たかしの侍女室潜入作戦
ブランディルの作戦はこんな内容だ。
まず、使用人の死体を1体用意する。ブランディルが死体を操り、僕は変装魔法でイグマンドの姿になる。そしてイグマンドが就労を希望している使用人を連れてきたという体で正面から堂々と侍女室に入るのだ。
「じゃあここに使用人の死体を持ってきてくれ」
「いや無理だよ!邸内で殺人事件を起こさないで!」
突っ込み所が多すぎてやや置いてきぼりを喰らっているが、どうやら彼の倫理観もどこかに置いてきたらしい。
「そうだ、召喚魔法なら…ブランディル、人型に近い魔物を召喚出来ないかな?」
「うーん、魔人召喚なら…」
邪神の使い魔である魔人を、魔界から召喚して使役させる魔法だ。知能が高くてプライドも高い奴らだ、こんな甘ったれのガキが扱えるとは思えねぇ…。
「よし、魔人召喚をやる」
「本気かよ!魔人がどんな奴らか理解してンのか!?」
「わからない…でもやってみる価値はある!」
マジかよ…死体を操るのとは訳がちげぇんだぞ!
殺されるか、運が良くても魔界に連れてかれて逆に使役されるのがオチだ。だが、こいつの目は何だ。絶対に助けるという意思を、ダチの為なら命を掛けられる覚悟がこいつにはある!
はぁヤレヤレ、お前の覚悟に俺様も感化されちまったじゃねぇか…。良いぜ、俺様も腹を括ってやる。
「本気でやるんだな…」
「…うん!」
「魔人召喚の方法を教えてやる。いいか、奴らは冷酷で残忍だが、お前の方が格上だと解らせれば従順になる。一戦交える覚悟をしておけ」
え、魔人ってそんなヤバい奴なの?流石に家で実戦は駄目だって。どうしよう、今さら変える何て言えないし…。
「覚悟は出来てるさ、早く始めよう」
怖いけどやるしかない、大切な人を守るためだ。
先ずは魔法でこの世界と、魔界を繋げる門を作る。そして魔人を召喚する呪文を唱えるのだ。
「頼む、僕に力を貸してくれ!」
魔界の門から不気味で赤黒いオーラが漏れてきている。オーラの量が段々と増えていき、遂に部屋全体を覆ってしまった。
(一体どうなっているんだ…)
部屋全体を覆っていたオーラが晴れてくると、魔人の全体像が露になった。
身長2メートルはある偉丈夫!
こめかみの部分から山羊のような角が生えており、顔には赤色で不思議な模様が描かれた化粧をしている。
肌は黝色をしており、悪魔的な黒い鎧からでもはっきりとわかる、鍛えられた引き締まった身体つきをしている。見た目はさながら鬼のようだ。
「か…かっこいい」
「おいおいマジかよ!本当にやりやがった!」
魔人が僕たちを睨み付ける。そうだ、命令しなければ。
「魔人よ、少しの間で良いから使用人のフリをして欲しい」
魔人は少し考えた後に太く抑揚のある声で「仰せのままに」と一言だけ答えた。
僕は衣装箪笥に仕舞ってある使用人服を1着取り出した。
「よし、早速この服に着替えてくれ!」
「何でそんなもん持ってるんだよ」
「な…何でも良いでしょ!」
マルグレッドの誕生日に渡す筈だった、現世でいうメイド服に似せた特注品。ダークブラウンの生地に白いフリルのエプロン付きだ。スカートの丈を膝くらいまで短くする事で動きやすくなり、彼女の足も拝めるという画期的な機能付きだ。是非これを彼女にきて貰いたかったのだが…背に腹は変えられない。
「……………………」
酷い物を見てしまった。
何とか魔人に特注品を着せたが、身長150センチ大のサイズが偉丈夫に合うわけが無かった。魔人に声を掛けようとしたが、生地が筋肉に引っ張られて、洋服が悲鳴を上げているように見える。服の締め付けにより、魔人が苦悶の表情をしており、声をかける事を憚られた。僕は目を背けたい気持ちを必死にこらえ、ただ無言で魔人を見つめる事しか出来なかった。
魔人はそれでも立っていた。メイド服に締め付けられたその勇姿は正に見る凶器。決して彼に近づく事は出来ないだろう。
「これで行く!」
「正気かよ!」
僕は至って正気だ。他の作戦を考えている時間は無い。変装魔法でイグマンドの姿になる。
「…わかったよ、俺様は先に脱出しているぞ」
ブランディルがスクロールを取り出すと転移門を開いた。
「それにしても、俺様の助力は必要なかったみたいだな」
「いや、僕は手詰まりでなにも出来なかった。君の作戦のお陰でまた侍女室に行けるチャンスを作れたんだ。礼を言うよブランディル」
「…ま、精々頑張れよ」
そう言うと、転移門へ入っていき消えてしまった。
この作戦が失敗したらいよいよ終わりだ。気を引き締めて行こう。僕は臨戦態勢で自室を出た。
僕はイグマンドに成りきってロビーを歩いている、使用人達は此方を見つめている。もちろん視線の先は後ろを歩いてる魔人の使用人だ。その恐ろしい姿に目が釘付けになり、僕の事は気に留めていない。第一関門はクリアだ、次は庭師と直接話をしなければいけない。大丈夫、平常心でいるんだ。
「ど…どうしました執政官」
庭師は明らかに狼狽えている。
「今日から働くことになったキャサリンだ。侍女に顔合わせに行くから通してくれないか」
キャサリンはもちろん偽名だ。この世界にそぐわない名だが、これで押し通すしかない。
「主殿!」
突然、魔人が会話に割って入ってきた。
(ちょ、馬鹿!変装がバレるだろ!)
魔人が僕に耳打ちをする。
「あ―、間違えた!名前はムルシュだ」
「ムルシュさん…ですか」
ムルシュさん、突然何を言い出すのかと思ったら、名前に並々ならぬ拘りがあったようだ。
庭師は懐疑的な表情をしている。数十秒くらい考えた末に
「…………中へ、どうぞ」
庭師はドアを開けてくれた。
(よっし!)
僕は断りもいれず侍女室に入った。部屋のソファーに腰かけている2人がいる。
(よかった、まだ一緒だった!)
ファリーンが魔人を見たのだろう、マルグレッドを庇うように立ち塞がる。僕は変装魔法を解き、2人に向かい勢いよく土下座をした。
「勝手に家を出てごめんなさい!何でもするから、マルグレッドを辞めさせないで下さい!全部僕が悪いんです、彼女は何も悪くないんです、どうか、許してあげて下さい!」
小手先や小細工は無い。誠心誠意謝るだけだ。
「ソーナー様…たった今マルグレッドに厳重注意をし終えた所です」
終わった…えっ?僕は思わず頭を上げた。
マルグレッドが側に寄る。
「ソーナー様、ファリーンはもう一度あなたに仕える機会を下さったのです」
ファリーンは最初から彼女を追い出すつもりは無かったのだ。僕は全身の力が抜け、マルグレッドにもたれ掛かってしまった。
「ソーンヴァー様は私に処断を委ねられましたから」
「ありがとうファリーン…またよろしくね、マルグレッド」
「はい!ソーナー様☆」
良い年齢なのに子どものように泣きじゃくってしまった。謝りに行く必要は無かったかもしれない、でもこれで良かったと思っている。悔恨を残したまま生活するよりはずっとマシなのだから。
「ところでソーナー様、後ろに佇んでいる…武人は何方でしょうか」
ファリーンに鋭い指摘をされる。
(しまった…夢中になってて魔界に帰還させるのを忘れてしまった)
「えっと…彼…いや彼女は新しい使用人で…」
「魔人召喚をやったのですか?」
ファリーンの口調が冷たくなっていく。
(これは不味い…非常に不味い)
「魔人召喚ですって!」
何処から聞き付けたのか、オンドルマールが両開きの扉を勢いよく押し開ける。
その後ろからソーンヴァーも続いてやって来た。
魔人を前に、憧れのヒーローを見つめるようなキラキラした眼差しのオンドルマールとは対照的に、ソーンヴァーは怒りと呆れを混ぜたような冷たい眼差しを僕に向けている。
「ソーナー、お前は本当に親を心配させるのが大好きなんだな」
「あ…いや」
あのまま終われば良かったのに、現実はなかなか上手くいかないようだ。
「ファリーン、追加でソーナーに尻叩き10回のお仕置きだ」
「かしこまりました!」
こうして1日は終わった。お尻の痛みで足を引きずりながら歩く僕をマルグレッドが僕の自室前まで支えてくれた。
「ねぇマルグレッド。今日は一緒に寝てくれない?」
現世の僕が言ったらドン引きされるおねだりだが、6歳の少年だったら許されるかもしれない。
「駄目です、今日はしっかり反省してください!」
…残念、だがごもっともである。
「ソーナー様、宮廷魔術師の事ですが。彼を信用するのは辞めた方がいいと思います」
「えっ?どうして」
「あの人は、ソーナー様を立派な領主にさせる気がありません。何か…とても危険な事をさせようとしている気がしてならないのです」
実際に危険な場所に連れていかれたからな。マルグレッドの気持ちはわからないでも無い。
彼女は今、漠然とした不安を抱えている様子だ。ここは落ち着かせた方が良いだろう。
「わかった。必要な時以外はオンドルマールと関わらないでおくよ」
「ありがとうございますソーナー様。おやすみなさい、ゆっくり休んでくださいね」
「うん、おやすみなさいマルグレッド」
ようやく休息が得られる、そう思ったのも束の間だった。
「ようやく自由時間が得られましたね」
「オンドルマール…どうしてここに?」
「ぼっちゃまがお尻を叩かれてる間に先に部屋に来て待っていたのですよ」
「そうじゃなくて!何しにここに来たの!?」
「これからの方針を話に来たのですよ。私の研究室まで来てください」
オンドルマールは魔法で転移門を作った。
「方針って何だよ、オンドルマールは僕に何をさせたいの?」
「…それも含めて話しましょう、さぁ一緒に来てください」
「明日じゃ駄目かな…流石に今日はもうヘトヘトだよ…」
「駄目です、何なら無理矢理にでも連れ出しますが」
まぁ何て強引な人なんでしょう。でもこれを機に僕も話しておきたい事がある。
「…わかったよ。ただし、もう1人連れていって欲しい人がいる」
「世話係を連れていくのでしょう。構いませんよ」
僕の考える事はお見通しのようだった。こうして僕は2日目の徹夜が決まった。