第5話 肝っ玉母さん
「お帰りなさい、ユルグ。なんだか、男らしい顔つきになったわね?」
「勘弁してくれよ、おばさん」
俺の顔を見るなりニカッと笑うロロの母に、俺は苦笑して頭をかく。
文字通りに頭の上がらない相手で、もう会うこともないと思っていた相手だ。
些かバツが悪い。
「ほら、入って入って。あと、そのいい匂いがするスープはこっちにね」
「俺が適当に拵えたもんだ、口に合うかわかんないぜ?」
「あたしはあの悪たれが自分で料理をこさえてるってだけで驚きだけどね!」
軽く笑い飛ばされて、俺は肩を落とす。
年を食ってみればわかる。ロロの母は、偉大な人だった。
少なくとも、俺なら俺のようなヤツを歓迎なんてしない。
「あ、そうそう。魔物はもう狩っておいたから安心してね」
ロロの言葉に、おばさんが目を丸くする。
「狩ったって、ロロ。危ない魔物だったんだろ?」
「〝崩天撃〟の一撃に耐えられるワケないよ」
「なんだい? そりゃ?」
「ユルグの二つ名。都会じゃ有名人なんだよ?」
「おい、ロロ。あんまりフかすのはよせ」
嬉々として語るロロに、それを笑顔で聞くおばさん。
ここは、昔と変わらない。
変わらないからこそ、あまり俺がいるのが好ましくないと思う訳だが。
「明日、ユルグと一緒に酪農都市まで行って報告してくるよ」
「立派に冒険者やってんだねぇ……」
「えっと……まぁ、ね」
乾いた笑いを見せるロロ。
所属パーティをクビになったとは言い出せない空気に、軽く助け舟を出す。
「まあ、しばらくはいるからよ。他に困ったことや変わったことがあれば、俺らに言ってくれ。田舎者よりは鼻が利く」
「アンタも田舎もんだろ! 悪たれ坊主、口の悪さは変わんないね!」
お玉を手に眉を吊り上げるおばさんに、軽く苦笑を返す。
手に負えない『悪たれ』をこうして叱ってくれるのは、この人くらいのものだ。
「それにしたって、やっぱおかしいよな」
「うん。どうして森から魔物が出るようになったんだろう?」
「しかも、ちゃんと魔物だ」
未踏破地域には、まだまだ謎が多い。
だが、国のお偉い学者の話によると、あれは一種の迷宮であるらしい。
自然と融合した、迷宮だ。
ちょっとした動物や、それに近い魔物が外縁に姿を現すことはあるが、さっき仕留めた『吸血山羊』は、討伐指定がされるようなヤツで、外に出てきていい類いの魔物ではない。
「溢れ出しじゃねぇよな?」
「わからない。それも含めて酪農都市で確認した方がいいかも」
「んだな」
ロロと二人、頷き合う。
ただのイレギュラーならば、問題ない。
問題ないわけではないが、大事ではないというべきか。
しかし、『吸血山羊』のような魔物が、頻繁に未踏破地域から生活圏に姿を現しているとなれば、話は変わってくる。
それは未踏破地域で何か異変が起こっているか、あるいは『大暴走』の兆候という可能性だってある。
もし、そんなことになればこの村は壊滅、おそらく酪農都市も大変なことになるだろう。
あまり、楽観視できる状態でないのは確かだ。
「ユルグ、玄関で突っ立ったままで何考えこんでるんだい? そろそろ椅子につきなさいな」
「いろいろとあるんだよ、俺にも」
「食事の後でいいじゃないか。ほらほら、ロロも」
そう促されてダイニングへと足を踏み入れると、テーブルにはすでにロロの弟妹が揃っていた。
「あ、ユルグだ!」
「おみやげ、ありがとう!」
ロロの弟のビッツと、妹のアルコが俺を笑顔で出迎える。
昔から物怖じしない二人だったが、こうして顔を合わせると少しほっとした。
「おう。二人ともでかくなったな?」
「ぼく、もう十二歳だよ? 森にだって入ってるんだから」
「アルコも、ママのお手伝いしてるよ!」
父のいないメルシア家は、全員で支え合って生活している。
田舎特有の助け合いはあるとはいえ、俺の知るここは少しばかり貧しかった。
ロロが、冒険者になって出稼ぎを決意するくらいには。
「立派になったなぁ」
「ボクも驚いちゃった。でも、ビッツ……森に入るのはしばらくよした方がいいよ」
ビッツが小さく首を傾げる。
冒険者であれば、現在の状況がいかにリスキーか理解できるが……生活が懸かっているのだ、すぐに納得はできまい。
「なんで? そろそろモルボリン草の花が咲く時期なんだけど」
「魔物が増えてるかもしれないからね」
「あ、そう言えば村の人が言ってたかも」
この危機感のなさである。
しかし、その感覚は俺にもわからないでもない。
この村は隣接する未踏破地域の森に収入を依存している。
そこに入れないとなると、メルシア家のみならず多くの者の生活に影響が出てしまうだろう。
「なに、ずっとってわけじゃないさ。だが、少なくとも俺達が酪農都市から帰ってくるまでは我慢してくれ」
「ええー……取りつくされちゃうよー」
「お前の兄貴は金持ってんだ。今年の冬は越えられる」
ロロの懐の話をしたが、俺とてただ飯を食うつもりはない。
これでも国選パーティに届こうかって程度には冒険者をしてきた身だ。
それなりの貯えはある。
「ほらほら、ややこしい話は後にしなさいな。ごはんにしよう!」
俺が持ってきた鍋をテーブルの上において、おばさんが豪快に笑う。
次々と並べられる郷土料理に、少しばかり胸が暖かくなるのを感じた。
マルセルの辺境料理は、アドバンテでは食べられないものばかりだからな。
「そうだ、おばさん。酪農都市で買ってきてほしいもんとかあるか? ついでに買ってくるけど」
鶏肉のトマト煮込みに舌鼓を打ちながら訪ねる俺に、おばさんが驚いたように目を丸くする。
何か驚くようなことでも言ったか? 俺は。
「庭木の水やりすら渋った悪たれがお使いまでこなすなんて、都会でなんか悪いもんでも食べたんじゃないかい?」
「悪いもんは食ってねぇが、年は食った。俺だっていつまでもガキじゃねぇよ」
「かわいげがないことを言うようになったねぇ。ああ、でもチーズを買ってきてもらおうかしら、小さいのでいいから」
そう口にしたおばさんが、どこか得意げな顔でにこりと笑う。
「あんたの好物を作ってやりたいからね」
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