嬉しくないサプライズは嫌がらせである
「――それでは皆さんのご活躍を祈っています」
そんな結びの言葉を残して壇上の老人は降壇する。
そして入れ替わるように、一人の女性が壇上に上がった。
短めの黒髪からは鋭い視線が覗いており、端正な顔立ちは氷のような美しさを振りまいている。
黒一色のスーツ姿、凛とした背筋はどこか圧迫感があり、講堂内の雰囲気が締まったのを感じた。
「初めまして、未来の『勇者』たち。私はこのアリアス学園の理事長に今年から就任したクレア・ローズガーデンという者だ。このアリアス学園は、大陸に五つ存在する『勇者科』を持つ勇者学校の中で現状最も劣っているとされている。年年に一度開催される、その年で最も勇者にふさわしい強者を決める『勇者祭』を見ても一目瞭然、アリアス学園から最後に優勝者が出たのは十年以上前の話だ。私はそんな現状を変えるためにここに来た。今年の『勇者祭』は特別だからな。...ふむ、そこの新入生。今年の『勇者祭』がなぜ特別かわかるか?」
「え、俺っすか!?」
クレアはサッと講堂内を見渡すと、前方に座っていた金髪の男子を指さした。
突如指さされた男子生徒は驚いた声を上げ、ガタっと立ち上がる。
「こ、今年は『魔王』の再臨が予言された年だからです!」
「うむ、そうだな。ありがとう、座って構わない」
男子生徒は少し焦った様子だったが簡潔に回答し、クレアも満足そうに頷いた。
「彼の言った通り、神聖教国の『未来巫女』の未来視で今年『魔王』が再臨することが分かっている。故に、我々人類は『魔王』に対抗するための『勇者』を選別する必要がある。諸君も知っていると思うが、今代の『勇者』となるのが今年の『勇者祭』の優勝者だ」
ラインはクレアの話に耳を傾けつつ周囲の様子をうかがう。
先ほどから雰囲気がピリピリしていると感じていたが、如何やら気のせいじゃなさそうだ。
どいつもこいつも抑えきれないほどの敵意を放ってやがる。
それも当たり前の話で、今年の新入生はみな自分が『勇者』にならんとしている奴等なわけで、ここに座っているほか全員がライバルということになる。
ここにいる奴らは全員...敵だ。
ラインは最後に隣に座る少女のほうを見た。
その視線を感じたのか、リアラもラインのほうに目をやる。
こいつは、自分を滅ぼそうという話を聞いて何を思っているのだろうか?
見た目は普通の少女で、とてもじゃないが五千年以上生きているようには見えない。
視線の先で、リアラの唇がゆらりと動く。
(ま・も・っ・て・く・れ・る・ん・で・しょ)
とある事情で、今リアラは魔王としての絶対的な力を失っている。
『勇者』なんて必要ないほどに。
正直、この場にいるほとんどのやつにリアラは勝てないだろう。
ラインはがしがしと頭を掻き、壇上に視線を戻した。
決して、横の少女の笑顔を照れくさくて見られなかったからではない。
「――さて、ここらで私の話は終わりにしようと思う。次は、生徒会長からの挨拶だ。サテラ・アークライト、壇上に上がってきたまえ」
「はい、理事長」
その声音を聞いて、不快な思いをする人はこの世にいないだろう。
鈴のように、それでいて確かに芯のある声を響かせて、サテラと呼ばれた人物が登壇する。
腰ほどまで伸びる金色の髪は、そのものが光を放っているかのように艶があり、人の目を吸い寄せる。
少し垂れ目がちな両目はその笑顔を相まって柔和な印象を抱かせるが、その中には獰猛な牙が隠されていることをこの場の誰もが知っていた。
昨年度、二年生にもかかわらずアリアス学園トップの戦績で、『勇者祭』本選に勝ち上がった女子生徒。
『閃光』、サテラ・アークライト
現時点でアリアス学園最強の存在だった。
「みなさん、初めまして。サテラ・アークライトと申します。そうですね...学園長や理事長のお話で皆様お疲れかと思いますので、手短にさせてていただきますね。今年は、歴代の勇者の子孫が勢揃いしている世代と聞いています。まあ、私もそのうちの一人なわけですが。だからみなさんには期待しています。この中に、『勇者祭』で私とワンツーフィニッシュできる人がいると最高ですね。これからよろしくお願いします」
一瞬風が吹いたのかと思った。
それはある種感情の奔流だった。
ここまで明らかな挑発を受けておとなしくしているような奴らなわけがない。
ある者は剣気を、またある者は魔気を、今まで抑えていたものをこれでもかと放出する。
もし一般人がこの場に紛れ込んだら即座に意識を失うだろう。
それほどまでに混沌とした空間と化した。
思わず、ラインのこめかみに一筋の汗が垂れる。
この場にいるのは、それこそ世代一の強者となるべく鍛錬を積んできた者たちであり、並大抵の強者ではない。
顔色一つ変えていないのは、そよ風を楽しんでいるかのような隣の魔王さまぐらいのものだろう。
サテラの口元が薄く弧を描く。
「いいですね、みなさん元気があるようで何よりです。お互いに切磋琢磨しあいましょう。世界のためと...私たち自身のために」
サテラがクレアに目配せすると、これで終わりと察したのかクレアが一歩前に出た。
「ごほん、あんまり新入生を煽るなよサテラ。まあ、血気盛んなのはいいことだ。諸君にはその気概をいつまでも持っていてほしい。今後、壁にぶつかることもあるだろう。自身の限界を感じて絶望することもあるだろう。そこから一歩踏み込める奴が『勇者』だ。目の前が暗闇であっても、手足から血が噴き出そうとも、それでも臆さない者が『勇者』だ。諸君らの勇気を楽しみにしている。さて、この次だが――」
クレアの顔がこちらを向き、ラインの視線と交錯した。
「最後に新入生代表挨拶だ。ライン・アズベルグ、前へ」
思わずラインは目を瞬く。
さすがに聞き間違えかと思い、様子見に徹する。
しかし、依然としてクレアの眼光は俺を貫いており、何の反応も示さないことに少し苛立ち始めているようにも見える。
嫌な予感しかしない。
(ねえライン、あなたの名前が呼ばれているわよ)
(いや、何も聞いてないんだが...)
「ライン・アズベルグ、前へ!」
痺れを切らしたのか、再度クレアがラインの名前を呼ぶ。
語気が先ほどより明らかに強いことから、苛立ちを募らせているは明白だ。
これ以上はまずいと思い、ラインはしぶしぶ立ち上がる。
ラインが立ち上がってもクレアが表情を変えないことから、指名したのはラインで間違いないようだ。
ラインはため息をつきそうになるのを抑えながら、生徒たちの間を抜けて壇上に上がる。
途中で「あいつは誰だ?」「知らない」という会話が聞こえてきて、さらに憂鬱さが増した。
ラインが壇上に上がるとクレアに手招きされ、右にクレア、左にサテラという構図になった。
「よし、諸君らに一応説明しておくと、こちらのライン・アズベルグは先代勇者の孫だ。それでは挨拶を頼む。事前に伝えていなかったからな、簡単にでいい」
クレアはニヤリと笑みを浮かべてそう言い、俺の背中を押した。
壇上は重力の大きさが違うのだろうか。
ラインが一歩前に出た瞬間、そう思わせるほどの重圧が眼前から押し寄せた。
先ほどまでサテラに向けられていたものが矛先をラインへと変える。
実を言うと、俺は先代勇者の孫ということを隠して一般生徒としてやっていきたかったのだが、その願いはクレアにより無残に砕け散った。
何故隠しておきたかったかって?
確実にこの場の全員からライバル認定されるからだよ!
唯一ゲラゲラと爆笑しているリアラを見て、無性に殴りたくなった。