たかし、お兄ちゃんになる
異世界転生してから6年。ベトリットが妊娠した。
遂に僕はお兄ちゃんになるのだ。
前世は兄弟がいなかったから、どんなものかと僕は楽しみだった。
月日は流れ、遂に彼女が産気付いた。
いよいよ産まれる。僕は期待と不安で眠れなかった。
「幻惑魔法は人の精神を支配する魔法です。その昔エルフの魔術師が息子の夜泣きに悩み、心を鎮める魔法を研究したのが始まりとされてます。それからうんたらかんたら…」
(眠い…)
寝不足で授業が頭に入ってこない…。昨晩、母の出産に立ち合っていた為に一睡もしていなかった。ソーンヴァーにきつく言われたけど、家族が産まれる大事な瞬間に立ち合えないなんて嫌だと頑なに譲らなかったので、観念したのかお許しをもらったのだ。
マルグレッドも夜中まで付き合わせてしまって悪い事をした。だから彼女には今日1日だけ暇を与えたのだ。彼女は大丈夫だと拒んだが、なんとか説得して了承してもらった。
そんなわけで今日1日僕のお付きになる人は…。
「ぼっちゃま!」
「はっ!?寝てません!」
「まったく、気が弛んでますよ!」
オンドルマールが1日だけお守りをすると名乗り出たのだ。仕事はいいのだろうか…というか一緒に出産に立ち合ってたのに、彼は随分と元気そうだ。
妹が産まれて目出度い日なのに皆いつも通りに仕事している。こんな時くらい休めば良いのに、なんてね。
「失礼致します。お食事のご用意が出来ました」
(やった、昼食だ!お昼御飯を済ませたら僕もお休みを貰おう。ファリーンはベトリットに付きっきりなのでテーブルマナーもお休みだ!)
いい気分で自室に戻ろうとしたが、オンドルマールに襟首を捕まれてしまった。
「ぐえっ!?…まだなにか?」
「ぼっちゃま、午後から私と視察を兼ねて町を歩いてみませんか?」
「え…町を?」
「ぼっちゃまも6歳になられるのに、敷地内を歩き回るだけでは飽き飽きしてますでしょう?中央広場に寄って庶民と触れ合う事も勉強の一環ですよ」
オンドルマールが悪い顔をしている。
敷地内から出てはいけないとファリーンには口酸っぱく言われている。それでも市民(綺麗なお姉さん)との交流は大事なことだ。僕の顔はニヤついていたかもしれない。
「良い提案だ。あなたの悪知恵に乗ってあげましょう!出来れば体調が万全な時に言って欲しかったですけど!」
「決まりですね」
昼食を終えた僕は部屋をこっそり抜け出した。透明化の魔法を使って誰にも見つからずに待ち合わせの庭園へ向かった。
(誰もいない?)
肩を叩かれた感触がした。
「今は庭園に誰もいないので、足音をたてて良いですよ。そのまま犬の銅像まで向かってください」
オンドルマールは先に到着していたのか。
僕は言われた通りに進んだ。銅像の前まで到着すると、彼が透明化の魔法を解いた。
「ここまで来れば大丈夫です。ここは守衛の死角になるので脱出するには良い場所なんですよ」
そう言うと、鉄柵の一部を軽々と外してしまった。
「えっ?」僕は呆気にとられてしまった。
「張りぼてなんですよこれ。こっそり改造したんです」
悪い人だなぁ。それにしてもエルフの技術なら張りぼても鉄柵に見せてしまうのか。
「さぁぼっちゃま。見つかる前に中央広場へ向かいますよ!」
「はい!」
2人の冒険はもう少しだけ続く。