リアラという少女
厄災の魔王、恐怖の体現者、絶望を振り撒く者。
時代とともに増えていくそれらの呼称は、全て一つの存在を指している。
魔王リアリーズ・グラファム。
数十年、長くとも百年で封印という眠りから目覚めるこの魔王は、度々人類の存在を脅かしてきた。
一つボタンを掛け違えていたなら、もしかすると人類史はそこで終止符を打たれていたかもしれない。
どこで生まれたのか
どのような姿をしているのか
その全てが謎の存在。
魔王はある時自然に、初めからそこにいたかのように人類の脅威として現れた。
誰も夢にも思わないだろう。
その名前を聞くだけで大の大人が顔を青ざめて震え、幼子が泣きじゃくる魔王が人間社会に溶け込んでいるなんて。
今はリアラという仮の名で過ごしている少女は、中央で優雅に腕を組む。
対戦相手のロンは、絶世の美貌を誇るリアラに見惚れているようだったが、ふるふると首を振って真剣な目つきとなった。
「二人とも位置についたら魂装を出せ」
一戦目と同様、エレイナが眼下の二人に準備を促す。
「「魂源励起」」
先ほどの一戦目同様、向かい合った両者は胸に手を当て、自身の魂の有り様を具現化する。
リアラはその身を大きくのけ反らせると、胸の中心がバキバキと罅割れる。
まるで血のような赤黒い光を放つ罅割れに手を突っ込むと、ズルリと何かを抜き出す。
それは罅割れと同様に赤黒く不吉な色合い色をした歪な結晶だった。
とても武器には見えないそれは、リアラが手を離しても落下せず、意思を持っているかのようにリアラの周りをくるくると回っていた。
その不気味さたるや、事情を知るラインからすると魔王にしか見えない。
ラインは額に手を当てため息をつき、リアラと向き合うロンに視線を移した。
ロンの手には、二振りの紫の短剣が握られており、右足を少し前に出した半身の構えを取っているが、少しぎこちなさがありあまり戦い慣れていないであろうことが窺い知れる。
「よし、では始め」
エレイナの開始の合図とともに、ロンがリアラへと接近する。
結晶の能力は不明だが、近接タイプには見えない。
つまり近づけば自分が有利だと、ロンはリアラを分析した。
曲がりなりにも勇者科に合格しただけはあり、接近するスピードは中々の物だった。
対するリアラは迫り来る刃を見て、
──欠伸をした。
「なッ!?」
ロンが突き出した短剣は、リアラまであと少しというところで、何かにぶつかり火花を散らした。
よく見れば、うっすらと赤い膜のような物がリアラを覆っているのが分かる。
「魔力壁……ッ!!」
埒が開かないと判断したのか、ロンが後ろへ跳び距離を取る。
そして、次はリアラの横へと回り込み再度攻撃を仕掛けた。
その様子をつまらなさそうにリアラは横目で見る。
ギインと甲高い音を立てて、再び赤黒い膜──魔力壁にロンの攻撃は受け止められる。
何度か同じ攻防を続けたが、ロンの攻撃がリアラに届くことはなく、ロンは肩を上下させながらその足を止めた。
「もう気は済んだかしら?ならこっちの番ね」
それまでゆっくりと回転を続けていた結晶が、リアラの前でぴたりと静止する。
リアラは結晶を握り込み、指先をロンに向けた。
「魔力矢」
リアラの目の前に赤黒い光の矢が出現する。
その矢はリアラの指に沿うようにロンに向かって射出された。
リアラが放った矢は真っ直ぐにロンへと迫るが、ロンは少し焦りを見せながらも短剣で弾くことに成功し、ダメージを与えることはなかった。
それを見て、リアラは目を細めた。
(あ、今不機嫌になったな)
一見表情の変化などはないが、ラインは長年の付き合いからリアラが不機嫌になったのが分かった。
そしてリアラがどういう行動に出るかまで簡単に予想がつき、深くため息をついた。
最近よくため息をついていることに気づき、げんなりした気分になる。
矢を弾くことに成功したロンは息が整ってきたことを確認し、再度攻撃を仕掛けようと身を屈め──、
「へ?」
気の抜けた声を出した。
「魔力矢、多重展開」
リアラの周りに二十本以上の矢が展開される。
それらの矢は抑えつけられているようにガタガタと震え、早く解放しろと訴えかけているようだった。
「いけ」
リアラが腕を横に振るうと、展開されていた矢が一斉にロンへと襲いかかる。
数本の矢は辛うじて防いだが、圧倒的物量に二本の腕ではとても捌ききれなかった。
グサグサとロンの身体に矢が突き刺さっていき、矢の色も相まってかなりグロテスクな見た目になっているが、非実体モードでの攻撃は精神にダメージを与えるだけなので血すらも出ていない。
だが、ハリネズミのようになっているロンは気絶し口から泡を吹いている。
周囲の生徒を見渡すと、明らかにやり過ぎなリアラに恐怖を感じて若干引きながら、倒れているロンに同情の視線を送っていた。
「……勝者、リアラ・アズベルグ。リアちゃん……実力を発揮するのはいいが、少々やり過ぎだ」
「……次から気をつけるわ」
流石にやり過ぎの自覚があったのか、観客席に戻ってきたリアラは拗ねた子供のような返事をしてラインの隣に腰掛ける。
「よし、行ってくる」
「応援してるわ」
素っ気ない声で送り出され、対戦相手のカイと共にラインは階段を降りる。
「いやーリアラさん凄いっすね……魔力矢は初級の魔法とは言え、二十本以上の多重展開なんてSクラスでも難しい気がするっすけど、なんでCクラスにいるんすかね?それに、魔力矢自体も普通は白色の筈なのに色が変だったし……ラインはリアラさんと仲良さそうっすけど、何か知ってるっすか?」
階段を降りる前から、チラチラとこちらを窺っていたカイが口を開いた。
中々に異質な前の試合を見て、好奇心が抑えきれなかったのだろう。
さてどうやって誤魔化そうかと、ラインは思考した。
「まあ、あいつは色々と特殊だからな。それにしても、よく魔力矢の色なんて気が付いたな。もしかしてカイは魔法使い系なのか?」
「恥ずかしながら昔は魔法使いを目指してたんすけど、才能がなくて諦めたっす。その時に魔力矢についても習ったんす。属性を付与する前の魔法だから白色だって。属性付与して色が付くと、火魔矢とか名前が変わるっすから、不思議に思ったっす」
「リアラは特異体質なんだ。普通の人の魔力は白色をしている。だから属性付与前の魔法は白色になる。でも、リアラの魔力はさっき見た通り赤黒い色をしている。それで、魔力矢も色が違うんだ」
リアラが特異体質なのは本当の話だ。
それが魔王だからなのか、もしくは特異体質だから魔王となったのか、それは定かでない。
「なるほど、そこまでは知らなかったっす!ラインは物知りっすね」
「カイも中々だと思うぞ」
自分のスタイルに関する知識は自然と詳しくなるが、関係のないスキルや魔法については無頓着になりがちだ。
ラインもリアラがいなければ魔力の色なんて興味すら持たなかっただろう。
だから知識の広いカイのことは素直に凄いと感じていた。
そんな話をしている間に開始位置まで辿りついた。
少しの距離を空けて、お互いに向かい合う。
「お手柔らかに頼むっす」
「こちらこそ」
二人とも同時に胸に手を当てた。
「「魂源励起」」
ラインの身体が輝き、空間が甲高い音を立てて軋んだ。
指先が硬い何かに触れ、探るように手を動かしてそれを握り込む。
確かな手応えとともに、一息にそれを引き抜いた。
その手に握られていたのは、長い両手剣。
華美な装飾はなくどちらかと言えば無骨という言葉が似合うだろうか。
目を引くのは刀身に刻まれた二筋の金色の線。
ラインは深く息を吐き、その剣を正眼に構えた。