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3 義務教育(後編)

 前世の記憶。

 事故で手足を失った時、私は病室で落ち込んでいた。

 もう走る事は出来ないとか、この先をどうやって生きて行こうとか、そういうのを悩んでいた時期だ。


 そんな時期、同じ病室に居た少女が、日本のライトノベルを読んでいた。

 少女が読んでいたのは、異世界で主人公たちが面白おかしく冒険する物語。

 少女は物語の内容をいつも私に話してくれて、自分があと数カ月しか生きれない事まで、笑顔で教えてくれた。


 私も死んだら、こんな世界で生まれるのかな――なんて言ってたから、「そうだといいよね」って言うしかない……辛い瞬間だった。


 その少女の死期を知ってから数カ月。

 少女は本当に亡くなってしまい、私は遺族から、少女が読んでいたライトノベルを何冊か貰った。

 参考書しか読んだ事がなかった私にとって、ライトノベルは新鮮な読み物。内容もとてもユニークな話が多く、目を閉じればレースの事ばかり思い出す私に、ライトノベルは緑豊かな草原の景色を与えてくれた。


 少女の死を迎えて以来、文字には不思議な力があると感じる時がある。

 漫画など目に見える娯楽は容易にその景色を見れるけど、小説などの類は目で景色を見る事が出来ない。

 読者は盲目で、作者は盲目の人の事を考えて書いているのかと思うほど、文字だけの世界は自由だった。

 そうして色々な物を読み進めていくうちに、私は心だけが異世界に行っていた。

 困難に屈する事なく、笑って走って、「馬鹿じゃないの」って言われても「馬鹿だよ」って言い返して、レースに戻った。


 レースに戻るまでの道は、とても険しかったと言える。


 最初に私を支えてくれたのは、医療機関。

 私は専属の医者とリハビリに励み、動画投稿サイトでリハビリの様子を毎日投稿し、色々な番組で取り上げられ、多くの人から応援してもらった。

 頑張ってますアピールがうざいなんて酷い事も手紙で言われたけど、うざいって思われるって事は、そいつも私を見てるんだなと捉えて、気に病む事はなかった。

 時が流れ、努力の甲斐もあり、事故でレースを引退した元レーサー達、その他のスポーツ選手などが集まって独自の支援団体を設立。それが数年後に、GTプロトコル――という世界最大の競技へ。


 グランドツーリング・プロトコル――に込められた意味は、壮大な旅の手順。

 努力の積み重ねによって、人は未知の領域へ旅立つ先駆者となる為の準備を終える。

 

 病で早くに亡くなった少女にとっては、娯楽を堪能するのが準備だっただろう。

 私の場合は、死を覚悟するのがその準備だった。

  

 だから、旅に出る為の準備は、前世で終えてる。




 転生してから五年。

 私にとってこの五年間は、この異世界のどこかで、あの少女も生きててほしいと期待する日々だった。


「よいしょっ……ほっ!」


 ――そんな事を思いながら、私は外に出る為の扉を開けた。


「外だああああ!!」


 私は大声で叫んだ。

 時刻は夕暮れ時。大都市クロスオーバーの夕日は、建物の隙間に沈んでいくように見える。

 ここは、建物が密集している都市だ。

 

「お嬢様、あまり大声を出すと他の人達がびっくりしますよ」


 注意してくれたのは、屋敷の庭で私を待っていた狼獣人のシルビア。

 獣人と言っても、獣の要素は耳と尻尾程度しかなく、歩き方は人間と同じ。

 この世界の獣人は、人間が住む家の中には入れてもらえず、庭にある宿舎で寝泊まりするのが基本。

 庭がない家に住んでいる人間に仕えている場合は、玄関の前で番人のように立っている事もあるのが獣人の特徴だ。


 私は、ソニアに作ってもらった車椅子を押してシルビアの前に行き、一周回って装備を見せる。

 

「どうだシルビア、カッコいいだろ? ソニアが五歳の誕生日祝いに作ってくれたんだ」


「とてもお似合いです。強そうに見えます」


 ソニアが作ってくれた装備は全部で四種類。

 一つ目の装備は、片手剣の形をした鈍器――ワールドエッジ。

 黒い鉱物で作られた刀身には、【ワールドエッジ】と剣の名前が異世界の文字で刻まれている。

 二つ目の装備は、右手用の手袋――ワンハンドレッド。

 ワンハンドレッドの指先には、鋭く尖った鉄の爪が取り付けられている。

 三つ目の装備は、右手首に装着する腕輪――ライフライン。

 ライフラインは、ワールドエッジと針金で結ばれている。だから、武器が手から滑り落ちても、簡単に引き寄せる事が出来る。

 四つ目の装備は、身体を覆い隠す白いマント――ペンデュラムリーフ。

 ペンデュラムリーフの裾には、青い宝石のペンデュラムが私を囲うように垂れ下がっている。聞いた話じゃ、ペンデュラムについている青い宝石は、魔族や怪物に反応して光る石らしい。


 怪物に出会っても大丈夫な武器に、怪物にそもそも出会わないようにする装備も準備完了。

 屋敷の窓から街並みは見えていたから、外の景色自体に感動が薄い。けど、外に出たという事自体は感動出来る。


 この外に出るまで五年も掛かった……早く身体を動かしたい!


「では、行きましょうか。町をご案内します」


「うん。よろしく!」


 門を開けて先導してくれるシルビアの役目は、町の案内。

 五歳の時までは屋敷の設備について説明してくれたけど、シルビアが教えてくれたのは、トイレがいくつあるか、キッチンが何カ所あるか程度。

 その程度しか役目がなかったシルビアは、私が外に行ける日を誰よりも待っていたメイドだ。


「フンフフン~、フフフン、、フフン」


 私の前を歩くシルビアが、楽しそうに鼻歌を奏でる。

 あまり尻尾を振らない獣人のシルビアが喜んでいるのは、行き交う人の目にも明らか。冷静な表情を保ちながらも、シルビアの尻尾は大きく動いている。


「お嬢様、ここが商店街です。手前にあるのが薬屋。で、あっちに見えるのが道具屋。商店街は夜間もずっと賑わっていますよ」


 シルビアの案内は適当だけど、理解に苦しむほどじゃない。

 他の町はどうか知らないけど、クロスオーバーは想像していた異世界の町とは少し違って、かなり地球に近い街並み。

 建物の外観、町全体の雰囲気は、フランスとかその辺り。緑豊かな町――という感じは一切しない。


「お嬢様。ここが、この町の中心、クロックタワー前です」

 

 大きな時計塔が目印の噴水広場――クロックタワー前。

 真っ白なレンガで作られた時計塔は、巨大なクリスタルが頂上にあって、町のどこからでも時計の針を確認出来る作りになっている。空に時計の針が投影されている状態だ。気分はフランスを観光しているような感じだけど、実に異世界らしい建造物。




 案内されながら周りを見てみると、意外と異世界らしいものが多いと気付く。

 完全に日が落ちて町を照らす外灯は、地面に設置してある棒から先端まで全て透明なクリスタル。

 石橋の下を通過する川は、輝かしい鉱石が入った箱を商店街の裏道まで流す。人が仕分けている訳でもないのに、野菜が入った箱は鉱石の箱と同じ方向に流れて行かない。不思議だ。


 やっぱりここは、本当に異世界なんだな……。


 川を流れる物資がどこから来ているのかシルビアに聞いたところ、鉱物の類はクロスオーバーの南にある鉱山から流されているらしい。

 南にそびえ立つ大きな山、その麓、山から少し離れた北の草原までがクロスオーバー。

 私が住んでいるのは、麓の住居区だった。住居区は、川で各方面から運ばれて来た品を商店街に並べる労働者が住む場所だ。

 興味深い事に、このクロスオーバーの領土は、縦長の領土。北から南に領土があって、東と西はダンジョンが沢山あるから、町が作れない地形なんだとか。

 更に、クロスオーバーの地下にも大昔に使われていた水路、遺跡などが沢山あって、壁が脆い水路は東と西のダンジョンと繋がっている状態らしい。

 定期的にギルドが町のパトロールをしているけど、それでも怪物は地上に出てくる。だから気配に敏感な獣人が家の外で見張りをしている――という事情までしっかりとある。


 こうして話を聞く限り、この都市は治安が相当悪い。


「それから、あっちに見えるのが――――」


 シルビアが別の場所を示した直後、周囲の雑音が消えた。何か変だ。


「ん、どうかしましたか? お嬢様」


 シルビアは、雑音が消えた事に気が付いていないようだ。


「雑音が消えた。急に静かになったぞ?」


「え? そのような感じはしませんが……スッ、スッ、スンッ」


 背伸びをしても、シルビアには違和感の正体が分からない様子。

 この感覚を言い表すのは難しいけど、強いて言えば、今まで普通にしていた何かが息を潜めたような気配がある。何かが息を潜め、その緊張感を私が感じているような感覚だ。


(なんだ、この感じ……)


「――じゃぁ、また後でな」


 周囲を見渡していると、ベンチで誰かと話し込んでいた男の声が不自然なほど鮮明に聞き取れた。

 気になった男が、フードを被って路地に入って行く。


「あいつだ……シルビア、あの男だ」


 車椅子を動かして路地へ入った男を追うと、狭い路地の先に建造中の屋敷が見えた。

 入り口がテープで塞がれている屋敷に堂々と入って行く男には、流石のシルビアも疑いの目を向けている。


「ふん……妙ですね、作業員には見えませんが」


 窓ガラスすらはめ込まれていない屋敷に入った男は、ハリボテ状態の建物の中を西に歩いている。

 ペンデュラムが光っていないから魔族や怪物ではないのだろうけど、不審すぎる男だ。


「追いますか?」


 シルビアに追うかどうか聞かれ、私は考えてみた。


 あの男を追うとなると、狭い路地を進まなければいけない位置関係。この路地を挟む建物の窓の数は多く、死角も多いこの状況で深追いするのは得策じゃない、と。


 視界を確保して、建物の上から追うべきだ。


「シルビアはここに居てくれ。ちょっと上を見てくる」


「え!?」


 私は車椅子から飛び降り、路地の壁を交互に蹴って屋上まで駆け上がった。


「お、お嬢様!? いつの間にそんな芸当を……」


 前世から山を登ったりしていた私にとって、壁を交互に蹴って高所に登るのは朝飯前。スキルのおかげで身体能力が高くなっているこの世界なら尚更、私は壁を蹴るだけで走り幅跳びなみの距離を飛べる。


「シルビア、お前は車椅子を見ててくれ。あいつを捕まえてくる」


 私は屋上を移動し、男が居るであろうハリボテ屋敷の窓から中に飛び込んだ。

 屋敷の中は、至る所で仕切りの布が揺れている状態。隠れるような場所は見当たらないし、正面以外に出口があるとは思えない構造。そして、未だにあの男の気配を感じる。


「おい、居るのは分かってるぞ? 隠れても無駄だ。大人しく出て来い。お前が悪い奴なのはお見通しだ」


 本能とでも言うべきか、私は表通りでさっきの男を見た時、ゴキブリを見るような不快感も感じた。

 間違いなく、今ここに居る男は真っ当な人間じゃない。絶対にそうじゃないと、私の勘が告げている。


「お前、何者だ?」


 足音を響かせ、風で揺れる布の後ろにさっきの男が現れた。

 顔がフードの陰で隠れている男は、まるで幽霊。足音はするものの、目の前に居る感じがしない。


「お前こそなんだ。人間じゃないだろ」


「俺は――」


 男がフードに手を掛けたその時、男の首元を一筋の光が通過した。

 糸が切れた人形のように動かなくなって膝から落ちる男の首は転がり、床には大量の血が流れる。


「いやぁー、危ないところだったね、お嬢さん。一人で行動するのは危ないよ?」


 首を刎ねられた男の死体に目を奪われていた私に、爽やかな青年が話し掛けて来た。

 青年は男の死体を跨いで私に近寄り、手にしている剣を納めてフードを脱ぐ。

 素顔を見せたのは、無邪気な笑顔が魅力的な美青年。おっとりした目で、右の目の下に小さなホクロがある。


 ――新手のナンパに遭遇した気分だ。


「それはなんですか? 人間じゃないですよね」


「うん、人間じゃないよ。これはシェイプシフターって言って、人間の皮を被って擬態している怪物だよ。僕がギルドの依頼で追ってた怪物」


 青年が死体に銀色の液体を掛けると、死体が沸騰して異臭を放ち、中から猿のような獣の死体が出てくる。

 限りなく人の形に近いこの猿みたいな獣が、シェイプシフターという怪物……青年の話によると、この怪物はペンデュラムで探知できないタイプらしい。


(ベイリーから貰った手帳には載ってなかった怪物だ……)


「五年前までは、こんなの居なかったんだけどねぇ。最近は変な怪物が増えてて困るよ」


 うんざりしている様子で怪物の死体を漁る青年が、一枚の写真を手にして首を傾ける。

 この世界に馴染んでいるこの青年にも、まだまだ分からない事があるようだ。


「なんだろこれ……変な乗り物。馬車の荷台かな?」


 聞かれた感じだったので写真を見せてもらうと、そこにはおかしな物が写っていた。

 見間違いようもない乗り物。というより、この異世界にあってはいけない物。


「これは…………」


 映っていたのは、私の良きライバルでもあり、友だった人物の愛車。

 ディア・オーケストリアが最後のレースで乗っていたフォーミュラカー、【レコードキーパー】――だった。


 この写真……いや、この写真よりも、なぜこの青年がこの怪物を追っていたのか、聞く必要がある。


「あの、あなたは……この怪物を、どうして追ってたんですか?」


「僕がこれを追ってたのは、アクセルさんの護衛をしてて、そこにこいつが来たからだよ。最近、鑑定士が失踪する事件が多くてね。それを調べてるんだ」


 答えを聞いて、写真を見て、もう一度死体を見て、私は悟った。

 写真に写っているディアの車は、完全に破損して植物の根に絡まれている状態。これに乗っていたであろうディアは、私と違って転生ではなく、車に乗ってこっちの世界に転移している。

 鑑定士を怪物が狙っていたのは、多分、この車を調べられる者を見つける為だ。


「……君、何か知ってるのかい?」


 私は青年に頷き、ひとまずシルビアと合流する事にした。

次回更新は27日の22時頃です。

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