った。前回言ったお店とは別のところだったが、同じように洒落ていてメニューも豊富、しかも高くないというお店だった。

「よくこういうお店をご存じですね」

 私が感心するようにそう言うと、沙織さんが得意そうに言う。

「お酒が好きな友達が社外にもいたりするから、色々情報交換してるんだよ。女の吞んべぇ同士は打ち解けるの早いからね。男受けは最悪だけど」


「男の人ってそんなに女の人がお酒吞むのを嫌がったりするものですか」

 私がそんなことを聞くと、香織さんが反応する。

「何? 気になる?」

「お! 好きな男でもできた?」

 沙織さんも食いついてくる。

 私はどきりとしながら平静を装って笑顔を浮かべる。

「いえ、そういうわけではないんですけど、島ではあまりそういう感覚がなかったので……」

「そうなの? いいね。いっそ島で暮らしてみるのもいいのかもね。こっちの男どもは大酒飲みの女なんて目もくれないよ。都合よく酔いつぶれてくれないからね」

 香織さんはそんなことを言った。どこまで本気なのかはわからないが、私は少し複雑な気がした。島のことを褒められたのかわからなかったからだ。


「女の人が酔いつぶれた方が男の人は嬉しいんですか?」

 どうも私にはわからない感覚だと思った。沙織さんが答えてくれる。

「女が酔いつぶれたら男は介抱できるじゃん。そうでなくても自分の方が酒に強い方がいいカッコできるし、場合によっちゃ介抱するふりして……」

「介抱するふりして?」

 私が首をひねって聞き返すと、沙織さんはニヤリと笑って言う。

「そのままお持ち帰り……」

「お持ち帰り……」

 それはつまり……そういうことか。私は改めて今の自分が本土と言う自分が育った土地とは違うところにいるのだと実感した。


 私は慌てて気になったことを口にする。

「あの……それは付き合ったりしていない女の人が相手でもってことでしょうか……」

 そんなことを聞く私に、香織さんが向き直って言う。

「そんなこと関係なくだよ。というより付き合ってるならそんな面倒なことはしないだろうさ。まあ皆が皆とは言わないけど、そういう奴も一定数いるってことだから、美沙子も気を付けるんだよ。そういうことを楽しむ女も一定数はいるし、私がどうこういうのもおかしな話かもしれないけど、そういう男ってのは相手の女が隙を見せるとそのつもりがあるんだろうとか勝手に解釈して好き放題やるもんなんだ」


 私は貴久さんに誘われたドライブにOKしたことを後悔し始めた。貴久さんはドライブにOKした私を、そういう女だと勝手に解釈してお持ち帰りしたりするのだろうか。いやでも私のことを真剣に想ってくれるのなら……。私はどうもわかりやすいくらい動揺していたらしい。

 香織さんが私に優しく言う。

「そんなに心配することないよ。ちょっと気を付けてればいいだけの話なんだから」

「気を付ける……ですか」

 私がそんなことを言うと沙織さんが口を挟む。

「そ! そういう男どもって言うのは、大体女の許容量もわからないうちから妙に酒を勧めて来たりするもんだからさ。そういうのを躱しながら男の方に酒を飲ませるように煽っちまえばいいんだよ。それで嫌な顔をするようなら、まあそういうことさ」


「それにしてもさ」

 香織さんが何だか文句を言い始める。

「そうやって酒を飲まされてお持ち帰りされちまうような女を、世間様は女が隙を見せる方が悪いみたいな言い方をするんだよね。私はそれがどうしても納得いかなくてさ。隙を見せる方より隙につけ込む方がよっぽど悪いだろって話だと思わない?」

 沙織さんも同意する。

「思う思う! 女が隙を見せるのは相手を信頼してるからだっていうのに、世間様は妙にその信頼を裏切りやがる男の肩をお持ちになるってね!」

 ……大分お酒が回ってきたようだ。


「まあ、とは言え」

 香織さんが落ち着いた口調で後を続ける。

「女の方だって隙を見せないように気を付ける必要はあるだろうさ。そりゃね。そんなくだらん男にいいようにされちまうのも腹が立つだろうしね」

 言い方こそ少々荒っぽいが、やっぱり香織さんも優しい人なのだと思った。

「そうですね。ありがとうございます。気を付けるようにします」

 でもそういえば島で私より吞める男の人っていなかったような……。まあ気をつけよう。気を付けるに越したことはない。


「特にあれだ……うちの……貴久?」

 沙織さんがそんなことを言ったので、私は口に含んだお酒を吹き出しそうになった。

「えっ……と、貴久さんは要注意人物なんですか?」

 何とか平静を装って口に出した言葉に香織さんが答える。

「ううーん、でもはっきりしないよね? 噂だけだし」

 お酒が回って来たらしい沙織さんが勢い込んで言う。

「いやいや! 仕事ができて顔もそこそこいいのに、付き合ってる女の噂がほとんど聞こえてこないのはおかしいよ。それに他部署のことだとはっきりとはわからないけど、入社して一年くらいでやめちゃう女の子がいるときって、貴久が声を掛けてたって噂が必ずでてくるんだよ。おかしくない?」

「声を掛けてたのは貴久だけじゃなかったって話でしょ。わからないよ、はっきりしたことは。あんまり推測でものを言わない方がいいんじゃない? 特に同じチームの奴のことはさ」

 香織さんが言い返すのだが、沙織さんは納得しかねているようだった。

「まあね……。気まずくなるのは本意じゃないし……。でも私はあいつを警戒してるって話さ。私はね」

「はいはい。まあ何だかんだ言って私もあいつはそれ程信用してないよ。男としてはね。仕事上では頼りになるけど。美沙子はどう思う?」

 急にこちらに振られたので、私は少し慌てて言う。

「そうですね……いやぁ……私は貴久さんのことをよく知らないので何とも……」


 香織さんは溜息をついて答える。

「そうだね。それでいいと思う。よくわからない相手ならすぐには信用しない。それだけのことさ。美沙子は別に貴久に声をかけられたわけでもないんでしょ?」

「はい。勿論です。私なんか相手にされないんじゃないですかね」

 私は何とかそんなことを言った。……私はどうしたらいいんだろうか?


 私が沙織さん香織さんとご飯を食べに行った数日後、貴久さんからメールが来た。私は結ちゃんに相談しようか迷っていたが、まだ相談できていなかった。


 随分お待たせしてしまいましたが、こちらの用事が一息つきましたので、改めて美沙子ちゃんをドライブにお誘いしたいと思っています。差し当たり景色の良い山の方へと思っていますが、美沙子ちゃんが行きたいところがあるようでしたら、ご希望に沿いたいと思っています。

 ご都合のよい日を教えてください。

 貴久


 私は迷っていた。沙織さんから聞いたことが頭から離れなかったのだ。しかし正直なところ、貴久さんを信じてみたいと言う誘惑を感じていたことも事実だ。要はすぐに信用するようなことをしなければいいのだ。気を付けてさえいれば……。私は貴久さんへ返信のメールを送った。


 ご連絡いただきましてありがとうございます。私は特別何か決まった用事があるわけではないので、いつでも大丈夫です。行先は海でも山でもどこでもよいです。私は島育ちなので、山の方が新鮮ではあるかもしれません。ただ今お世話になっているおうちのこともあるので、宿泊などはできません。それでよろしければ、隆久さんの行きたいところへ連れていってください。

 美沙子


 『宿泊はできない』と伝えておけば、こちらの意図は伝わるのではないかと思った。これで難色を示すようなら警戒した方がよいだろうと思った。しかし貴久さんは……少なくとも難色は示さなかった。


 ありがとう! それなら山へ行きましょう。僕は山の景色が好きなので、よく山の方へ行くんです。車も都合がいいように4WDなんですよ。それでは次の日曜日にしましょうか。明るいうちに帰って来れるように、朝は早めにしましょう。xx月xx日の日曜日、朝9時に××駅前で待っています。時間や場所に不都合があるようなら早めに教えてください。美沙子さんの都合に合わせるようにします。

 貴久


 そのメールは拍子抜けなくらい浮かれた気持ちが伺える内容だった。私が『宿泊はできない』と牽制したことは全く意に介していないらしい。そしてその文面から感じる浮かれようは、私を好きになってくれているからだろうかと思うと何だかどきどきしてきた。本当に私を? イナカモノの私を……?


「あら、何かいいことあった?」

 その日の夕食の時、涼子さんからそんなことを聞かれた。

 私はどきりとして答える。

「あ……いえ、別に……」

 さすがにお婆ちゃんやお爺ちゃん、叔父さん達の前で男の人にデートに誘われたからとは言いにくい。とはいえ照れ笑いが顔に出てしまっていたので、涼子さんには伝わってしまっていたと思う。

「そうなの? まあいいことがあったのなら、よかったけどね」

 涼子さんは、にっこり笑ってそんなことを言ってくれた。……ごめんなさい、涼子さん。後でちゃんと伝えるようにしますから……。


 後でも何も、その週の金曜日にはある程度のことを話すことになった。

「そう? 日曜日のお昼はいらないのね、了解」

 涼子さんは、にっこり笑って詳しいことは聞かずにいてくれる。しかもそれだけではなかった。

「ね? 土曜日にまた服を見に行かない?」

「はい、いいですね。よろしくお願いします」

 私はそう言いながら、その時はその意味がよくわかっていなかった。


「いらっしゃいませ」

 私達はまた裏通りのブティックに足を運んだ。

「うわ……セールやってる……」

 私はわくわくが止まらなかった。涼子さんがにっこり笑って言う。

「うん。この間通りかかったらセール始めてたから、美沙子ちゃんを連れて来たかったの」

 そしていたずらっぽく笑ってこう付け加えた。

「あのね? 男の人って普段と違う格好を見ると、どきっとしてくれたりするのよ?」

 どうやらお見通しなんですね。とはいえ……。

「ありがとうございます。正直助かります」

 涼子さんがそばにいてくれて本当によかった……。


 私は前回買ったハーフコートより、もう少し女の子っぽい感じの薄いピンクのハーフコートと薄いベージュのひざ丈フレアスカート、オフホワイトで少しフリンジの入ったニット、さらにハーフコートよりさらに薄いピンクの花柄のストールマフラーを買った。

「少し買いすぎちゃいました……」

 そんなことを言う私に、涼子さんがくすりと笑って言う。

「美沙子ちゃんは普段頑張ってるんだし、セールの時くらいいいんじゃない?」

「ありがとうございます。そう言っていただけると助かります」

 ホント、涼子さんには頭が上がらない……。


 そうして日曜日、私は朝からどきどきが止まらなかった。

「ホラ、美沙子ちゃん? しっかり朝ご飯を食べておかないと一日元気に動けないよ?」

 胸がどきどきして朝ご飯が進んでいない私に涼子さんがそんなことを言った。

「はい、すみません……」

 私は頑張って朝ご飯を食べた。せっかくのデートなんだから後悔したくなかったのだ。私も手伝ったとはいえ、涼子さんの作ってくれたご飯を残したくなかったこともあったが。


「美沙子ちゃん? よかったらこのブーツ試してみて?」

 出掛けに涼子さんが靴箱の奥からベージュのショートブーツを出してくれた。

「ぴったりです。貸していただけるんですか?」

 私がそう聞くと、亮子さんはにっこり笑って答える。

「うん、よかったら使って」

 うう、涼子さん様々でございます……。


 待ち合わせ場所の駅前まではバスで行った。涼子さんは車で送ってくれると言ってくれたのだが、さすがに気恥ずかしかったのだ。

「いってらっしゃい。楽しんできてね。あまり遅くなるようなら電話して」

 涼子さんは『早く帰ってくるように』とは言わなかった。信用されてるなぁ……。でも初めてのデートで夜遅くまで相手の男性と一緒にいるというのは、さすがによくないことだろうと思っていた。

「まああれだ……気を付けるんだ」

 私はそう自分に言い聞かせながら待ち合わせ場所の駅前へ向かった。


 待ち合わせ場所には約束の時間の十分前に着いた。うん、スタートはまずます。私は落ち着かずにきょろきょろしていた。場所はここで合ってるよな……。もう少しあっちの方かな……。なんて考えていると後ろから声を掛けられた。

「おはよう! 待たせちゃったかな?」

 貴久さんは黒のハーフコートにざっくりとした感じの青みがかった薄いグレーのタートルネック、ダークグレーのウールパンツという装いだった。やっぱり厚着ではないんだな……。私はスーツ姿以外の貴久さんを見るのは初めてだったのでどきりとしてしまった。普段見ているスーツ姿とは随分印象が違う……。

「いえ、今来たところですから」

 うう……。何だかまっすぐ貴久さんの方が見れない……。


「駅前まで来て車止めるところがなさそうだったから、すぐそこの駐車場に止めてあるんだ。こっちだよ」

 服装のせいか、貴久さんの印象が随分違って見える。仕事中の固い印象とも事務所の前の通路で声を掛けられた時の気安い雰囲気とも違う、フランクでしかも頼りがいのありそうな印象だった。


「今日はいい天気で本当によかったよ」

 何だかどきどきして口数が少なくなってしまっている私に、貴久さんはこまめに話しかけてくれた。

「そうですね。まだ寒いのには慣れてないので、暖かい日はありがたいです」

「そうか。まだこっちに来て日が浅いんだね。年末年始は、体壊したりしなかった?」

「はい。叔母さんが随分助けてくださるので、体を壊したりはしていないです」

「おお! 頼りになる人がいるんだね。それはよかった」

 にっこりと笑った貴久さんは、とてもいい人に見えた。……少なくともよろしくないことを考えていたら、一人暮らしでないことはマイナスに感じるのではないだろうか。


 貴久さんの車は新しい感じの国産車だった。島では見たことがなかったタイプだ。……私はこんなところでも引け目を感じてしまう。貴久さんが車に近づくとちょっとした電子音がしてドアロックが外れた音が続く。もしかしてこれがオートロックってやつか?!

「さ! 乗って? 乗り心地は保証するよ。無理していい車買ったからね」

 貴久さんはいたずらっぽく笑って言った。……私は笑顔が素敵だと感じてしまった。貴久さんは運転席側のドアを開けた後、コートを脱いでバックシートに置いてから運転席に座った。私もそれを見てから助手席側のドアを開けて車に乗り込み、シートベルトもちゃんと締めた。

 貴久さんはドアを閉めてシートベルトを締め、エンジンをかけた。エンジンの音も殆どさせずに車は走り出す。車ってこんなに静かだったっけ……。確かに乗り心地はよかった。シートに座った時の感じが最高だった。

「山の方だと結構寒いけど、山からの雪景色は是非一度見ておくべきだと思うんだ。車からでなければ寒さも何とかなるしね」


 車は市街地を抜け、街道に入る。この辺りまでは涼子さんとも来たことがあるのだが、一緒に車に乗っている人が違うからか気持ちも全く違っていた。私はこれから初めて見ることになるであろう本土の山の景色にわくわくが止まらなかった。フロントガラスから見える景色が何だかきらきらしている。浮かれているのが自分でもわかった。

「ドライブって私、初めてで……」

 私がそんなことを言うと、貴久さんは驚いたように言う。

「本当? それは光栄だな。でも責任重大だ。是非ともいい思い出にしないとね」

 ああどうしよう。私、気をつけないといけないのに……。


 車は高速道路に入った。高速道路慣れない私は少し怖くもあったが、貴久さんを見ると何ともないような顔をしていたので、私もがんばって平静を装った。

「この先のインターにサービスエリアがあるから、お昼にしようか」

 私はサービスエリアと言われてもピンと来なかった。貴久さんがサービスエリアの駐車スペースに車を止めたので、私たちは車から降りて伸びをしたりした。

「このペースで来れてれば余裕をもって山へ行けるよ。美沙子ちゃんをあまり遅くまで連れまわすのは気が引けるからね」

 貴久さんがそんなことを言った。車が随分スピードを出しているように見えたのは、私のためだったということなのだろうか。


「ありがとうございます。でもそんなに急がなくても大丈夫ですよ」

 ちょっとだけ嘘だ。できれば夕食までには帰りたかった。涼子さんたちを心配させたくなかったのだ。

 貴久さんがにっこり笑って言う。

「そう? でも初めてのドライブで帰るのが遅くなっちゃうんじゃ、お家の人にも印象悪いだろうから、引率としては気をつけないとね」

「引率なんて……」

 私はそう言って笑いながら、貴久んが気をまわしてくれているのを嬉しく思っていた。私を軽い気持ちで連れ出したのなら、そこまで考えないのではないだろうかと思った。

 私は改めてサービスエリアを見回してみる。初めて見る光景に私のわくわくがはさらに高まった。本土の人達には珍しくもない光景なのかもしれないが、島にはそもそも高速道路なんてないのだ。


 広い駐車スペースに隣接している食堂や土産物店の入っている低層の建物、トイレなどがあるだけなのだが、何とも言えない非日常感があるように感じたのだ。

 私がきょろきょろしながら歩いていると、貴久さんが嬉しそうに言う。

「サービスエリアに寄ってよかった。随分気に行ったみたいだね」

 私はハッとしたが、以前感じたような強烈な羞恥心のようなものはなかった。きっと貴久さんが私の様子を肯定してくれたからだと思った。こんな感じは亮子さん以外では初めてだった。

「見慣れないもので……。何だかわくわくします」

 私がそう言うと、貴久さんは笑って言う。

「わかる! サービスエリアって何だかわくわくするよね!」

 私も笑った。楽しい……とっても楽しい!


 サービスエリアの食堂で食べたご飯もとてもおいしく感じた。きっと涼子さんの作ってくれるご飯の方がずっとおいしいのだろうが、とにかくおいしく感じたのだ。

「ごちそうさまでした。おいしかったです」

 食券を買ってくれたのは貴久さんだったので、私は貴久さんにお礼を言った。

「それならよかった。サービスエリアの食堂にグルメを求めるのは厳しいけど、こういう雰囲気だと何でもおいしいよね」

 こういう雰囲気とは私が一緒だということだろうか。私は何だか少しうぬぼれてきてしまっているらしい。


 サービスエリアを出て高速道路に戻る。私はもう少しくらいのスピードなら怖く感じなかった。貴久さんが一緒だから……? んん? 浮かれ過ぎか?!


 車は高速道路を降りて街道に入る。高速道路に入る前とは随分周りの建物が違っているように見える。よくある地方の町並みだった。私は見慣れた風景を見るようで少しほっとしてしまう。

 気が付くと車は山道に入っていたようで、ぐねぐねした傾斜道をどんどん登っていった。道沿いのガードレールの向こうは崖になっているようで、崖の向こうの谷や谷向こうの山肌が見えてくる。

「この山はそれ程標高が高くないから、山頂近くの駐車場までもうすぐだよ」


 私が見慣れない山の風景に見とれているうちに車は山頂近くに着いていた。駐車場はあまり混んでいなかった。天気は良かったが、まだまだ寒い山の頂上まで来るような人はあまりいないらしい。家族連れの姿は見えなかった。

「少しだけ外に出ようか。体が冷えたらあそこの食堂で何か暖かいものでも飲もうよ」

 私達は車を降りて展望台の方に歩いて行った。確かに寒い……。見た目重視の今日の服装では、少々防寒機能が足りなかったようだ。


「うわぁぁあああ!」

 展望台からの景色は素晴らしかった。遠くの方に街が見えるが、建物の形がわからないくらい遠かった。そのずっと向こうには海も見える。

「海があんなに遠くに……」

 海から離れたことがない私には、とても新鮮に感じる光景だった。私は改めて本土に来ているのだという実感が湧いた。私は時を忘れて見とれてしまう。


 少しして貴久さんが口を開く。

「そろそろ食堂の方に移動しようか。体を冷やし過ぎるのはよくないよ」

 食堂の中はとても暖かかった。貴久さんはホットコーヒー、私はホットココアを頼んだ。私は温かいココアの入ったカップを両手で持った時に思いの外体が冷えていることに気が付いた。あのまま展望台にいたら風邪をひいていたかもしれない。

「早めに建物に入ってよかったみたいです。結構体が冷えてたみたい」

「よかった。気を抜かないでちゃんと体を暖めてね。風邪でも引いたら大変だ」

 優しいなぁ……貴久さん。


 私達は暖かい食堂で充分体を温めてから車に戻った。

「それじゃ帰ろうか。この分なら遅くならずに帰れそうだね」

 私は帰り道も景色を楽しんだが、一方でとても残念に感じていた。このドライブがずっと続いたらいいのにと思っていた。涼子さんの待っているお家に帰りたいが、まだ帰りたくない気持ちもあった。でも我儘はいけない。だから気をつけなきゃいけないんだって! すっかり忘れてたけど……。


 貴久さんはお家の近くまで送ってくれた。

「それじゃ、また会社でね。でも他の人には……」

「はい。内緒にします。今日はありがとうございました」

 私はペコリと頭を下げた。隆久さんは手を振ってから車を出し、見送っている私にハザードランプで合図をよこしたりした。マメだなぁ……。


「ただいま帰りました」

 私がお家に入ってから声を掛けると、奥から涼子さんが出てきて言う。

「おかえりなさい。楽しかった?」

「はい! とっても!」

 私は満面の笑みで答えた。また行きたいな! 誘ってくれるかな、貴久さん……。



to be continued...

読んでくださってありがとうございます!

皆様に幸多からんことを!

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