たかし、学ぶ
「まぁ、なかなか良かったぞ」
「とても良かったわ!」
両親は僕のダンスを褒めてくれた。
現世にいる両親と同じセリフだった。
昔の僕は照れ隠しで突っぱねてしまっていた事を思い、その事に少し後悔しつつ2人に感謝した。
「うん、ありがとう」
パーティーの閉会式がおわり、僕達は荷物を取りに行くために一旦、馬車へと戻る。
「もうお別れの時間なのね…」
「大げさだぞベトリット。暫しのお別れじゃないか」
ベトリットが僅かに微笑むと、僕にコッソリと耳打ちした。
「昔イグマンドから聞いたのだけどね、お父様は入学式初日に大泣きしながらいつまでもお婆様から離れなかったそうよ」
「何か言ったか?」
「人付き合いは上手にね、と伝えたのですよ」
(あぁ、そういえば…)
僕はパーティーの主催者である、レブルス何とかの事をソーンヴァーに聞いた。
「あぁ、クインティリアス侯爵の御子息だよ。あのパーティーは毎年クインティリアス家が主催しているんだ」
「侯爵家の息子さんかぁ…どんな人なんだろう」
「タシタス卿は礼儀正しい御仁だからな、御子息もきっと立派な方に違いない。それにしても、同級生になるとはなぁ…会ったら挨拶しておきなさい」
「わかりました…」
以前に上流階級との付き合い方で気を付けるべき事をファリーンから教えてくれた。
挨拶は自分からする。
相手の第一印象を言葉に出さない。
自分の事を他者に口外しない。
その場に居ない人の話をしない。
された場合は別の話題を出すか、速やかに会話を切り上げる事。
金銭の話をしない。
された場合は必ず否定する事。
相手の話をしっかりと聞く。
彼女に言われたのはそんな事だ。
階級に限らず他者とのコミュニケーションでは基本的な事だ。
出来て当たり前の事である…多分出来てると思う。
馬車まで戻ると、御者がアタッシュケースを僕に手渡してくれた。
これから寮で暮らす事になる為、着替えや日用品を用意してきたのだ。
両親とは此処でお別れになる。
ベトリットが僕を強く抱き締めてくれた。
「毎週日曜日には馬車が此処で停まっているから、必ず乗って帰ってきなさいね」
「ソーナー、金貨を少し鞄に入れておいた。必要な時に使ってくれ。無駄遣いはするなよ」
「うん、ありがとう。頑張るからね」
両親が馬車でアンスへと帰っていく。
僕は両親の帰りをいつまでも見送っていた。
…というか街道まで馬車渋滞が起こっていた為に、僕はいつまでも見送っていた。
首都の出入口が1つしか無い弊害である。
「受け付けに遅れるからさっさと校舎に戻れ!」
ソーンヴァーが窓から顔を出して叫んでいた。
「それでは教室までご案内いたします」
荷物を受け付けに預け、お姉さんが教室まで案内をしてくれた。
長袖のチュニックを着たお姉さんは在校生ではなく、入学式の為に雇われた使用人だった。
「教室に入ったら空席を作らず席を詰めてお座り下さい」
そう伝えられ教室に入ると、すでに待機している何人かの新入生達に注目されてしまい、少し緊張してしまった。
教室には20人程の生徒が集まっており、お行儀良く座っている生徒や、気が合ったのか(もともと知り合いなのかもしれないが)楽しく談笑する女子生徒達や、腕と足を組んでみたり、大股を広げて座っている横柄な態度の男子生徒達もいた。
隣にいる生徒は迷惑そうにしているが言い出せない辺り、相手は上流階級なのだろう。
年齢にはバラつきがあるのだろうけれども、皆背が高く僕より年上なのだろうと窺える。
(これが教室…?)
それは僕が思っていた教室とは違った。
広い教室の真ん中に大きなテーブルがあり、テーブルを囲うように長椅子が置いてある。
長椅子には新入生達がいっぱいに敷き詰められていた。
僕は最後の方に入ったようで、入り口から近い椅子に座ることにした。
間もなくして、壮年の女性が教室に入り部屋の中央の教卓に立った。
「シドナ帝国学園への御入学おめでとうございます。いくつか注意事項の説明の後、寮のご案内をいたします」
オリエンテーションが終わり生徒達は寮へと案内された。
それぞれの扉の横に看板がくっついており、名前が掘られていた。
(この世界では機械で彫る技術は無いだろう、職人も大変だな)
僕は自分の名前を確認して部屋に入った。
(良質なベッドが4つ並んでいる、これから4人でこの部屋をシェアするのか…)
「よぉ兄弟、これからヨロシクな!」
(兄弟…?)
部屋に全員揃った。
後ろから声をかけたのは、レブルスだった。
レブルスが部屋の中央に集まるよう指示をしたので、言われた通りにしたが1人はベッドに寝そべり、動こうとしなかった。
まるでここが自分の領域だと主張しているような様に感心してしまう程だった。
「協調性がないねぇ…ま、いいけどさ」
レブルスがぼやいたが、すぐに会話を切り替えた。
「全員集まったところ自己紹介をしよう。といっても僕はここにいる全員の顔と名前は知っているけどね」
彼は主導権を握りたがるように話を続ける。
「僕はレブルス·クインティリアス。爵位は侯爵だ」
…………………
「…えっ、それだけ?」
僕は思わず問いかけてしまった。
「それだけだが、何か腑に落ちない事でもあるのかな?」
レブルスが疑問を投げ掛けると、隣にいた華奢な男の子の表情が強ばり始めたが、僕はお構い無しに話を続けた。
「年齢とか、住んでるところとかも知りたいなって思ったんだけど」
部屋の中が静寂になる。
レブルスは表面上はニコニコしているが、目が笑っていなかった。
(これは、やってしまったかもしれない…)
華奢な男の子は緊張で顔を強ばらせながらレブルスから少し離れた。
向かいでベッドに腰かけている、達観したような雰囲気の少年は自分は関係無いといった様子でそっぽを向いていた。
「…良いぜ教えてやるよ兄弟。僕は今年で13歳だ。父がローズパレスに常駐しているから、僕もそこに住んでいるんだ。本当なら寮に住むような距離でもないけど僕は敢えて此処に身を置いている」
レブルスは早口で捲し立てるように話ているが、少し強めの口調でゆっくりと語り始めた。
「それから、これは年上としての忠告だが…目上の人と話す時は言葉遣いに気を付けろ。同級生とは言え階級はある。今回は目を瞑ってやるが侯爵家以上の人間に目をつけられたら、身体も精神もズタボロにされて退学になる未来が待っているからな」
「は…はい」
(何これ怖い…学園って入学早々に上下関係を叩き込まれる所なの…)
今すぐ部屋を変えて貰いたいと思ったが、とりあえず自己紹介を続ける事にした。
「そ、それじゃあ次は僕から自己紹介をしても宜しいでしょうか?」
彼らの情報が欲しい。
レブルスに対して年齢の話はタブーなので、出身と階級を話した。
「ソーナー·シルバーブラッドです。アンスから此処へ来ました。階級は伯爵です、よろしくお願いいたします」
たどたどしい自己紹介を終え、一礼をした。
「知ってるぜ兄弟、帝国人ぽくない名前だったからすぐに覚えた。先祖は北方人だったのか?」
「はい、初代が北方人でした」
「僕の先祖も北方人だったから仲間だな。きっと気が合うぜ兄弟!」
レブルスは僕の背中をバシバシと叩いた。
「そうですね、ハハハ…」
レブルスはパーティーで挨拶をしていた印象とは真逆の性格になっていた。
堰を切ったように
「おっと、話が逸れたな。次はフレインだな!」
「あ、はい!えっと…フレイン·サルディウスです…階級は男爵です。皆さんに比べたら僕は格下ですね、へへっ…」
華奢な少年は自分を卑下するような表現で自己紹介をした。
つい先程、上下関係を叩き込まれた僕にとって
今は階級の話をされると返答に困るが、レブルスがすかさずフォローする。
「心配ないってフレイン、ここには階級を気にする奴はいねぇから。ほら、もっと堂々としろ!」
「そ、そうですね…へへっ…」
そして、最後の1人になった。
僕達は彼の自己紹介を待っていた。
体格や雰囲気等から、恐らく彼がここで一番年上なのかもしれない。
ある意味一番気になる人物である。
ベッドに寝そべる彼の髪と瞳は窓から差し込む日差しを浴びても黒々としていた。
一瞬日本人なのかと勘違いしてしまいそうになったが、目鼻顔立ちは帝国人にも見える。
「俺もやるべきなのか?」
寝そべり男は気だるそうに問いかけた。
同じ髪色なので少し親近感を抱いたが、寝そべり男は何処か近寄りがたい雰囲気を漂わせていた。
そして何よりイケメンだった。
(イケメンは何をやっても様になるな…)
「そりゃそうだろ。僕はともかく、このままじゃあ2人に寝そべり男なんて呼ばれる事になるぞ」
レブルスがニヤニヤしながら切り込んでいく。
というか呼び名が被った事に僕は少しショックを受けた。
「…エルトリスだ」
エルトリスはそれだけ答えると黙ってしまった。
レブルスとフレインとエルトリス。
性格がバラバラな彼らだが、彼らと上手く付き合えるように僕は願った。
特にレブルスは劣等感が強い傾向にあるが、そのくせ自分からいろいろと関わろうとしてくる。
適当に受け流せれば良いのだが、侯爵家の人間なのが厄介な所だ。
王様に謁見する為には彼らの力も必要になるかもしれない。
好感度は最低からスタートだがまだ巻き返せると思う…。




