1 伝説は続く
転生までの流れが少し長い気もしましたが、重要な部分なので省略出来ませんでした。
どうぞ、よろしくお願いします。
アメリカで最も勢いのあるモータースポーツ――GTプロトコル。
このGTプロトコルが従来のモータースポーツと違う点は、四輪車も二輪車も、電気自動車、ガソリン車など車種を問わず、全てのマシーンがアメリカ大陸を横断し、世界王者を決めるという点。
競技専用に作られた道路の長さは約四三〇〇キロメートル。選手は約四日掛けてマシーンを走らせ、ゴール地点を目指す過酷なレース。
誰よりも速く、誰にも超えられない完走記録を出すため、私はバイクで雷雨の中を走り続けている。
『さて、本来なら四日間に及ぶGTプロトコルが早くも終盤を迎えつつあります。雷雨の中、先頭を快調に飛ばしているのは14番、黒のフォーミュラカーに乗っているディア・オーケストリア。その後ろをキープしているのは666番、日本が誇る最速のバイク、ヤマトダマシイに乗ったハーレイ・ワットソンです』
コースの状況を解説してくれるラジオから、周囲の情報が伝えられた。
私の後ろを走る選手との距離は、一時間掛けても埋まらないほどの距離。
そして、このまま後ろを走っていても、ディアのマシーンを追い抜く事は出来ない。私の身体と共に酷使して来たヤマトダマシイは、もう限界だ。
時速五〇〇キロメートル以上は出し続けている競争。
フォーミュラカーの後ろをバイクが保っているというだけでも、異例の事であるのは間違いない。けど、今この瞬間を見ているであろう私の息子の為にも、更に異例の記録を私は作りたい。
産まれた時から歩けないタケルの為に……事故で左の手足を失った私でも、世界一過酷なレースで優勝出来るという事を、息子のタケルと似て非なる境遇にある子供達にも、証明してやりたい。
だから私は、
「お前のヤマトダマシイを見せてやれ、砕け散るまで走り続けろ!!」
アクセルを全開にし、ディアを追い抜く。
『――おおっと!? ここでハーレイがディアを追い抜きました。信じられない光景です。マシーンが火を噴いている。エンジン音が断末魔のようにアメリカ全土へ響いていると言っても過言ではない!!』
私用に特殊な仕様になっているヤマトダマシイは、ブレーキなど設けられていないバイク。
競技専用車両、このGTプロトコルだからこそ許された改造規制の廃止によって実現した、勝利の可能性。
膝でタンクを挟んで姿勢を維持するのがやっとの状況。ヤマトダマシイの速度は、時速七〇〇キロメートルに到達する。
『おおお、おおお!? ディアだ! ディアがハーレイを捉えています!! 迫る迫る、そこは私の場所だとディアのマシーンが叫んでいます! 二輪に負けてたまるかと、四輪の王が玉座に戻ろうとしていますッ!!!』
右の手足だけで挑んだ私は、まさに二輪車。
対するディアは、五体満足の四輪を操る者。
お前には無理だと言わんばかりに、私の横を黒のマシーンが追い抜く。
『戻った、戻った、戻った! 先頭はディア、先頭はディアです!!』
――無理かどうかはお前が決める事じゃない。
そう思い、私は右手でアクセルを全開にしたまま、右足でフットペダルを下に押し込む。
『ナッ!? なんだよ、あれ…………』
切り札は最後まで取っておくもの……これが私のレッドゾーンだ。
「――ぶちぬけッ!!」
風の音にも負けないよう、叫び声をあげた。
私が使用したのは、バイクに積み込むには無理があった戦闘機用のエンジンを独自に改良したもの。
バイクはスピードメーターが振り切るほどの速度まで一気に加速し、空気抵抗に耐えれない車体はフロント部分から壊れつつも、ゴールに迫る。
市街地の窓を音で割り、女性の断末魔に近い高音で私の耳は壊れる。
『ハーレイが――――今、ゴールに――ます!』
無線ラジオの音が途絶え、ゴールラインを潜った直後――私とマシーンは宙に浮いた。
これがゾーンというものなのか?
時間の流れが遅く、飛び散るバイクの破片が視界を通過していく過程まで見える。
遠くに見える大きな電子掲示板には、私の背番号と共に『9:21:55』という数字が。
私は、約四三〇〇キロという距離を、十時間に満たない速度で走り切った。
「勝ったぞ、タケ――――」
喜びもつかの間。
ゆっくり流れていた景色が激しく揺れ、私が見ていた世界は途絶えた。
◆◇◆◇
「とまあ、そんな感じで私は死んでしまったわけだ」
ここは、地球と別の世界にある空間の狭間。
私は、息子がよく読んでいた漫画にもあった『異世界転生』というものに遭遇したらしく、死因について語っていた。
「ハーレイさん、あなた病気ですね……」
今私の目の前に居るのは、息子が好きそうな愛らしい容姿の少女――エリシア一人。
エリシアは、私をこれから異世界に転生させてくれる女神。
息子が部屋に隠し持っていたエッチな漫画を熟読した事もある私は、特に難なくこの状況を受け入れているわけだ。
「ハーレイさん? 転生させるからには、もう少し自分の命を大切にして頂きたいのですが……」
エリシアは、生前の私の行動を病気と称した。
明らかに死ぬようなマシーンに乗ってのレース。違法改造、残された者の事を考えないのですか――とか、色々と私を変人扱いしている。
ま、否定はしない。
私は命を大切にしているからこそ、命懸けでレースに挑んだ。
私が優勝した事で、私のスポンサーには利益が生まれ、その利益は貧しい生活を送る子供達の未来に繋がる。
目の手術を受けられない盲目の子供には最先端の医療を。
歩けない子供には最高の車椅子を。
私に憧れてレースに出たがる子には、特殊仕様のバイクを。
誰かに「お前には無理だ」と言われても、「ハーレイ・ワットソンは不可能を可能にした」と言える勇気を。
馬鹿な母親だったと言われて息子に嫌われようと、私は息子のタケルを今でも愛している。
好かれていなくても愛した人生。息子が未来を自分の足で歩む事が、私にとっての幸福だ。
「説得の余地はないようですね。私は、あなたには出来るだけ異世界で幸せに暮らして欲しいのですけど」
「私が幸せでも、私以外が幸せじゃないなら、それを見ている私もいつか幸せじゃなくなる。私はそう考えている人間だし、前世に悔いは無い。だからやり直す人生も、当然ない」
生涯悔いなく生きた私にとって、異世界転生は次のラウンドに行くようなもの。
やり直しではなく、まだまだ先に行く為の挑戦だ。
次のラウンドに進むにあたって、私がエリシアに求めるマシーンのスペックはもう決まってる。
一つ、性別はどっちでもいいけど、身体は、このまま左手足が無い状態。
二つ、最弱の種族であること。
この二つを守れるなら、私は転生を受け入れる。
「うぅん……一応、人間が最弱の世界ではありますが、本当に人間で良いのですか? それも手足が片方ない状態の……」
「それでいい。レースと一緒さ。最後尾から一気に先頭まで追い抜くのは気分が良いし、その分注目される。注目されたい訳じゃないけど、私の成長を見守ってくれる人が、自分も頑張ろうって気になれる生き方がしたい」
「ハ、ハア……なんと言えばいいのか、随分と変わった生き方が好きなのですね」
私は頷き、エリシアに返事をした。
手足がないのにレースなんかやってた私は、人間と暮らす亜人みたいなものだった。
自分が変わらないと、見ている世界が変わらない。目指すべき場所が暗いのではなく、暗い場所を目指していた事に気付けたから、今の私がある。
「分かりましたっ。では、そのように配慮しましょう。今、あなたのステータス表を作りますので、少し待ってくださいね」
(ステータス表か……)
ゲームみたいな単語が出て来た。
子供のように無邪気な三十路――と言われた私が転生する異世界には、レベルやスキルがあるのかも。
「出来ました。あなたが転生すると、こんな感じになってしまいますね。魂と強く結びついている才能は、こちらでは外す事が出来なかったので、そのままになっています」
紙で渡されたステータス表は、結構な色々事が書いてある。
【ステータス表】
転生後の名前:ステア・リングス
性別:女性
種族:人間
魔法:人間のため使用不可
開花済み才能:第一段階『環境適応能力向上』
第二段階『平衡感覚の極意』
第三段階『第六感の知らせ』
未開花の才能:第四段階『物理攻撃耐性』
第五段階『柔を制する剛』
第六段階『不動の構え』
固有スキル:キックダウン
カウンターエッジ
リバースエッジ
トライアルエッジ
私の人生が赤裸々に表れてるステータス表だった。
「スキルについては、転生後の世界で周りの住民が義務教育の一環として教えてくれるでしょう。才能に関しては、日常生活で他人とその違いを感じる事が出来ると思います」
「なるほど? 百聞は一見に如かずか」
日本のことわざを使ってみたけど、どういう意味だったか正確に思い出せない。
というか、急に眠くなってぇ――
「では、向こうでまた会いましょう。さようなら、ハーレイ・ワットソンさん」
こうして、私は異世界に転生した。
次回更新は7月23日の18時頃です。