これからの青い僕らの世界
お久しぶりです。恋愛ものではありません。ただ青春の蒼さを書いています。
ラブレター。
この時代、そんなものを受け取ることがあるのだろうか。
あるのだ。
これといった特徴もない俺は偽物のラブレターを受け取った事がある。
今から2年前の中学んときだ。
下駄箱に入っていた。
差し出し人もわからないし、便箋や封筒も妙に簡素なものだった。
いたずらか?と警戒しつつ、どこかで喜ぶ気持ちもあった。
一体誰からだろうと思ったけど、誰かに相談することもなく、ただ・・手紙は大事に自室の机の引き出しの奥にしまうことにした。
この世のどこかに俺のことを好きかもしれない女の子がいるというワクワク感とともに、いつもよりは体育を張り切ったし、いつもよりは前髪を鏡の前でじっくりセットしたりして過ごしたひと月。
ある日、友達の呉田が
「なーなー、お前ってラブレターもらったことある?」
と尋ねてきた。
浮かれて肯定しようとした刹那、ん?と引っかかる。
よく見ると、呉田とコウタロウがほんの少しニヤついているような。
「あー、なんか下駄箱に入ってたけど、いたずらか下駄箱間違えたかだと思うわ」
クールを装って答えた。
「なんだよー、ドキドキ舞い上がってないのかよー」
「なんでそんな冷静なんだよ」
なんだその反応。この時点ではまだ、女子の誰かから聞いたとか、頼まれて俺等が入れたのに、という可能性を信じていた。
だけど
「ときめきをやろうとしたのに、お前全く変化ないからつまんねー」
「あれ、お前らが書いたのか?」
「そうだよ、期待した?」
「・・・お前ら、最低だな」
笑って済ませようとしたけど、思ってた以上に期待したのに嘘だった現実に傷ついてしまった。
二人で顔を気まずそうに合わせていたが、その日はあいつらとそれ以上話すことはなく帰宅して、机の奥からラブレターを引っ張り出してビリビリと細かく破いて捨てた。
笑って許すことぐらいできるけど、あいつらの意地の悪さをみた気がして今後の付き合いを考え直す。
俺はそんなことを友達にしようと思わない。
そんなことをして何が楽しいんだ?
だけど、いきなり切り捨てて「ラブレターのいたずらが気に食わなくていじけている」なんて思われるのも嫌だ。
一緒に遊ぶのは避けて、徐々に離れようかと思うけど、その期間も不愉快だな。
次の日、今まであまり話したことは無かったけど、真面目そうな高崎に声をかけてみた。
同じ小学校だった。俺は外でサッカーしたり体を動かすタイプ。高崎は休み時間に絵を描いたりするタイプで、あまり接点がなかった。
だけど、1人でいることを何にも気にしてない感じがかっこいいと思ってたんだ。
だから、事情を話してしばらく一緒に過ごさせてくれと頼んだら
「いいよ」
簡潔に了承してくれた。
「悪いな、不愉快だったら離れるから」
そう先に謝る。
少し首を傾げて不思議そうにしていた。
長めの休み時間は、持ってきた本を手に高崎の隣に座り、高崎が描く絵を眺めつつ本を読む。
小学のときに見せてもらった絵より、かなり上手くて独特の絵だった。
視界の隅にあいつらが外へと出ていくのが見える。お互いになんとなく避けて、このまま疎遠になるといい。
帰りは同じ方向だからと高崎に並んで歩く。
「高崎の絵、好きだわ」
「ありがとう」
「上手くなってんな」
「毎日描いてるから」
「そうか。毎日できるようなことがあるってすごいな」
「これしかできない」
「それでいいんじゃないか?」
「うん。そうだね」
「俺もこの機会に探してみるよ」
「うん」
「明日も隣にいていいか?」
「いいよ」
「ありがとな」
「どういたしまして」
簡潔で、余計なことを言わない会話がこんなに心地よいとは知らなかった。
大して面白い人間じゃないと自覚しているのに、なんか面白いことを言わないといけないような気分でいつも無理していたのかもしれない。
はっきりとは掴めないが、誰かからどう見られたいかを意識して動いていると、本当の自分がわからなくなるのかもしれない、そんな気がした。
何に興味を惹かれるのか、一から試してみるのもいい。
翌日から手当たり次第に図書室で本を借りて、高崎の隣で読んだ。
隣にいることにすっかり馴染んだある日の帰り
「興味あることってなかなか見つからないんだな」つい零す。
「そう?」
「得意なこともないし」
「そっか」
「・・・」
「・・小学のときさ、大きな工作持ってきてなかった?」
「あー!あれな。なんか無性にでかい家を作ってみたくなってさ」
「あれ、すごいと思ったよ」
「そうか?」
「・・もう一回作ってみたら?」
「えー?あんな勢いと情熱あるかな」
「勢いがなくても、あの頃より技術と工法の知恵は増えたと思う」
「まあ、確かにな」
それから数日、どうやって作ったっけなあと記憶を探ったり、写真を出してもらって見たりするうちに、小さくて複雑な家を作ってみたいという気持ちが出てきた。
今度は段ボールじゃなく、板を買ってそれを組み合わせて作ってみるか。下調べのつもりでホームセンターに行って木のサイズを調べたり、端材を漁ったりするのが意外と楽しい。
少しずつネットでやり方を調べたり、適当に思いついた方法で作りはじめた。
それをスマホで写真に撮り、毎日高崎に見せる。隣で読む本は模型や建築の本になっていった。
「ここ、緑色に塗るのはどう?」
「いいね、やってみるよ」
「明るい緑じゃないよ?深くて暗い緑」
「あぶなっ!明るい緑を塗ろうとしてたわ」
段々とやり方も変わっていく。後から色を塗っていたのを先に塗るようにして、サイズは徹底的に細かく調整するようになった。
色のセンスがイマイチだなと思うので、高崎のアドバイスを積極的に取り入れる。
そんな風に過ごしているうちに、呉田やコウタロウのことは何も気にならなくなっていった。
まあ、元々合わなかったんだろう。人の気持ちをもて遊ぶような奴らとは。合わないということに安心もした。
工作に熱中するうちに、あいつらに「悔しくて離れたんだろう」と思われることさえどうでも良くなった。
大事なのは過去じゃない。これからだ。
3軒目の家が完成したとき、何故か急に作りたいものがよくわからなくなってしまった。
作りたいとは思うのに、今までのやり方だとできないような気がして手が止まる。
「なんでだろう・・・スランプか?」
高崎の手の邪魔にならないよう、窓枠にもたれてうなだれた。
「じゃあ、伸びる直前だと思えばいいよ」
「え、伸びるのか?何にもできてないぞ」
「僕にもあったから。なんとなく描けない時期」
「そうなのか・・」
「抜けると世界が広がる」
「お前、ほんとすごいな」
「そう?」
「うん」
「ありがとう」
「いや、こちらこそ」
二人で大人の謙遜大会みたいなことをしてるなあ。だけど、やっぱり高崎といるのはとても良い感じだ。
どうせ作れないのだからと、しばらくはネットで模型眺めたり、高崎オススメのアニメを見たり、高崎が好きな漫画のコラボ展に一緒に行ったり、制作は何もしなかった。
ただ、スケッチだけは続けていて、描いては「違う」と思いながらも何枚も何枚も積み重ねていく。
3ヶ月以上経ち、季節も変わった。
もう作ることはないのかもしれないと思い始めた。
じゃあ他のことをやってみるかとぼんやり思い始める。
帰り道、高崎と分かれて小さな川にかかる橋を渡るとき、水面がキラキラと光って綺麗だなあと思う。
水がこんなに綺麗に見えるってことは空が綺麗なのか?と見上げてみた。
西へと傾いた太陽が薄い雲に反射して、なんだかとても綺麗に見えた。
そうか。俺が悩んで立ち止まっていようと、地球は今日も動いている。
そのことがすごいことのような気がして感動していると、自分がポエマーにでもなったような気持ちになり少し笑う。人間にいつ踏まれるかわからないようなアリンコだって、今日もせっせと生きている。なぜか地球とアリンコを並べてやっぱり感動してしまう自分は思春期なんだ、うん。
平和だ。
平和といえば。
国民的アニメのあの家は、現代を生きる俺らの生活に合っていない。
海産物家族が今暮らすなら。
仏間なんて古いよな。
テレビはプロジェクターだったりして。
廊下を長くして、2世帯で生活空間を分けていたほうがいいよな。
気がついたら早足で家へと向かっていた。
翌日
「ってわけ」
「いいね。人のための家」
「そうだな」
「抜けた?」
「抜けたのかわかんねー。でも本当の建築がどうとかじゃなく、俺が作る模型なんだから、球体でもいいし、下が小さくて上にいくほど大きくなってもいいってことに気づいた」
「うん」
「固定概念ってやつが消えたのかもな」
「うん」
「なんか・・自分を縛り付けてた鎖が金属じゃなくて紙だった気分」
「・・・それ、絵にしていい?」
「いいぞ。中二病感すごいだろ」
「今の気持ちは今しか味わえないかもしれない。だから後から恥ずかしくなるような思春期の気持ちをもいっぱい描いておきたい」
「おう」
特に行きたい学校もなく、高崎と青春をともにしたくて、高校は同じところへと進んだ。
で、
今、だ。
手紙が下駄箱に入っていたぞ、Da Capo
下駄箱前で少し固まっていると、高崎がやってきて自分の下駄箱から靴を取り出している。
その高崎の手にも手紙が。
「それ」
「うん」
「これと同じ?」
「・・似てるね」
二人で首を傾げてしばし固まる。
「とりあえず、お前んち寄っていい?」
「いいよ」
手紙はポケットにしまい合って、歩き出す。
「作品増えた?」
「うん。ストーリーで描いてる」
「そろそろ発表すんの?」
「まだ」
「そっか」
こいつの絵、どんどんすごくなっていってる。
俺も。現実的には不可能であろう建築物が増えていく。
お互いに手紙のことには触れず、いつもどおりに会話して、高崎の家についた。
高崎のお母さんがおやつを差し入れてくれて、二人でそれを食べる。
「中、確認してみるわ」
「うん」
ゴソゴソとポケットから取り出して、手紙を読む。
「好きです」
ほんの少し、角が丸い文字で書いてあった。
ひっくり返しても名前もない。
「これだけだ」
高崎に見せる。
「僕のはこれ」
差し出された手紙には
「好き」
こちらも少し角が丸い文字で書いてある。
同じ筆跡かと問われると、そう見えるし、違うと言われれば違う気もする。
「好きですと好き」
「主語もないね」
「だな」
「高崎のことが好きとも取れるし、高崎の作品が好きとも取れる」
「うん」
「俺はさ、正直2年前のいたずらを思い出した」
「2年前の手紙も同じ?」
「いや、もう少し色々と書いてあった。かっこいいですとか、付き合ってくださいとか」
「そうなんだ」
「あれがあるせいで、この手紙にもドキドキしない」
頭をかきむしりたくなる。
「僕もドキドキはしてない」
「そうか。俺のせいだったらごめん」
「いや。何が好きなのかわからないから」
「・・そうか。理由はシンプルだな」
「うん」
あれこれ考えるのも馬鹿馬鹿しくなり、そこからは高崎の作品を見せてもらった。
見ているとワクワクするような、バラバラだった感覚がしゅっとひとつに纏まるような、なんだかすごい絵で、謎の手紙のことはぶっ飛んでいった。
おばさんに「お邪魔しました」と挨拶をして帰り道。
やっぱり高崎みたいに人になんらかの感情や感覚を与えるような何かを作りたいなあと思う。
その日描いた模型の新しいスケッチは、高崎の絵の世界を映していた。
そして、ふと思いついて本名は伏せてSNSに模型を投稿してみた。
手紙よりもドキドキしたけど、誰からも見られず終わる。
なんて無駄なドキドキ。だけど、これでいい。欲しいのは他人からの評価じゃない。外の世界へと踏み出す一歩だ。
それから、時々下駄箱に手紙が入るようになった。
「お前も?」
「うん」
いつも高崎と同じ日に入る。数えていないから、何枚もらったのかわからない。たぶん10枚は超えた。
いつもシンプルに「好き」と「好きです」しか書いてないけれど、どんどん文字が凝ったものになってきた。
今回の俺の手紙には千切ったような和紙やカラフルな紙が散りばめられて、抜き文字で描いてある。今までの文字の中では1番好みだ。
高崎のほうは、どす黒い絵の具を塗り重ねたような模様に、蛍光イエローで好きと描かれ、ポップなのか重厚なのかよくわからない雰囲気だけど、
「これ、いいな」
無口なだけに、本当に良いと思っているのが伝わってきた。
今までのは謎解きように一応保存してある。今回のを1番上にしまおう。
俺たちは進んでいく。有名になりたいわけではないし、お金持ちにになりたいと利益を求めるわけでもない。あ、少しはモテたいかもしれない。
自分の好きなものを追いかけた先に、一体どんな景色が広がっているのか、どうしても見てみたい。
好きなものだけを。
なんにも変なものが混ざっていない世界を作っていけたら。
そんな風に思いながら、今日もまた笑ったり悩んだりしながら家を作る。
楽しい世界を想像しながら、高崎と歩いて帰った。
なかなかアップはできていませんが、ずっと書いております。