たかし、転生する
目を開けると真っ白な部屋が広がっていた。
(あれ、寝てた…此処はどこだろう?)
身体を起こし、ぼんやりした頭で辺りを確認する。周囲は白い部屋だと思っていたが、よく見たらそこには壁も天井も無く、空間が広がっていた。僕はこの異様な状況を何とか理解するため、屈んで床に手を触れようとしたが、床の感触が何処にもなく、足元を手でかき回していた。
(段差になっているのか?いや、そんな風には見えない。白い床が平らに広がっているようにしか見えない)
僕はその異様な光景に立ち尽くしてしまった。
先へ進んでみようか、そんな事を考えていた矢先に後ろから女性の声で呼び止められる。
「現世の者よ、私の声を聴いてください」
突然の声に振り向くが、そこには誰もいなかった。周りを見回してみても人らしきものは何処にもいない、突然の事なので話の内容も頭に入っていない。
声の主は相手を落ち着かせるように言葉を繰り返す。「現世の者よ、私の声を聴いてください」
声の主は此方が声に耳を傾けている事を確認したのか話を続けた。
「此処は現世と常世の狭間、常世へ送られるあなたの魂を私が引き留めたのです」
声の主は相手に理解を求めるように話を止める。
正体不明の声と対話して…というか一方的に話していたような気もするが声の正体は、現世と常世の狭間を司る女神(自称)アズラ。彼女の話しは大抵が理解出来なかったが、要約すると…
これから僕の魂は死後の世界ではなく、異世界にあるディルーン帝国領の貴族の赤ん坊に移される。そして僕はその貴族の子どもとして生きていく事になるらしい。
ディルーン帝国とは多種多様な人種が暮らしており、現世とは生活文化が全く異なる。
一瞬、頭が理解する事を拒んだような気がするが、姿が見えないものの彼女の口調は真面目に語られているように感じる。
「なぜ僕がそんな事を?」
「貴方の人生を見ていて思ったのです。貴方のような善良な性格の持ち主ならきっと、今のディルーンを更に良くしてくれるだろうと」
流石に僕は疑ってしまった。今までの人生を足早に回想してみたが、一体何処の部分でそう感じたのだろうか。
(あ、川で溺れた子どもを助けた時か?)
そこで自分も川で溺れた事を思い出した。
(僕は自分に出来る事をやっただけで、そもそも子どもは助かったのだろうか…?)
聞いてみたが、アズラはその先は見ていないからわからないと返答した。
(どういう意味なんだ…)
聞いた所で望む答えは得られないだろうから、それ以上は聞かない事にした。
「申し訳ないが、僕にそんな力はない、だいたい他人の身体を借りて生きる事なんて僕自身が許せない。」
「現世の者よ、その赤ん坊は生まれて直ぐに死んでしまう運命にあります、ですが貴方の力でその運命をねじ曲げる事が出来ます」
「惑星ディルンには魔法があります。魔法は生活や身を守る為に必要な無くてはならない力。魔法は魔力が多い者ほど、自然の法則をねじ曲げられる。貴方には誰よりも一番高い魔力をわたしが授けましょう。そのかわり」
「わたしの名を、わたしの存在をカシミール大陸全土に広げてほしいのです」
また知らない単語が出てきた。
そもそも、姿が見えないのにこの存在と言われてもどうすればいいんだ。
「あの、すみません…」
僕は慎重に言葉を選ぶ。
「布教活動は僕の柄じゃないというか…その、正直に言うとやりたくない…のですが…」
学がない僕にはこれが精一杯の言葉選びだ。
「宣教師になれと言ってるのではありません、方法はいくらでもあります。貴方の生き方を決めるのは私ではありません」
アズラは続ける
「繰り返しますが、貴方の力でディルンの世界は争いの無い平和な惑星になります。」
言い切ったなこの神様。
「アズラ様、魔力が多ければどんな運命も魔法でねじ曲げて変えられるのですか?」
解釈が違うような気がするが。
「力をどう使うかはあなた次第でしょう」
アズラは可もなく不可もなくと言ったような返答だ。正直に言うと異世界転生にはかなり興味がある。異国の地に全く知らない文化、それを赤ん坊から、つまり一から学ぶ事が出きるのだ。魔力が多いとどんな恩恵があるのかはわからないが、生活が不自由しないという解釈で良いのだろうか、そこはアズラの善意を信じる事にしよう。
そう、これはポジティブな取り引きなのだ。きっとそう。
「僕の記憶はどうなる?」
「貴方は現世の記憶をそのまま残し、新しい人生を歩んでいくのです」
人生をもう一度やり直せる。人生をやり直してみたい。つまらない言い訳ばかりで諦めていた事にもう一度挑みたい。
だんだんと沸き上がる好奇心に抗えなくなりそうになる。
(でも、家族や友人にはもう会えなくなるんだろうな)
心の中でそんな不安も感じていたが、それを差し引いても僕はこの取り引き(?)に応じてみたかった。
「行きます、僕なりに世界を良くしてみます」
内心わくわくしているのだが、そんな心情を悟られたく無かった為、プライドの高い言い回しをしてしまった。
アズラはそんな心情を知ってか知らずか、安心させるような口調で「気負う必要はありません、貴方のやりたいようにやれば良いのです」と答えると、目の前に水の波紋の様なものが表れた。僕より一回り大きくて楕円形の形をしている、まるで門のようだ。
「この転移の波紋は惑星ディルンへ繋がっています。さぁ波紋を潜ってください。あとは私があなたの魂を赤ん坊の身体まで届けましょう」
僕は好奇心を落ち着かせるように一呼吸してから波紋を潜った。