たかしのご機嫌な朝食
学校生活1日目、朝は校内に響く鐘の音で始まる。
寮生は鐘の音で起き上がり各々で支度を済ませる。
レブルスとフレインは目覚めが悪い様子で、ベッドから起き上がった後しばらく項垂れるように動かなかった。
慣れないベッドで寝付けなかったし、身体中が痛くてしょうがない。
ここで項垂れていていると朝食の時間に遅れるので、僕は重苦しい身体に鞭打って立ち上がり身支度を始めた。
「おはようソーナー。昨夜は良く眠れた…感じじゃ無さそうだな」
レブルスが重々しい声で挨拶をした。
「おはようございます。レブルスさんも疲れが溜まっている様ですね…」
「あぁ、マットレスが石みたいに固くて背中が…いててて」
レブルスはぎこちなく背筋を伸ばす。
「フレイン、さっさと起きろ。」
レブルスがフレインの背中を叩くと、彼は前のめりに倒れてしまった。
「朝は苦手なんだ…起こしてくれないか?」
フレインの様子にレブルスは呆れているようだった。
「そういえば、エルトリスの姿が見当たらないですね」
「あいつなら明け方に部屋を出てったぞ。トイレだと思ってたけど、まだ戻ってなかったんだな」
「何時戻るか分からないし、食堂には僕達だけでいきましょうか」
「まぁ一緒に行くとは思えない奴だけどな…」
学校には食堂があり、献立は身分に関係なく統一されている。
食事は朝昼夕と3回出るが、御代わりは出来ない為、足りない分は自分で調達してこなければならない。
ちなみに今日の朝食は野菜スープとパサつきがあるパンだ。
「おい、あっちに座ろう」
レブルスは真ん中辺りのテーブルを選んだ。
端っこの席は余裕があるのに、彼は何故かギリギリ入れるかどうかの狭いスペースを選んだのだ。
レブルスがど真ん中を陣取り、僕とフレインは彼の両側の余った隙間に入り込む。
窮屈だったが、僕もフレインも華奢な体型だったので何とか隙間に入ることは出来た。
隣に座っていた生徒に一瞬冷たい視線を送られたが、不意に声をかけてきた。
「君、経済学の子だよね?」
きっとオリエンテーションで一緒だったのだろう。
「はい、ソーナーと言います」
「私はカイラ。ねぇ、貴方に聞きたい事があるの」
「その前に、フードを被ったまま食事なんて行儀が悪いぞ。早く取れよ」
まるで聞こえよがしに、レブルスがカイラにフードを取るように促す。
そのせいで、周りが此方に注目してしまっている。
彼女がレブルスを睨み付けるが、彼はニヤニヤしながら更に詰め寄る。
「どうしたんだよ。まさか、おまえの家では被り物をしたまま食事を取るのが常識なのか?」
「お言葉を返しますが、貴方の家では会食中にマナーを御指摘するのが常識なのですか?侯爵家のご子息様」
「…は?」
両者が僕を挟んで睨み合っている。
フレインはこの状況に戸惑っているが、自分に火の粉が降りかかるのを避ける為なのか、なにも出来ずにいる。
無理もない事だろう、彼にとってはどちらも最悪の選択だが、なるべく自分にとってダメージが少ない方を選択した。
彼の選択を責める気にはなれない。
僕もいたたまれない気持ちになり、レブルスを宥めようとした矢先である。
「2人とも辞めないか!喧嘩なら外でやってくれ」
斜向かいの方に座っている青年が2人に向けて声を荒らげた。
(言わんこっちゃない…関係ない僕達まで割りを食っている気分だよ)
「…はぁ、もういいよ。さっさと食おうぜ」
レブルスは罰が悪そうに食事を始めた。
(誰のせいだと思ってるんだ…)
思わず声に出してしまいそうになったが、心に押し止めた。
「ったく…最悪の気分だわ」
カイラも食事を切り上げトレーを片しに行ってしまった。
彼女を目で追っていると、ふとテーブルの端に目が止まった。
見てみると、端の席では簡素なローブを着た男達が食事をしていた。
幾つかのロングテーブルの殆どは平民達で埋められていたのだが、彼らはそこから溢れたのだろう。
貴族達が座っているテーブルの一端で彼らは細々と食事をとっていた。
一方で、貴族達は彼らを避けるように席を空けている。
まるで、コイツらが居なければ広々と座れるのに
と言いたげな様子で。
(そういうことか…)
レブルスが窮屈な真ん中の席を選んだのは平民と一緒に食事をするのを避けたかった為だ。
学園は身分に関係なく入学出来るが、貴族と平民が同じ環境下で生活を共にすれば選民思想が生まれてくる者が出てくるだろう。
それは集団に伝播していき、遅かれ早かれ取り返しが着かなくなる。
僕は朝食を置いて彼女を追いかけた。
自分が茨道を辿る事になるのはわかっている。
それでも僕は、僕自信を失うのが嫌だった。
(貴族同士の付き合いなんて知るか、だって僕にはやらなきゃいけない事がある!)
「カイラ!」
カイラは呼び掛けに反応して此方を向いてくれた。
僕は1度息を整えてから話す。
「…1つだけ信じてほしい。僕とレブルスは友人だけど、僕は彼の思想に染まったりはしない」
「……は?なにそれ?」
彼女はイラついた様子だが、僕の話に食い下がっている。
(カイラの話に乗せられてはいけない。あくまでも自分の主張を押し通す!)
僕は強めの口調で繰り返した。
「僕は!人種や見た目で人を推し量ったりなんかしないって意味だ!」
生徒や教師、衛兵達が僕達に視線を向けた。
すぐに立ち去る人もいたが、会話の続きを立ち聞きしている生徒達もチラホラ見受けられる。
「ちょっと、こっちに来なさい!」
カイラは周囲の視線に耐えられなかったのか、僕の腕を引っ張り人気のない場所まで僕を連れていった。
「もう、いきなり変な事言わないでよ!」
「ごめん…でも僕に話し掛けてくれた人を無下に扱いたくなくて」
僕がそう言うと彼女は称賛しているのか、呆れているのか分からない含み笑いを浮かべた。
「…でもまぁ、わざわざ駆けつけてくれたのね、ありがとう坊や」
「レブルスの事は僕から謝っておくよ。不愉快な思いをさせて本当にごめん」
「それはもういいわよ、貴族様専用の席があった事に気付かなかった私にも落ち度があるわ」
座席に指定は無いのだけれど、何もわからず座ってしまった彼女はさぞ居心地が悪かっただろう。
「ねぇ、明日も食堂で話そうよ。僕に聞きたかった事も気になるし」
特に下心は無く何の気なしに誘ってみたが、明日は別の席で食べるからと断られてしまった。
それは残念、ここで食い下がるとしつこい奴だと思われそうだったので、此処でお別れとする事にした。
「おーい、授業始まるぞ!」
広間に戻ると、レブルスとフレインが教室に向かうところだったようだ。
「おまえ、食堂に朝飯置きっぱなしだろ。下げてから教室に行けよ」
「いけない、忘れてた」
夢中でカイラを追いかけていたので、食事を済ませるのを忘れていた。
急いで済ませれば間に合うだろうか、時間は始業の鐘まかせなので、僅かな時間に賭けて済ませてしまおうと自分が座っていた席に向かったのだが…
「…無い」
トレーと食器は残っていたが、肝心のパンとスープは綺麗に取り払われていたのだ。
誰かが食べてしまったのだろうか、この献立では昼まで持たないだろう、考えられない事も無…くは無い。
流石に他人の食事を許可無く食べる事は僕には理解がし難い事だった。
(…お腹が減ってきたな)
考え事をしていたら空腹感でお腹が鳴ってしまった。
僕は途方に暮れたが、無いものは無いのだ。
仕方がないと空の食器とトレーを片付ける事にした。
少し前まで人で溢れ賑やかだった食堂はガランとしており、厨房から仕込み作業のような音しか聞こえない。
いや、本当は先ほどから目に入っていたのだが、だだっ広い席にエルトリスがいたのだ。
空腹で声をかけるのも億劫だったが、ルームメイトととして無視するわけにもいかないと思い、僕は声をかけてみた。
「エルトリス、もうすぐ授業が始まるよ。急がなくて大丈夫?」
……返事は返ってこなかった。
(あれ?聞こえてない筈は無いと思うけど…)
それとも話し掛けられるのが嫌だったのだろうか。
真意は不明だがそれ以上は追求せず、僕は食事を下げて食堂を出ていった。
授業は昨日オリエンテーションで使われていた教室で行われた。
時間は体感で1時間程といったところだが、教師によってバラバラなんだそうだ。
教室にいた生徒は皆貴族だった。平民とは授業が重ならないようにしているのだろうか、僕は食堂の件と合わせても文化の違いに戸惑うばかりだった。
今日は午前中にもう一教科の授業を受ければ、午後からは自由時間である。
授業は同じ教室で行われるため、次の授業まで席に座ったまま午後の予定を考えていると、不意にレブルスから話し掛けられた。
「どうせ午後は暇なんだろ。昼飯食ったら森へ行こうぜ」
「あ…うん、わかった!」
貴重な自由時間が奪われてしまったと思ったが、僕はすぐに表情を笑顔にした。
「でも大丈夫?トロールとか出たりしないよね」
心配そうに問いかけると、レブルスは呆れたように答える。
「そんな大層な森じゃねーって、宮殿の裏手の森へ行くんだよ」
これから行く狩猟の森は、王族が狩猟をするために使われていた宮殿の裏庭のようだ。
宮殿の中を通って行くので侯爵以上の貴族しか入れないが、招待された客ならば特別に入って良い事になっている。
去年、トロールに盛大にぶん殴られてから森へ行くのは少し怖かったが、それならと僕は安心して誘いを受けた。
「じゃあまた後でな、怖がりなソーナー君」
レブルスはそう言って座っていた席に戻っていった。
少しムッとしたが彼はまだ中坊世代だ、僕がしっかりしないと。
と自分に言い聞かせた。
授業を終えて昼食を済ませた後、僕達は宮殿へと向かっていった。




