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破棄は嫌なので回避をします

 翌朝、教室へ向かうセラフィーナの背に、聞きなれた声がかかる。


「セラフィーナ」

「グレ……殿下」


 いつもの癖で、つい名前呼びしてしまいそうになったのを言いなおして振り返ったセラフィーナに、グレイルは一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに元の微笑を浮かべた。


「昨日はどうして生徒会室へ来なかったの?」


 コテンっと首を傾げたグレイルに、セラフィーナの胸が高鳴る。

 いつもなら「首を傾げたグレイル様も素敵!」とはしゃぐ所だが、セラフィーナはぐっと堪えて控えめに微笑んだ。


「昨日は所用がありまして」(そうよね、毎日押しかけてたんだから、いきなり来なくなったら不思議に思うわよね。今まではグレイル様と少しでも長く一緒にいたくて、役員でもないのに生徒会室に居座っていたんだもの。反省したから許してください。婚約破棄はやめてください。はっ! ちょっと待って! 廊下とはいえ、もうすぐ授業が始まるため人はまばら。今、さらっと婚約破棄されたらどうしよう!? 阻止よ! 断固阻止よ! 早く人がいる教室へ入らなくては!)


 焦りだすセラフィーナは気がつかないが、グレイルの視線が少しだけ険しくなる。


「所用? 昨日の放課後って、セラフィーナに予定あったかな?」

「きゅ、急遽決まったんです! そ、それに私は役員ではありませんので、今後は生徒会室へ出入りするのは控えようと思います! 今までご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。それでは授業が始まりますので、失礼させていただきます」(断腸の思いですけどね! でも二人きりになるシチュエーションは回避しなくてはいけませんもの)


 セラフィーナは、昨晩考えた科白を澱みなく言うことができた自分に安堵して、驚いたようなグレイルを残して教室へ戻る。

 当たり前のことを言っただけなのにそんなに驚かれるなんて、自分はやっぱり今まで大変失礼なことをしていたのだとセラフィーナは落ち込んだが、自分の席に座ると緊張が解けたのかホッと息を吐く。


(とりあえず今朝は婚約破棄を言わせなかったわ! この調子で卒業までのあと半年を、乗り切ってみせる! 卒業したら結婚式まではすぐだし、学園がないから、グレイル様と顔を合わせる機会は少なくなるはず。そうすれば婚約破棄を言われなくて済むわ! それまでグレイル様と会えなくても頑張れ! 私! 掴め! 桃色の結婚生活!)


 セラフィーナがそう心に誓っていると、隣の席の男子生徒と目が合った。

 こちらを不思議そうに見てくる視線に、セラフィーナは首を傾げる。


「あの……どうしました?」

「あっ! いえ……スターツ様が殿下との話を打ち切るのは珍しいなと思いまして」

「え?」


 驚いて目を瞬かせると、男子生徒は狼狽えたように謝罪をした。


「も、申し訳ありません。私の席は廊下に近いものですから、先程の殿下との会話が聞こえてしまいまして……」

「いえ、責めているわけではありませんから。どうかお気になさらず」


 セラフィーナの見た目は、暗い鉄紺色の髪と地味な鉛色の瞳をしており、どちらかといえばキツイ印象だ。

 だからなるべく柔らかい表情で答えたつもりだったが、男子生徒はセラフィーナの顔を見ると下を向いて俯いてしまう。

 その様子に少しだけ傷ついたセラフィーナだったが、そんなことよりも平静を装うことに集中していた。


(さっきの会話、聞こえていたのね……危なかったわ。もしグレイル様が婚約破棄の話をしていたら証人まで出来てしまうところだったのね。グッジョブ! 私! よくぞ話を切り上げたわ! でも本当はグレイル様と長くお話ししていたかった)


 婚約破棄を阻止できて嬉しい半面、寂しさがこみ上げたセラフィーナは溜息を零す。


(ああ、グレイル様が足りない! でも我慢、我慢!)


 キュッと唇を噛みしめたセラフィーナに、隣の男子生徒が気遣わし気な視線を送ってきたので、慌てて微笑を浮かべる。するとその生徒は弾かれたように真っ赤に頬を染めると、また下を向いてしまい、怖がらせてしまったと思ったセラフィーナは、また小さく溜息を零したのだった。



 昼休みになり、お弁当の入った袋を手にセラフィーナは席を立つ。

 今までは食堂でグレイルと一緒に食べていたが、自分達に遠慮してか遠巻きにされた席では、いつ婚約破棄の話をされるか解らない。

 いそいそと教室を出たセラフィーナだったが、またしても廊下でグレイルと鉢合わせしてしまった。

 思わず後退りしてしまいそうになったセラフィーナだったが、ガヤガヤと騒がしい周囲の状況を見て考えなおす。


(今は人もいるから、婚約破棄の話はされないはず。それにしても、グレイル様が私の教室の前を通るなんて珍しいわね。……そうか、今まで昼休みは授業が終わるなり、私がグレイル様の教室に押しかけていたから、ここを通ることに気が付かなかったのね。ランチだって約束してたわけでもないのに毎日来られて、さぞ迷惑していたはずだわ。それなのに一言も文句を言ってこなかったグレイル様は、やっぱり素敵!)


 セラフィーナがそんなことを考えている間に距離を詰めたグレイルは、申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「セラフィーナ、今日の昼食なのだけれど急に生徒会の用事が出来てしまって、一緒に食堂へ行けなくなってしまったんだ」

「まぁ、そうなのですね」(寂しいけれど願ったりだわ)

「明日は大丈夫だと思うから……」

「いえ、殿下は何かとお忙しい身ですもの。私などのために貴重な昼休みを割くことはございませんわ。明日以降も、どうかお構いなく」(無事に結婚したら大いに構ってください!)

「え?」

「それでは殿下、御前失礼いたします」


 呆然とした様子のグレイルに背を向けて、セラフィーナはズンズンと廊下を歩く。


(よし! これで卒業までのランチタイム婚約破棄は回避したわ! 私、ナイスよ! でも寂しいわ。これからずっと一人でランチなのね。今更だけど友人に一緒に食べてくれるように、お願いしてみようかしら……)


 昨日と同じ裏庭のベンチに腰かけて、お弁当を広げる。

 学園に入学してから初めてお願いしたお弁当に、スターツ家の料理長はすこぶる奮起したらしく、彩りも味も素晴らしく作りこまれており、こんな素敵なお弁当を誰とも分かち合えず一人寂しく食べたことに、セラフィーナは何だか申し訳ない気持ちになったのだった。


明日は三話UPします!

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― 新着の感想 ―
[一言] これはなかなか美味しい展開の予感
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