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私の出番はないようです

「グレイル様~、こんな所にいらしたんですね~」


 甘ったるい声と共に現れたレイラは、紫紺色をベースに浅葱色のレースをふんだんに使用した豪奢なドレスに身を包んでいた。

 レイラ曰く貧乏子爵家とは程遠いそのドレスに、そういえばキンブリー子爵家は諸国に親戚も多く、裕福な部類に入る家だったことに今更ながらセラフィーナは気がつく。


(子爵家とはいえ裕福ならば家庭教師を雇うなんて造作もないじゃない! それをいかにも自分は、学園だけの勉強しかしてないのに2位なんです~って顔をしてたのね! それでも確かに毎回2位なんて凄いけれど、なんか腹立つ~!)


 セラフィーナの険しい視線を受けたレイラは、いつものように怯えながら身体を震わせると、グレイルのフロックコートの裾を掴もうとして払いのけられた。


「レイラ嬢、不用意に私に触れないでくれないかな?」

「す、すみません! セラフィーナ様が睨むから怖くてつい……。それに夜会で私と踊ってくれるって約束したじゃないですか? 会場にいらっしゃらないから探しに来たんです!」

「セラフィーナが睨むのは当然だよ。誰だって自分の婚約者に異性が触れるのは嫌だろうからね。あと君と踊る約束なんてした覚えはないよ? 私はこれでも王子だからね、当たり障りのない受け答えはしてはいるけれど、軽はずみに約束なんてものはしない」

「えぇ!? 忘れるなんてひどいです……学園のお茶会でグレイル様とちゃんと約束しました。も~、グレイル様ったら頭はいいのに忘れんぼさんですね」


 ぷうっと頬を膨らませて抗議するレイラに、セラフィーナも首を傾げる。

 思い出したくはないが、あの時の二人の様子を見てセラフィーナはグレイルを諦めようとしたのだ。


『グレイル様と踊るのを、楽しみにしてますね』

『ドレスか。私も夜会が待ち遠しいよ。きっと、とても似合うと思う』


 会話と共にレイラに向かって優しく微笑むグレイルの顔が思い浮かんで、胸が痛む。

 あの時、確かにグレイルは『夜会が待ち遠しい』と言った。あと『とても似合う』とも。

 一気に不安に駆られて瞳を伏せたセラフィーナを一瞥して、グレイルが大きく溜息を吐く。


「私は一言もレイラ嬢と踊るなんて言っていないけれど?」

「でもでも! 今夜のためにグレイル様の髪と瞳のドレスを用意したんです!」

「へぇ~、私の髪と瞳の色のドレスねぇ。本当に着てほしい人間には着てもらえなかった私に対する皮肉かな? 夜会が待ち遠しかったのは、私の贈ったドレスを愛する女性に着てもらえると思ったからなんだけど。残念だな、きっと似合うはずだったのになぁ」

「?」


 意味がわからずきょとんとするレイラには構わず、グレイルはセラフィーナに黒い笑顔を向けた。


(ひえぇぇぇ! グレイル様のあの言葉はレイラ様ではなく、私に向かって仰られた言葉だったんですか!? 笑い合う二人なんて見たくなくって、視線を逸らしてしまったから気づきませんでした! すみません! 勘違いして本当に申し訳ないと思っています! 誠心誠意謝るので、その黒い笑顔でこちらを見ないでください! ごめんなさいぃぃぃ!!!)


 レイラがいるため表面上は取り繕ってはいる(つもりだ)が、セラフィーナの背筋には冷や汗が伝い、心中では盛大に土下座を繰り返す。

 そんなセラフィーナに苦笑したグレイルは、レイラに視線を移すと不愉快そうに顔を顰めた。


「それよりレイラ・キンブリー子爵令嬢。君、こんなところで私に馴れ馴れしく話しかけるのはやめてくれないかな? 生徒平等の精神を謳う学園ならともかく、ここは王城で今は夜会の最中だよ? 子爵家の者が王子や公爵令嬢に自分から話しかけるなんて、不敬罪で処罰されても文句は言えないんだからね」

「え?」

「それと私のことを名前で呼ぶのも許した覚えはないから、今後は止めてね。君だって牢屋に繋がれたくはないでしょう?」

「そ、そんな! グレイル様はセラフィーナ様に虐められてた私を労わってくれたじゃないですか!? 難しい問題の解き方も教えてくれたし、一緒に生徒会だって……。私、グレイル様に少しでも近づけるようにって勉強を頑張ったんです! 学園の試験でずっと2位をキープできたのだって、グレイル様が優しく教えてくれたおかげなのに、どうしてそんな冷たいことを仰るんですか!? 私はただグレイル様のお傍にいたいだけなのに……」


 両手で顔を覆い泣き出してしまったレイラに、セラフィーナは途方に暮れる。


(嫉妬で睨みはしたけれど、私ってレイラ様を虐めていたんだっけ? そんな記憶はないのだけれど、もしかしたら自分で気が付かないだけで、何かしてしまったのかもしれないわね)


 そう考えてセラフィーナは謝罪を言おうとしたが、開きかけた口はグレイルの手によって塞がれてしまった。


「セラフィーナ、また何か勘違いしているでしょう? いい子だから、今はその可愛らしい口を開かないでね」


 耳元で囁くようにして言いながら、そっと耳朶へ口づけたグレイルに、セラフィーナが真っ赤になりながら頷くと、「いい子だ」というように口から手を離される。

 まるでセラフィーナから離れるのが寂しそうに、その手で鉄紺色の髪を梳ったグレイルは、心底どうでもよさそうにレイラへ冷たい視線を向けた。


「レイラ嬢を労わった記憶はないけれど、馴れ馴れしい君を無下にしなかったのには理由があるんだよ。君、学園の試験で毎回不正をしているよね?」

「へ!? ま、まさか~。そ、そんなことする訳ないじゃないですか! わ、私の成績は実力です!」


 グレイルの指摘に、思わず顔を上げたレイラの顔に涙の跡は見えず、狼狽えた彼女が険しい表情でセラフィーナを睨みつける。


「不正だなんてひどいことを言ったのは、きっとセラフィーナ様ね! 自分の頭が悪いのを棚に上げて私を疑うなんて酷い! グレイル様と私の仲がいいからって、嘘を吐くなんて最低だわ!」


 レイラに指を突きつけられたセラフィーナは言葉に詰まる。


(ぐっ……! はっきり頭が悪いって言われたわ! やっぱり今までの言動だって嫌味だったんじゃない! コンチクショウ! ……でも本当のことだから言い返せないし、グレイル様にもしゃべるなって言われているし、悔しいぃぃ!)


 拳を握って胸中で暴言を吐いたセラフィーナを庇うように、グレイルがレイラの前に立ち塞がると、ゆっくりと紫紺の髪を掻き上げた。


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