クラスメイトの戦いを観戦してみた
エレイナの案内の元、一年C組の面々は『闘技場』に到着する。
『闘技場』は、二つのエリアに分かれていた。
中央にある戦闘エリアと周囲を囲うようにしている円形の観客席エリア。
戦闘エリアは地面から少し隆起しており、足場には細かな正方形の石のタイルが埋め込まれている。
タイルは規則正しく並んでおり、上から俯瞰すると大きな正方形になっていた。
戦闘エリアはフェンスに囲まれており、観客席エリアはその上部に用意されている。
戦闘に巻きまれないようにするためだろう。
周囲のフェンスは淡い青色の燐光を放っており、何らかのスキルがかけられているようだ。
勇者候補達の戦闘で破壊されないようにしているのだと思われる。
「とりあえず、上にあがろうか」
エレイナが観客席に視線を向ける。
そのまま階段を上ろうと一段目に足をかけたところで、一瞬立ち止まった。
「一試合目の者は戦闘エリアに向かってくれ。この学園の制服は特殊な繊維で編まれていて戦闘にも使用できる代物だ。特に着替える必要はない」
エレイナはそれだけ言うと、止めていた再び足を動かす。
ラインとリアラは一試合目ではなかったため、エレイナに続いて階段を上った。
二階の観客席に上がると、エレイナは最前列に腰を下ろした。
他の生徒もそれに倣ってその付近に座っていく。
下から見ていると、二階からでは戦闘の様子が見えづらそうだと感じていたが、実際はそんなこともなさそうだ。
それに二階の一角には巨大なモニタが設置されていた。
今は黒一面で何も映していないが、実際『勇者祭』の選抜戦の時は戦闘エリアの様子がこのモニタに映し出されるのだろう。
どこから取り出したのか、メガフォンを手に持ち口を動かす。
「一試合目...モニカ・ブロンド、シリル・ロンド。戦闘エリアの中央あたりに二本の白線が見えるか?そこが開始の立ち位置だ。両者位置についてくれ」
メガフォン越しのエレイナの声は静かな『闘技場』によく響いた。
二人観客席に上ってこなかった生徒二人が、その言葉を受けて白線の位置につく。
赤紙の少女がモニカ、金髪の少年がシリルか。
まだ自己紹介もまだだったから、クラスメイトの顔と名前が一致しない。
いや、もはやこれが自己紹介と言っていいのではないか。
『勇者科』の生徒ならば、実力で語れということかもしれない。
ラインは、心の内でそのように現状を分析した。
周りのクラスメイトは食い入るようにフィールドを見つめている。
ここにいるメンバーは仲間であると同時にライバル。
少しでも情報を得ようとみな必死だった。
「よし、では魂装を出せ。非実体モードでだ」
エレイナの声を聴き、フィールド上のモニカ、シリルが同じ行動をとる。
いや、厳密には少し違う。
モニカは長い棒を握るような手の形で、シリルは制服を握りしめるようにそれぞれ心臓の位置へ手を当てる。
「「魂源励起」」
すると次の瞬間、二人の手には武器が握られていた。
モニカの手には先端が赤く染まった槍、シリルの手には縁が金色に彩られた派手な弓。
『魂源励起』。
自身の魂の成り立ちを具現化し、武器とする人間誰しもに備わっている力。
非実体モードと実体モードの二つの形態があり、非実体モードでは物理的な傷を負わせることがない。
その代わりに精神に直接ダメージを与えることができ、許容量以上のダメージを受けると気絶する。
精神ダメージは回復も早いため、こういった模擬戦闘のような場でよく使用されている。
「モニカさんは長槍で、シリルくんは弓っすか...。お互いにリーチが長い武器っすけど、モニカさん側がどれだけ接近戦に持ち込めるかが勝負の鍵になりそうっすね」
「ん、君は...?」
ラインが二人の分析に没頭しかけた瞬間、横から声がし、意識を引き戻された。
見たことのない顔だったが、そのくすんだ金髪には何故か見覚えがある気がした。
「ラインくん...っすよね?どうも、俺はカイ・サンベルって言うっす!今日の対戦相手っすね!よろしくっす!」
「ああ、俺はライン、よろしく。そういえば、入学式の時に理事長から当てられていたやつか」
「ああ...あれはいきなりでびっくりしたっす...」
「ははは、それは大変だったな」
「で、ラインくんはどう見るっすか?」
「ラインでいいよ。俺もカイって呼ばせてもらう。それにその話し方も、もっと砕けてくれていいよ。それで、どう見るっていうのは?」
「じゃあラインって呼ばせてもらうっす。喋り方については癖みたいなもんっすから、気にしないでほしいっす。どう見るかって聞いたのは、あの試合っす」
そう言ってカイは眼下の試合を指さした。
見ると、シリルが放った矢をモニカが槍をくるくると回し捌いているところだった。
モニカが前に出ようとするタイミングで牽制するように矢を放たれており、モニカ側が苦戦しているような展開だ。
「ん、まあカイの言った通りだと思うぞ。槍側がどう相手に近づくか。もしくは遠距離をどうにかできるスキルを持っているかだな」
「やっぱそうっすよね...それにしてもあの二人、かなりやるっすよね?」
「そうだな...」
正直、Cクラスのレベルを少し舐めていた。
思っていたよりも大分レベルが高い。
恐らく二人ともスキルレベルはⅠ。
相手の防御を貫くだけのパワーや相手の懐に潜り込むようなスピードもない。
だが、その戦いには随所に二人の努力がみられる。
スキルがあるのとないのでは大きな差があるが、かと言ってスキルがあれば戦えるかと言われるとそれも否だ。
モニカの主なスキルは槍術。
相当努力を積んでいるのだろう、矢を弾く槍捌きは見事で、スキルの恩恵を最大限に発揮している。
対するシリルのスキルは弓術。
こちらも弓術スキルが持つアビリティ、『先読み』で相手の出鼻を悉く挫いている。
これもまた経験のなせる業だ。
盤面はシリルが優勢だった。
幾ら槍の扱いに長けているとは言え、無数の矢をすべて防ぐことは難しい。
致命傷は避けているものの、肌をかすめる矢がモニカの体力を徐々に奪っているのが分かる。
「...ッ!」
埒が明かないと判断したのか、モニカが防御の構えを解き、シリルに肉薄すべく迫る。
当然、シリルの弾幕は密度を増し被弾が増える。
それを知ったことかと、モニカは更に力強く地面を蹴った。
モニカの捨て身の一撃がシリルの喉元まで迫る。
「瞬転」
残り少し、というところでシリルの姿がぶれた。
レベルⅠの弓術スキルの上位アビリティ、。
魔力を足の裏から地面に叩きつけ、一瞬だが高速移動を可能にする。
そのアビリティでシリルは後ろに大きく跳躍した。
一瞬にして距離の離れたモニカの槍は空気を切り裂く音だけを発生させ空振りする。
モニカの口が、大きく弧を描いた。
「...投擲。いっけぇ!」
空振りした勢いそのまま、モニカは自身の赤槍を思い切り投擲した。
『瞬転』は制御が難しく、移動後に体勢を立て直す時間が発生するため、連続使用できるアビリティではない。
故に
モニカの投擲を避ける術はなかった。
「...ぐは!?」
槍の直撃を受けたシリルは仰向けに吹き飛ぶ。
肉体的ダメージはない。
しかし、モニカの渾身の一投は、シリルの意識を刈り取るには十分だった。
「そこまで!勝者、モニカ・ブロンド」
エレイナがそう告げると、どこに待機していたのか白衣を着た人たちが出てきて、倒れたままのシリルを担架に乗せて運んでいく。
「もし気絶しても、保険班が待機しているから心配いらない」
どうやら、エレイナが事前に準備していたようだ。
これなら皆安心して戦えるだろう。
まあ、意識が戻るまで他のクラスメイトの戦いが見られないシリルが可哀そうではあるが。
「よし、次はロン・ジーンズとリアラ・アズベルグ。下に降りてくれ」
先ほどの戦いの余韻に浸っている余裕はなかった。
すぐに次の戦いが始まる。
片方はよく知った名前。
ラインは、何事も起きませんようにと天に祈った。