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とても不機嫌なのは何故でしょう?

 王宮での夜会のため、グレイルではなく両親とともに会場入りしたセラフィーナは、国王陛下へ挨拶を済ませると両親と離れ、一人壁の花となっていた。

 国王へ挨拶をした折にグレイルも近くにいたはずだが、顔を見たら泣いてしまいそうで、セラフィーナは極力視界に入れないようにしていたため、贈られたドレスを着てこなかった自分を、彼がどんな視線で見ていたのかは知らない。

 どうせもうすぐ婚約破棄になるのだからと、もういいやと投げ槍な気持ちになりつつも、友人達と楽しく会話する気にはなれずに佇んでいると、背後から声をかけられた。


「セラフィーナ」


 呼ばれた声に、覚悟を決めて振り返ったセラフィーナを見たグレイルの表情は、いつになく険しいものだった。

 その表情のまま無言で見つめてくるグレイルに、セラフィーナは緊張を覚える。


(まさかここで婚約破棄を宣言されるのだろうか? ここまで引き延ばした原因は自分なのだから仕方ないけれど、私もあの噂の公爵令嬢のように他国で憐れまれる人間になるのね)


 せめて毅然とした態度でいるようにしようとセラフィーナが気持ちを奮い立たせた時、グレイルに無言のまま腕を掴まれた。

 そのままグイグイと引っ張られるように庭園へ連れ出されたセラフィーナに、グレイルは凄むような笑顔を向ける。


「ねぇ? どうして私の贈ったドレスを着てないの? ちゃんと届いたよね?」


 グレイルの不機嫌の原因が、贈られたドレスを着てこない非礼だったと気づいて、セラフィーナは少しだけ安堵をしつつも、自嘲するように返事を返す。


「私はあのドレスに、相応しくありませんから」


 セラフィーナの答えに一瞬呆気にとられたグレイルだったが、すぐに眉間に深く皺を刻んだ。


「相応しくないって……ねぇ、セラフィーナ、ずっと気になっていたのだけれど……君は何か酷い思い違いをしていないか? 私の婚約」

「グレイル殿下との婚約破棄、謹んでお受けいたします」


 覚悟を決めたとはいえ、グレイルから婚約破棄という言葉を聞きたくなかったセラフィーナは、彼の言葉を遮ると自ら言い切り頭を下げる。

 重力に負けて涙が零れ落ちてしまいそうになるのを必死に堪えていると、セラフィーナの頭上でヒュっと息を飲む音が聞こえたので、益々頭を下げて縮こまった。


「私は殿下から贈られたドレスを着る価値などない、とても卑怯で浅ましい人間です。ここまで婚約破棄を引き延ばしにしてしまったこと、謝罪しても許して頂けないかもしれませんが、どうかお許しください」


 溢れてきそうになる涙を瞬きで誤魔化し、踵を返そうとしたセラフィーナの腕を、しかしグレイルは離しはしなかった。


「……さない」

「はい?」

「許さない!」


 小さな呟きだったため何と言ったのか聞こえず、聞き返したセラフィーナにグレイルが地を震わす程の低い声で告げる。

 その言葉に、セラフィーナの心に悲しみが広がった。


(ああ、グレイル様に心底嫌われてしまったのだ。好きな人にこんなに嫌われてしまうなんて、耐えられない……!)


 震えそうになる声を叱咤して、セラフィーナは絞り出すように懇願する。


「私は修道院へ参ります。そこで一生殿下の幸せとこの国の発展を祈ります。婚約破棄しても、お約束通りスターツ公爵家は殿下のものとなるように父を説得しますから、だからどうか」


 これ以上私を嫌わないでください、というセラフィーナの言葉はグレイルによって遮られた。


「婚約破棄? 絶対にしないし、させないから。修道院? 行かせるわけないだろう? どうしてもというなら、セラフィーナが逃げられないように国中の修道院を一時閉鎖させる」

「え?」


 グレイルの言葉にセラフィーナは瞳を瞬かせるが、グレイルは掴んでいたセラフィーナの腕を引き寄せると、勢いよく捲し立てる。


「セラフィーナは私のことが好きだったのではないのか? あんなに尽くしてくれていたのは、私に好意を持ってくれていたからではないのか? 全て私の勘違いだったと!? これほど私の心を奪っておいて今更、婚約破棄など認められるわけないだろう? セラフィーナは私と結婚するんだ! 公爵位などどうでもいいが、君が私の妻となるのは決定事項だ! 私から逃れられると思うなよ? 地の底まででも追いかけて、必ず掴まえてやるからな!」


 もの凄い剣幕で、かなり物騒なことを言い出した初めて見るグレイルに、セラフィーナは圧倒される。


「え? え?」

「こんなことなら無理やり既成事実を作っておけば良かったな。スターツ公爵の手前、大人しくしていたのが仇になったか。邪魔な人間は悉く排除してきたっていうのに、とんだ誤算だ。ねぇセラフィーナ、私との婚約を破棄するなんて誰に誑かされたんだい? そんなバカな事をセラフィーナに吹き込んだ人間は、即刻始末しないといけないよね」


 いつの間にかセラフィーナの腰に手を回してがっちりホールドしたグレイルは、ブツブツと呟きながら浅葱色の瞳を濁らせてゆく。

 対するセラフィーナはグレイルの言葉が理解できずに、ポカンとしたまま口を開いた。


「でも、グレイル様はレイラ様をお好きなのでしょう?」

「………………は? ……どうしてここでレイラ嬢が出てくる?」

「え? だって……え? レイラ様がいるから、私との婚約破棄を望んでいたのですよね?」


 鉛色の瞳をまん丸く見開いたセラフィーナにグレイルが目を瞠り、ついでゆっくりと深呼吸をすると、いつもの優しい声音に戻り微笑みを浮かべる。


「……どうやらセラフィーナとは、じっくり話をする必要があるようだね。まずは、どうして婚約破棄なんて馬鹿な単語が出てきたのか、そこから答えてもらおうかな?」


 セラフィーナの頬を優しく撫でながらも有無を言わさないグレイルの黒い笑顔に、セラフィーナは戸惑いつつもおずおずと語り出したのだった。


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