冷たい女だと思われていたようです
セラフィーナとライナスは仲が良く、両親や親戚からはまるで本物の姉弟のようだと言われている。
グレイルとの婚約がなければライナスと結婚する予定だったらしいが、セラフィーナには弟としか思えなかったし、ライナスもそう思っていたらしい。
そんなライナスは騎士になるべく鍛錬中だと聞いていたが、奇抜な動きをする従弟にセラフィーナが呟く。
「え? いきなりバク宙して……あれ? 転んだ!?」
木刀を振り回しながらバク宙をしたライナスが、頭から落ちたのを見たセラフィーナは、瞬時に青褪めた。
「失礼!」
「セラフィーナ!?」
唐突に叫んで走り出したセラフィーナに、グレイルの驚いたような声がかかる。
グレイルとレイラを二人にしておくのは嫌だったが、今は転んだ従弟が心配だったのでセラフィーナは校庭の隅へ全力で走った。
「ライナス! 大丈夫!?」
息せききって走ってきたセラフィーナに、頭を抱えて蹲っていたライナスが顔を上げる。
「いててて、って、セラフィーナ姉さま? 何でここに?」
「何でって……。廊下からライナスが転んだのが見えたから慌てて来たの!」
「廊下から?」
首を抑えながら校舎の方を見たライナスが、廊下で自分達の方を見ているグレイルに気づいて目を見開く。
「グ、グレイル殿下と一緒だったのに僕の所に来たの!? セラフィーナ姉さまが!? それはマズいんじゃ……」
廊下へ目をやったライナスが、驚きの声を上げ言い澱む。
ライナスのその反応に、セラフィーナは苦笑するしかなかった。
(そうね。今まではグレイル様しか目に入ってなかったから、仕方ない反応よね。恋は盲目というけれど、私ったら他人からもそう思われる位に、グレイル様にべったりな状態だったのね。でも幾ら私だって怪我をしたかもしれない人間を放ってまで、グレイル様にへばりついていたりしないわ。その……グレイル様に夢中で気が付かなかった時があるかもしれないけれど、そんな風に思われてたなんて最低ね……)
落ち込みそうになるのを誤魔化して、セラフィーナはライナスの顔を覗き込む。
「兎に角、保健室へ行きましょう? 立てる?」
「う、うん。けど……」
何かを言い澱んで瞳を彷徨わせたライナスの肩の下にセラフィーナが腕を入れ支えると、俄かにライナスが慌て出す。
「うわっ! ね、姉さま、これは流石にちょっと恥ずかしいし、なんかもう色々と拙い気がするって!」
「素振りの最中にふざけているから悪いのよ。罰だと思って諦めなさい!」
ピシャリとセラフィーナに言われて、ライナスは暫く挙動不審に瞳を彷徨わせたが、やがて照れたように鼻を鳴らした。
「別にふざけてたわけじゃないんだけどな。相手の意表を突くことをしたら、驚いて戦闘が有利になるかなと思ってさ」
「それでバク宙?」
「うん。失敗しちゃったけど」
ずっと可愛い弟のようだと思っていたライナスが、騎士になるために色々と創意工夫をしているのを知って、セラフィーナは心中では褒めてやりたい気持ちだったが敢えて溜息を吐く。
「危ないことはしないで。心配するから」
「心配してくれるの? 僕を? グレイル殿下じゃないのに?」
驚いたように聞き返すライナスに、セラフィーナはちょっとムッとして答えた。
「当たり前でしょう」
「そっか。次からは気をつける。やっぱりセラフィーナ姉さまは優しいね」
「解れば、よろしい」
セラフィーナの高飛車な物言いに、何故かライナスは嬉しそうに笑う。
その表情にセラフィーナは複雑な気持ちになった。
(グレイル様以外を心配しないような、冷たい女だと思われてたのね。こんな風に思われてるから、婚約破棄なんて話が出てきてしまったのね)
セラフィーナがふと校舎に目をやれば、相変わらずグレイルはレイラと一緒にいたが、こちらを見ている様子だった。
今すぐ飛んで行って割り込みたいところだが、そんなことをしたら益々婚約破棄に近づいてしまう。それにライナスのことも放っておけない。
(でもこれ以上二人が仲良くしているのを見ていたら、嫉妬で怒鳴ってしまいそう。そして、そのまま婚約破棄を宣告される未来しか見えない。それだけは嫌!)
セラフィーナはライナスの服をぎゅっと掴むと軽く頭を下げ、保健室へ向かった。
ライナスの怪我は打ち身だけで大したことはなかったが、セラフィーナは彼を馬車で送ることにし一緒に学園から帰宅する。
帰りの馬車の中はライナスと昔話で盛り上がったおかげで、明るく過ごせたセラフィーナだったが、彼を降ろして一人になると、レイラの影がちらついて酷く落ち込んだ。
(可愛い上に頭までいいなんて、神様はえこひいきよね! でも……もし私がレイラ様みたいだったら、グレイル様も婚約破棄しようなんて考えなかったのかしら……)
帰宅してからもウジウジとマイナス思考を引き摺ったセラフィーナは、翌日寝不足気味のまま学園へ登校する破目になったのだった。
結局、婚約破棄を回避する良い案も何も思い浮かばず、悶々とした気持ちのまま午前の授業を終えたセラフィーナは、昼食も摂らずに自席に座ったまま一点を見つめていた。
(またグレイル様から呼び出されたら、どうしたらいいのかしら……。昨日はレイラ様とライナスのことがあったから躱せたけれど、あと半年も逃げ切れる自信がないわ。
それにしてもレイラ様はグレイル様と随分親しいのよね。名前で呼ぶのも許されているみたいだし。
名前呼び……? まさかグレイル様が私と婚約破棄したいのは、レイラ様がお好きだから!?)
自分の考えに蒼白になったセラフィーナはフラフラと立ち上がると、教室を出て行こうと歩き出す。
裏庭のベンチで休もうと廊下へ出て顔を上げると、前方からこちらへ歩いてくる紫紺の髪を靡かせたグレイルの姿を見つけた。
そしてその隣には、楽しそうにはしゃぐレイラの姿もあって……。
「な、何で……(今まで連日で私の教室へ来ることなんてなかったのに、そんなに婚約破棄をしたいのですか? そんなにレイラ様との仲を見せつけたいのですか?)もう、やだ……」
仲睦まじい二人の様子にセラフィーナの顔から一気に血の気が引き、寝不足なのも相まってそのまま意識を手放した。