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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

幸せのカタチ

作者: echo_

 寂れた公園の中央に設置された、ペンキの剥がれかけた古臭い木製のベンチに腰掛けながら夜空を流れる雲を眺めていた。


 雲の切れ目から時々顔を覗かせる三日月の光は淡く、大地を照らすほどの明るさはない。


 吐く息は白く、ゆらゆらと風に流されて消える様子は紫煙を思わせる。


 二月もそろそろ終わりだというのに、寒さが薄れる様子はない。春が訪れるのはもう少し先みたいだ。


 パーカーのポケットから、公園の入口に設置されている自動販売機で買った缶コーヒーを取り出す。


 寒さを紛らわせる為にカイロの代わりとして買ったつもりだったのだが、あたたかいのボタンを押して出てきたコーヒーは冬の夜風よりも冷たくて、冷え切った指先を温めることは叶わなかった。


 あのポンコツ自動販売機は今後二度と使うことはないだろう。


 冷たい缶コーヒーのプルタブを引く。指先がかじかんで、上手く引っ掛けることが出来ない。


 カツン、カツン、とプルタブを爪で弾く行為を何度か繰り返す。


 やっとのことで開封に成功した缶コーヒーを一気に煽る。


 ごくごくと喉を鳴らして、冷たくて苦い液体を勢いよく胃に流し込む。


 急激に冷やされた胃がぎゅっと縮こまり、全身が総毛立つ。


 冬の冷気に冷やされた身体は、より一層冷えた。


「っあー、寒い......」


 寒さに身を震わせながら辺りを見渡してゴミ箱を探す。


 公園の入り口から数メートルの位置に置かれていた。このベンチからだと十メートルくらいだろう。


 空になったコーヒーの缶をゴミ箱の方向に放り投げる。


 空き缶はゴミ箱のふちに当たり、カンッ、と甲高い音を響かせて公園の入り口の方に転がっていった。


「あー......」


 間の抜けた声が漏れる。


 しばらくの間、風で左右に揺れるコーヒーの空き缶を見つめていたが、大して面白くもないので未練なく視線を空に移す。先ほど眺めていた時よりも、雲は薄くなっていた。


 夜も深まり、寒さは厳しさを増す。


 夜風に晒された耳がヒリヒリと疼く。パーカーのフードを被り、その上から手の平で耳を抑える。


 外気から遮断されることで、感覚の薄れていた耳が少しだけ熱を帯びる。


 フードと擦れた耳が少し痒い。


「......そろそろ帰ろうかな」


 公園に来たからと言って何かするわけでもない。


 そもそも目的があってこの公園に来たわけではないことを思い出す。


「目的も何も、ただ散歩をしていただけなのだけれど」


 自由気ままに街を歩いていたら偶然この公園を見つけて、歩き疲れていたので少し休憩でもしようかと立ち寄ったのだ。


「......いや、歩き疲れて、だと少し違うかな」


 歩き疲れたという割には、痛いのは背中と両腕なのだった。


 ふと、公園の入り口に目を向ける。正確には入り口の脇にある植え込みだ。


 そこには灰色のスーツを纏ったサラリーマン風の男が植え込みにもたれ掛かる様に座り込んでいた。


 歳は三〇代前半くらいだろうか、後退気味の頭髪にはところどころ白髪が目立つ。


 その男は微動だにしない。せいぜい乱れた髪が風になびくくらいだ。


 眠っているわけではない。いや、眠っていると言っても間違いではないのかもしれないが。


 端的に述べると、この男は死んでいる。


 鋭利な刃物で繰り返し胸部を貫かれたことによる出血が死因だろう。


 ボロボロに切り裂かれたシャツは、血液と脂によって赤黒く染まっている。


 男の脇には、凶器として使われたであろうナイフが転がっている。


 なぜこの男は植え込みにもたれ掛かって死んでいるのか。


 どのような理由の元殺されてしまったのか、私には分からない。


 たぶんこの男も、なぜ自分が植え込みにもたれ掛かって死んでいるのか皆目見当もつかないだろう。


 ちなみに、殺された理由については分からないが、誰が殺したのかについては分かっている。


 いやまぁ、至極単純な話ではあるのだが、犯人はわたしである。


 公園の入り口に設置された自動販売機の前に立ち、何を買おうか悩んでいた時のことだ。


 公園の入り口に面した道をこの男が歩いてきた。何の気なしに周りを見渡してみればわたしとその男以外には人の気配がない。


 丁度いいので護身用と称して持ち歩いていたナイフで刺し殺した。要約するとそういうことだ。


「いやどういうことだ」


 そもそも丁度いいから殺すってなんだ。冷静になって考えてみれば、あまりにも軽率な行動だったと反省する。


 しかし、いくら反省したところで犯した罪は消えることはない。それは覆すことの出来ない、歴然とした事実なのだから。


「さて、今度こそ帰ろう」


 深夜で人の通りがないとは言え、絶対に誰も来ないという保証はない。


 それこそ、質実剛健に街の治安を守るポリスメンにでも出くわしたら速攻でお縄を頂戴してしまう。


 そんなリスクを負ってまでこの場所に居続けなければならない理由もないので、早いうちに退散する事にした。


 ベンチから立ち上がり、パーカーのフードを目深に被りなおす。


 一時間以上同じ姿勢で座っていたせいで血液の流れが停滞していたのか、立ち上がった際に軽いめまいに見舞われる。


 両腕を突き上げて背中を反らせるように伸びをすることで、めまいは解消された。


「んんなあああぁぁ......」


 血流がよくなったためか、欠伸がこぼれる。我ながら間抜けな声だったと内心失笑した。


 さて、と公園の入り口に向けて歩き出す。途中、項垂れるように死んでいる男の前で足を止める。


 そういえば死体をどう処理するか全く考えていなかった。


 しばらく黙考して、そのまま放置するという考えに至った。


 大人を一人で運ぶなんて無理があるし、運んでいる最中に誰かに見つかってしまっては元も子もない。


 それに死体の周りに広がった血液は地面に吸い込まれているので、消そうにも容易に消すことが出来ない。


 ナイフだけ回収しておくことにした。死体は最初に見つけた人がどうにかするだろう。


 死体のそばに屈んでナイフを拾い上げる。刃全体に赤黒く変色した血液と肉片がこびり付いていた。


 男の死体が纏うスーツの裾で拭う。木製の柄に染み込んだ血はぬぐい切れなかった。まあいいか。


 パーカーのポケットから鞘を取り出し、ナイフを収める。


「あー、明日が楽しみだなあ」


 ニュースで取り上げられたりするのかなぁ、と思うと胸が躍る。


 いくら山に囲まれた田舎町といえども、これほど凄惨な殺人事件が起これば少しは浮足立つだろう。


 今から興奮が抑えられない。まぁ抑えなくてもいいか、とスキップをしながら帰路に着く。


 気が付けば空を覆うように浮かんでいた雲は流れ去り、三日月と無数の星だけが輝いていた。


 それはまるで、わたしの活躍を祝福しているようだった。

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