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本土にて ~ その⑥

「あら、かわいいコートね」

 涼子さんに一緒に付き合ってもらって買ったコートを着て出勤した週明けの日の朝、同じ課の遥香さんがそんな風に言ってくれた。

「ありがとうございます。先日買ったばかりなんです」

 私は笑顔で答えた。自分で気に入って買った服を褒められるのはとても嬉しいものだと思った。

「そうなの? いい買い物ができた時って嬉しいよね。すっごくよく似合ってる」

 遥香さんは、にっこり笑ってそんな風に言ってくれた。遥香さんは気持ちよく人を褒められる素敵な人だと思った……のだが、一方で私は何となく男性社員たちの視線を感じないでもなかった。私は久しぶりに感じる異性の視線に少し落ち着かない気持ちを感じた。


 その日の朝礼のとき、遥香さんが言う。

「私は午後から別支社へ出張の要件があるので不在になります。美沙子さんは今月分のアルバイトの勤務表入力を進めていてください」

 何だ……今日は遥香さんいなくなっちゃうのか。少々心細くはあるが、仕事上困ることはない……はずだ。どちらにしても私の仕事でわからないことがあれば二人のベテランOL、沙織さんか香織さんに相談することになっている。これまでも何度かデータ入力で困ったことがあり、相談したことがあったのだが、彼女たちは嫌な顔ひとつせずに普通に教えてくれた。最初の頃こそ少し緊張もしたが、今では普通に話しかけられる。もしかしたら多少は気を使ってくれているのかもしれない。


 お昼休みにお弁当を食べた後、いつものようにトイレに行ってリップを付けなおした。オフィスに戻る途中、給湯室の前を通る。あの日以来、給湯室の前を通るたびに胸のあたりがきゅっとするが、あれ以来ベテランOLたちの話し声が聞こえてくることはなかった。この時間帯はオフィスの他の人達もほとんどまだ外から帰って来ないのですれ違う人もいないのだが、この日は珍しくすれ違う人がいた。


「あれ? もうお昼終わったの?」

 朝礼でいつも私の向いに立って話している男性、貴久さんだ。

「はい。私は手弁当なので。貴久さんもですか?」

 私がそう言うと貴久さんは嬉しそうな顔になって言う。

「お! 俺の名前覚えてくれてたんだね。嬉しいな」

 私は不意をつかれてどきりとしてしまう。

「……そうですね。お仕事のできる方だと思っています」

 私も笑顔で答え……ているつもりだが、多分顔は少し引きつっていたと思う。正直少し緊張していた。

「意外に高評価なんだねぇ。光栄だよ」

 そう言って貴久さんは、急に私のそばまで近づいてきて小声で言う。

「ね? 今度ドライブでもどう? あちこち案内してあげるから」

「え? 別にいいですけど……」

 私は不意を突かれて、言われるままにOKしてしまった。

「ありがとう! 嬉しいよ。後でメールするね。でも他の人にはナイショにしてて」

 貴久さんはそう言いながら爽やかな笑顔をこちらに向けたと思うと、そのまま足早に立ち去って行ってしまった。私は今起きたことをどう考えていいかもわからないままオフィスの自分の席に戻った。


 ……私の身に今一体何が起こったのか? ドライブ? そういえば私、ドライブに連れていってもらったことってなかったことに気が付いた。父は漁船を手に入れるのに精いっぱいで、自家用車まではとても手が回らなかった。一度飲み会の帰りに送ってもらったことはあったな。でもあの時は結ちゃんが一緒だったし。もしかしてこれはデートに誘われたって奴か……この私が? 結ちゃんでなくて?! 私はすっかり動揺してしまって、目の前に積まれた勤務表の紙束を見つめながら固まってしまっていた。


「どうしたの? 手が止まってるよ」

 沙織さんが私に声を掛けた。私は内心飛び上がるほど驚いたが、どうにか自分を押さえつけて沙織さんに詫びる。

「すみません。少し考え事をしてました。集中します」

「うん。……珍しいね。どうしかした?」

 私は思いがけずに沙織さんから優しい言葉をかけてもらって内心驚いていた。

「いえ。何でもないんです。すみません」

「そう? ならいいけど。……あのさ、よかったら今度一緒にご飯食べに行かない? 香織と三人でさ。ここの会社って歓迎会とかしないから、部内でもあんまりプライベートで話す機会とかないんだよね」


「……はい。いいですね」

 正直なところ、私はかなりびっくりしていた。顔にも出ていたらしい。沙織さんが苦笑しながら言う。

「そんなにびっくりした顔しないでよ。あたしも香織もあんたのことは評価してるんだよ? 少なくとも今はね。あんたは言われたことをきちんとこなそうとするし、何より失敗したときに言い訳しない。今どき珍しいんだよ、そういう奴はさ」

「……ありがとうございます」

 いつの間にか涙が出ていた。逆説的かもしれないが、私は沙織さんから褒めてもらったことで、自分が会社の他の人達に引け目を感じていたらしいことに初めて気が付いた。島出身ということでだ。それが実直な勤務態度になっていたのだと思うが、それをちゃんと見てくれている人がいたということはとても嬉しいことだと思った。


 沙織さんは笑顔になって言う。

「泣くことないじゃん。じゃあまた声掛けるよ」

 そうして私の頭をポンポンと軽く叩いてから手を振って自分の席に戻って行った。

 私は一人になってから涙を拭いてノートパソコンに向き直った。何だかすっきりした気持ちだった。実のところ思いの外沙織さんと香織さんのことが気になっていたのかもしれない。


「あれ?」

 この会社では入社時に個々人に社内連絡用にメールアドレスが割り当てられる。もっとも私は部内宛てのメールであっても自分の仕事に関わることがほとんどなかったので、受信したメールを分類することもしないままにしていた。その受信ボックスに未読になっている私宛のメールが来ていたことに気が付いた。


 貴久です。会社のメールで私信はまずいので、個人アドレスの方に返信をお願いします。

 xxxxx@xxxxx.co.jp


 貴久さんから届いた社内メールの文面に先ほど感じた馴れ馴れしさはなく、事務的にさえ感じるほどだった。私は肩透かしを食らったように感じている自分に気が付いた。貴久さんに廊下で声を掛けられたときはOKこそしたが、同時に警戒心を感じないでもなかった。……少しややこしいが肩透かしを食らったことでその警戒心が薄らいでしまう。私は自分が混乱していると感じて貴久さんへの返信は保留することにした。


 私は気持ちを切り替えてデータ入力に集中しようとした。しかし一度に色々なことがあって中々集中できなかった。……全く私はどうしてこうもいちいち動揺してしまうのか。今夜あたりまた結ちゃんに電話して元気を貰おうか……。結ちゃんの顔を思い浮かべると不思議と元気が出てきたので、私は何とかその日に予定していた分のデータを夕方までに入力しきることができた。


 夕食の時、お婆ちゃんがにこにこしながら言う。

「もうすぐお正月ね。美沙子ちゃんは好きなおせち料理とかある?」

「おせちですか。そのぅ……」

 実は島にお正月におせち料理なるものを食べる風習はない。私はなぜかお婆ちゃんにそのことを言うことに抵抗を感じていた。

「お雑煮というか、お餅の入ったお吸い物は食べるんですけど、島にはお正月におせち料理を食べる習慣っていうのがなくて……」

「そうなの。こちらとは違う文化なのかしらね」

 私はお婆ちゃんの言葉に胸が少しちくりとするのを感じた。……そうか。私はきっとお婆ちゃんに本土の文化が島とは違うと言われたくなかったのだ。

「おせちって日持ちのするお料理が多いから、覚えておいた方が何かと便利かもよ?」

 涼子さんが少し慌てた様子で言った。私も続けて言う。

「そうですね。教えてもらえますか?」

「ええ、任せて!」

 お婆ちゃんは嬉しそうに言った。


 会社が年末年始の休みに入る前、また沙織さんから声を掛けられた。

「ね? 今日の夜って何か予定ある?」

「え……いえ、特別何かあるというわけでは……」

 私が答えると、香織さんが続けて言う。

「美沙子って飲める方? 私達って合コンとか行っても男から引かれちゃうくらい飲んじゃう方なの。よかったら会社が終わってから一緒にご飯に行かない? まあご飯ってより飲みにって感じだけど」

 私は涼子さんに電話をして、今日は帰りが遅くなるので夕食は必要ないと伝えた。会社の人に食事に誘われたのだと伝えると、涼子さんは嬉しそうに楽しんで来るようにと言ってくれた。


 香織さんがニカッと笑って言う。

「私達は質もそこそこ欲しいけど、とにかく量が欲しいから、お洒落でお高いお店よりもちょっと気の利いた居酒屋さんの方が好きなのね。よく行くお店で値段も高くなくてお酒もご飯もおいしいお店があるから、そこへ行かない?」

 本土で外食などしたこともない私に代案などはない。

 私はにっこり笑って答える。

「はい。勿論」


 二人に連れられて入ったお店は、とてもお洒落なお店だった。これで高くないのか……。お店の人は私達三人を区切られたスペースの席に案内した。そのスペースは区切られてはいるが開放的でもあり、居心地がよかった。……私は少々自分のふところが心配になってきた。

「何だか高そうなお店ですね……」

 私が少し引きつった顔でそう言うと、沙織さんが笑って答える。

「大丈夫だって。このくらいのお店は珍しくないよ? しかもここはご飯もお酒もおいしくって値段も高くないんだ。島にはこういうお店ないの?」

 私の胸は、またちくんと痛む。

「そうですね。そもそも居酒屋さんがあんまりないです」

 私が笑顔で答えると香織さんが沙織さんをたしなめる。

「沙織。そういうこと言うんじゃないよ。ほんっとにあんたはデリカシーってもんがないね。……まあ私も人のこと言えないとこあるけど」

 香織さんにそんなことを言われて、沙織さんが私に詫びる。

「ごめんごめん。偉そうなこと言ったけど、私も香織も漁師町の出身なんだ。だから気にしないで」

 私は沙織さんのそんな言葉にも胸がちくんとしてしまう。

「はい。大丈夫ですから」

 私は何とか笑顔で答えた。


 私は二人に促がされるままに飲み物(カクテルっぽいもの?)や食べ物(お肉やお魚の焼き物、海鮮もののマリネ、お刺身の盛り合わせ、ピザにタコス、などなど)を注文した。どれも見たことがないようなきれいな器に盛られ、食べるのがもったいないくらいだった。

「さあ! どんどん食べよ! 割りカンだから食べなきゃ損だよ?」

 沙織さんがにやっと笑って言うと、香織さんが慌てて口を挟む。

「冗談だって。今日は美沙子は無料(ただ)でいいよ。二人で奢るって話しだったじゃん」

「そんな……、大丈夫です。払えますから」

 私が恐縮してそう言うと、沙織さんが何だか言いにくそうに話し出す。

「……いや。実はね、今日はお詫びのつもりで誘ったんだよ。だから私達の奢りでいいの」

「お詫び?」

 私が不思議そうな顔をすると、香織さんが言いにくそうに答える。

「あー……えーとさ、美沙子の初出勤の昼休みのとき、給湯室で私と沙織が話してたのを美沙子が聞いてたんじゃないかって思ってて……」


「え……」

 私は香織さんの言葉を聞いてぎくりとした。そしてその時の感情がよみがえってくる。胸がずきずきして顔も強張ってしまう……。

「ああー……、やっぱりか……。ホントにごめん……」

「悪いと思ってるんだよ。私達二人ともね」

 香織さんと沙織さんは口々にそんなことを言った。

 私は何とか言葉を口にしようとした。

「……あの、別に……気にしていませんから」

 嘘だ。あの時の二人の会話は私を追い詰めたと言っていい。今少しなりとも平静でいられるのは我が親友、結ちゃんのお陰なのだ。


 香織さんがため息をついて言う。

「嘘でもそう言ってくれるのはありがたいよ。正直、私達料理ってものが苦手でさ。手料理なんてできる人をみるとやっかんじまうんだよね。本心じゃないんだ。わかってくれる?」

 二人の話を聞いた直後であれば信じられなかったかも知れない。でも今はその後の二人の私に対する仕事上の態度を知っているだけにまるきり信じられないということもないと思った。ただ……。

「……はい、わかりました。わかったと思います」

 いずれにせよ仕事上では上司にも近い存在でもある二人からそのように言われたら、私としては受け入れざるを得ないとも思った……のは、ひねくれているだろうか。


「いきなり仲良くってのは難しいかもしれないけど、少しずつでも仲良くやれたらいいなって思ってるんだよ。私も香織もね。私達こう見えても仕事に誠実な奴ってのは好きだからさ」

 そういう沙織さんの言葉を私は嬉しいと思った。まだ壁を感じないでもないが、時間をかければ印象も変わってくるのかもしれない。

「ありがとうございます。……嫌われているのかなとは思ってました。違っていたのならありがたいと思います」

 私がそんなことを言うと、香織さんが困ったような顔で言う。

「嫌ってなんかないって。そりゃあ美沙子は美人だからさ。その上料理もできるんじゃ嫉妬もしちまうけど、仕事に誠実な奴っていうのは、仕事以外でもいい奴だと思うからさ。沙織も言ってたけど、少しずつでも仲よくしようよ」

 美人なんて言われたのは久しぶりだと思った。悪い気はしないが恐縮してしまう。

「美人なんて……。それにあの時食べてたお弁当って、私が作ったんじゃなかったんですよ」

 私の言葉に沙織さんが食いつくように言う。

「そうなの? 彼氏が作ったとか?」

「彼氏なんていませんけど……。あの時のお弁当は、今お世話になっているお家の叔母さんに作ってもらったものでした。今は叔母さんに教えてもらいながら私が作っていますけど」


 香織さんがため息をついて言う。

「美沙子ならすぐ彼氏もできるよ。でも料理を教えてくれる人がいるっていいね」

 香織さんの言葉に沙織さんがにやりと笑って答える。

「教えてもらったって覚えないでしょ? 私も香織も食べることにしか興味ないからね」

「まあね。でも教えてくれる人が身近にいるってのは、やっぱりいいよ。美沙子もそう思うでしょ?」

「はい!」

 多少ぎこちなかったかもしれないが、私はやっと笑顔で答えることができた。その日は沙織さんや香織さんと多少なりとも距離を縮めることができたと思った。入社当初から考えれば、上出来なのではないだろうか。


 会社は年末年始休暇に入った。私はお世話になっているお家の大掃除を手伝った。台所やお風呂を中心にできる限りのことをしようと思っていた。

 お婆ちゃんが嬉しそうに言う。

「美沙子ちゃんがいてくれて助かっちゃう。お掃除の方に目途が付いたらおせちの方もやっちゃいましょうね」

 そうして私は涼子さんとお婆ちゃんに教わりながらいくつかのおせち料理を作った。エビの煮物、お煮しめ、昆布巻き、黒豆などなど。いくつか買ったものもあったが、お重の中に詰められたおせちのほとんどを作ってしまったことになる。私は本でしか見たことのなかったおせち料理が目の前でできていくのにわくわくした。


 おせちの方が一段落すると、もう日が暮れていた。

「まだ終わりじゃないわよ」

 お婆ちゃんはそう言うと、年越しそばの準備に取り掛かった。

「うちは年越しのおそばのおつゆをたくさん作って、それをそのままお正月のお雑煮のベースにしちゃうの。この辺だとあまりお雑煮に凝ったお出汁って使わないおうちが多いんだけど、うちの場合は鰹節とかも使っちゃうのね。あまり伝統料理って感じじゃなくなっちゃうけどお鍋とコンロを節約できるから、何かと便利なのよ」

 まるで手を抜くためにやっているかのようにお婆ちゃんは言ったが、鰹節をたくさん使って出汁をとても丁寧に取っていたし、鶏肉のアクも丁寧にとってとてもきれいなすまし汁を作っていた。おそばにはこれにみつばとナルトが載り、お雑煮にするときは別に茹でた里芋やほうれん草が載るのだ。


「いただきまーす!」

 年越しそばはお爺ちゃん、お婆ちゃん、叔父さん、涼子さんの皆でリビングのお炬燵(こた)に入って食べた。このお家のお炬燵(こた)はとても大きいのだ。

「おそば、おいしいです!」

 私が笑顔でそう言うと、お婆ちゃんも笑顔になって言う。

「今年は美沙子ちゃんが来てくれたから、年越しの楽しみが増えたわね」

 お婆ちゃんが嬉しそうに言ったので、私は不思議に思って言う。

「そういえば涼子さんの息子さんって年末年始に帰省とかしないんですか?」

 何だか諦めたように涼子さんが言う。

「あの子はねぇ……、街で彼女つくって、お正月も彼女さんのお家で過ごすって連絡きたよ」

 彼女……。なぜか私はどきりとした。今気が付いたが、きっと私はイロコイの話が苦手なのだ。私が結ちゃんをからかっていたのは、私がイロコイの話が苦手だからだったのだ。結ちゃんには悪い事してたな……。今度ちゃんと謝ろう。

「付き合う人とかできると、みんなそんな感じなんですかねぇ……」

 私はやっとそんなことを言った。


 涼子さんには私がイロコイの話が苦手なことがわかってしまったと思う。

「どうかな? 人によるんじゃないかな。私もよくわからないけどね」

 涼子さんはにっこり笑って続けて言う。

「ホラ、のびないうちにおそば食べちゃいましょ。おそばを食べたら初詣にも行きたいし」


 それから涼子さんと叔父さんも一緒に近所の神社に初詣に行った。お婆ちゃんとお爺ちゃんは寒さが体にこたえるからと家でお留守番をしているそうだ。

 道すがらに涼子さんが私に聞いてくる。

「寒くない? 今くらいの夜だと結構冷え込むでしょ?」

「大丈夫です。涼子さんと一緒に買ったニットとコートとマフラーで完全防備してますから」

 この組み合わせは本当に使い勝手がいい。それ程寒くない日ならコートの中を軽くすればいいし、今日のように寒い日には中にニットとマフラーを着込めば充分に暖かい。涼子さんのアドバイス様々だ。


「神社って遠いんですか?」

 そう私が聞くと、叔父さんが答えてくれる。

「そこそこ距離もあるけど歩いて行けるくらいだよ。時間もあるし、のんびり歩いて行こう」

 私達は車通りのなくなった道路をのんびりと歩いた。

 私は誰にともなく言う。

「普段賑やかな通りが静かになってるところをこうやって歩くのって、なんだか気持ちいいですね」

 何だか三人の足音もコツコツと大きく響いて聞こえてくる。

 涼子さんも嬉しそうに言う。

「そうね。普段だと中々ないよね、こういう感じ」


 段々人影が多くなってきた。神社が近くなってきたらしい。

 涼子さんが言う。

「ホラ見えて来た」

 少し離れたところに灯りが見えてきた。鳥居の辺りから人が並んで列になっている。

「わ……結構人がいるんですね。こんな時間なのに……」

 私が驚いてそんなことを言うと涼子さんがくすりと笑って言う。

「まあ初詣って、意外にみんな大事にしてるイベントなのよね」

 それにしても、やっぱり本土って人が多い……。


 私達は行列を辿って列の最後尾についた。その行列はたくさんの家族やカップルからできていた。皆初詣という行事をわくわくしながら楽しんでいるようだった。眺めている私までわくわくしてきてしまう。

「今年は人が多いなぁ。去年はこれほど多くなかったよね」

 叔父さんが苦笑してそんなことを言うと涼子さんが答える。

「毎年こうでしょ。で、あなたは毎年同じことを言う」

 私達は顔を見合わせてくすくす笑った。


 しばらくして私達はようやくお社の前に辿り着いた。お賽銭箱に小銭を投げ入れてガラガラ(あの大きな鈴みたいなやつ)をガラガラと鳴らしてからお願い事をする。

 二拝二拍手一拝。

「……」

「……」

「……」


 三人ともお賽銭箱の前から離れた後に涼子さんが言う。

「行列に並んで体も冷えちゃったし、早めに帰ろうか」

 叔父さんも同意する。

「そうだね。風邪なんかひいちゃったら大変だ。美沙子ちゃん、大丈夫?」

 私はにっこり笑って答える。

「はい。大丈夫です」

 涼子さんが何か気が付いたように言う。

「あら? 何かいいことあった?」

「ええと……。そうですね、少し」

 私は少しためらいながら答えた。言葉にするのは難しかった。

 涼子さんがにっこり笑って言う。

「いいことがあったのなら、よかった」


 翌朝は私も涼子さんも叔父さんも、お婆ちゃんもお爺ちゃんもそろって朝寝坊をした。

 お昼近くになって私が大慌てで台所へ降りていくと、涼子さんが自分も起きたばかりだとあくびをしながら言う。

「いいの。うちではお正月の間はみんなでのんびり朝寝坊をするの。まだ他の人達は眠ってるから、朝ご飯……お昼も込みくらいだけど、用意ができてから起こしに行くのよ」

 私はほっとしながら涼子さんを手伝って一緒に朝ご飯の用意をした。用意と言ってもしたことと言えば、お餅を焼いて別に茹でた里芋とほうれん草を盛った器に年末に作ったおすまし、おそばに使ったやつをかけてお雑煮を作り、これまた年末に作ったおせち料理を出してきて祝い箸と一緒に並べただけだった。

 すっかり目が覚めたらしい涼子さんがにっこり笑って言う。

「簡単でしょ? うちのお正月はいつもこんな感じなの。年末は色々大変だったけど、その分お正月は(らく)しちゃうようにしてるのよ」


 島でもおばちゃんたちはお正月にあまり凝ったお料理などは作っていなかったから、こういうお正月の過ごし方はどこでも同じようなものなのかもしれないとも思った。もっとも島におせち料理はなかったのだが。

 私はどこかほっとしたような気持ちで涼子さんに言う。

「お正月にのんびり過ごすのは島でも同じでしたから、何だかほっとします」

 ふふ、と笑って涼子さんが言う。

「ね? お正月なんてこんな感じでいいのよ、きっと。みんなを起こしてきてもらえる? 私はその間にお雑煮の仕上げをやっちゃうから」

「はい!」


「明けましておめでとうございます」

 私達はお雑煮とおせち料理を前にお正月の挨拶をしてから、食事を始めた。お雑煮には三つ葉やナルト、刻んだ柚子皮を散らしてあった。私が皆を起こしている間にこれだけのことをやったのか……。相変わらず涼子さんの手際の良さには驚かされる。

 涼子さんが笑顔になって言う。

「それじゃ、いただきましょうか」

 私達はお正月番組を見ながら、だらだらとお雑煮をすすり、おせち料理をつまんだ。

 私は驚いて言う。

「お雑煮おいしいです」

 おそばでもおいしかったが、大鍋はそのままお雑煮にしてもとてもおいしかった。

 お婆ちゃんが答えてくれる。

「お出汁をたっぷり使って、ちょっと贅沢な作り方してるからね。おそばでもお雑煮でもおいしいのよ。普段からこういう作り方は中々できないけどね。何日かに分けて食べるから、温めるときには沸かせすぎないように気をつけないといけないのだけれど、涼子さんはその辺り抜かりないからね」


「お褒めにあずかり恐れ入ります」

 涼子さんが冗談っぽく頭を下げると、お婆ちゃんもふざけた調子で言う。

「うむ、苦しゅうないぞよ」

 食卓が笑い声に包まれる。私は島で父やおばちゃんたちと一緒に過ごしたお正月を思い出していた。本土でも島と同じようにお正月を過ごせるとは思っていなかったので、何だか嬉しかった。


 穏やかなお正月を過ごした私は、年末ごろから考えていたことを行動に移した。ずっと放っていた貴久さんへの返事をすることにしたのだ。


 お返事が遅くなってすみません。

 もしよろしければ、ご都合のよいときにどこかへ連れていってくださったら嬉しいです。

 美沙子


 実は初詣のとき、私は神様にこう誓っていたのだ。今年は恋愛に挑戦してみますので、どうか見守っていてください、と。



to be continued...

読んでくださってありがとうございます!

皆様に幸多からんことを!

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