たかし、入学式に行く2
(気持ち悪い…)
馬車の旅は最悪だった。
何回か休憩を貰い、ようやく目的地の前まで到着した。
早く馬車から降りたかったが、フローラリア正門前には馬車が渋滞を起こしていた。
どうやら首都に入るには許可証を発行してもらわないといけないようだ。
もう歩いて入った方が早いんじゃないか?とソーンヴァーに言ったら、そんなみっともない事出来るわけないだろ!と一括されてしまった。
貴族社会は本当に難しい。
ようやく手続きが終わり、首都に入る事が出来た。
真っ先に目に入ったのは、青い屋根のバカでかい建物だった。
「お父様、あの建物は何ですか?」
「ローズパレスだ。あそこにトゥレメリア王がお住まいになっているんだよ」
バロック建築の荘厳な宮殿に僕は目が離せなかった。
(そういえば昔に行ったテーマパークに似たような建物のホテルがあったな…)
などと、どうしようもない事を思い浮かべていると。
「ソーナー、学園が見えてきたぞ」
宮殿の前にこれまた青い屋根のでかい建物が2棟、向かい合うように建てられていた。
「あれが学園なのですね」
「うむ、お前は政治経済学の専攻だから東側の建物だな」
「………え?」
ちょっと待って欲しい。
確か日本では、専攻を受けられるのは義務教育が終わった後だった気がする。
僕は小学校に入学するノリでここへ来ていた。
そもそも、専攻って他に何の科目があるんだ?
「何を言っているのか分からんが、基礎教育は家で完璧に学んだだろう。これからはもっと専門的な知識をここで身につけてもらう事になる。政治経済学科以外にも魔法科と騎士科があるぞ」
僕の視界が歪んでいく。
これから入学する学園は小学校じゃなくて専門学校だったのだ。
ついでに専攻も勝手に決められていた。
「あなた、ソーナーに教えてなかったの…?」
「知ってるもんだと思って…」
馬車が学園前の広場で止まった。
「さぁ着いたぞソーナー。遅れそうだ、少し急ぐぞ」
脱力していた僕の腕をソーンヴァーは引っ張って行った。
2棟の校舎の間は広場になっており、式のための演壇が簡単に作られていた。
「さぁ行きなさい。私たちはここで待っているよ」
僕は一旦両親と別れて、生徒達が集まっている列に入った。
(入学式って外でやるんだ)
殺風景な広場には花や装飾品は一切無い、生徒達の周りに衛兵数人が囲うように立っている。
さらに保護者達が衛兵を囲うように新入生を見物していて、整列しているというよりは身分も関係なく、群衆が円の形を作っている状態だった。
暫くすると、演壇に1人の老人が立つ。
老人はエマニュエル·アドマンド学園長。
軽く自己紹介を終えると、新入生に挨拶をする。
挨拶を終えて新入生代表の挨拶が始まった。
代表は勿論ソレア王女だ、いよいよ王女の姿が見られる。
ローズパレスの玄関口から青いドレスの少女とその従者が出てきた。
遠くて顔がよく見えないが、王女としての立ち振舞いと落ち着いた優しい声色に僕は思わず感嘆の声を上げてしまった。
王女は挨拶を終えると、振り返り宮殿へと帰っていった。
(はぁ~目が離せなかった…あれが王族…)
王女とこれからダンスをしなければならないという不安感に押し潰されそうになった。
入学式が終わり、平民達は各々の専攻に別れて校舎へ入っていく。
男爵以上の階級を持つ学生達は宮殿の玄関広場に集い、社交パーティーに参加するのだ。
今この会場には貴族の子ども達しかいない。
保護者達は宮殿の外の鉄柵越しで待機していた。
保護者以外にも、市民や在校生達も大勢が集まっている。
皆、王女を見に来ているのだろう。
このパーティーの主催者は学園ではなく昔の侯爵家の貴族が提案したのが切っ掛けのようだ。
それ以来、伝統のような感じで今まで続いている。
(どうせなら平民を参加させても良いと思うのだが、今の主催者は誰なのだろう…)
そう考えていると、1人の新入生が壇上で開会式を始めた。
「私はレブルス·クインティリアス。新入生の皆様、新入生歓迎会にお集まり頂きありがとう御座います。本日は私が皆様の今後の活躍を微力ながら応援させて頂きたく、このパーティーをうんたらかんたら…」
ブロンドの髪を綺麗に整えた少年がスピーチをしている。
小学校の高学年くらいの年齢だろうか。
一番印象深いのはスピーチではなく、彼の恰幅の良い体型だった。
大人1人くらいなら腕っ節1つで黙らせるんじゃないだろうか。
(確か名前はレブルス何とか…どんな人か調べておかないとな)
名前と立場はしっかりと確認しておかないと、学校生活に影響が出る。
これからの学生生活を思うと、気が滅入ってしまった。
長かったスピーチが終わり新入生達が代わる代わる社交ダンスをする。
その中にはソレア王女もいた。
早く誘わなければという焦りが出てきてしまう。
貴族達はそうした機微を決して見逃さない。
(落ち着け…焦るな…平常心…)
今まで散々練習してきた社交ダンスは完璧だ。
同級生の女子達と踊りながら、自然体に王女に近づこうとする。
いよいよ王女様とダンスをする事が出来た。
近くで見ると本当に美しかった。
ターコイズ色の瞳でじっと見つめられると、顔が綻んでしまいそうになる。
一通りダンスを終えた後、なんと王女様が声をかけてくれた。
「そんなに固い表情をなさらなくても良いですよ。今日は楽しんでいって下さいね」
「有り難きお言葉、幸せです~…」
王女様のお言葉で一気に緊張が解け、表情が綻んでしまった。
慌てて取り繕ったが、時既に遅し。
王女様にバッチリと見られてしまったが、彼女は決して表情を変えず優しく僕に微笑んでくれたのだ。
なんて素敵なお方なんだ、ダンスを終えた僕はすっかり彼女に心酔してしまっていた。
(見ただけで畏敬の念を抱かせるなんて、王族って本当に凄いんだな…神様達も見習うべきだ)
王女様とダンスが出来たし、少しだが会話をする事も出来た。
僕にとって始めての社交界は大成功だった。