たかし、叱られる
すっかり日が暮れてしまった。
自宅前に着くとファリーンが門の前に立っていた。
「お帰りなさい2人とも。話があるので着いてきてください」
口調や顔つきから歓迎されてない事はわかった。僕達は神妙な面持ちで彼女に着いていくと、ソーンヴァーが仕事をしている応接室の前で止まった。
ファリーンは扉を軽く二回ノックした後、淡々とした口調で告げる。
「シルバーブラッド卿、2人を連れてきました」
応接室に通されると、部屋の奥にある1人用の応接デスクにソーンヴァーが座っており、デスクの前にはマルグレッドが立っていた。
(嫌な予感がする…)
重い空気が少し流れた後、最初にソーンヴァーが口にする。
「それで、今まで何をしていたのか1から説明してみなさいソーナー」
言い訳なんて言える雰囲気じゃなかった。僕は1から10まで正直に詳細に伝えた。
「…以上ですお父様」
少しの沈黙が流れたあと、ソーンヴァーの怒りの矛先がマルグレッドに向かった。
「なぁマルグレッド。お前が使用人室で休んでいる間に、主人は無断で外に出て危険な事をしていたみたいだ」
「申し訳ございません、シルバーブラッド卿」
マルグレッドが粛々と頭を下げる
「まさか子守りが出来ないメイドを雇ってたなんてなぁ、ファリーン」
「申し訳ございません、シルバーブラッド卿。全て私の不手際で御座います」
扉の前で立っていたファリーンも頭を下げる。
前世では悪事がバレたらゲンコツと説教がお決まりの流れだった。だが此処では違う。
「部下の不始末はお前が着けろ。2人とも部屋から出ていけ」
「はっ、かしこまりました」
「失礼いたします」
ファリーンとマルグレッドが退出しようとする。僕は堪らず叫んでしまった。
「ファリーン、お願い!マルグレッドを許してあげ…」
「黙っているんだソーナー!」
精一杯の懇願はソーンヴァーに遮られた。
「ソーナー、今日の夕食は抜きだ。朝まで自室を出てはならん!」
「…お父様、ごめんなさい。マルグレッドを許して…」
「返事はどうした!」
「…はい。」
無断で外出しただけでこの仕打ちとは…。
浅はかな行動の結果で、2人に嫌な思いをさせてしまった。
僕は先に応接室へ出た。残った2人はこれから何の話をするのだろう。
長く感じた重苦しい空気からは解放され、何もかも投げ出して寝てしまいたかったが、マルグレッドが気掛かりでしょうがない。
(2人に謝らないと…)
今は大事な人に今どうしても伝えなければいけない。自室に戻らず、応接室の向かいの侍女室へ向かった。2人はそこにいるかもしれない。
「ソーナー様」
ロビーを清掃していた使用人に呼び止められた。
「侍女からソーナー様を自室に待機させるように言われてます。申し訳ございません、部屋に戻ってください」
「な…に…」
まさかこんな事になってしまうとは…。直ぐに会わなければいけないのに、透明化の魔法を使ったところで無駄だ、侍女室の扉の前には庭師が立っている。
すまない庭師…あなたまで巻き込んでしまった。
透明化の魔法は便利だが、ドアノブに手を触れて開けようとすると解除されてしまう。
作戦を仕切り直す為、部屋に戻ることにした。(さて、どうしたものか)
随分前に交わしたアズラとの会話を思い出す。
僕の魔法で奇跡を起こせば、とか運命をねじ曲げるとか言ってた気がするが、具体的な方法がわからない。
時間がない、早く行かないとマルグレッドがお仕置きされてしまう!しかしどうやって行けば良いんだ…!自室で悩み悶えて床を転げ回っていると。
「何やってんだお前…」
(え?)
1人しかいない筈の自室で突然誰かに声を掛けられたので、思わず立ち上がってしまった。
そこにいたのは、下水道で出会ったダークエルフの少年。一際目を引く長杖を背中に携えて僕の目の前に立っている。
「き、君は!……名前なんだっけ?」
「ブランディル!さっき会ったばっかだろ!」
今は話してる暇はない。名前を忘れてた事は承知の上で願い出る。
「ごめん、ブランディル時間がない!助けてくれないか!」
「…手短に説明しろ」
意外な返答だった。てっきり研究の邪魔をされて仕返しさせる覚悟でいたのに。
「………え?助けてくれるの」
「あ…あの時の借りだよ!それよりほら、さっさと説明しろ!」
ブランディルはそっぽ向きながら喋る。
あの時の、とはどの時だったのか、それすら考える時間も惜しいので、彼の言われた通りにした。
「僕は無断外出がバレてこの部屋に軟禁されている。1階の侍女室に誰にも見つからずに入りたい」
拙い説明だった彼には通じたのか、ブランディルはギザギザの歯をニヤリと見せ、自信満々に答えた。
「だったら俺様に任せな!完璧な作戦をたった今思い付いたぜ!」
良かった、今は藁にもすがりたい気分だ。僕は今日会ったばかりの少年を全面的に信用する事にした。