お茶会に参加したら掴まりました
セラフィーナが教室で悶々としていたこともあり、既に開始時間から随分経っていたお茶会は宴も酣の様子を見せていた。
どうせなら今日まで休みたかったと暗い気持ちで中庭への扉を開くと、運よくすぐ側にライナスを見つける。
どうやらライナスも一人で参加していたようで、マドレーヌを一口で頬張り満足げにしていた所を、後ろから声をかけた。
「ライナス、よければ一緒に回らない?」
「むぐっ! え? セラフィーナ姉さま一人? グレイル殿下は?」
「えっと、まだいらしてないみたいね」
「いらしてないって……セラフィーナ姉さま、殿下と一緒に来てないの?」
「今年は……きゃっ!」
別々に参加しようと思って、とセラフィーナが言いかけたところで、後ろから腕をぐいっと引っ張られる。
よろけてしまったセラフィーナの身体を、ふわりと支える人物を見上げて、固まった。
セラフィーナの視線の先には、彼女の腕を掴んだグレイルが微笑を湛えて見据えている。
心なしかその笑顔が怖い気がするのは自分の気のせいかと、セラフィーナが瞳を瞬かせる中、グレイルが少しだけいつもよりも低い声で問いかけた。
「セラフィーナ、こんなところにいたんだ。今日は登校したと聞いていたから教室で待っていたのだけれど、お茶会のこと忘れていたのかな? それなら私が迎えに行けばよかったね。まさかとは思うけれど、ライナスにエスコートされて来たわけじゃないよね?」
「え……と……」
グレイルの不機嫌の理由が解らず戸惑うセラフィーナを押しのけて、ライナスが焦ったように話し始める。
「グレイル殿下、いらしたのですね! 姉さま、殿下がいるのに一人で参加するなんてダメですよ! おかげでとんだとばっちりを食ら……あっ! 友人が呼んでいるので僕はもう行きますね! 姉さま、いいですね? 殿下の側を離れちゃだめですよ!」
「ライナス、待っ……」
逃げるように去ってゆくライナスへセラフィーナが手を伸ばすも、その手もがっちりとグレイルに握られる。
グレイルはこてんっと首を傾げると、静かに凄みのある微笑を浮かべた。
「それで? 一人で参加した理由は何故? まさか本当にライナスと参加しようとしたとか言わないよね?」
「ライナスとは先程ばったり会ったばかりで……ええっと……殿下が他の方と交流を深めるためにも、今年は別々で参加した方がよろしいかと思いまして」
「婚約者と一緒に参加しても交流はできると思うけど?」
「元々ご一緒するお約束はしていませんでしたし」
「そうだね、いつもセラフィーナが迎えにきてくれていたからうっかりしていた。では改めて言おう。セラフィーナ、私と一緒にお茶会へ参加してくれませんか?」
「グレ……いえ、殿下、はい。よろしくお願いいたします」
初めてグレイルから誘ってもらえたことが嬉しくて、セラフィーナは自分の頬が上気してゆくのを感じた。
もしかしたら婚約破棄は自分の勘違いかもしれないと、グレイルを見上げて微笑む。
するとグレイルは何かを堪えるような表情で、顔の下半分を手で隠すと遠くへ視線を移してしまった。
不思議に思いながらグレイルの視線を追いかけた先にいる人物を見て、セラフィーナの笑顔が固まる。
「レイラ様……」
声にならない音量で呟いたセラフィーナの背中に嫌な汗が伝った。
先程浮上したばかりのセラフィーナのテンションが、一気に急降下する。
視線の先にいるレイラは今日も愛くるしい表情を振りまきながら、美味しそうに卓のお菓子を頬張っていた。
その周囲には彼女を取巻くように男子生徒が囲んでいて、その視線が甘く緩んでいる。
自分の隣にいるグレイルも、あんな風な視線をしているのかと思うと胸が痛んだ。
だが、まだ婚約破棄をされたわけではないのだと自分を奮い起こして、セラフィーナはグレイルの視線を少しだけでも自分の方に向けてもらおうと言葉を紡ぐ。
「色んなお菓子が並んでいますね」
「ああ、美味しそうだよね」
「何か召し上がりますか?」
「そうだな……。オレンジタルトと桃のコンポートがいいかな。セラフィーナはフルーツが好きだったよね? 一緒に食べよう」
「あ、はい。ありがとうございます」
グレイルと隣同士で座った卓に置かれたオレンジと桃の色に、レイラの髪と瞳の色がだぶって見える。
何とも美味しそうな色合いのそれらとは対照的に、グラスに入った透明な果実水に映った自分は暗い鉄紺色の髪と地味な鉛色の瞳をしていて、こんな色の食事が食卓に並んだら食欲を失いそうだとセラフィーナは思った。
(甘い物に目がないグレイル様。先程の視線から考えても、きっと彼が好きなのはレイラ様で間違いないだろう。こんな果てしなくマズそうな私は捨てられるのだわ。でも、諦めたくない。こんなに好きなのに)
涙腺が決壊するのを抑えるためにパクリと食べたオレンジタルトに、セラフィーナが目を瞠る。
(美味しい! 悔しいけど、すごく美味しい! 甘味と酸味が絶妙のバランスで、焼き加減もちょうどいい。これどうやって作ったのかしら? 後でこっそりレシピを教えてもらいたい! ああ、でももう食べて欲しい方には食べてもらえないのね……うぅ、弱気になっちゃダメ! 婚約破棄なんて断固阻止するって決めたんだから!)
零れそうになる涙を無心で食べ進めることで誤魔化しているうちに、気がつけば中庭にいる生徒はまばらになっていた。
学園のお茶会は午前中に終了するため、帰宅の準備をしだしたのだろう。
セラフィーナ達の卓の周りにいた生徒も、いつの間にかほとんどいなくなっている。
(まさかとは思うけど、ここで婚約破棄なんてされないわよね?)
不安になったセラフィーナが窺うようにグレイルを見ると、人気の少なくなった中庭の様子を眺めながらグレイルが静かに口を開いた。
「そういえばセラフィーナ、こんやムグっ!」
「グレイル殿下、このコンポート絶品ですわ!」
『婚約破棄』を言わせないためとはいえ、言葉の途中でグレイルの口の中にコンポートを突っ込んだ自分に、セラフィーナは自分の頭を抱えそうになる。
だが、いきなりコンポートを押し込まれたグレイルは一瞬驚きの表情はしたが、嬉しそうにモグモグと咀嚼すると破顔した。
「うん、美味しいね。いきなり“あ~ん”なんてされたから吃驚したけど」
「あ~ん?……!」
自分の行動を思い返して、途端に顔を赤くしたセラフィーナにグレイルが笑う。
「甘い物は好きだけど、セラフィーナに食べさせてもらうと更に美味しくなるな」
「そんなことは……」
「本当だよ。もっと長くこんな時間を過ごしたかった」
柔らかく笑うグレイルの言葉に、セラフィーナの頬に更に熱が集まる。
久しぶりに見たグレイルの優しい笑顔に、セラフィーナの荒んでいた心が凪いでいった。
グレイルはいつだってセラフィーナに優しい。
セラフィーナはそんなグレイルが大好きで、ずっと一緒にいたいのは自分の方だ。
それなのにグレイルからもっと長く過ごしたいと言われ、舞い上がってしまう。
(グレイル様も同じ気持ちだったなんて嬉しい! 婚約破棄なんてしませんよね? レイラ様をお好きなんて嘘ですよね? 私とずっと一緒にいてくれますよね? グレイル様を絶対に幸せにしますから、変態行為だってもうしませんから、お願いします!)
嬉しさを噛みしめるセラフィーナだったが、それは束の間の幸せだった。
「でも、もう終わりだね。セラフィーナ」