ちーこと盗賊
港町グランヴァリスの市場。陽大は壊れたポンプの修理を終え、汗を拭いながら工具を片付けていた。
「おい、器用な手だな。」
背後から低い声が響き、振り返ると、大柄な男が大剣を肩に担ぎながら立っていた。
「……誰だよ。」陽大は工具を手にしたまま警戒の目を向ける。
「ガルドだ。この町で傭兵をやってる。」男はにやりと笑った。「その腕、ただの修理屋のものじゃねぇな。」
「ただの修理屋だよ。」陽大は軽く肩をすくめた。「で、何の用だ?」
ガルドは少しの間、陽大をじっと見つめていたが、やがて大剣を地面に突き刺した。
「暇つぶしだ。それ以上でも以下でもねぇ。」
陽大は眉をひそめたが、特に深入りはせず、工具を仕舞い始めた。「……あっそ。」
ガルドが立ち去った後、陽大は肩に乗せていたちーこの様子がいつもと違うことに気づいた。
「おい、どうした?なんか静かだな。」
ちーこがか細い声で答える。「……データが……不安定です……。」
「なんだって?」陽大は驚き、ちーこを手に取る。ディスプレイがちらつき、いつもの明るい光が弱々しくなっていた。
「塔での魔力干渉が影響しているみたいね。」リリアがちーこを覗き込みながら言った。「記録を失う前に、バックアップを取る必要があるわ。」
「バックアップって、どうやって?」陽大は焦りながら問いかける。
「この町のギルドに古代魔法の記録装置があるわ。成功する保証はないけど、試す価値はある。」
「それでいい。急ごう。」陽大はちーこを抱え直し、リリアと共にギルドに向かい始めた。
陽大たちが市場を抜け、ギルドへの道を急いでいる途中、後ろから小さな物音がした。
「……ん?」陽大が振り返った瞬間、黒いマントを羽織った男がすれ違いざまにちーこを奪い去った。
「ありがとよ!これ、いただきだ!」男は笑いながら市場の群衆に紛れ込む。
「待て、ちーこを返せ!」陽大は叫び、追いかけようとするが、混雑した市場で男の姿を見失ってしまった。
「ちょっと!何してるの!」リリアが怒鳴りながら陽大の後を追う。
「くそっ……なんでこんな時に……!」陽大は悔しそうに拳を握り締めた。
市場の片隅で息を整える陽大とリリア。陽大は頭を抱えながら呟いた。
「ちーこが……どこに行ったのかわからねぇ。」
「ここで落ち込んでる場合じゃないわ。」リリアは冷静に言った。「あの男、目立ちすぎていたわ。市場にいる人たちに聞き込みすれば、どこに逃げたか手がかりが見つかるはず。」
「聞き込み……。」陽大は顔を上げた。「そうだな、やるしかねぇ。」
二人は市場の人々に手当たり次第に声をかけ始めた。
「黒いマントの男?ああ、さっきあっちの路地に入っていったぜ。」
商人からの情報を元に、陽大たちは狭い路地へと足を踏み入れる。
「この辺りだな……。」陽大が周囲を見渡していると、リリアが鋭い声で言った。「あれじゃない?」
少し先の暗がりに、黒いマントの男が隠れていた。ちーこのディスプレイがかすかに光っており、目印になっていた。
「見つけた!」陽大はその場で走り出し、男に迫った。
男は振り返り、驚いた顔を浮かべる。「おいおい、追ってきやがったのか!」
「当たり前だ!ちーこを返せ!」陽大は叫び、男に飛びかかった。
次の瞬間――リリアが杖を構え、魔法の光が淡く路地を照らした。
「絶対取り返すわよ。」リリアの言葉に、陽大は頷き、男に向けて再び突進した――。