追放勇者の因果関係 〜選ばれし勇者は最強剣士の少年を妬み魔界の谷底へと突き落とす。然して少年は魔王となり、勇者は全てを奪われる〜
魔王は、勇者の手によって討たれた。
人類を苦しめていた悪の元凶が倒されたことで、世界には平和な日々が訪れるだろう。そして勇者は、人々から称賛され、崇め奉られることとなるのだ。
それは、素晴らしいことである。
ようやく苦労が報われるのだと、喜ぶべきことなのだと理解している。
だが、しかし……。
俺には、まだやるべきことが残っていた。
「ねえ、助けてよ勇者」
声が聞こえてきた。
俺は視線を下に落としながら、目の前にいる少年を見つめる。
その少年は、まだ年端も行かない子供だった。それもそのはずで、年齢はまだ13歳になったばかりで、20歳を迎えた自分とは結構な差があることになる。
少年の名は、デント・アルフォート。勇者パーティーの一員である。
身長は低く、体は華奢だ。おおよそ男らしさというものを感じない容姿だが、俺はこの少年がどれだけ強いかを知っていた。
デントの強さは、まさに規格外。
並み居る強敵たちをバッタバッタとなぎ倒し、時には魔法すら使って倒してしまう。その強さは、まさしく人外の域に達していた。
そんな少年は今、深い深い谷の崖に捕まる格好でぶら下がっている。下には底知れぬ暗闇が広がり、落ちれば間違いなく死ぬであろう。そうでなくても『魔界の谷』には恐ろしく獰猛な魔物が棲息しており、行けば忽ち喰い殺されると聞く。
本来のデントなら、この程度簡単によじ登れるのだが、今の彼は四肢に力が入っていないのか、ぐったりとしている。
そして、俺に向かって助けを求めているのだ。
一体何故こんなことになっているのかと言うと、理由は単純明快で、俺のせいであった。
この俺、勇者ランド・エルティネスが、この少年を今まさに崖から突き落とそうとしているのだ。
デントは言う。
「……なあ。何でこうなるんだよ? 僕が悪かったなら謝るからさ。ここから引き上げてよ」
「謝る? はっ、随分と呑気なもんだ。今更、もう遅いんだよ」
「何で……」
「俺達は、魔王を倒した。この事は世界中に広まり、パーティーは称賛される。……そんな時、デント。お前に生きてられると俺は困るんだ。世間がお前の強さを知ったら、俺の勇者としての立場が危ぶまれる」
俺は、自分の右手に魔力を込めた。すると、手の平の上に光輝く球体が現れる。これは、選ばれた人間だけが扱える光魔法の光球であり、まさしく勇者の証とも言える力。
その力を蓄えると、矛先をデントに向けた。
「用済みだ。この俺の顔を立たせるために、最後はきっちり死んでくれ」
「……!」
「じゃあな、平民野郎」
渾身の魔法が炸裂する。
光魔法を凝縮させた一撃を受けて、デントの体は大きく吹き飛んだ。やがて勢いよく落下していき、闇の中へと消えていく。
「終わったな」
……これでいい。
これで全てが上手くいく筈なんだ。
俺は踵を返し、来た道を引き返していった。仲間達がいる場所へ帰るために……。
*****
時は遡る。まずは俺の話からしようか……。
名前は、ランド・エルティネス。
貴族の家に生まれ、人類の中でも選ばれた者しか使えない『光魔法』を使える天才として、多くの期待を寄せられて生きてきた俺は、15歳で王国騎士になり、18歳で勇者として認められた。
人類を脅かす魔王を打ち倒すため、国王から直々に使命を与えられたのだ。
「お任せください! 必ずや魔王を倒し、人類に希望をもたらしてみせます!」
あの日、国王の前で高らかにそう宣言したことは、今でも覚えている。
俺は、まず国中から選りすぐりの仲間を集め、パーティーを組んだ。
賢者ホワイトと聖女ミスティ。
王国でも五本の指に入る実力者であり、以前から面識があった二人は、俺にとっても信頼できる相手だった。
必死の説得で二人を仲間に迎え入れ、そして、俺たちの冒険が始まった。
当時、勇者パーティーには、二つの大きな目的があった。
魔界への移動手段に必要な秘宝の発見と、魔王を倒すための武器を手に入れること。
そのために、俺は仲間たちとともに、世界中を旅し続けた。
旅は、順調そのものとは言えなかった。
人間界に押し寄せた魔王の手先を倒したり、魔族が操る魔物と戦ったりと。……それでも、様々な困難を乗り越えながら、俺たちは着実に前へ進んでいった。
やがて、とある遺跡にて、伝説の剣が眠っているという情報を手に入れた。
魔王を倒せる数少ない武器。しかも、光魔法の使い手しか扱うことのできない特殊な剣だという。……それはまさに、俺のためにあるような剣だった。
そうして俺は、『聖剣イザナギ』を手に入れたのだ。
目的の一つを達成して、俺たちの士気はさらに高まった。
このまま行けば、魔王討伐も夢ではない。誰もがそう思っていた。
しかし、そんな矢先のことだった。
俺たちのパーティーは、全滅の危機を迎えることになる。
原因は、突如現れた謎の敵。
巨大な体躯に、漆黒の鎧。禍々しい魔力を放つその魔族こそ、魔王軍の四天王の一人、暗黒騎士ナイトロードだった。
「貴様が、勇者ランドか。……魔王様の命により、その生命、貰い受ける」
これまで戦ってきたどんな強敵よりも遥かに強い力を持ったその魔族は、圧倒的な力で、俺たちを蹂躙した。
ホワイトの魔力が尽き、ミスティの聖魔法が通じず、そして、俺の持つ聖剣の力すらも通用しなかった。
俺たちは、為す術もなく敗れた。
「こ、こんなところで……」
「終わりだ、勇者よ。……お前は、あまりにも弱すぎた」
そう言って、暗黒の騎士は、無慈悲にも漆黒の剣を振り下ろそうとする。……もうダメだと思った。
その時だった。
「おっ! もしかして、そこに居るのは勇者さん?」
それは、あまりにも能天気で場違いな声。
突然聞こえてきたその言葉に、思わず振り返ると、そこには子供が立っていた。
見窄らしいローブを着ていて、背丈は低く、年齢は12歳くらい。
この戦場で、最も似つかわしくない少年が、何故かニコニコしながら、こちらを見ていたのだ。
……そう。この少年こそが、デント・アルフォート。
おそらく、この世で最も強い男が、其処には居たのである。
「……なんだ、貴様は?」
ナイトロードが、少年を睨みつける。
「いやー、ここに勇者が居るっていう噂を聞いたから来てみたんだよねー。そしたら、なんか面白そうなことになっ……」
ヘラヘラと笑いながら喋っていた少年だったが、次の瞬間。漆黒の剣が、彼に向かって振り下ろされた。
確実に人間の命を絶つような鋭い一撃は、ガキンッ!! という、鈍く重い金属音が鳴り響かせた。
見れば、ナイトロードの剣が、彼の持つ剣によって受け止められていたのだ。
だが、それだけではなかった。
バキィィン!!!
……一瞬にして、ナイトロードの剣が砕け散ったのだ。
「……は? ……え?」
目の前で起こったことが信じられずにいるのか、呆然としている暗黒騎士ナイトロード。
「……何だよ、それ。立派な見た目してるくせに脆いんだね」
「あ、ありえない……。我が暗黒剣が、こうも簡単に……。……貴様は何者だ!? 人間か!? 何故、一体何をした!!」
「うげぇ。一度に何個も質問しないでよ、面倒くさいなあ」
少年は、うんざりした様子で言った。
「僕は、ただのしがない剣士さ。最近、上京してきたんだ」
「ふざけるな! 人間が、暗黒騎士の武器を破壊できるわけがない! これは、何かの間違いだ!!」
「いやいや、そんなこと言われても知らんし。それに、そんなに怒らないで欲しいんだけど」
「黙れ!! お前のような奴に、我輩の剣が破壊されたなど、認めるものか!!」
激昂するナイトロードに対し、少年はため息をつくと、手に持っていた剣を地面に放り投げた。
「はい、これあげるよ。だから、もう帰ってくれないかな」
「は?」
「ほら、剣が壊れて怒っているんだろう? だから、僕の剣をあげるよ。それで満足でしょう」
そう言うと、少年は投げた自分の剣を指差した。その剣は、町の鍛冶屋なら何処にでも売っていそうな普通の剣だった。
しかし、その行為がナイトロードの怒りを更に煽ることになったようだ。
「ふ、ふざけるなああああ!!!!」
叫びながら、少年に掴みかかる暗黒騎士。
それに対して、少年は慌てる素振りも見せず、淡々としていた。
「うるさいよ。近所迷惑になるだろう?」
そう言って、少年は右手で暗黒騎士の腕を掴み、投げる。
それだけで、まるで紙のように暗黒騎士の体が宙に舞った。
「ぐあっ!」
勢いよく吹き飛ばされた暗黒騎士は、そのまま地面へと落下していく。
ズドォン!!! と、凄まじい音を立てて、暗黒騎士は地面に叩きつけられた。
「……な、なんだ。この我輩が、こんな……馬鹿な」
苦痛の声を上げながらも、なんとか立ち上がる暗黒騎士。
その体はボロボロで、立っているのもやっとという感じだった。
「あーごめんごめん。やり過ぎちゃったね。大丈夫かい?」
そう言いながら、暗黒騎士に手を差し伸べる少年。
「……き、貴様。……一体、何をした」
「ん? ただ単に投げ飛ばしただけだけど」
「……そんなはずはない! 人間が、暗黒騎士である我輩を投げ飛ばすなんて、そんな、そんなこと……」
「はいはい、分かったから、もういい加減に帰りなよ。あんまりしつこいと、また投げるよ?」
「う、うああああああ!!!」
叫ぶと同時に、暗黒騎士は逃げ出した。
そして、その姿は闇に包まれて消えていったのだった。
*****
「いや〜、はじめまして勇者さん。僕は、デント・アルフォート。貴方に会いに来ました」
……あの後、俺たちはデントという少年によって助けられ、彼と話をしていた。
正直、まだ少し混乱していて、頭がよく回っていない。
だが、一つ分かることがあるとすれば、それは……。
この少年が、間違いなく、俺よりも強いということだけだった。
それは、間違いない事実なのだ。
「勇者さんの噂は、僕の故郷にも届いていたよ。いつか、ひと目見たいと思ってたんだよね」
そう言って、笑顔を浮かべる少年。
彼は、どう見ても子供。12歳くらいにしか見えない。
だが、その少年の放つ雰囲気は、明らかに常人のものではなかった。
それは、他の二人も感じていたようで、特に賢者ホワイトは警戒心を強めていた。
……まずは、情報を聞き出さなければ。そうしなければ、何も始まらない。
相手は、ただの子供ではないのだ。慎重に、言葉を選ばなければならないだろう。
俺は、一度深呼吸すると、会話を試みる……前に、先に聖女ミスティが口を開く。
「……ありがとうございます。おかげで助かりました」
「いやいや、気にしないで下さいよ。僕も、ちょうど退屈していたところですし」
「……ところで、お聞きしたいのですが。貴方は、どうして私を助けてくれたのですか?」
「え? 別に理由とか無いけど」
「え?」
「普通に困ってそうだなぁ、と思ったから助けただけ。だって、人を助けるのに、理由なんていらないじゃん?」
「で、でも、危ないところだったんですよ!? 相手は、魔王軍四天王の一人で……」
「ああ、大丈夫大丈夫。……僕、誰が相手でも絶対に負けないから」
その言葉を言った瞬間、一瞬だけ、少年の雰囲気が変わった気がした。
何とも言えない威圧感のようなものを感じて、思わずゾクッとする。
気のせいかと思い、再び少年の顔を見ると、そこには先程までと同じ笑みがあった。
……今のは一体なんだったんだ?
「あ。そうそう、勇者さん」
「な、なんだ?」
急に話しかけられて、俺は思わず返事をする。
声が少し上ずってしまった。
だが、幸いなことに、少年は特に気にしていないようだ。
「実は、折り入ってお願いがあるんです。聞いてくれますか?」
「……内容によるが、まあ、聞くだけは聞こう」
「いや、大したことじゃないんですけどね。……良かったら、僕をパーティに迎えてくれませんか?」
「は?」
「あ、もちろん、無理にとは言いませんよ。嫌なら断ってくれてもいいし。でも、もし入れてくれるなら、仲間として頑張ります。足手まといにはなりたくないんで」
……なんだこいつ。
いきなり現れて、何を言っているんだ?
こいつは、俺の仲間になりたいと言っているのか? この勇者パーティーの仲間に?
いや、まさか。そんなはずがない。
「い、意味が分からないな。君は、いったい、どういうつもりなんだ?」
「いやいや、そのままの意味ですよ。僕は勇者さんと旅がしてみたい。それだけです」
そう言うと、少年は屈託のない笑顔を見せた。
「……ちょっと待って下さい。貴方は、私たちと一緒に行きたいということですが……何故? 貴方の目的は何ですか?」
「うーん、特に理由はありませんね」
「えっ?」
ミスティは、困惑した表情を見せる。
「……理由が無い? それなのに、一緒に行こうというのですか?」
「はい、そうですね。まあ、あえて言うなら、こう、大きいことをしたいなって思ったんですよね。あと、面白そうかなと」
「そ、そんな理由で……」
「そんな理由じゃ駄目でしょうか?」
「え、えっと……」
ミスティは、返答に困っている様子だった。
当然だ。こんな子供に何を言われても、簡単に納得できるわけがない。
俺たちは、勇者パーティーとは、世界を救うために存在している。
そのためには、どんな苦難も乗り越えようという強い心。そして何より、揺るがない正義感が必要とされる。
それを理解しているからこそ、俺も仲間たちも、今まで必死になって頑張ってきたのだ。
この少年は、勇者の仲間として求められるものを持っていない。
だから到底、仲間に入れるのを認めることはできない。
……だが、ここで断るのは簡単だが、どうしたものだろうか。
彼は、俺たちを助けた恩人でもある。
それに、彼の力も気になる。
魔王軍四天王である暗黒騎士を圧倒する実力。
その力は、確実に、俺たちの力となるだろう。
ならば、ここで拒絶するのは勿体無いのでは……。
「……いいだろう」
俺は、そう答えていた。
「ら、ランドさん!?」
「正気なの!?」
俺の言葉を聞いて、仲間たちは驚きの声を上げる。
「ただし、二つ条件がある」
「条件? なんでしょう?」
「まず、一つ目。俺たちはお前のことを信用できない。だから、しばらくは監視させてもらうぞ」
「ええ、構いませんよ」
「二つ目。俺たちの言うことは絶対に従うこと。もし少しでも怪しい動きをした時は、その時点で仲間をやめて貰う」
「了解です!」
少年デントは、元気よく返事をした。
こうして、俺は新たな仲間を手に入れたのだ。
魔王軍四天王の暗黒騎士を倒したほどの実力者。そんな人物を仲間に出来るのは、正直ありがたい。
……しかし、俺は後に気付くことになる。この時、判断を誤っていたことに。
*****
デント・アルフォートを仲間にしてから、俺たちは魔界のゲートを繋ぐために必要な最後のアイテムを入手すべく、旅を続けた。……そして、ついに目的地である遺跡へとたどり着いたのだ。
遺跡は、侵入者を阻むかのように、幾重にも罠が施されていた。
俺たちは、それらを突破し、何とか中へと入ろうとする。……だが、その時だった。
突然、地面が大きく揺れ動く。
次の瞬間、大地から巨大なドラゴンが現れたのだ。
その大きさは、軽く十メートルを超えており、全身が黒光りする鱗で覆われていた。
「グオオオォッ!!」
雄叫びを上げながら、俺たちの方へ近づいてくる。
「まずいな。……みんな、戦闘準備だ!」
俺の言葉に、仲間たちが武器を構える。
しかし、デントは呑気に欠伸をしていた。剣すら持とうとせず、スタスタとドラゴンの方に歩いて行く。
「あ、危ないぞ、デント!」
その瞬間、デントは跳躍し、ドラゴンの頭上へと移動していた。
ドゴン!! という、鈍い音が響く。
見ると、デントの拳がドラゴンの顔面を捉えていた。
「グギャアッ!?」
……何が起こったのか理解できないといった表情で、ドラゴンが吹っ飛んでいく。
そのまま壁に激突し、崩れ落ちた。……死んではいないようだが、かなりのダメージを負ったようだ。
「……ふう。これでいいかな?」
「……」
俺たちは、呆然と立ち尽くすしかなかった。
目の前で起こった出来事を、なかなか飲み込めずにいる。
「……えっと、今のって?」
「うん? ああ、殴ったんだよ。こいつ」
「いや、それはわかるけど……」
「あ! 向こうに道があるよ!」
皆が混乱している中、当のデントだけは全く気にした様子もなく、壁の向こう側にあった通路を見つけて、俺たちを手招きする。
慌てて後を追うと、そこには地下へと続く階段があった。
どうやら、ここから最深部へ行けるようだ。
俺は、仲間たちと顔を見合わせると、慎重に降りていった。
……そして、そこには驚くべき光景が広がっていた。
広い空間の中心に黒い渦のようなものが出現しているではないか。しかも、そこからは禍々しい魔力を感じる。
間違いなく、これがゲートだろう。
「ホワイト」
「ええ。……これが、太古の人類が作り出した転移魔法装置。これを持ち帰れば、魔界への移動が可能になる」
「よし。早速、外へ運び出そう」
俺は、仲間と一緒にゲートに近寄ろうとした。
すると、突然、地響きが鳴り響いた。
振り返ると、そこに立っていたのは、巨大なゴーレムだった。それも一体だけじゃない。次々と現れて、俺たちを取り囲んできたのだ。
ゴーレムとは、強力な力を持つ機械人形だ。かつて、古代の人々が兵器として戦争に用いるために作ったと言われている。
俺も何度か戦ったことがあるが、かなり厄介な相手だ。
剣で斬りつけてもビクともしないし、魔術で攻撃してもあまり効果が見られない、非常に戦いにくい敵だ。
しかも、これだけの数。正直、正面から勝てる気がしなかった。
「……ホワイト。俺たちが時間を稼ぐ。お前は、装置を持って先に脱出してくれ」
「わかった。気をつけて」
「ああ」
俺は、仲間たちに目配せをする。
そして、一気に駆け出した。
「くそっ! やっぱり、硬いな!」
俺たちは、必死に応戦するが、全く歯が立たない。
こちらの攻撃が全く通用していないのだ。このままでは、すぐに全滅してしまうだろう。
「きゃっ!」
「ミスティ!?」
突如、背後から悲鳴が聞こえてきた。
俺は、急いで振り向くと、そこには倒れ込む少女の姿が見える。
聖女ミスティが、ゴーレムたちに囲まれていたのだ。
ミスティは立ち上がると、杖を構える。だが、その表情は怯えきっていた。
恐怖に震える彼女を、ゴーレムたちが容赦なく取り囲む。……そして、そのうちの一体が腕を振り上げた。
殴られた彼女は、そのまま地面に倒れる。
それを合図にしたかのように、他のゴーレムたちも一斉に襲いかかってきた。
俺は、慌てて走り出す。
しかし、間に合わない……。そう思った時だった。
「はいはい。危ないから退いてねー」
そんな声とともに、デントが倒れ込むミスティの前に出てきた。
そして、襲い掛かってくるゴーレムたちを軽々と殴り飛ばす。
まるで、豆腐でも殴っているかのような手応えだ。。……一瞬にして、全てのゴーレムが粉々になってしまった。
あまりの衝撃に、俺は言葉を失う。
その一方で、デントはなんて事のない表情で、ミスティに手を差し伸べていた。
「ほら。立てる?」
「えっ? あっ、はい」
「じゃあ、僕の後ろに隠れていてよ」
「……わかりました」
ミスティは、デントの後ろへと避難する。
「あの、ありがとうございました。助けてくれて」
「いいってことよ」
屈託のない笑顔で、デントはそう答えた。
その間も、彼は襲い掛かるゴーレムを片手間で作業するかのように易々と破壊していった。かつての人々は、これを殺戮兵器として恐れていたというが、今の目の前にいる少年にとっては、ただのガラクタ同然でしかない。
……本当に、謎の多い男だ。
「……よーし。終わった終わった」
気が付けば、殆どのゴーレムたちがデントだけの手で倒されてしまっていた。
俺は、ただ突っ立って、唖然としながらその様子を眺めていただけだ。
「ランド」
「あ、ああ。どうした?」
「いや。もうここには用事ないし、外へ出よう。ホワイトも待っているだろうしさ」
「そ、そうだな……」
俺は、多少返事に困りながら答える。
確かに、ここに長居は無用のようだ。さっさと戻るべきだろう。
「じゃあ帰ろう。はーぁ、今日のご飯何かなー?」
呑気に呟くと、デントはそのまま出口に向かって歩き始める。
俺とミスティもそれに続き、ダンジョンの外へと向かう。
「………」
「さあ、俺たちも帰ろう。……ミスティ?」
「か、格好いい……」
「えっ?」
振り返ると、ミスティは頬を赤く染め、瞳を輝かせていた。……その視線の先には、先へ行くデントの姿があった。
すると、デントが後ろを振り返る。
「どうしたの? 早く帰ろうよ」
「は、はい! 今行きます!」
デントに呼ばれたミスティが、慌てて駆け寄っていく。
俺は、その後ろ姿を眺めながら、複雑な気持ちになった。
なんだか、無性に腹立たしい気分だ。
(何だかな……)
俺は、ため息をつくと、仲間たちの後を追いかけていった。
*****
「ふーん。それで、ミスティは何が好きなの?」
「わ、私は、冒険譚が好きです」
「へぇ~、そうなんだ。じゃあ、今度おすすめの本を紹介してよ」
「は、はい!」
ミスティとデントは、二人で肩を寄せ合い、楽しそうに談笑している。
俺は、それを横目で見ながらため息を吐いた。……正直、かなりイラっとくる光景だ。
ミスティは、俺の仲間である。勇者パーティーを結成する以前からの付き合いだ。
なのに、何故か俺は疎外感を感じている。
ミスティは、何かにつけデントと一緒にいることが多くなった。出会ったばかりの頃は、デントの扱いに困っていた様子だったが、遺跡での一件以来、彼女の方から少しずつ距離を縮めていき、今ではすっかり打ち解けてしまっている。
「あ、そうだ。実は、お弁当を用意したんです。良かったら食べてください」
「おっ! 嬉しいな。ちょうど、小腹が減っていたんだよ」
「えへへ。私が作ったんですよ。……ちょっと味には自信がないですけど」
「……うん! 美味しいよ。これなら毎日食べたいな」
「ま、毎朝作ってあげましょうか!?」
「それは、魅力的だね」
二人は、楽しそうに会話を続けている。デントがお弁当を食べている姿を、ミスティが嬉しそうに見ていた。
「………」
俺は、黙々と食事を進める。
それにしても、少し距離が近過ぎではないだろうか……。
デントの奴め……。いつの間にあんなに仲良くなったのか。
最初は、俺とも普通に会話をしていたはずだ。それが、今はミスティとばかり喋っている。
いや……。別に、あいつが誰と話そうと関係ないじゃないか。
……それなのに、どうしてこんなにもモヤッとした気分になるのだろう?
自分の中で湧き上がる感情を持て余しながら、俺は食事を続ける。
*****
それからの勇者パーティーは、更なる苦難の連続だった。
転移魔法装置を手に入れ、魔界への移動が可能となった。……俺たちは、魔王が居る場所を探す冒険へと旅立ったのだが、そこは想像を絶する環境だった。
常に猛吹雪が吹き荒れる極寒の地や、溶岩が煮えたぎる灼熱の土地。
そして、毒の沼が張り巡らされた死地など、まさに地獄のような場所ばかりだったのだ。
それだけではない。人間界とは、比べ物にならない強力な魔物が其処彼処に棲息していた。
居るだけで体力が消耗する極限の大地での生活。毎日のように続く魔物や魔王の配下との激戦。
そんな過酷な状況の中で、俺の体力と精神は限界に近づいていった。
しかし、俺は仲間のためにも弱音なんて吐けなかった。
みんな頑張っているんだ。俺だけが挫ける訳にはいかない……。
だが、そんな無理を続けていれば、いずれは破綻してしまう。……ついに、その時が訪れた。
「うっ……」
激しい頭痛と共に、全身に激痛が走った。
立っていることさえ出来ない程の痛みだ。
(まずい……)
このままでは死ぬかもしれない。俺は、必死に意識を保ちながら、仲間たちの方を見る。
「……ランド? 大丈夫?」
「まずいわね。これは、一度引き返した方が良いわ」
賢者ホワイトが、険しい表情を浮かべた。彼女は、冷静に分析し、撤退を進言してくる。
確かに、この状況で先に進むことは自殺行為に等しい。この状態では歩くこともままならない状態だ。
それに、他のメンバーたちも疲労困憊といった感じで、とても戦えるようなコンディションではなかった。
唯一平気そうなのは、デントくらいだ。この環境下でも、全く疲れていない様子に見える。
「ランド、安心してよ。元気になるまで、僕が頑張るからさ」
そう言って、笑顔を見せると、デントは再び歩き出した。
俺は、その後ろ姿を見ながら、心底情けない気持ちになった。
(くそっ……)
なんというザマだ。俺は、勇者だぞ? 仲間たちを守らなければならない立場なのに、逆に守られている。
仲間たちは、俺を心配そうに見つめていた。
その視線が、俺の心を更に苛立たせた。
何故だ。俺は勇者だ。こんなに弱いはずがない。こんなに脆い存在じゃない。
俺は、期待されているんだ。なのに……なのに……!!
「……ランド、人間界に帰って療養をしましょう。デントも居ますし、しばらくは私たちだけで探索しますから」
「……ああ、頼んだ」
俺は、力なく返事をした。
どれだけ悔しくて、今の身体では戦うことが出来ないのが事実だ。受け入れたくないと思っていても、俺の実力不足だけは紛れもない真実なのだ。
こうして、俺たちは一旦、人間界へ戻ることになった。
俺は、無言のまま項垂れながら、ゆっくりと後退していく。
……そして、それからは王都で療養中の間に聞かされた話である。
あの後、勇者パーティーは俺抜きで魔界の探索を続けた。……正直、かなり複雑な心境だ。
しかし、あの状況で、勇者である俺が抜けるということは、戦力的に大幅な低下を意味する。魔界の探索は、より困難なものになるはず……と、思っていた。
あの、デント・アルフォートが居なければ。
俺が抜けた後の勇者パーティーは、デント主力のもと、多くの敵と戦ったらしい。
特に、ミスティとのコンビは凄かったようだ。
二人は、まるで息を合わせるように協力し合い、次々と敵を倒していったのだという。
結果として、三人の旅は順調に進んだという。
「魔界探索は、順調のようだな。勇者よ」
「は、はい! 国王様!」
僕は、目の前の玉座に座っている国王に向かって、姿勢を正した。
「うむ。この調子なら魔王の城まで辿り着くのは時間の問題であろう」
「はい。必ずや魔王を倒してみせます」
「……勇者よ。其方の力が頼りだ。人類のために魔王を倒すのだ」
「はい!!」
僕は、力強く答えた。
そうだ。俺が魔王を倒せばいいのだ。
確かに今は、療養中で不甲斐ないところを見せてしまっているが、肝心なのは魔王討伐だ。
勇者であるこの俺が、魔王さえ倒せればいいのだ。……そうすれば、またみんなが俺を認める。俺の活躍を喜んでくれるはずだ。
だから、今は回復に専念しよう。そう考えて、俺は病室のベッドで横になる日々を過ごすのだった。
*****
あれから、長い療養期間を得て、ようやく俺の体調も万全となった。
そして、遂に三人が、魔王の城があるとされる場所を発見したのだ。
魔王城は、巨大な古城で、内部は薄暗く不気味な雰囲気が漂っていた。……早速、俺たちは魔王の城へと乗り込もうとした。
しかし、敵も一筋縄ではいかなかった。勇者パーティーが攻めてくるという情報を事前に察知していたのか、既に大勢の兵士とトラップが待ち構えていたのだ。
「大丈夫です! デントがいれば、絶対に勝てます!!」
そんなことを言いながら、ミスティがデントの腕に絡みつく。その瞳には、信頼の色が宿っているように見えた。
どうやら、彼女は本気で彼を信じているようだ。
……俺がパーティーを離れてから、二人の距離はより一層近づいように感じる。
「ふっふっふっ……。まあ、任せておいてよ!」
デントは、自信満々といった様子で言った。
まるで俺のことなど眼中にないと言わんばかりに、堂々としている。
それに対して、俺は苛立ちを覚えずにはいられなかった。
(この野郎……)
こいつのせいで、俺の立場はどんどん悪くなっていく一方だ。
俺が居なくても、勇者パーティーは何の問題もなく機能していた。むしろ、俺が抜けたことで、よりスムーズに攻略が進んでいった聞いている。
俺の中で、何かが崩れていくような感覚があった。
俺が勇者なのに、世界を救うのは俺なのに……何故だ? 何故、俺ではなくあいつが評価されている?
……いや、まだだ。
俺が魔王を倒しさえすれば、きっと俺が認められるはず。
「さあ、一緒に魔王を倒そう!」
「はい!」
ミスティは、嬉しそうに返事をする。
(くそっ……)
俺は、心の中で悪態をつきながらも、その後ろを黙って付いていくしかなかった。
*****
「はぁ……はぁ……くそ! みんな、何処にいったんだ!?」
俺は、仲間たちを探して走り回っていた。
勇者パーティーが、魔王城に突入してから数時間が経過しようとしている。
待ち構える魔族たちを撃破し、快進撃を続けてきた。
だが、敵のトラップに引っかかってしまい、俺たちは全員バラバラになってしまったのだ。
仲間と合流するため、俺は必死に走った。
この魔王城の構造を詳しく知っているわけではない。それでも、仲間を探し出すためには進むしかない。
しかし、一向に見つからない。一体、どこに行ってしまったんだ?
俺は焦燥感に襲われながら、必死になって仲間たちを探し続けた。
「ゲゲゲ! 居たぞ、勇者だ!!」
突如、背後から声が聞こえてきた。振り返ると、そこには魔王の配下である魔族たちがいた。奴らは、俺を見つけると一斉に襲ってきた。
俺は剣を抜いて応戦する。
この程度の敵ならば、問題なく倒すことが出来る。俺は、次々と敵を切り裂いた。
(ふう、何とかなったな)
俺は一息ついて、周囲を見渡した。
どうやら、他に敵はいないようだな。……少し休もう。
ここに来るまでに遭遇した多くの魔族との戦闘で、疲労も溜まっていた。仲間のことは心配だが、今は消耗した体力を回復させなければ……。
(魔王城に入ってから、かなりの時間が経ったな……)
敵の方が、圧倒的に数が多い。時間が経過するほど、相手側が有利になる。
早く合流しないと、まずいな……。
そんなことを考えていると、前方から足音が近づいてきた。
誰か来たようだ。俺は、警戒しながら身構えた。
すると、現れたのは、大きな杖を握りしめている魔族の男だった。
見覚えがある。魔王軍四天王の一人、超魔導士ダスパラだ。
「おーこれはこれは、勇者殿ではないですか? クックックッ、よもや私が先に見つけてしまうとは……」
「お前は、四天王の……。どうして、こんなところに?」
「クク……それは、もちろん貴方を倒すためですよ」
そう言って、ダスパラはニヤリと笑うと、俺に向かって魔法を放ってきた。
俺は、慌てて防御の姿勢を取る。
魔法の直撃を受けて、俺は後方に吹き飛ばされてしまった。
なんて威力だ。油断して受ければ、致命傷になりかねないほどの力だ。
体勢を立て直そうと、地面に手をついた瞬間だった。地面から無数の棘のようなものが飛び出してきて、俺の身体に突き刺さった。
「ぐわあああっ!!!!」
俺は絶叫した。
「ククク……いい声で鳴きますね。流石は勇者です。これでも死なないだなんて、大したものですね」
俺は痛みに耐えながら、ダスパラを睨みつけた。
(くそっ……完全に不意打ちを食らってしまった……)
だが、負ける訳にはいかない。
俺は、勇者。皆の希望を背負っているのだ。こんなところで、倒れる訳には……。
俺は、立ち上がると、剣を構えた。
「行くぞっ!!」
俺は、勢いよく駆け出した。
*****
「はぁ……はぁ……」
その後、俺はダスパラを倒すことが出来た。
……しかし、代償として俺の体はボロボロになっていた。
酷い戦いだった。まだ魔王との戦いが控えているが、既に限界を迎えている。
(は、早くミスティと合流して、治して貰わないと……)
彼女の回復魔法なら、この傷を癒すことができる。
俺は、フラつきながらも、先に進むことにした。ところが、そこで予想外の出来事が起こった。
何と、目の前に魔王が現れたのだ。
筋骨隆々で威圧感のある身体。頭には、羊のようなねじれた角が生えており、全身が真っ黒な体毛で覆われていた。
そして、手には禍々しいオーラを放つ巨大な剣を持っている。
魔王は、俺の姿を目にすると、不敵に笑った。
その邪悪な表情を見て、背筋が凍りつくような感覚に襲われる。
(こいつ……強い!!)
俺は、直感的に感じ取った。
魔界の全てを統べる存在。魔王は、今まで戦ったどの魔族とも、比べようもない程の強大な力を持っている。
「くっくっく……。勇者か……。随分とボロボロだな」
魔王は、そう言うと、手に持っている剣を天に掲げて見せた。
その途端、魔王の周囲に紫色の炎が出現し、それが渦を巻いて剣へと集まっていく。
次の瞬間、凄まじいエネルギーが収束していき、魔王が剣を振り下ろすと同時に、強烈な衝撃波が放たれた。
俺は、咄嵯に防御姿勢を取ったが、あまりの衝撃に吹き飛ばされてしまい、壁に叩きつけられてしまった。
「ぐふぅ……!」
口から血を流しながら、俺は苦痛に顔を歪めた。
たった一撃で、このダメージだと!? これが魔王の力なのか!?
何とか立ち上がろうとするものの、体が動かない……。
魔王は、ゆっくりと俺の方へ歩いてくる。
まずい……。このままでは、殺されてしまう……。
(頼む……動いてくれ……!)
俺は必死になって体を起こそうとした。だが、全く力が入らない。
(くそ……! なんで、俺は勇者なのに。ちくしょう……。俺は……こんなところで終わるのか?)
俺は自分の無力さを呪った。悔しさに涙が出てくる。
魔王は、そんな俺の様子を嘲笑いながら、俺の身体を足で踏みつける。
「グハァッ……!!」
俺は悲鳴を上げた。
魔王は、何度も足蹴にして、俺を痛めつけてくる。
「クハハハッ……!! 良いザマだな、勇者よぉ!! どうだ? 痛いか? 苦しいだろう? ククク……」
魔王は愉快そうな声を上げて、俺を蹴り飛ばした。
俺は吹き飛ばされて、地面に倒れ込む。
くそ……。体が動かねえ……。
俺は何とか起き上がろうともがくが、まるで力が入らない。先程の戦闘で、ダメージを受け過ぎた。
魔王は、倒れた俺を見下ろしながら言った。
「クク……勇者よ……。お前は所詮ただの人間なのだ……。この俺には敵わない」
「くっ……」
俺は唇を噛んだ。
くそ……。弱っているところを狙っておいて、よくもまあそんなことが言えるな。
魔王の言葉を聞いた俺は、怒りで震えた。
しかし、どんなに頑張っても身体は言うことを聞かない。俺は歯噛みした。
「さあ……死ね!!」
魔王はそう叫ぶと、剣を振り上げた。
俺にとどめをさすつもりだ。逃れる術はない。
(嫌だ……死にたくない……! 俺は、俺は、みんなの期待に……!)
魔王は、剣を大きく振り上げる。
そして、そのまま俺に向かって、勢いよく剣を叩きつけた。
……その時だった。
「ほいっ」
突然、間の抜けた掛け声とともに、何かが飛んできて、魔王の剣に命中した。
魔王の剣が弾かれ、空高く舞い上がる。
俺は、呆気に取られながら、それを目で追った。
すると、そこには一人の男が立っていた。
小柄な体に、ぼさっとした髪と、やる気のなさそうな瞳。
どこか気怠げな雰囲気を醸し出している、少年と言える容姿の持ち主。
だが、その身に纏うオーラは、只者ではない。
男は、俺をチラリと見ると、手を振って笑ってみせた。
「おーい、勇者ランドー! やーっと見つけたよ〜!」
そう。それは、デント・アルフォート。……最強の男だった。
「いや〜探したよ〜。でも、良かった。無事……ではないみたいだけど、生きてて何よりだよ〜」
俺を見つけたデントが、呑気に話しかけてきた。
その手には、見慣れない剣が握られていた。デントが使っていたのは、何処にでも売られている普通の鉄の剣だったはずだが、今使っているそれは、明らかにただならぬオーラを放っている。魔王の持つ剣にも引けを取らぬ程の強力な力を秘めているような……。
「あ、これ? なんか落ちてたから拾ったんだぁ。凄く頑丈で使いやすいんだよね、コレ」
「……それは、魔剣イザナミ。未だ、誰も扱うことが出来ぬ呪われた剣だぞ……。城の武器庫に保管してあったはずだが……何故、貴様が持っている?」
魔王は眉間にシワを寄せた。
「そうなの? じゃあ、今日から僕の愛剣にしよう。どうせ魔王の私物だし、獲っても問題ないよね? うん、そうしよう」
そう言って、にこりと笑う。
魔王は、そんな彼を見て、目を細めた。
「……ところで、勇者。そこにいる毛むくじゃらの魔族は、誰かな? まさかとは思うけど……ペットとか言わないよね?」
「ふっ……。ペットだと……!?」
魔王が鼻で笑った。
「ふふふ……。いい度胸だな……。我が配下である四天王の一人を倒した勇者の仲間というだけあって、なかなか面白い奴ではないか……」
「我が配下? へぇ……。ということは、君が魔王なんだ……。あ、因みにだけど、さっき四天王と二人会ったよ。一人は殺して、もう一人はなんか逃げてった」
「ほう……。あの二人が倒されたか。まあ、所詮は雑魚どもだ。大したことはあるまい」
魔王は余裕の表情を浮かべていた。
デントは、そんな魔王をジッと見つめる。
「ねぇ、魔王。一つ聞きたいんだけど、なんで君ら魔族って人間界を攻め入ろうとしてるわけ?」
「人間共の世界を支配し、この魔界を繁栄させるためだ。魔族が更なる進化を遂げるには、広大な土地と物資が必要不可欠だからな」
「でも、何も奪い取らなくても……。お互いに協力し合う道はないの?」
「愚かな人間め……。強き者が弱き者を喰らうのが、世界の理。貴様らは、我ら魔族の礎となる糧でしかない……」
「ふぅん……。それなら、僕が倒せば、君は大人しくなるのかな……?」
そう言って、デントは剣を構える。
「ククク……面白いことを言うな。たかだか人間の分際で、この我を倒すとほざくのか。良いだろう……では、やってみるがいい。人間よ」
刹那、魔王の身体が強い衝撃を受けて吹き飛んだ。
声を上げる暇もなく、魔王は壁に激突する。
魔王は、一瞬何が起きたかわからず、混乱していた。
だが、すぐに理解した。自分が攻撃されたのだと。
「お、結構頑丈だね〜。流石に他の魔族とはレベルが違うか……」
魔王は、ゆっくりと起き上がった。
そして、デントを一睨みすると、魔王は吐き捨てるように言った。
「……許さんぞ、下等生物が!!」
魔王の顔に怒りの感情が浮かぶ。
「お前如きが、この俺に傷をつけるなど……! 万死に値する!! 塵も残さず消し去ってやるわ!!」
魔王は剣を構え、魔法を発動させた。
魔王を中心に風が巻き起こり、それが刃となってデントを襲う。
しかし、デントは軽々とそれを回避した。
「おっと……。危ない、危ない」
「ちょこまかと……! ならば……」
「吹っ飛べ」
魔王が剣を振り上げる前に、デントは魔法の力を使って、魔王を壁に向かって吹き飛ばした。
壁を貫通し、轟音と共に、瓦礫が崩れ落ちる。魔王は、遥か下の地面に落下していった。
するとデントは、こちらの方を見た。俺は、呆然とその様子を眺めていたのだが、彼は微笑んで手を振ってきた。
「ちょっと待ってね。戦えないランドの代わりに、僕が魔王を倒してあげるからさ〜」
そして、再び魔王の方へと向かっていく。
俺は、その後ろ姿をただ黙って見送ることしか出来ない。
(ま、待て、行くな……。魔王を、魔王を倒すのは、勇者である俺の役目……)
必死になって腕を伸ばす。なのに、体が動かない……。
足に力が入らない……。
何故だ……。俺は、俺自身の手で世界に平和を、皆の期待に答えようとしてきたはず……。
なのに、どうしてこうなった? 俺は、一体何処で間違ったんだ? ああ……。このままじゃ……。
デントの姿が、遠くへ消えていく。
*****
「おーい、ランド。生きてるかーい?」
頬をペチペチと叩かれる感覚がして、俺は目を覚ました。
目の前には、心配そうな顔をしているデントがいる。
どうやら、気を失っていたようだ……。
「大丈夫かい? かなり辛そうだったけど……」
「あ、ああっ……」
まだ頭がクラクラするが、なんとか体を起こすことが出来た。
「そっか。良かったよ。ミスティから聖魔法を教わって正解だった」
デントは嬉しそうに笑っている。
見ると、先ほどまで感じていた疲労感が抜けている。それだけでなく、身体中に受けた怪我も治っていた。
……聖魔法など、いつの間に習得したんだ。あれは、聖女にしか使えないはずの魔法だと思っていたのだが。
「それにしても、無事で本当によかったよ」
「あ、ああっ……。それで、魔王は……?」
「そうそう。実は、その事でランドに頼みがあるんだよ」
「……?」
「これなんだよね」
そう言って、デントは右手に持っているナニカを俺に見せてきた。
「…………!!?」
それは、変わり果てた魔王の姿であった。
全身血まみれで、ピクピクと痙攣していた。よくよく見れば、その体は上半身しかなく、失った下半身は何処にも見当たらない。
「……こ、殺したのか?」
「いや。まだ生きてるよ」
そう言うと、魔王の頭を掴み、グシャリと握り潰した。
ビチャッと血飛沫が上がり、魔王の頭部が地面へと落ちる。
俺は、思わず絶句した。
……しかし、次の瞬間。潰れたはずの魔王の頭が、みるみるうちに治っていき、元の状態に戻った。
「これは……」
「本人が自慢そうに話してたんだけどさぁ、どうやら魔王は『不死』らしいんだ。だからね、僕は何度も殺そうとしたんだけどさ、直ぐに回復されちゃうからキリがない」
確かにそうだ。いくら倒そうと、復活してしまうなら意味はない。
魔王が不死という情報は、以前から知っていた。
魔王を殺すには、聖剣の力が必要。それを手に入れるために、俺たちは長い旅をしてきたんだ。
……そう言えば、その情報をデントには伝えていなかったな。
「……魔王は、どんな攻撃でも再生する。俺じゃないと、殺せないんだ」
「うん。そうみたいだね〜。僕の魔法も全部効かなかったし……。だから、はい」
デントは、笑顔のまま魔王を差し出してきた。
「え……?」
「その聖剣を使って、魔王を殺してくれないかな?」
「なん……だと……?」
俺の声は震えていた。
それに対して、デントは不思議そうに首を傾げる。
「ん? どうしたんだい? 早く殺さないと、また魔王が起き上がっちゃうよ〜」
「……魔王を、殺す?」
「そうだよ。ランドは勇者なんだ。君の手で魔王を退治しないと」
……そうだ。俺は、魔王を退治するために、今日まで長い苦労を重ねてきた。命懸けの旅を乗り越え、仲間と共に魔王の住処までやってきたのだ。
(なのに……なんだ、この空虚な気持ちは……?)
まるで、実感が湧かない。
ふと、魔王を見てみると、僅かに息があるのが分かる。……だが、既に屍のようだ。不死の肉体でなければ、とっくに死んでいる。
ここまで魔王を追い詰めたのは……ここにいるデントだ。勇者である俺ではなく。
(今、ここで聖剣で貫いたとして……。それは、俺が魔王を倒したと言えるのか……?)
勇者なのに……。俺は、これから魔王を倒すという手応えを感じない。むしろ、何かを失ったような喪失感を感じていた。
そして、それは俺だけではなかった。
魔王の方を見ると、彼もまた、同じような表情をしていた。
魔王と目が合う。
すると、彼は言った。
「……俺を、殺すか?」
「っ!!」
「……好きにしろ。……まるで歯が立たなかった。最早、抗う気力もない」
魔王は諦めたように、笑った。
その姿を見た瞬間、胸の奥底から筆舌にし難い感情が込み上げてくる。
「あ。もう再生してきたみたい。勇者、早く聖剣を」
魔王の体が再び動き出し、欠損していた下半身が生え始める。
しかし、そんな事はどうでもよかった。
俺は、魔王に向かって聖剣を振り上げる。
「……終わりだ」
聖剣が、魔王の心臓部分を貫く。
その瞬間、魔王の体がボロボロと崩れ落ちた。
……倒した。ついに魔王を倒すことが出来た。
これで世界は平和になるだろう。
俺たちの冒険が終わった……。
「お疲れ様、ランド」
「ああ……」
「いやはや。何はともあれ、これにて一件落着だね! 勇者が魔王を倒した、これは国のみんなも大盛り上がり間違いなしだよ!」
「……」
「どうしたんだい? 浮かない顔してるけど」
「……なあ、デント」
「うん? なんだい?」
「お前は……魔王と戦って、どうだった?」
「どうって……。まあ、強かったよ。流石は魔界の王を名乗るだけはあると思ったね〜。だって、10分だよ? 僕が全力を出して10分も持ち堪えた相手なんて初めてだもん」
「……」
10分。10分だ。
それが彼にとってどれ程のものなのか、俺には分からなかった。
ただ、これだけは言える……。
半身を失った死に体の魔王に対して、デントは怪我どころか疲労すら感じた様子は無い。……つまり、魔王ですら敵ではなかったのだ。
これが、デント・アルフォートの力。
俺が、才能と家柄と必死に努力して手に入れた力を、彼は軽々と凌駕しているのだ。
「……」
言葉が出ない。
圧倒的な実力差にショックを受けている訳ではないと思う。多分だけど、もっと別の理由だ。
俺には、分からない。
……分からないが、一つだけハッキリしていることがある。
(……そうだ。……俺は、こいつが嫌いだ)
デントと出会ってから、今日までずっと思っていた事があったんだ。
圧倒的な力を持ちながら、こいつは何処までも子供だったこと。軽薄で無責任で、残酷なまでに理不尽……。
しかし、今日まで彼を見てきて思い知らされた。
俺なんかじゃ足元にも及ばないほど、こいつは強い。
魔王相手に傷一つ負わず、息を切らすこともなく勝利出来るほどの実力者だ。
俺には分かる。……この男に、俺の気持ちなど理解出来ないと。
「さあ、皆のところへ帰ろう?」
「……ああ」
……だから、俺は決めた。
こいつを、デント・アルフォートを人間界に帰さない。
勇者よりも優れた人間を野放しにしてはおけない。……こいつがいる限り、俺は永遠に無力感に苛まれることになる。
それに、このままでは俺ではなくデントが、魔王を倒した英雄として祭り上げられてしまう。そうなれば、俺は一生世界を救った勇者として扱われないだろう。
……勇者として旅を続け、魔王を倒し、凱旋する。そして、民の前でこう言うんだ。
『勇者ランドは、最強の魔王を倒すことが出来ました……』、と。
そう。それこそが正しい筋書きなのだ。
(デント。人々に賞賛されるのは、お前ではない……。この、俺だ……!)
そう決意した俺は、このデントを、生涯に渡る『敵』として、強く強く認識することにしたのだ。
デントの背中を睨みつける。
*****
それから一年後。人間界の王都。
「…………んっ。もう、朝か…………」
俺は、ベッドの上で目を覚ました。
外を見ると、朝日が昇っている。……どうやら、夢を見ていたようだ。
随分懐かしい記憶だ。
あの後、デントを残した俺達は王都へ帰った。そして、俺達の活躍を知った民衆たちは歓喜に沸き、大いに盛り上がった。国王からも感謝の言葉を賜り、俺の名声はより一層高まったという訳だ。
褒美として姫との結婚まで約束された。
王族との婚姻は、つまり、未来の国王の座が貰えるという意味であり当然、断る理由はない。
それからは、勇者としての公務をこなしつつ、毎日が忙しい日々が続いた。……だが、充実した時間だった。
今までの旅路に比べれば、本当に楽なものだったから。そして何より、民衆から褒め称えられることは、とても気分が良かった。
全てが満ち足りた最高だ。
「今日の予定は……特に無かったか」
ここ最近、忙しい日が続いていたので久しぶりの休日だ。
天気も良さそうだし、久しぶりに街に出かけるのも良いかもしれない。
そんな事を考えながら、ベッドから出ようとした……その時だった。
「ふぁあ……。おはよう、ランド〜」
「……」
不意に。
予想も付かないタイミングで、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
俺は、一瞬のうちに冷や汗が止まらなくなり、心臓がバクバクと高鳴る。
恐る恐る振り向くと、そこには少年が一人、ベッドの上で突っ伏していた。
年齢は十代前半くらい。背丈は低く、童顔でまだ幼さが残る顔立ちをしている。
黒い髪色をしており、服装は質素なシャツ一枚だけだった。まるっきり何処にでもいる街の少年のような格好だ。
しかし、しかし……俺はこの男を知っている。
一年経った今でも、一度だって忘れたことは無い。
(……嘘だろ? なんで、こいつがここにいるんだ!?)
あり得ない出来事に動揺を隠しきれない俺に向かって、そいつは眠たげに目を擦りながら言った。
「久しぶり〜、ランド。元気してた?」
それは、紛れもなく……かつて殺したはずの宿敵の存在だった。
デント・アルフォート。最強の男である。
「お前、どうして……。……まさか、生きていたのか……」
「えっ? 死んでないけど? もちろん。ていうか、僕が死ぬわけ無いじゃん」
「……」
「まあ、一年ぶりの再会だし、色々と積もる話があるんだよね」
そう言って、あっけらかんとした態度を取るデント。
すると、『ぐぅ〜〜』っと、腹の虫が鳴る音が部屋に響いた。
音の出所は、目の前にいる男の腹からだ。
「おっと、失敬。折角だし、朝ご飯でも食べながら話をしようよ」
「……分かった」
俺は、混乱する頭でどうにかそれだけ言うと、部屋を出て食堂へ向かった。
*****
場所は変わって王城の食堂。
朝食の時間ともあって、大勢の人々で賑わっていた。
俺は、適当に食事を頼むと席に着いた。
向かい合うように座ったデントは、相変わらず気の抜けた表情をしていた。
「いやー、美味しいなあ。流石は、王城の料理だよねぇ」
「……お前、よくこの状況を楽しんでられるな」
思わず、呆れた口調になってしまう。
「んっ? どういう意味だい?」
デントの問いには答えず、俺は質問をぶつける。
「お前、一体何をしに来た? 復讐か? お前を陥れた俺を殺しにきたのか?」
「復讐? 殺す? ううん、違うよ。僕はただ君に会いたかっただけなんだ」
「……はっ?」
予想外の返答に、俺は唖然とする。
「……ふざけているのか?」
「本当だってば。そもそも本当に復讐しに来たんなら、こうして呑気に朝食なんて取ってられないでしょ」
確かに、その通りだ。
わざわざ王城にまで忍び込んで来たのだから、デントが本気で俺を殺すつもりならば今頃、俺は死んでいるだろう。
「じゃあ、何の為に会いにきたんだよ……」
「そうだねぇ……何から話そうかな。そう、実は僕、魔王になったんだ」
「……はっ?」
俺は、耳を疑った。
デントは、続ける。
「僕がランドに崖から落とされたあの日。真っ暗な谷底を探索してやっとのこと外へ脱出したんだけどね。人間界へ戻るゲートが閉じられていて帰れなかったんだ。で、仕方なく魔界をあてもなく彷徨ってた訳なんだけど、何処へ行っても魔族に襲われて大変だったよ。もう、本当に疲れて疲れて……」
「……」
「それで、毎日毎日そこら中を暴れ回っていたらさ、何故か一緒についてきたがる魔族が大勢現れ始めたんだ。最初は、鬱陶しかったけど、段々慣れてきて。その内、彼等は僕のことを『魔王様』と呼ぶようになった。そして、いつの間にか……僕が、魔界の頂点に立つ存在になっていたと、そういう訳なのさ」
「……信じられない」
「まあまあ、落ち着いて。僕としても凄い成り行きで、未だに驚いているくらいなんだから」
デントの話を聞いている内に頭が痛くなってきた。あまりにも荒唐無稽だったからだ。
しかし、全く有り得ない話でもないと思った。何故なら、こいつは規格外の強さを持っている。並大抵の相手では、こいつに勝つことは絶対に出来ない。
魔界の世界は、弱肉強食だと聞く。圧倒的な力を持つこいつを前にした魔族は恐怖心、或いは崇拝する気持ちから魔王として崇めるようになったという可能性は充分にある。
(馬鹿な……。じゃあ、俺のせいなのか? あの日、俺がデントを殺そうとしたから、新たな魔王が生み出されたっていうのか?)
俺は、率直な思いを言った。
「……お前、頭大丈夫か?」
「ええっ、失礼だなぁ。僕はちゃんと正気だって」
「お前は一体、何を考えているんだ? 自分の置かれている状況を理解していないようだな」
「えっ、何か問題でもあった?」
「問題大有りだ!! 魔王になったってことは、人類の敵になったということだぞ!? そんな奴を見逃すほど、人間界の勇者はお人好しじゃない!!」
俺は、テーブルを勢い良く叩く。激しい音が鳴り響き、周りは騒然となった。
しかし、目の前の男は全く動じない。
それどころか、俺の言葉を聞くなり、笑い声をあげた。
「はっはっはっ! ああ、そういうことか。心配しなくても良いよ。悪いことなんてしないし。……それどころか僕、これからすごく素敵なことをするつもりだからさ」
「……何?」
「ほら、僕って魔王じゃん? でも、人間じゃん? だからさ、僕が人間界と魔界を繋ぐ架け橋になれば、戦争なんて起こらないんじゃないかなって思うんだよね」
「……お前、何を言っているんだ?」
「要するに、僕は平和主義者なんだよ」
「……嘘だろ?」
俺は、呆れ果てた。いや、呆れ果てるなんて生易しい表現では、この感情を言い表せない……。
この男は、本当に理解不能だ。狂っているとしか思えない。
デントが続ける。
「先代の魔王は、暴力で人間界を奪おうとした。けれど、そんな事をしなくても二つの世界が互いに手を取り合えさえすれば、無駄な争いは起きない筈だよ」
「お前は、本気でそう思ってるのか?」
「勿論だよ。そもそも、人間界の民達が勝手に勘違いしているだけなんだ。確かに魔族はその風習から荒っぽい連中が多いけど、割と大人しい性格の子達もいるんだよ。争いを望まない人達もいるし……まあ、要するに人間と同じなのさ」
「……」
「僕もさ。僕も争いは嫌いなんだ。……だから、戦争の時代はもうおしまい。これからは、人間も魔族も仲良く共存していく……そんな世界を作り上げる。この僕がね」
「…………」
俺は、言葉を失った。
何だこれは。まるで夢物語だ。こんな話を聞かされたら、誰だって呆れるに決まっている。
だが、次にデントが言った台詞は、俺の想定を大きく超えるものだった。
「そんな訳で、僕は人間界の王になるよ」
「……はっ? …………ちょ、ちょっと待て! どういう意味だ? 王というのは……」
「そのままの意味だけど? 僕は魔王になったと同時に魔界を統治する立場になったからね。後は人間界を統べる王になれば、僕は二つの世界を好きに出来る」
「な、何を言って……」
「だから、君に会いに来たんだ。ランド、話は聞いたよ。魔王を倒した功績で姫と結婚するんだろう? それで次期国王になったそうじゃないか。……まあ、それでおめでとうって言えたら良かったんだけど、生憎それだと困るんだよねぇ」
「……おい、まさか」
嫌な予感がした。
そして、それは的中する。
「うん。僕が、君の婚約者を奪う。彼女は僕のものになってもらう」
「なっ!?」
俺は、衝撃を受けた。
こいつは今、とんでもない発言をしたのだ。
「……冗談だろう?」
「いやいや、本気だってば。僕、結構マジメに言ってるんだよ? だって、姫と結婚さえすれば国王になれる訳だし……。そうなったら、僕が一番偉くなるじゃん。そうしたら、色々やりやすくなるし」
「ふざけんな!!」
思わず叫んでいた。怒りで体が震えている。
こいつは、俺の大切なものを奪おうとしている。それだけは許せなかった。
「お前、自分が何を言っているのか分かっているのか!?」
「なんかこの問答、さっきもやったような気がするなぁ……。まあ、いいや。とにかく、そういうことだから。ランドはしばらく大人しくしておいてくれないかな? でないと、僕にも考えがある」
「……っ!」
俺は、歯軋りした。
こいつとは、話が通じない。完全に狂っている。
……こいつだけは、ここで始末しておくべきかもしれない!
「どうしたの? 黙り込んじゃって。怖いのかい?」
「うるせぇ!!」
俺は剣を抜き放ち、切っ先を向けた。
「お前は殺す!!」
「へえ、やるつもりか。じゃあ、仕方ないな。僕も少しは力を見せようか」
デントは軽く跳躍して後方に下がると、腰に差していた剣を引き抜いた。
「さあ、始めようか。……安心してよ、手加減してあげるから」
「ほざくな!! ぶっ殺してやる!!」
互いの視線がぶつかり合う。
勇者ランドと魔王デントの戦いが今、始まった。
*****
相手との距離は五メートル程。俺は、一気に間合いを詰めようと駆け出した。
(まずは先手必勝!)
奴は油断している。そこを突けば勝てる筈だ。
俺は、剣を振りかぶるとデントに向かって斬りかかった。
しかし、その攻撃はあっさりとかわされてしまう。
「おっと危ない。いきなり攻撃を仕掛けてくるなんて、随分と野蛮だね」
「チッ……!」
俺は舌打ちすると、すぐに次の行動に移る。
今度は、連続で斬撃を放った。だが、それも全て避けられてしまう。
一方、食堂内にいる兵士達はざわついていた。皆、驚きの表情を浮かべている。
けれど、そんなことには構わず、俺は全力で剣技を繰り出した。
何度も攻撃を繰り出すが、その全てが空振りに終わる。まるで遊ばれているようだ。
やがて、デントは周囲を見ながら言った。
「……ここだと、皆の迷惑になるよね。仕方ない、場所を移そう」
そう言うとデントは、魔法を発動させる。
直後、俺達は別の場所へと転移していた。
空は赤紫色に染まっており、周囲にはひび割れた大地と枯れ果てた木々が見える。見覚えのある場所だった。
そう、ここは魔界の荒野。かつて勇者パーティーが死闘を繰り広げた場所である。
デントは俺を見て笑みを浮かべる。
「驚いた? 人間界と魔界を行き来するゲート魔法さ。一年前に使った装置と同じことを、僕の力だけでやってのけるようになったんだ」
俺は無言でデントを睨む。
「さて、これで思う存分戦えるね。仮にも勇者と魔王の戦いなんだし、悔いの無いない戦いにしよう」
「……後悔するのはお前の方だ」
「それはどうかな」
デントは、不敵に笑う。
そして、剣を構えた。
「それじゃあ、そろそろ始めるとするか。……本気でいくよ」
「上等だ! 返り討ちにしてy
言葉の途中で、俺の視界に黒い影が映る。
「ガッ……!!」
そして、何が起こったのか分からない内に俺の意識は途切れてしまった。
*****
次に目を覚ました時、俺は地面に倒れ込んでいた。起き上がると全身が痛いことに気づく。
何が起きたんだ? どうしてこんな場所に? 必死になって記憶を辿る。
そうだ。確か、彼奴と戦っていて……。
「やあ。おはよう勇者。本日二度目のお目覚めだね」
背後から声をかけられ、慌てて振り返る。
そこには、デントの姿があった。
俺は、息を飲む。
急いで距離を取ろうとしたところで……俺は自分の体が動かせない事に気づいた。
「ああ。無駄だよ。さっき、薬を飲ませたんだ。即効性で体が痺れて動けなくなるもの。……昔、ランドが僕に飲ませた薬だね」
デントは淡々と説明する。
そして、ゆっくりと俺に近づいてきた。
逃げようとするが、体が動かない。
俺の前まで来ると、彼は屈んで目線を合わせた。
相変わらずの無邪気な笑みでこちらを見つめている。
その笑顔に言い知れぬ恐怖を感じながらも、俺は口を開いた。
「俺を……殺すのか?」
「まさか。殺す訳ないじゃないか。だって君は勇者で……僕にとっても憧れの人なんだからさ」
「なら……」
「でも、ただ生かすつもりもないよ? これから僕は、人間界で大忙しになるから、ランドには大人しくしてほしいんだよね。……で、じゃあどうしようかと考えた時に、僕は思いついた訳なのさ。……あっちを見てご覧」
デントは向こうの方向を指差し、俺は其方を向いた。
「あっ……」
それは、深い深い谷だった。
遥か下に見える地面は暗闇に包まれており、底は見えない。落ちれば間違いなく助からないだろう。
そう。そこは、俺達にとって運命の場所。……俺がデントを突き落とした、『魔界の谷』だったのだ。
俺は、青ざめた顔でデントを見た。
デントは嬉々として語る。
「『目には目を、歯には歯を』だっけ? まあ、そんな諺もある事だし、僕もそれに習おうと思って。だから、僕もランドをこの魔界の谷へ突き落とすことにしたよ。最強の勇者なら当然、無事に脱出できるよね?」
俺は、愕然とした。
デントは続ける。
「脱出したとしても足止めが出来るはずだし、僕にとってはそれで十分な時間稼ぎだ。君が居ない間に、僕は人間界の王になる為に動くとするさ」
「ふ、ふざけんな! そんなことさせるわけねぇだろうが!」
「無理だよ。もう、手遅れだ」
デントはそう言って笑うと、俺の体に足をかける。彼奴が何をしようとしているのか理解すると同時に、俺の心の中で何かが壊れた気がした。
「やめろ!! やめてくれ!! ……頼む!! 何でも言うことを聞くから、それだけは許してくれ!!」
「とか言っているけど、どうする〜?」
すると、デントの背後から女性の姿が現れた。
それはミスティだった。彼女は俺を冷たい視線で見下ろしている。
「み、ミスティ!? どうしてお前がここに……」
「ミスティとは、少し前に再会していてね。この一件を見届けたいと言って、ついて来ていたんだよ」
ミスティは、静かに口を開く。
その口調からは、感情が全く感じられなかった。
「……デントから全て聞きました。勇者ともあろう者が、仲間の手柄を横取りした挙句、口封じを謀るなんて……。貴方は魔王を倒す為に選ばれた勇者でしょう? なのに、人類の期待を裏切っておきながら今日までのうのうと暮らして……! そのうえ逆上したかと思えばみっともなく命乞いですか!?」
「違うんだ! これには理由があって……!」
「……黙りなさい」
俺の弁明は、彼女の一言によって遮られた。
そして、そのまま俺の体の上に勢い良く足を下ろす。
「ぐえっ!!」
あまりの重さに変な声が出てしまう。
「……本当に情けない男ですね。こんな屑と仲間だったなんて、私の人生最大の汚点です。……だけど、これで最後なので思う存分踏みつけてあげますね」
「おーおー。なんか僕以上に怒ってない? 怖いなぁ〜」
「当たり前ですよ。大切な人が殺されかけたんですから。……という訳で、勇者さん。覚悟はいいですか? せめてもの慈悲で、恐怖を感じる間もなく一瞬で落としてあげるので安心してくださいね」
ミスティは本気だった。本気で俺を谷底へ突き落とそうとしている。
デントならともかく、人間が魔物蔓延るこの谷底に落とされて無事で済むはずがない。それを分かった上でだ。
俺は絶望に打ちひしがれながらも、必死になって叫んだ。
しかし、二人は耳を傾けようとはしない。
「それじゃあ、行くよ。3、2、1」
「やめろおおぉぉ!!!!」
「はい、ドーン」
その瞬間、俺の体は二人の足で蹴り飛ばされた。
一瞬、ふわりと宙に浮いたような感覚があったが、すぐに激しい落下感に襲われる。
視界の端で、二人が笑い合う姿が見えた。
(何で……何で、俺が……こんな目に……)
何処が駄目だったのか。何が間違いだったのか。
頭に浮かぶのは後悔の言葉ばかり。
結局、俺は最後まで何も出来なかったのだ。
そうして、俺の意識は闇へと沈んでいった。
……。
…………。
………………。
その後、谷底で俺の死体が発見されたかどうかは定かではない。
*****
「お〜! あっという間に見えなくなっちゃった。こんな場所から落ちたんだなぁ、僕」
ランドが落ちていくのを眺めながら、僕は呟いた。
ミスティも隣で同じように崖下を見つめている。
「……これで勇者は姿を消しました。デント、貴方はこれからどうしますか?」
「そうだねぇ。まずは、人間界の民に魔族は怖くないって事を教えていかないとね。その為にも、今から皆の前で演説でもしようかな」
正直、あまり話すのは得意ではないけれど、仕方ないだろう。
これも僕の夢の為。
僕が王になる為の第一歩だ。
僕は振り返ると、ミスティに手を差し出した。
彼女は少し戸惑っていたようだったが、やがて笑顔を浮かべて手を握ってくれた。
僕は彼女を連れて歩き出す。
「で、ミスティはどうするの? 僕と一緒に来る?」
「勿論です。私は、貴方について行きますよ。何処まででも……」
「そっか。……ありがとう」
僕は嬉しくなって笑みをこぼす。
すると、彼女は頬を赤らめながら俯いて言った。
「と、ところで知ってますか、デント。国王は後継を残す為、沢山の妻を持つ事が許されるんですよ?」
「え、そうなの!? ……そうだったんだぁ〜」
「ですから、もし貴方が国王になったら、私を貴方のお嫁さんにしても問題無いと思うのですが……」
「うん、良いね!」
「って、ええ!? そ、そんなに簡単に決めても良いんですか!?」
「もちろんだよ。だって、ミスティとは何だかんが良い関係を築けていたし、それに君みたいな美人に好かれて断る男なんて居ないさ。……君には、ずっと僕の傍に居て欲しいからね」
「あ、あぅあぅあ〜……。わ、私、もうダメかもしれません……。こ、心の準備が……」
「大丈夫! きっと上手くいくよ! なんせ僕らは運命に導かれた二人なんだ。これから先、どんな困難があったとしても、二人で乗り越えていけるはずさ!」
「は、はい! 頑張りましょう!」
そんなやり取りを交えながら、僕らは手を繋いで笑い合った。
これからどんな未来が待ち受けているかなんて分からない。
今はただ、この輝かしい瞬間がずっと続けば良いと、そう願うばかりだった。
*****
こうして、勇者ランド・エルティネスは姿を消した。
だが、彼の存在は決して消え去った訳ではない。
何故なら彼は、曲がりなりにも勇者であり、魔王を倒した英雄なのだから。
そして、新たな伝説が生まれる時が来るだろう。
その名は、"絶対王デント・アルフォート"と……。
*****
「結局こんなモノだよ。主役を追放した勇者の末路なんてさ……」
彼女は語りかける。
魔界の谷底。数十体の魔物に群がられ、食い散らかされ、最早人間とは呼べない肉片と成り果てたモノに……彼女は語りかける。
「君は、この世界の主役じゃなかった。だから死んだ。とびきり惨めにね。それは決して理不尽ではない。主役に逆らった『悪』に相応しい当然の結末なんだよ」
しかし、既にその声は届かない。
目の前にあるのは、ただの残骸。
かつて勇者と呼ばれた哀れな男の成れの果てである。
彼女はその光景を見て嘆息した。
そして、小さく呟く。
まるで独り言のように。
「ボクだってこんな事はしたくないんだけどねぇ。だけど、仕方ないじゃないか。……これは、ボクが望んだ願いで。君はボクの希望なんだ。だから……」
そう言って、彼女は右手を掲げた。
瞬間、彼女の体から黒い霧のようなものが溢れ出し、それが一点に収束していく。やがて、それは一本の剣へと姿を変えた。
彼女は言う。
「……勇者くん。世界に見放された可哀想な君に、もう一度だけチャンスをあげよう」
その言葉と共に、彼女は剣を振り下ろした。
「ボクの魂と力をあげる。……代わりに。次はもっと、マシな人生を歩むといいよ」
瞬間、散り散りになった勇者の体が、一斉に弾けた。
無数の触手となって大地を覆い尽くさんばかりに増殖する。それらは、瞬く間に周囲を包み込み、飲み込んでいった。
その様子を眺めながら、彼女は呟く。
「さぁ、行こうか。次の舞台へ」
to becontinued.
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