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量子が求めた煙  作者: 加藤泰幸
一日目
4/20

一日目その4 聞き込み

 新天町(しんてんちょう)商店街にアンドロイド専用工具店があると報告を受けた私は、バスで西鉄天神駅(にしてつてんじんえき)に向かった。駅の傍にある新天町商店街は、小さな敷地の中に百を超える店舗が密集しており、更には人通りが激しい事もあって、非常に雑多な空間である。今日は土曜という事もあって特に人が多く、狭い通路を横いっぱいに広がって闊歩する若者の隙間を縫うように歩くと、薬局とファーストフード店の間で、圧迫されるように営業している小さな工具店が見つかった。


 中に入ると更に圧迫感があり、細い路地の壁には無数の工具が掛かっている。その多くが金物で、薬物中毒者が見れば星空のように感じられたかもしれない。奥には小ぢんまりとしたカウンターがあり、東南アジア系の顔をした男性店員が、眠そうな目で携帯端末を弄っていた。私に気が付いても、彼は態度を変えようとしなかった。


「コルネット、暫く黙って様子を見ていろ」

「承知しました」

 小声でコルネットに釘を刺すと、私はなるべく温和な表情を作って、壁に掛かっている工具を適当に手に取った。五分ほどそうして眺めてから店員に近づいたが、それでも店員は声をかけてこなかった。



「なかなか、暇をしているみたいだな」

「うるサイ。買わないなら帰って」

 店員の日本語はカタコト気味だった。ぶっきらぼうな語り口もあって聞き取りづらい。おおよそ客に対する発言とも思えなかったが、客の立場では教えて貰えない話を聞くのだから、今の私にとっては都合が良かった。


「帰って構わないのかな? 君も生活が大変だろうに」

「当たり前ジャン。お金持ってるデカセギ労働者なんていナイよ。いいから帰れ」

「まあ、そう言うなよ。ちなみに、アンドロイドの解体に使う工具を買ったお客さんとか、最近来なかったか」

「……あんた、本当に買わナイの? 何しに来たの?」

「ああ、買わない。ちょっと話を聞きたいんだ」


 話を聞きたい、との言葉に店員は体をこわばらせた。刑事かやくざとでも勘違いしたのだろう。だが、私がポケットから千円札を取り出して店員の胸ポケットにねじ込むと、彼は一瞬きょとんとした後で、不敵な笑みを浮かべて携帯端末を机の中に入れ、私に向き直った。



「フゥン。いいよ。なんでも聞いてよ」

「さっき話したとおり、アンドロイドの解体目的と思われる客がいたのなら、教えて欲しい」

「アンドロイド解体……そういえば、専用ドライバー一式を買った客イタね」

「いつ頃、どんな男だ?」

「一週間前。顔知らナイ。ネットで注文受けて送った」

「住所は?」

薬院(やくいん)。近いのに、どうして買いに来ないか不思議だったカラ覚えてる」


 時期的には一致するし、ジョンが事件に巻き込まれたと仮定すれば、犯人が顔を隠したがるのにも説明が付く。一軒目から当たりの可能性が出るとは思っていなかったので、私は少々の高揚感を覚えた。



「……具体的な住所を知りたいのだが」

「それ駄目ヨ。店長怒る。クビイヤ」

「大丈夫だ。君はちょっと居眠りしていただけで、その時、私がカウンターに置かれていた帳簿を覗いただけだ。居眠りも怒られるだろうが、自主的に協力したわけではないのだから、クビにはならないだろう」


 そう告げて、今度は千円札を二枚カウンターに置くと、店員は待っていましたと言わんばかりに紙幣をひったくった。それから帳簿を取り出すと、わざとらしく腕を頭の後ろで組んで目をつぶり、居眠りのポーズを始めた。

 三千円の出費だが、同等の価格の買い物をして恩着せがましく聞き込んでも、教えては貰えなかっただろう。遠慮なく帳簿を覗くと、この前の日曜に薬院への宅急便記録が残っていた。届け先の氏名欄には大物(おおもつ)と書かれていた。



「コルネット、住所と氏名を記録してくれ。今日の二十四時を超えたら記録は破棄。映像・写真データは撮るな」

「承知しました」

 同じく帳簿を覗き込んだコルネットの瞳に走査線が浮かび、それが消えたところで彼女は頷いた。

 私は、まだ目をつぶっている男の肩を叩いて合図し、軽く手を掲げてから店を出た。すると、コルネットがすぐに横に並んで声をかけてきた。


「マスター。これが聞き込みのやり方ですか?」

「あくまでも一例だ。身分を偽る場合もあるし、金を握らせる必要はない場合もある。相手と状況を考慮して方法を変えている」

「……顧客情報を聞き出すのは、社会的には受け入れがたい行為のようですが」

「そんなドブさらいが探偵の仕事だ。嫌なら事務所で事務作業に専念しろ」


 私の問いに、コルネットはすぐに返事をしなかった。比較的初期型だがコルネットにも量子コンピュータは積んでいる。判断を下すのに時間はかからないはずだが、彼女は暫くしてから顔を上げた。

「嫌ではありません」

「別に命令じゃないぞ」

「承知しています。様々な要因を検証した結果、ミーアさんに喜んで頂く事が、この仕事の第一目標と判断しました。その為には、事務作業よりも調査が優先されます」

 私はコルネットの回答に返事をせず、商店街を歩いた。彼女が伊達太陽と組んで仕事をしていた間、彼から何を学び、何に影響されたのかが気になったが、その疑問も口にせず、私達は薬院に向かう為に西鉄天神駅へと戻った。







 ◇







 大物のアパートは、薬院駅から十分ほど歩いた所にある赤壁のマンションだった。それなりに古そうではあったが、私の事務所が入っているビルほどではなく、オートロック機能も備わっている。立地も考えれば、それなりの収入が無ければ暮らせない場所だろう。


 私はその事情も踏まえて、集合玄関前で少し逡巡した。仮に大物がジョンの行方に関わっているとしても、たかがアンドロイド一体の為に、今の生活環境を捨てて逃走する事もないだろう。思い切って突っ込んでも良いかもしれない。


「あの……中に入りたいんだけど」

 だが、私が答えを出したところで、背後から声を掛けられた。振り返ると、メガネを掛けている神経質そうな男がいた。端が跳ねたクセのある長髪で、年齢は二十代後半くらいだろう。赤の派手なジャンパーを纏っていて、胸元にはBの文字を象った白のロゴマークが付いている。天神に本社ビルを持つ、日本最大のアンドロイドメーカー、ベストエレキ社のマークだった。その下に『大物』の刺繍があったのを、私は見逃さなかった。



「君が大物か。ベストエレキ社勤務とはな」

「……そうだけど、あんた、誰?」

 大物は言葉にこそ警戒の素振りを見せたが、むしろ私に近づいてじろじろと顔を覗き込んできた。私は名刺を渡そうとコートのポケットに手を突っ込んだが、彼はその前に両手を打ち鳴らし、勝手に頷いた。


「分かった。刑事だろう、あんた」

「そう思う理由でもあるのか」

「まあね。でも、アンドロイドパーツを買うのは合法なんだ」

 身分以外にも何か勘違いされているようだったが、私は訂正せずに黙って大物の話を聞いた。この男は放っておいて好きに喋らせた方が良さそうだ。


「あんた、どうせ品格屋(ひんかくや)の親父をしょっ引いたんだろう? で、顧客名簿を辿ってここまで来たと。確かに、役所でマスター解除せずにパーツをジャンク屋に流すのは違法だよ。それを売るのもアウトだけど、俺は買っただけで合法なの。いつか警察が来ると思ってたんだよねえ。でも、ちゃんと事前に法律確認してるんだから。俺は的確だ」

「君が違法商品と認識せず、購入したのならな」

「認識していなかったさ。はい、俺は無実。それとも、品格屋の親父がどこに雲隠れしたのか知りたいのか? 確か徳島の出って言ってたから、そっちに行ったか、もしくは……」

「刑事のフリをしていた方が話を聞き出せそうだと思っていたが、そうでなくとも、君は色々と教えてくれそうだ」

 私は苦笑してポケットから手を抜き出し、名刺を渡した。それを受け取った大物はぽかんとした表情で私と名刺を見比べ、首を傾げた。



「……探偵?」

「君は的確ではないようだ」

「い、いや、今言った事自体に間違いは……」

「一週間ほど前に失踪したアンドロイドを探している。品格屋の親父……とやらの事は知らないが、別口から君が行方を知っている可能性が浮上したので、話を聞きに来たんだ」

 そう告げながら携帯端末を取り出してジョンの写真を見せると、大物はようやく正気に戻ったようで写真を見つめた。眼鏡の奥に見える瞳は、僅かに鋭さを増したような気がした。


「……BE-401HRか」

「スキンはデフォルトではないのに、よく分かるな」

「当然だ。俺の入社前とはいえ自社製品だからな。写真を良く見てみろ。目のハイライトが黄色く見えるだろう? これはBE-401HR判別する為の特徴パーツ、イエローハイライトアイなんだ。油圧サーボを使っていて馬力があるから、それを判断する為に特殊なハイライトが入ったんだよ。でも、以降、油圧サーボを使ったアンドロイドは開発されなかったから、油圧サーボとイエローハイライトアイはBE-401HR限定の特徴になったんだよ。価値あるパーツじゃないが、マニア垂涎だな。嘘じゃないぞ、的確だ」


「コルネット、検索」

「何を検索しましょう」

「……彼の話した事に間違いがないかどうかだ」

 私が命令すると、コルネットはすぐに頷き「間違いありません」と答えた。それを耳にした大物は小さく鼻息を鳴らし、優越感に満ちた表情を作った。


「どうだい」

「随分博識のようで、何よりだ」

「自分の仕事だからな。ところで、こいつ……もしかしたら、解体されているかもしれないぞ」

「何故そう言える」

「こいつの瞳は、俺が持っているかもしれないからだ」

 大物の声が低くなった。私は解きかけていた警戒を一瞬で戻し、彼の四肢に目を配ったが、彼が襲いかかったりする様子はなかった。ただ神妙な表情で私とコルネットを見ていた。


「競艇場の近くの雑居ビル地下に、さっきも少し話したが、品格屋って名前のジャンク屋がある。店名の割に品格が無い親父がやっている店だ。俺はそこの常連なんだが、昨日、イエローハイライトアイが売られていたんで買ったんだよ。アンドロイドの瞳、しかもBE-401HRのイエローハイライトアイなんて、滅多に市場に出るもんじゃない」

「BE-401HRは高価なアンドロイドではないはずだが」

「そうだよ。イエローハイライトアイも高額じゃない。マニア垂涎ってだけだ。そんなものが出回るなんて、俺も珍しいとは思っていたが……そのアンドロイドが失踪したんなら、解体されて売られた可能性があるぞ」

「品格屋の詳しい場所を教えてくれるか?」

「構わないよ」


 大物は自分の携帯端末を取り出し、壁に地図を投影して場所を教えてくれた。念の為、コルネットに命令してそれを記録させると、大物は小さく会釈をして中央玄関に向かおうとしたので、私は彼の前に身をねじ込んだ。この言を信じるのなら、彼は有力な情報提供者だが、彼の言葉がすべて真実である保証は何もなかった。


「……まだ、何か?」

「君が先週購入した、解体用パーツの用途も聞かせて欲しいんだが」

「……ああ、そっちで足が付いたのか。趣味だよ。見てのとおり、俺はベストエレキ社の社員でね。アンドロイドを弄るのは好きなんだ。自作の為に買ったんだよ」

「わざわざ取り寄せた理由は?」

「買いに出かける方がわざわざだろう」

「なるほど。ベストエレキ社での部署は?」

「資材管理部。今年から係長やってるよ。言っておくが、ベストエレキ社の資材管理は閑職じゃないぞ」


 大物は勝手にムキになって早口でまくし立てた。彼の言うとおり、現在のベストエレキ社において資材管理は重要な仕事だろう。警察に納入しているアンドロイドは、装備品も含めてベストエレキ社が開発しているのだが、それを危険視する声は大きい。

 その世論を変える為に、ベストエレキ社がやくざと結託して事件を起こし、それを警察のアンドロイドに鎮圧させているというマッチポンプ疑惑が、ゴシップ誌に書かれた事もある。あの時は世論も沸き立ち、出る杭であったベストエレキ社は随分と叩かれたものだが、疑惑は疑惑でしかなく、ベストエレキ社が別件で逮捕された社員に果断な処分を下して、自浄作用を見せつけた事もあって、それ以上の騒動に発展する事は無かった。


「だろうな。昨年も、備品を私物化していた男を躊躇なく解雇したとニュースで見た気がする」

「あれは、結構大きいニュースだったからな……」

「ベストエレキ社はその辺り、シビアな仕事だと捉えているようだな」

「分かればいいんだよ。……まあ、アンドロイドは好きだから、やっていけるけど。あんたも、アンドロイドを助手にするくらいなんだから好きなんだろう?」

「失踪したBE-401HRのマスターなら、アンドロイド好きだな」

「……じゃあ、あんたは?」

「何かあった時には、また話を聞きたい。電話番号を教えて貰えるだろうか」


 話を無視された大物は口元を斜めにしたが、すぐにぶつぶつと呟くように番号を教えてくれた。これは自分で暗記し、私は大物に断ってマンションを出た。一歩、外に足を踏み出したところで背後から「おい」と声をかけられたので振り向くと、大物が、親に叱られた子供のように気まずそうな顔をしてこっちを見ていた。




「もう一度言っておくぞ。俺が買ったのは合法なんだ。窃盗品の類だとしても、知らずに買ったんだからな」

「そうだな。お前は的確だ。そういう事にしておこう」

「そういう事、じゃなくて、本当にそうなんだ! 厄介事になっても無実だからな。イエローハイライトアイだって、返却する義務は……」

「君が買ったパーツが、俺の探しているアンドロイドの物と決まったわけではない」


 私は軽く手を上げて大物をいなし、また歩き出した。道中、彼の口癖が頭の中でエコーしていた。彼のように、自分は的確だと大言を吐いた経験は一度もなかったが、そのせいで客を逃した経験なら幾度かある。これから、伊達太陽の庇護なく事務所を切り盛りする為には、大物のような不敵さを持つべきなのか考えたが『不必要』との答えは、薬院駅に戻る前に出た。この答え自体は、おそらく的確だろう。

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