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何とか回避できたようです

「グス、うぇ……グス……」


 庭園の隅で泣いている、幼い頃のセラフィーナがいる。


 あれはグレイルとの婚約が決まった頃に開かれた、王妃様のお茶会に出席した時のことだ。

 子供達だけで庭園の探索をしている最中に、同じ公爵令嬢とその取巻きに罵倒されて逃げ出し、繁みに蹲っていたセラフィーナを見つけてくれたのはグレイルだった。


「セラフィーナ、探したよ? !……どうして泣いているの!? どこか痛いの!? 大丈夫!?」


 驚きながらも優しく慰めてくれるグレイルに、セラフィーナはしがみつく。


「私の髪や瞳は冷たい色だから可愛くないって言われたの。美しいグレイル様に相応しくないって。それにグレイル様にずっと付き纏っているのもはしたないって」

「セラフィーナは可愛いよ。私のことを慕ってくれる姿だって愛しくて仕方がないし、婚約者なのだから全然はしたなくなんてないんだよ。……誰がそんなこと言ったの?」


 ボロボロ泣き出すセラフィーナの頭を撫でながら、グレイルが優しく尋ねる。

 しかしセラフィーナは、虐めた子の名前を言うのは告げ口みたいで憚られ口を噤んだ。


「お茶会に来てた子達だけど、名前は言わない……」

「そっか……。そんな酷い事を言う子達なんて相手にしなければいいよ。セラフィーナはそのままでいいんだ。私だけを見ていてくれれば、それでいいんだよ。それにしてもセラフィーナを悪く言うなんて許せないな……」


 そう言ってセラフィーナの鉄紺色の髪を指に絡ませたグレイルは、浅葱色の瞳を細める。

 セラフィーナは自分を認めてくれて、虐めた子に嫌悪感を顕わにしてくれたグレイルを、益々好きになった。


 その後セラフィーナを虐めた公爵令嬢は、子供のいなかった辺境伯の養女として僻地へ行き、令嬢の取り巻き達も各地に散ったことを風の噂で聞いたが、セラフィーナはそのままでいいと言ってくれたグレイルの笑顔が忘れられなかった。


「ああ、やっぱり好き! 婚約破棄なんてしたくない! 諦めたくない!」


 過去の思い出の夢の中で、そう決意をして拳を握りしめたセラフィーナの意識が、ゆっくりと浮上してゆく。


「(そのままでいいって……言ってくれたの……に……)う……ん……?」

「セラフィーナ! 気が付いた!? 平気? どこか痛いところはある?」


 目覚めたセラフィーナの目に飛び込んできたのは、夢の中よりもかなり大人になった(とはいえ変わらず美しい)グレイルの心配そうな顔だった。


「え? グレ……殿下?」


 思わず名前で呼びそうになったのを既の所で飲み込むと、セラフィーナは慌てて居住まいを正す。


「ダ、ダイジョウブです」

「本当に?」

「はい」

「良かった」


 不安そうに聞いてきたグレイルにコクコクと頷くと、安堵したように破顔する表情にセラフィーナの胸が高鳴る。


(寝起きに、このご尊顔はいけないわ! ドキドキが治まらないし、恥ずかしい!)


 自分の格好を確かめられないのがもどかしいが、少しでも綺麗に整えようと髪を撫でつけるセラフィーナの手を取り、グレイルが溜息を吐いた。


「いきなり目の前で倒れた時には吃驚したよ。急いで保健室へ連れてきたけれど、中々意識が戻らなくてやきもきした。でも平気そうでよかった。あまり私を心配させないでね」

「申し訳ありません」


 謝罪をしたセラフィーナだったが、頬が緩むのを抑えられない。


(私を心配して看ていてくれたなんて感激! ん? でもちょっと待って!)


 セラフィーナは急いで視線を彷徨わせるが、レイラの姿も校医の先生も見当たらない。

 ということは今、保健室はグレイルとセラフィーナの二人きり。つまりグレイルが婚約破棄を切り出すのに、うってつけの状況になってしまったわけである。


(マ、マズい! マズい! マズい! マズいぃぃぃぃぃぃ!!!)


 テンパり過ぎて最早マズいという言葉以外浮かばなくなったセラフィーナに、追い打ちをかけるようにグレイルが口を開く。


「セラフィーナ、ずっと隠していたのだけれど、こん……」

「殿下! 私もうすっかり良くなりました! ですからもう教室へ戻ります! お手を煩わせて申し訳ありませんでした!」(今、婚約破棄って言うつもりだったわよね!? 危なかったわ。よくぞ阻止した自分!)


 グレイルの言葉を遮ってベッドから飛び起きると、脱兎の如く保健室を飛び出してゆく。

 教室へ辿り着き心配そうな友人達へ笑顔で応えたが、その日は早めに帰宅するように勧められ、セラフィーナは学園を後にした。



 帰宅後セラフィーナは過保護な両親の命令で、暫く学園をお休みすることになってしまった。

 その間、頭を打ったかもしれないと必要以上に甘やかしてくる両親と使用人によって、ベッドに寝かされ続けている。

 心配した友人やグレイルからお見舞いの打診があったが、忙しいグレイルに来てもらうのは気が引けるし、なにより二人きりになるのが怖かったので面会はやんわりと拒否させてもらった。

 来られない代わりなのか、グレイルからお見舞いの花束が届いて、とても嬉しかった。

 その花を眺めながら、セラフィーナは決意も新たに呟く。


「大丈夫、私はまだ婚約破棄されていない。この調子で阻止し続けるのよ、セラフィーナ!」


 セラフィーナは、いつもなら便箋10枚以上になるお礼のメッセージを断腸の思いでごく短い文に留めると、毎週末に出していた手紙も泣く泣く出すのを控え、自分に言い聞かせるように呟いた。



 学園を休んでちょうど一週間が過ぎ、過保護だった両親が渋々見送る中、セラフィーナは学園に向かうため馬車へ乗り込む。

 今夜は王宮主催の夜会がある。第三王子グレイルの婚約者であるセラフィーナは勿論強制参加であり、身体の慣らしも兼ねて久しぶりに学園に行くと、その日はちょうど学園主催のお茶会が開かれる日であった。


 学園のお茶会は年に一度、貴族の社交を学ぶために中庭で開催される

 立食式でお菓子や軽食が盛られた幾つかの卓を回りながら、他学級や学年と交流を深めるのが狙いで、大抵は友人同士で回るのだが、婚約者がいる場合は一緒に参加する場合もある。


 生徒達が楽しそうに中庭へ向かうのを自席で眺めながら、セラフィーナは過去2回、グレイルの教室へ押しかけて、殿下にエスコートを無理強いしてきた黒歴史を思い出した。


 毎年セラフィーナが貼りついていたため、グレイルと交流を深めようとする方はいなかったように思われる。

 これではお茶会の趣旨にそぐわない。学園には学びに来ているというのに、何て短慮だったのだろうとセラフィーナは頭を抱えた。

 これ以上嫌われるわけにはいかないと、今年はグレイルの教室へ突撃しないと固く誓って、かといって当日になっていきなり友人に一緒に参加しようというのも憚られ、随分長い間教室で唸っていたセラフィーナだったが、やがて重い足取りで一人寂しく中庭へ向かった。


本日3話UPの予定でしたが、あと1話UPします!

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