第20話 森大鮫蛇
明けましておめでとうございます('ω')ノ
マルハスの中を駆け抜けて、新市街へ向かう。
あいにく、全身鎧を付けている時間はなかったが、得物一つあればとりあえずはいい。
「何が出たんだろう?」
隣を駆けるロロがやや不安げな顔を見せる。
「さぁな。一般人は魔物の名前なんてあんまり知らねぇから、直接見たほうが早い」
そんでもって、叩き潰した方が早い。
マルハスの村には、もう開拓事業に順応した奴もいる。
例えば、俺達と同年代のコンティなどは、魔物の加工処理を始めた。
毛皮をなめしたり、牙や爪を抜き出したりして、運び込まれた魔物を『素材』に変える仕事だ。
あいつはなかなか強かで、先を見据えている。
この先、マルハスが開拓都市になってもあの仕事であればくいっぱぐれることはない。
冒険者ギルドが建てば、そこでの雇用もあるだろう。
みんなが未来に向かって動き出している。
で、あれば。俺も俺の仕事をせねばなるまい。
「見えたよ! 結界で入っては来れないみたい」
「森大鮫蛇か……! でかいな」
結界の外に、長い巨体をくゆらせるようにする魔物がいる。
『森大鮫蛇』という名のコイツは、その名の通り鮫の頭を持った体長十メートルを超える巨大な蛇で、当然のように肉食。
つまり、正真正銘の人を喰うバケモノだ。
「締め付けに注意しろ。体に巻き込まれんように、周囲にも注意しろよ!」
「うん、わかってる!」
指を振って二人分の強化魔法を素早く施しながら、ロロが頷く。
相変わらずの離れ業に感心しつつ、俺は戦棍を肩に担ぎ上げて身を低くした。
およその生物──魔物も──は頭部が弱点になるが、こうもデカいと狙いづらい。
なら、向こうから下げてもらうのがいい。
地面すれすれを疾走する俺に、 森大鮫蛇が反応する。
結界の外に出てきた愚かな獲物に見えるのだろう。
実に素直だ。未踏破地域の魔物というのは、スレてなくていい。
「シャーッ!」
迫る俺を真正面から捕食しようと大口を開けて迫る森大鮫蛇。
しかし、ロロの魔法がヤツの動きをピタリと一瞬止めた。
〈衝電〉とかいう低位魔法だったか、大した魔法ではないが……俺にとっては千載一遇のチャンスだ
「だぁらぁッ!」
無防備な頭部に、勢い任せの一撃を叩きこむ。
自分の方がデカいから、勝てるとでも思ったか?
残念ながら、〝悪たれ〟の暴力はお前を越える。
ミシリ、と何かがへし折れる感触がして森大鮫蛇の頭部がコンパクトに沈む。
衝突の衝撃に頸部が負けて、便利な折り畳みバケツのように頭部がめり込んでしまった。
とはいえ、森大鮫蛇は生命力の強い生き物だ。
恨むなよ。
後で美味しい魔物料理にしてやるからな。
……そんなことを考えながら、二撃目を横薙ぎに振るう。
鈍い音とともにめり込んだ大型戦棍が、森大鮫蛇の頭部を吹き飛ばして森に血の雨を降らせた。
「討伐完了、っと」
軽く息を吐きだして、周囲を確認する。
幸い、新市街に姿を現した魔物はコイツだけらしい。
いや、森大鮫蛇にしても、こんな場所に出てきちゃいけない魔物だが。
「助太刀に来まし──た」
武装した冒険者たちが、背後から走ってくる。
そして、血に汚れた現状を見て状況を理解したらしい。
「さすが、〝崩天撃〟……!」
「よせよ。それより丁度よかった、人手が欲しかったんだ。こいつをマルハスのコンティってやつのとこまで持ってってくれ」
「わかりました。そのくらいは働かせてもらいますよ。おい、聞いた通りだ」
中年の冒険者が、苦笑しながら指示を飛ばす。
彼らはヒルテの冒険者ギルドから長期依頼で派遣された冒険者の一団で、マルハスの護衛からちょっとした雑用まで、何でもこなす人員だ。
この経験豊かな中年冒険者の率いるパーティは特に『かゆいところに手が届く』連中で、ずいぶんと助かっている。
「しかし、森大鮫蛇とは。いよいよキナ臭くなってきましたな?」
「ああ、森を拓いたのが影響してるかもしれねぇ。早いところ開拓都市としての体裁を整えねぇと、ジリ貧だな」
問題は山積み。
それを人海戦術で解決しようというのが計画の根幹だが、明後日の公示でどれだけの冒険者が来てくれるかは未知数だ。
ある程度の受け入れ態勢は整えたものの、少なすぎれば計画が破綻する。
サランが何か手を打ってる可能性はあるが、あいつは必要なこと以外あんまり教えちゃくれねぇからな。
「大丈夫だと思うけどな、ボクは」
「なんだ、珍しく楽観的じゃねぇか」
「だってさ、わくわくしない? 『辺境に突如現れた開拓都市』とか」
ロロの言葉に、冒険者と顔を見合わせる。
そして、思わず笑ってしまった。
「違いねぇ。俺だったら絶対に行きたくなっちまう」
「あっしも。もう来てますけどな! ガハハ」
「でしょ? それに酪農都市では、もうすでに噂になってるみたいだし」
「こんだけ派手に動けばな。他の街でも公示前に動き出してる冒険者もいるか……」
冒険者というのは、情報が生命線なところもある。
特にこういった開拓仕事というのは、先行者有利な部分もあるし、すでに動いている奴らがいても不思議じゃない。
「だから、それまではボクらが頑張ろう。きっと、うまくいくよ」
「……やっぱ、『メルシア』のリーダーはお前にすりゃよかった」
「ダメだよ! ていうか、パーティ名だってまだ納得いってないんだからね?」
頬を膨らませながら眉を吊り上げるロロ。
ああ……なるほど。わかったぞ。サランの言っていたことが理解できた。
まるで迫力がないというか、むしろちょっと可愛いくらいだ。
こりゃ確かに荒くれ共の相手にゃ、向かないかもしれないな。
「ちょっと、ユルグ! なに笑ってんのさ」
「いいや。やっぱサランは色々とよく見てるんだなって感心しただけだ」
こらえきれない笑いを漏らしながら、俺はロロの背中を軽く叩く。
「仕事は終わった。次の仕事をしに戻ろうぜ」
「……もう、誤魔化されないからね!?」
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