ロキの実力
スッとクラノスケが離れたが、レイモンドはしばし放心していた。彼に言われたことをじっくりゆっくり頭にインストールする。
(…確かに…)
ロキはウェポン族と一般人のハーフだが、身体能力はしっかりウェポン族の血を引いていた。歳は十も離れているってのに、鬼ごっこやかくれんぼで勝ったのは片手で数えられる程である。中々見つけられない自分に、逆にロキが背後からやってきて驚かせられたこともある。
また、ロキが城に遊びに来た時にもイタズラを仕掛けていたのだが、五番北村よりも圧倒的に人口が多い城内で誰にも気付かれなかったのだ。人の一瞬の隙を突いて仕掛けるその手腕に、「何故そんな無駄な才能を…」と宣う輩もいたが、レイモンドは素直に賞賛した。
それにロキは驚く程頭が切れる。一つの出来事に三つにも四つにも答えを出す。
レイモンドはある事件を思い出していた。
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レイモンドが最も印象に残っている出来事は『盗難事件』である。あれはレイモンドが二代目総統に就任した直後だった。
姉の第一王女のネックレスが消えちまった。その行方を追っていたところ、ある下働きのメイドの部屋に隠されていた。そのネックレスはダイヤモンドが連なったとても高価な代物で、そのメイドは金銭目的で盗んだのだと他メイド達から糾弾された。メイドは違うと必死に訴えたが「目撃した!」と同僚達が言ったために誰も信じず、しかしロキだけが彼女を信じた。
「お前、口汚ぇくせに手ぇ綺麗だな」とロキが指したのはメイドの同僚の女だった。その女は王女のネックレスを見つけ、真っ先に目撃証言を挙げていた者である。なんだとこのクソガキ!と女が手を上げ、それをレイモンドが掴んで止めた時に気付いた。『同じ下働きのメイドであるはずなのに、この女の手は綺麗すぎる』と。
またロキはこそっとレイモンドに耳打ちした。「メイドの姉ちゃん、虐められてると思う」と。
レイモンドが介入して捜査した結果、そのメイドを追い出そうと計画した同僚達の仕業であることが発覚した。メイドは貧しい平民で、女は下級貴族の出なのに同じ職場なのも気に入らないし、またメイドはある騎士と仲良くしており、その騎士は女が昔から懇意にしていた男だった。悔しくてたまらない女は取り巻きと共にメイドを長期間にわたり虐めた。それでもめげずに仕事を辞めない彼女に痺れを切らし、強制的に追い出すために王女の部屋から盗んだのだ、と事情聴取した結果判明した。
ロキに何故そこまで分かったのだと聞いても「あのおばさんすげぇ香水臭くてウザかった」としか答えてくれなんだ。ロキは割と面倒くさがりだ。が、観察眼の鋭い子だと知っていたため、おそらくメイドの顔や手などを見て推測したんだろうとレイモンドは勝手に結論付けた。
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その他にもロキはローミヘス国王の毒殺も未然に防いだ上に犯人を罠にかけ捕まえ、そこから反王族派のテロリストを割り出したこともある。ある時には一人の男に執拗にイタズラを仕掛けているのを妙に思い調べたところ、そいつが敵国のスパイだった。
それがある度に「なんで分かったんだ?」と聞いても、ロキはまともに答えちゃあくれなかった。が、正直に言うとレイモンドはロキのような人材が欲しかった。そりゃあ今の部下達も申し分なく優秀でいつも頼りにしているが、ロキのような観察眼を持つ者はいない。実は前々から軍に入ってくれないかしらと願っているのだが、彼の実家は退治屋だ。彼の入隊なんて叶わぬ夢だろうと思っていた。
モンスター関連は現状詰んでいる。まだ二件しか遭遇していないこともあり、奴らについて理解するにも情報が不足しており、こちらがどう対処すればいいのかもいまいち分かっていない。
(短期間でも手伝ってもらえるのなら…)
鋭い観察眼と少ない情報から思いつく推理力、そしてウェポン族の血という頼もしい身体能力を持つロキがいてくれたら、この現状を打破できるだろうか。
「…分かりました、クラノスケ殿。一先ずロキには隠密部隊に仮入隊してもらいます」
「ちょ、閣下!?」とマテオが慌てた様子で口を挟むが、レイモンドはそれを制した。掃除を任されると思っていたロキはポカンと口を開けている。クラノスケは「ほう」と零し、話の続きを促した。
「そこでロキに三つの任務を与えます」
一つ、モンスターが出現した事件を捜査すること。
二つ、モンスターを一体以上倒すこと。
三つ、モンスターとその一派について情報を一つ以上掴むこと。
「…これらを一週間以内に達成した時、今回の弁償が完遂したとします」
「「い、一週間!?」」
ロキとマテオは目を見開いた。一つ目の任務はできないこたぁないだろうが、軍ですら調査が進んでいない謎の犯罪組織についての情報を掴め?まだ一人も捕まえられていない科学者を捕まえろ?ウェポン族とは言え民間の少年に?それも一週間以内だと!?
「一週間というのはリリア様とサノスケ様に気付かれない程度だと思って判断したことだ。もちろん日付を越えても構わないが、任務は増やさせてもらうぞ」
「はぁ?!ちょっと待てよ、兄ちゃん!」
異議を唱えようとしたロキだが、それをクラノスケが止めた。
「なんだ、ロキ。わしは何度も確認しただろう。文句は言わせんぞ」
「いや確かにそれでいいって言ったけど!仮入隊して手伝うのはまだしも、任務三つこなすって…嗚呼だからじいちゃん、嫌ぁな顔したのか!!」
「嫌な顔とは失敬な。それにそれほどのことをお前がしたんだろう。自業自得だ」
「ぜっっったい俺のせいだけじゃねぇし!」
クラノスケが己の容姿を利用して“お願い”したことをコズエに告げ口しようと誓ったのはこの瞬間であった。