急 実食篇
全長は、クラークさんより少し大きめ。
色は、少々濃いねずみ色で……そして頭部の形が、まるで東亞合衆国に伝わるという、伝説の生き物『龍』のようで……間違いない。
僕が指差す先にいたのは、僕らが探していたリュウザメだ。
リュウザメは、ゆっくりと、遺跡の大広間内を回遊していた。
それも一匹だけじゃなくて……間隔を空けているものの、最初に見かけた個体の周囲には、二十匹以上はいる。
まさか、天然のリュウザメがこんなに……!?
今まで、遺跡内で見かけなかったところからして……別の部屋にでもいたのか。
それとも、普段は遺跡の外や、別の部屋にもいるけれど……一定の周期で遺跡内の、この大広間に留まるような、習性を持っているのか。
『産卵の時期、なんだよ』
驚く僕を余所に、クラークさんは告げる。
『忘れたかルイス? 今はリュウザメを始めとする魚類の産卵期だぜ。そしてこの遺跡内ほど、産卵場所に適した場所はねぇだろ。幼体の天敵たる大型魚類が入ってこれないからな。まぁ、人間は入れるけど』
そう言うや否や……クラークさんは、王家直属の研究機関が開発した水中魔法銃を手に取った。今まで、肩に背負っていた物だ。
『ルイス、ルビア、イーファ嬢。一応俺の視界から外れてな』
そしてクラークさんは、水中魔法銃の照準を合わせ、そして僕達が移動し終えたその瞬間――。
――水中魔法銃の引き金が、絞られた。
※
「まさかこの海域に、こんだけムカシオオアオザメがいるとはな」
我が愛しの妹とその婚約者――俺の将来の義弟、そして彼の友人たる令息とその婚約者の、計四人が戻ってくるまでの間、俺達は四人が無事に戻れるよう、俺達の周囲に突如現れた、リュウザメの天敵の一つにして、生きた化石とも言われる大型魚類『ムカシオオアオザメ』数匹を相手にし……なんとか追い払った。
本当は、愛しの妹達が襲われる可能性をゼロにするためにも、仕留めておく必要があるかもしれないが……ムカシオオアオザメはこの辺の海の生態系の頂点。下手に殺せば、生態系ピラミッドが崩れる可能性すらある。だからむやみに殺せない。
「ッ!? 何だあのムカシオオアオザメは!?」
「今までのムカシオオアオザメの比じゃないくらい速いぞ!?」
しかし、事情は変わったようだ。
同じムカシオオアオザメ……だと思うが、俺の視界に入るほどの距離まで迫ったそいつは、そのまま俺達が乗るクルーザー目掛けて体当たりをしようというのか、さらに速度を上げて向かってきやがった。
即座に、そのムカシオオアオザメの存在に気付いたウォレス家の護衛達と、我が将来の義弟たるルイスのいるエルビン家の護衛達、そして我が愛しの妹の護衛たる俺と、俺の愛しの婚約者ランファが水中魔法銃で相手にするが……速いッ!!
船上から放たれる、どの水中魔法銃の魔弾も躱しやがるッ!?
こいつ、ただのムカシオオアオザメじゃねぇ。この海域のムカシオオアオザメのボスか? それとも――。
「このままではイーファ様達が帰れません」
そして、誰もが次の手を考えた……その時だった。
我が愛しの婚約者ランファが……我がレイクス家に嫁入り道具として持ってきたという得物を手にしながら告げる。
「ならばここは、私の手です」
そして彼女は、その得物――東亞刀を鞘から引き抜きつつ、唱えた。
「凍て付け――氷霍ッ」
すると、次の瞬間……我が愛しの婚約者ランファの周囲――俺が立っている場所にまで、冷気が発生した。
東亞合衆国の代表的な近接武器たる東亞刀の中でも、特殊な東亞刀――精霊との霊的協力を以てして鍛え上げる精霊刀……ワルド=ガングで言うところの魔導具に該当する武器の一振り、ランファが持つ氷雪系精霊刀こと『氷雀』の特性である。
ちなみに、ランファ自身は寒くないらしいが……メイド服をベースとした素敵な水着を纏っている君はとても寒々しく見えるよッ。
「いくら速かろうとも生物……水温を下げれば、動きは鈍るハズですッ」
そう言うなりランファは、その刀身を海水に浸ける。
するとその直後、氷雀を中心に、なんと海面がうっすらと凍り付き、白い冷気が立ち上り始めて――。
――だが、その氷はいとも容易く破られた。
ま、まさか!?
水温低下が効いてない!?
こ、こいつ……普通のムカシオオアオザメじゃない!?
※
クラークさんが水中魔法銃でリュウザメを仕留めた、その直後の事。
なんか急に、水温が下がり始めたような気がして……僕は、体を震わせた。
『なんだ? 急に水温が下がったぞ? まさか流氷とかが近付いてるってワケじゃねぇよな?』
ッ!? ま、まさか錯覚とかじゃない!?
い、いったい遺跡周辺で何が起きているんだ!?
『ッ!? この冷たさ……まさか氷雀?』
するとその時、イーファ嬢が神妙な顔つきで……出入口の方へと視線を向けた。
ていうか……え? この冷たさのワケを知ってるの!?
『ルイス様、それにクラーク様にルビア様……もしかすると、私の護衛が何かやらかした恐れがありますので、ここで待っていてください。私はその対処法を心得ておりますし』
『へっ!? い、イーファ嬢!?』
『おいおい。いったい何が起こったってんだ?』
僕とクラークさんは、ここから去ろうとするイーファ嬢を問い詰めようとする。
すると、その直後だった。
『行かせてあげましょう』
なんと、僕らの肩を掴んで……ルビア嬢が止めた。
『…………イーファ、どうか無事で』
『ッ! ええ、安心してお待ちくださいませ♪』
そして、イーファ嬢は何を思ったのか。
僕達に笑みを見せてから、すぐに出入口へと向かって――。
※
『た、大変だっちゃイーファ!!』
私のウェットスーツのポケットから声がする。
直後にその中から、一機の鳥型の機械……雷の精霊様であるライアラーガの現身たる変身装置が出てきて、出口へ続く通路を先行する。
『この気配……異相獣だっちゃ!! まさか、魚にでも擬態したっちゃ!?』
『なんですって!? 異相獣!?』
異相獣とは、現在ワルド=ガング王国を襲っている未知の存在。
王国の北東にそびえる山脈に、三百年前に落下してきた隕石の周囲に展開されている黒い影のような空間から、この世界へと侵攻し、この世界を征服しようとしている……とされている存在。
とされている、と言うのは、その目的が不明なため。
私が王立魔術武術学院に入学してから、暫くして起きた、私の親友であるレラ・エクーリア侯爵令嬢が、婚約破棄をされた事件の原因となったリサ・ロレント男爵令嬢に化けていた異相獣の行動からして、そう推察はできますが……その目的が、未だに不明な存在なのです。
にしても、魚に擬態した異相獣……食べたくはありませんわね。
『と、とにかく応戦しましょう! ライアラーガ!』
『だっちゃっちゃぁー!』
私の腕に装着されている腕輪に、ライアラーガをセットする。
そして私は、さすがにランファお義姉様が精霊刀を使うような非常事態であるが故に、無駄に時間を食う変身ポーズなどをとらず、泳ぎつつそのまま叫ぶ!!
『―――――――ッ!!』
先ほどなぜルビア様が、あまり大勢に正体を知られたくない私のフォローをしてくださったのか気になりますけれど……そんな疑問を、頭の中から消しながら。
※
くそっ。ピンチだぜ。
あれから、謎のムカシオオアオザメは、ランファが凍り付かせた海面を強引に、何度も突き破り……俺達護衛のクルーザーに体当たりを仕掛けてきた。
そしてそのせいで、エンジンが壊れたのか停止し、さらには船自体にも、ヒビが入り始めやがった!!
このままじゃ船が沈んで……ヤツの餌食だ!!
「くっ! 爆ぜろ――氷雀ッ」
凍て付かせた海面を移動するという無茶をしつつ、途中で何度か、凍った海面に氷雀を突き刺しランファが設置していた水中爆弾……ランファの指示と同時に海中にて炸裂する、氷の礫の爆弾が発動!!
海中を泳ぐムカシオオアオザメに、氷の礫がいくつか突き刺さったように、凍て付いた海面越しに見えたが……あまり効いていない!?
出血しつつも、ムカシオオアオザメは俺達に向かってくる!!
まるで、狂戦士。
痛覚が存在しないのか!?
というか、このままじゃ、まだ凍て付いた海面にいるランファが危ない!!
俺は水中魔法銃に魔力を込めつつ、ランファと同じく海面をうまく滑り移動し、魔力充填完了と同時に水中魔法銃を海面に向けて連射した。
しかし、それでもムカシオオアオザメは勢いを止めず――。
「雷の槍ッ!!」
――しかし直後に、俺達の勝利の女神……レイクス家も関わったSS計画により生み出された超人戦士こと、我が愛しの妹イーファが変身するセイヴァーイエローがついに海中から、ムカシオオアオザメよりも先に姿を現す!!
そして、海面からムカシオオアオザメが姿を現した瞬間に……イーファはその手に持った専用武器たる槍の先から、一点集中させた稲妻を発射!!
それはムカシオオアオザメに直撃し……海水にほとんど流れたせいなのか、威力は削がれたものの……ヤツの心臓を停止させるほどの威力はあったようだ。ムカシオオアオザメは、凍て付く海面から顔を出したそのままの体勢で動かなくなった。
※
『こ、こいつから……異相獣の気配が一切しないっちゃ!?』
「えっ? ど、どういう事ですのライアラーガ!?」
変身を解除し、エアロマスクを外し、仕留めたムカシオオアオザメを調べていたライアラーガに問いかける。
『…………これは、推測っちゃけど』
するとライアラーガは、神妙な雰囲気の声……さすがに機械なので表情は分かりませんが、とにかくそんな声で……私に言う。
『もしかすると、このサメに食われたのが誰かに化けた異相獣で、今までサメの体内……脳の辺りを支配しようとしてて、それに抵抗してサメが暴れていたかもしれなくて……だけどさっきの雷撃で消滅したかもしれないっちゃ!』
「な、なるほど……それならば納得です、が……」
な、なんでしょう、この……香ばしい匂いッッッッ。
私の雷撃でジューシーに焼けたムカシオオアオザメが放つ、この匂い……って、いやいや相手は異相獣が取り憑いていたサメですわ!? 食べたら絶対お腹を下しますわ!? い、いいいいいやでもこの匂い!! くっ、魔力や体力を消費した今の私にはなんという誘惑……ッッッッ!!!!
「お嬢様、さすがにこのサメは廃棄しましょう」
するとその直後、ランファお義姉様が愛刀を、ムカシオオアオザメに突き刺して……その身を瞬時に凍らせ、粉々に砕け散った!?
「さすがに食中毒が起きる可能性が……そうでなくとも、異相獣によって遺伝子の異変が起きてて、食べた者にどのような効果をもたらすのか分かりませんから……お嬢様? もしかしてそれでも食べたかったのですか?」
「えっ!? いえいえそんなワケ……そんな顔してました?」
「メチャクチャしてましたよ」
うぅぅ……恥ずかしいですわ。
「イーファ、お前はリュウザメを食べるんだろ?」
すると今度は、イーグルお兄様の声がした。
「ここまで来てそっち食べないなんて……獲ったリュウザメが泣くぞ?」
ッ! そ、そうでした!
私は今日、リュウザメを食べに来たんですわ!
それなのにムカシオオアオザメを食べてしまったら、リュウザメを食べられなくなってしまうかもしれません!!
※
「…………熱い日差しが照り付ける、凍った海面を見ながら料理するってぇのも、なかなかシュールで貴重な体験だな、ルイス」
「そうですね、クラークさん」
そう言いながら僕は、クルーザーの調理台でリュウザメを三枚おろしにして、骨や内臓……さらには卵をクラークさんに渡した。
僕はリュウザメの肉の部分の刺身と揚げ物と寿司を担当。そしてクラークさんはリュウザメの卵の塩漬け作業や骨の唐揚げ、皮や内臓、頭部の煮込みを担当。ちなみに卵はぞれぞれの家に、後日送ってくれるそうです。
まずは、刺身を作る。
料理学校で習ったように包丁を入れて……そしてお皿に、綺麗に並べて……東亞合衆国から取り寄せた醤油を小皿に出して、と。
「み、見るからに美味しそうですわぁ~~!!」
イーファ嬢は目をキラキラさせながら刺身を……いや、よく見ると、隣に立っているルビア嬢も、目をキラキラさせている!?
ま、まさかルビア嬢も……食通だったりするのかな!?
「ひょいパクッ」
い、いやそれどころか手掴みで刺身を!?
それも醤油抜きでいきなり一枚食べた!?
「ちょっ!? 行儀が悪いですわルビア様!?」
い、イーファ嬢……涎を垂らしながら言われても。
「ッ!! 美味……良き……ッ!!」
だけど、そんなイーファ嬢も……ルビア嬢のそんな、両目をさらに輝かせながらの感想を聞き……目の色を変えた!!
かと思えば、すぐに一枚、刺身を箸で掴んで、醬油をつけて「お、美味しいですわぁ~~!!」と、こちらもルビア嬢に負けないくらい両目を輝かせ、恍惚とした表情を浮かべ、作った側としてはとても嬉しい感想を言ってくれた!!
というか、こうして見るとすっかり二人は仲良しだね!?
「おっ、そんなにか。じゃあ俺達も食ってみるかルイス!」
クラークさんが、他の料理をいったん中断し、そう言ってくる。
「うんっ、クラークさん!」
僕はすぐにそう答え、そして自分で切った刺身を箸で掴み、醤油につけ、そして口の中に運び……思わず笑顔になった。
歯応えが良くて、脂がのっていて……今まで食べたどの刺身よりも美味しい!!
こ、これは……イーファ嬢もルビア嬢も笑顔になるのも納得かもしれな……ってあれ? さっきからクラークさんの声が聞こえない、けど……って!! クラークさん泣いてる!?
「う、うめぇ……こんなにうめぇ刺身は初めてだぜッ」
こ、こっちは感動しちゃってる!?
で、でも感動するのも納得の味……さすがは幻の、天然のリュウザメ!! 乱獲に遭っちゃうのも納得……この場所に、天然のリュウザメがいる事は、絶対に内緒にしなきゃね!!
「ルイス!! 早く次を作ろうぜ!!」
そして、刺身を全員で食べ終えるや否や、クラークさんは立ち上がり、僕に料理再開を促した。
「刺身だけでもここまで美味いんだ!! 絶対他の料理も美味いに違いねぇ!!」
「そうだね、クラークさん!!」
そして僕は、額の汗を拭い、改めて腕まくりをして……再びクルーザーの調理台へと足を運ぶ。
僕とクラークさんの料理を待っている、愛しい婚約者のために。
そして、今回捕獲したリュウザメという貴き命に敬意を表して……絶対に、その命を無駄にしないよう、最高の料理を作るために。
※
「カァーッ! 美味そうなモン食ってやがんなぁ、あの同胞共」
そんな彼らを、遠くから眺めている存在がいた。
約三マイル彼方……普通であれば目視ができないほどの距離にある、陸地の海岸に生えた木の上にだ。
「あたしも後で、素潜りでもして捕獲すっかなぁ? いや、それはそれとしてだ」
一瞬だけ逡巡すると、その存在は船上にいる青年――クラークを注視した。
「あの男、なかなか熱心に遺跡調べてんなぁ。最近じゃあ見かけないほどの考古学バカだぜ。もしかすっと、いつの日か……あたしらの存在に気付いちまうかもしれねぇな。まぁその前に、こっちから会いに行ってやっけど。そん時までは、またな坊や共」
そしてその存在は最後にそう言い残すと……微動だにしていないにも拘わらず、その場から、まるで陽炎の如く消えた。
ちなみに、その後クラークさんがピロペ=リカ王国に贈ったお土産は、ランファお義姉様の精霊刀の特性の影響で……偶然にも近くにいたせいで動きが鈍っていたムカシオオアオザメらしいです。ついでに言えば、とても美味しかったそうです。
そしてその事を知ったイーファ嬢は、またあの海に行ってムカシオオアオザメを食べたいと、ごねていたそうですが……最終的には正当防衛という事で、許してはくれましたが……海が氷漬けになった影響で生態系がちょっと崩れて、近くの漁場で魚が獲れなくなったらしいので、当分来るなとピロペ=リカ王国に言われて……残念な事に、あの海には行けなくなりました。
次は、漁場などを一切気にしないでいいような食材がある場所を冒険したいなぁと……落ち込んだイーファ嬢を見ていて、僕は思いました。
期待してますよ、クラークさん!!?